夏のヒルデガルド4
「着きましたよ」
その声に、バーニア達は歓声を上げて馬車を降りていく。
人数が多いこともあり、今回は簡単な天幕を張って2.3名ずつ着替える。レイラはタチアナと一緒だった。
「レイラ様、水着ってこれで大丈夫ですか? なんだかドキドキしますね。私、泳げるかなぁ……」
タチアナが淡い萌黄色に白い小花柄の水着を着てそう言った。レイラはウエストのリボンを少しだけ整えてやって頷いた。
元々少女の着るようなワンピースのような形なので、まだ12歳のあどけないタチアナによく似合っている。細く伸びた手足はシミひとつないミルク色で、ダーランもテレイグにほど近い北寄りの国であるために日焼けすらしたことがなさそうだ。
タチアナはレイラとお揃いの炎のような赤毛を耳の下で左右にくるりとお団子にまとめ、いっそう愛らしい。
「大丈夫ですよ。でも、入る前に体操することと、疲れたらすぐに水から上がること。日差しにも気をつけましょうね」
「はい!」
タチアナと手を繋いで天幕から出たレイラは、己の目に飛び込んできた光景にぎょっと目を剥いた。
「やだ! 何その水着!」
レイラもまさに思ったその一言は、レイラの口からではなく、既に水着姿のバーニアから発せられた。
「何って、水着です! 見ればわかるでしょう! 貴方こそ、なんですか、その、は、破廉恥な!」
レイラには信じられないほどに布面積の少ない水着らしきものを纏ったバーニア達がレイラの水着を見て口を覆ったり、頭を押さえたりとしている。
バーニアは水色に大輪の花が描かれた華やかな水着であるが、レイラの基準からすれば布面積が少なすぎる。
ノースリーブの上衣はぴったりとしていて女性らしく突き出た胸の形まで分かりそうなほどだ。しかも胸の下までしか布がなく、腹部やヘソが見えてしまっている。下半身もまるで下着のような短い半ズボンで、太ももが完全に丸出しだ。
よくよく見ればケイトにロティ、セレステも細部は違うものの似たような形状だった。
流石にシプリアはそのようなことはなかろうと、彼女を見れば、確かにブラウリオの彼女達のようにセパレートの形ではないものの、腹部が出ていない程度で布面積にはそれほど大差がない。
「信じられない! それ、いつの水着!?」
バーニアがレイラの水着に指を突きつける。
「え? ええと……アニエスが結婚前……あの子が生まれる前で今3歳だし……5年くらい前ですけど、それほどおかしいですか?」
「……5年……」
バーニアは有り得ない、とでも言うように首を振る。
「信じられない。レイラ様、南国の海洋大国カルネで起きた『カルネの衝撃』ってご存知ないのかしら?」
「カルネの……いえ知りませんが」
「はあ……4.5年くらい前に、海洋大国カルネで発表された水着の画期的デザインよ。こういったぴったりした形と、少ない布の水着は泳ぎやすいのですって。カルネでは水泳大会も頻繁に催されるし、国技でもあるもの。そして、それが大流行して、今は水着といえばこんなデザインが主流なのよ、レイラ様」
「布地も少なくて済むから、作る方も経済的だし、装飾が少ないから短期間で大量に作れるそうですよ。その分安いんで平民のあたし達にも気軽に手が出せるんです。何より布が少ない分、水に濡れても軽いから泳ぎやすいんですよね。スカートの部分が足に絡んだりもしないから」
セレステもそう言う。確かに水中でも絡むことなく動きやすそうではあるが、レイラから見れば下着にしか見えない。思わず眉を顰めてバーニアの水着をじっと見る。
だがバーニアの方も同じようにレイラの水着を眉を顰めて見つめていた。
「言ってはなんですけれど、ダサいとしか言いようがないわ!」
「ですが、バーニア様の水着は少しばかり肌が出過ぎではないですか!」
「あら、ここには女性しかいないし、肌どころか裸でも別に問題ないわ。入浴では全て脱ぐのだから、それと同じでしょう。この水着を見せる異性は恋人、婚約者や夫だけであれば問題はないのでは?」
「そ、それは……」
「れ、レイラ様ぁ……私の水着も……変なのですか……?」
泣きそうな声で言ったのはタチアナである。
ダサいと言われたレイラの水着と似た系統の水着を着たタチアナまで悪く言われているも同然である。
「あー、バーニア、タチアナ、泣かせた」
「もう、大人気ないですねえ!」
「大丈夫だよ、タチアナ。子供はそういう水着を着るものだから。あたし達と先に泳いでようか」
「泳ぎ、教える、から」
「じゃあ先行ってますねえ」
バーニアはロティ達にぶーぶーと文句を言われ、唇を尖らせた。
ロティ達は泣きそうなタチアナの背を押して湖の方へ連れて行く。
「後でタチアナに謝ってくださいね!」
「わ、私は悪くないわよ! レイラ様がそんな時代遅れの水着を着てくるから」
「別にデザインなど、どれでもいいでしょう? 私達は水遊びに来ただけなのですし。それにここには女性だけです。裸でも構わないというのなら、私がどのような水着でも構わないでしょう」
レイラが先程のバーニアの言葉を使い、そう強く突っぱねた時、それまでオロオロとバーニアとレイラの口喧嘩を止めるタイミングを見計らっていたらしいシプリアが、ぼそりと呟いた。
「……ホソウリ」
それが聞こえたらしいバーニアはブッと吹き出す。
「ホソウリ!? やだ……シプリア様ってば……」
「あ、いえ、違います! そうです、バーニア様にもあの件を聞いてもらいましょう。兄の意識を、どう変えるか……わたくしはそれが大切だと思うのです。他の方にも意見をお聞きしたいと思って……」
「あら、なんの話?」
「いえ、シプリア様、私はヨアニス様はあのままでもいいと思っていますから。あの武骨さが私には魅力的で……」
「いけません、レイラ様。わたくしは、兄だけでなく、レイラ様の意識も変えたいのです。でなければ、いつまでたってもおふたりの仲は進展しないままです。なんといいますか……王城に移ってからしばらく経ちますが、おふたりはいまだ付き合いたてのような雰囲気を醸し出しておりますよね」
「そういえばそうよね。よく言えば初々しいけれど、悪く言ってしまえばまだそれやってるの? とたまに思うもの」
「そうです。そうなのです! 兄は武骨で無作法で、照れ屋と言う名の臆病者です。ろくに女性のリードも出来ず、レイラ様だからこそ、そんな兄とも上手く付き合える反面、レイラ様だから、そのままでは先に進めないと思うのです」
「私、だから……?」
「ええ。それでもまだ、今は構いません。そういったやりとりが楽しく、心を揺らすものであるのも分かります。ですが、わたくしには結婚をしたから、とすぐに兄のあの態度が変えられるとは思えないのです。兄はあの年になるまでずっとああでしたもの。結婚式を挙げた夜から突然、夫としての役割をこなせるようになるとは思えません」
確かにもう夏になったが、いまだにふたりきりで顔を突き合わせれば恥ずかしく、互いに照れてしまう。
ヨアニスと話すのは楽しいが、手を握った回数も然程多くはない。レイラだってもっとヨアニスの手を握りたいし、抱き締められたい。それに、口付けだってしたい。
確かに今のままでは、それがいつ叶うかも分からない。
「レイラ様はとても魅力的です。真っ直ぐで、鮮やかで、キリリと精悍な美しさをお持ちです。それでいて内面は細やかで少女のような柔らかな心をお持ちです。ですが、やはり保守的すぎるきらいもあると思うのです。淑女たる行動も大切ではありますが、ここはもうバルシュミーデではありません。レイラ様が本当に振る舞いたいようにして頂きたいのです」
「私の……本当の振る舞い……」
「シプリア様ってば少しレイラ様を褒め過ぎではないかしら。でもその意見も分かります。ねえ、せっかくだもの、冷たい水に足でも浸しながら、作戦会議でもしましょうよ」




