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【コミカライズ】女騎士の婚活物語  作者: シアノ
女騎士の婚活物語 番外編

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夏のヒルデガルド12

 レイラは震えていた。

 恐怖にではなく、怒りにである。


「どうして上手く行かないの!? 邪魔ばっかりで……私が何をしたっての!」


 レイラは口の中で呟き、ギリギリと歯噛みをした。

 思えば最初から躓いていた。最初の水着はホソウリと言われてしまい、バーニアからも駄目出しをされ、新しい水着でヨアニスに気持ちを伝えようと一大決心をしたというのに嵐で延期の日々。やっとこの日が来て、ヨアニスと少しいい雰囲気になれたというのに、今度はそれを邪魔する獣が現れる。

 レイラのこの数日で溜まったストレスとフラストレーションはこの瞬間に爆発し、その苛立ちは、襲いかかる獣へとぶつけられることとなった。


 レイラは拾った石を次々と投げ、レイラの方へと向かい来る獣を牽制して距離を取った。獣は余程気性が荒いのか、石を当てられて怯みはするものの逃げずにレイラに威嚇をする。然程大きくはない石でも、顔に当たれば獣も飛びかかるタイミングが合わないのか、威嚇だけに留まっている。

 遠距離武器であればレイラは弓の方が得意ではあるが、投擲もなかなかに命中率は悪くはなかった。騎士をしていた際、何かことが起こった際、武器がなくとも貴人を守れるように、と磨いた技術であったが、まさかそれが今役に立つとは。

 しかし、石飛礫では獣にダメージを与えるのは難しい。逃げてくれればそれで済むのだが、牙を剥いて威嚇する姿からは逃げる気が全く見受けられない。

 レイラは十分に距離を開けているものの、手元には武器がない。やはりイーラーに何を言われようとも剣は持ってくるべきだっただろうか。しかし、結局のところ水着では帯剣は出来ない。


 ヨアニスは2匹と対峙し、膠着状態であるのが見えた。そのうちの1匹は何度も斬りつけられ随分と弱っているようで、動きも鈍くなっている。だがもう1匹はまだ素早く、レイラの方に引きつけた1匹は自分でどうにかした方がいいだろう。

 ヨアニスは剣を2本持って来ていた。使い慣れ、手に馴染む方の剣を掴んでいたから、まだあるはずだ。あの黒縞鋼の剣が。

 しかしレイラはヨアニスから離れた場所に獣を引きつけたために、剣は獣の向こう側である。剣を取りに行かねばどうにもならない。


 レイラは腰に手を当て、水着のパレオを外した。巻きスカート状になっているそれは防御力はほぼ皆無だが、足に絡んでレイラの動きを鈍くしていた。これで動きやすくなるはずだ。

 レイラは獣から逃れるように後退するのではなく、石を顔に強めに当てた。どうやら獣の右目に上手く当たったようだ。

 獣はギャッと仰け反る。

 レイラはその隙に、一気に距離を詰めた。


 そして外したパレオを獣に向かって広げる。ほんの一瞬でも布で目くらましに使えれば、そう思ってのことだった。

 レイラの想定通り、パレオの布が獣の頭に絡む。たまたま紐が引っかかったのか、獣のが首を振ってもパレオは絡んだままである。その一瞬で、レイラは大きく跳躍をした。獣の頭上を飛び越えたのだ。


 着地をし、たたらを踏みながらも数歩駆ければ、先程の岩まで辿り着く。ヨアニスの着替えと共に置かれた、黒縞鋼の剣。

 レイラはそれを掴み、鞘から抜いた。独特の刃の模様が木漏れ日でキラリと煌めく。

 この剣はヨアニスが普段使っているものより幾分短く、そして軽い。こちらが残されていたのは幸いであった。レイラが振り回すのに長すぎず、重くもないのだから。


 ギャアッと鳴き声を上げて、レイラのパレオごと突進してくる獣に、振り返りざま横に一閃した。

 レイラのパレオごと、獣の顔面に浅い一文字が刻まれる。獣はほんの少し怯んだように身をよじらせ、レイラもその隙に体勢を整えた。

 やはり厚い毛皮に滑り、斬りつけても浅くなってしまう。深い一撃が必要であった。しかし頭骨は硬く、正面からでは簡単にはいかないだろう。


 レイラは軽快にステップを踏むかのようにして獣の右側に踏み込んだ。

 先程右目に当てた石により、その目は閉じられている。そのせいでレイラの動きに付いていけなかった獣が身を翻すよりも早く、全身の力を込めて剣を振り下ろした。


 手応えはあった。

 しかし想定していたよりもずっと軽く、バターにナイフを差し込んだようなストンという手応えだけで獣の頭と体は2つに分かたれた。


 体はまだひくひくと動いていたが、首を落とされては生きているはずもなく、ただの反射である。やがてそれもなくなり、獣は動かなくなった。


 レイラは荒い息をする。なんとかかすり傷ひとつ追わずに倒すことが出来たのだ。


 レイラは獣を真っ二つにしただけでなく、勢い余り地面にめりこんだ剣を引っこ抜き、血に塗れた剣を振る。刀身には獣の血脂がべったりと着いていたが、それだけで元の輝きを取り戻した。


「や、やった……あ、ヨアニス様、は」


 見ればヨアニスの方も、2匹の内の1匹は既に動かず、血溜まりに倒れてピクリともしない。残る1匹も既に動きは鈍り、間も無くヨアニスの剣が突き立てられ、動かなくなった。


 ヨアニスのその体のどこにも怪我をしているようには見えない。レイラのように息が上がってすらない。


 レイラは安堵の息を吐く。

 ヨアニスはレイラの方を振り返り、慌てたような姿であったが、血溜まりに沈む獣と、その側に立つレイラを見てホッとしたように顔を緩めた。


「レイラ! すまん、思ったより時間がかかっちまった。レイラは大丈夫か!? け、怪我は!?」

「ええ。かすり傷ひとつありません。ヨアニス様は」

「俺もだ。それよりもレイラが無事で良かった……武器もないのに戦おうとしたのには肝が冷えたが……あまり心配させないでくれ……」

「す、すみません。あ、まだ試し切りしかしてないのに、使って血で汚してしまいました」


 レイラが黒縞鋼の剣を見せれば、ヨアニスは一瞬キョトンとしてから破顔した。


「いい。レイラが無事なら、なんだって構わん。使い心地はどうだった?」

「ええ、とても素晴らしいですね! 首の骨にも物ともしませんでした。骨を断っても刃こぼれひとつありません。それに、とても軽いし、振りやすいです」

「……じゃあ、レイラが嫌でなければ、それを持っていてくれないか」


 ヨアニスのその言葉にレイラは目を大きく見開いた。

 この剣はヨアニスが大金を注ぎ込んだ宝物のはずだ。何年も欲しくてようやく手に入れられた剣だというのに。


「で、ですが……これはヨアニス様が大切にしてるのでは……」

「レイラが無事でいられるように。頼むから、武器もないのに戦おうとはしないでくれ。いや、そう言ってもレイラはまた何かあれば同じようにするだろう?」

「う……当たり前です。私はヨアニス様を守りたい。貴方の剣となり、盾になると……あの時誓いました」

「だからだ。俺だってレイラを守りたい。だからせめて、良い剣を持っていればお前が怪我をする可能性が低くなるだろう。その剣を欲した時はただの所持欲でしかなかった。だが、こうして俺が王になり、剣を持つ必要度が下がってから手に入れられたのは、きっとレイラのためなのだと思う。その剣で、俺を、そして俺の大切なレイラのその身を守ってはくれんだろうか」

「……はい。分かりました。有り難く頂戴致します」


 レイラは黒縞鋼のその剣をぎゅっと握りしめた。

 そんなレイラに、ヨアニスは眩しそうに目を細めて言った。



「それに、レイラは着飾っても、あ、いやどんな服を着ても美しいが……そうして剣を持って凛々しく立っている姿が、俺には眩しく……世界で一番美しく見える」

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