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【コミカライズ】女騎士の婚活物語  作者: シアノ
女騎士の婚活物語

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21/44

20

 最後のパーティーの朝を迎えた。


 レイラはあまりの疲れに夢も見ずに眠り、熟睡をし過ぎたせいか目が覚めた時、見覚えのない天井に自分が今どこにいるのか失念して驚いてしまったほどだ。


 寝ぼけ眼で目をこすり、寝巻きからヘンリエッテに見せても最低限は不敬にはならない格好に着替え、壁際のやたらと大きい姿見で衣服に乱れがないかを軽くチェックする。

 何かが引っかかるような気もしたが、レイラは眠気のせいではっきりとわからず、気のせいだろうと思って部屋を出た。


 居間のいつもの定位置とも言えるソファにはヘンリエッテとヤスミンが、そして離れた場所の1人掛け用のカウチにはクラリッサもいる。予想外に全員が揃ってしまい、レイラは居心地の悪さに足をもぞっとさせた。


 ヘンリエッテとヤスミンはいつも通り、いやヤスミンはむしろ昨日の温泉のせいかつやつやと顔色がいいくらいである。レイラも肌だけは温泉のおかげかいいコンディションである。


 クラリッサは昨日のように上機嫌か、もしくはレイラのことを睨むかするかと思ったが、そんな様子もなくひとり離れて座っており、まるで静かな湖面のようであった。

 クラリッサは一瞬だけこちらをチラリと見たが、何も言わずにふいっと顔を背けて立ち去った。

 手にはドレスバッグがあったので、どこか他の場所でドレスの着付けをするつもりなのだろう。



 レイラたちはクラリッサを無言で見送った。

 扉が閉まると妙な緊張感から解放され、ほっと息を吐いた。


「クラリッサなりの決別なのでしょうね」


 ヤスミンはいつも通り穏やかにそう評した。


「ええ……。そうかもしれないわね……」


 ヘンリエッテは飲んでいたお茶のカップを静かに下ろす。

 ふう、と物憂げに息を吐いた。




「そういえば先程シプリアが……いえシプリア様がいらしたわ。わたくしたちに黙っていたことを謝りにね」

「でもシプリア様はここで過ごしやすいようにと心を配ってくれましたから……」

「そうよね、そもそも陛下の命ではいくら正妃の彼女でもどうにもならないわよね。わたくしも彼女のことが嫌いなわけではないもの。むしろ同情するわ」

「私もです。なんというか……一番大変な役目ですよね……」


 しみじみとシプリアの苦労を思う。秘密も抱え、気苦労の多い、大変な役目である。

 女性の割合が少ないヒルデガルドでは、他国の令嬢を持て成すための女官の数が圧倒的に足りていない。大陸共通語が話せて、礼儀作法や立ち居振る舞いに問題がなく、更に気の利く女性を多数用意するのは大変なのだろう。シプリアはヨアニスの妹であり、ツェノンの正妃ではあるものの、彼女を駆り出すということは、それほどに人手が足りていないということなのだとレイラは感じていたし、騙されたことへの怒りなど一切ない。


「本当よ。ヨアニス様の正妃になる方もきっと大変でしょうね。少なくとも体力はあるに越したことがないでしょう。さ、準備しましょう。レイラはわたくしの部屋よ!」


 ヘンリエッテにぐいぐいと背中を押される。


「あ、レイラ様。レイラ様が持っていらした装飾品類も確認したいので、申し訳ありませんが鍵とお部屋に入る許可をいただけますか?」

「え、ええ。構いません」


 レイラはヤスミンに請われるままに部屋の鍵を差し出した。

 ヤスミンならば信用もできるし変なこともしないだろう。弄られて困る物もない。


「レイラはわたくしの部屋は初めてだったわね」

「ええ」

「わたくしの部屋は少し広いし、ドレッサーもあるのよ。それに見てちょうだい。ドアノッカーが星の形をしていて──」


 無邪気に扉を指し示すヘンリエッテだが、それに気がついてレイラはくすっと笑う。


「ヘンリエッテ様、それはヒトデです。海の星とも言うそうですから、星には違いありませんが、海の生物ですよ」

「まあ、そうだったの。なんだ、じゃあわたくしだけ仲間外れじゃなかったのね」


 ヘンリエッテは言いながらヤスミンの部屋の方を指し示した。


「ヤスミンの部屋のドアノッカーは巻貝だし、レイラやクラリッサは双子貝でしょう」

「皆、海の生物ですね」

「そういうこと! ああなんだかすっきりしちゃった!」


 ヘンリエッテは朗らかな笑い声を立て、レイラも緊張がほぐれるのを感じていた。


 レイラはヘンリエッテの部屋に押し込まれ、そこで初めてそのドレスを見た。

 アニエスが作ってくれたレイラのための3着目ドレス。そしてタチアナがレイラの元まで運んでくれたドレスだ。



 それは――



「あの、これ、めちゃくちゃ布面積小さくありません!?」



 レイラは焦って絶叫をした。


「そうかしら? 今までとまったく違った雰囲気でわたくしはよいと思うのだけれど」


 一方のヘンリエッテは何食わぬ顔で着付けをしてくれる女官を呼んでいた。




 そのドレスは余分な布などこれっぽっちもないようだった。

 レイラの体形にピッタリと合わされ、少しでも太るか筋肉が増えるかしていたらそもそも入らなかっただろう。

 美味しい物の多いヒルデガルドに滞在しておきながら、なんとか太らずに済んでいたことをレイラは心から感謝した。もしも入らなかったら、今このヘンリエッテもだが、帰ってからのアニエスが恐ろしい。考えただけでも震えが走るほどの恐怖だ。

 よかった……やけっぱちでトレーニングしないで……、とレイラはしみじみと思った。食べ過ぎもだが、失恋でやけになって筋トレをしまくり、それでついた筋肉でドレスが入らないなど笑い話にもならない。



 一見するとストレートラインのシンプルなドレスである。

 色はレイラの瞳と同じ紺青。それに極小のクリスタルビーズが縫い付けられ、動くと星のようにキラリと光る、まるで夜空のようなドレスであった。

 ドレスに詳しくはないレイラでも、うっとりとするほど美しい布に縫製だ。


 しかしながら問題はここからであった。

 胸元はVの字に深い切れ込みが入っており、レイラの貧弱な胸の、本来は谷間のある部分から腹にかけてがすっかり露出するようになっている。立体的で体に沿う形であり、またセットの専用下着とドレスの布と同色のレースのおかげで、見えてはいけない部分だけはしっかりと隠されているもののかなり際どい。

 それでいて首の後ろで結ぶホルターネックタイプなので背中は完全に露出している。そのせいで背中が落ち着かないほどにスースーとしてしまう。

 一方で、ドレスと同じ布の腕をほぼ覆うような長い手袋により、ぱっと見での露出度は下げられているようにも見受けられる。かなり露出度も高く際どい割りに、派手にも下品にも見えない絶妙なラインであった。


「やっぱりこれ、どう考えても布が足りなくないですか? 別にインナーかなんか着ないといけないドレスなのでは!?」


 レイラは額から汗を流しながら己がドレスを指差す。胸元がパッカンと開いているのがどうにも気になって仕方がない。

 鏡で色々な角度から見て、大丈夫だと確認はしても、やはり見えすぎていて心配なものは心配なのだ。しかもレイラは山も谷もないほぼ平原なのだから余計にだ。……いや、見栄を張れば丘くらいにはなるだろうか。


「そんなわけないでしょう。レイラ、とっても綺麗な背中よ。ほら胸だって張れば多少はあるように見えるわよ!」


 持てる者は持たざる者の気持ちがわからないのだ、レイラはヘンリエッテの非常に豊かな胸元を見て思った。


 しかし着付けをしてくれた女官もコルセットがないにも関わらず、この細くピッタリとしたドレスを着こなすレイラを絶賛する。当の本人は無い胸が強調されてしまって思わず胸元を抑えて前屈みになりそうだったが。


 さらに、細いストレートラインのドレスはピッタリと太ももにまとわりつき、本来ならば動きにくいものではあるが、このドレスは太もも部分までスリットが入り、足にも絡まず動きやすい。勿論歩くたびにちらりとではあるが太ももが見えてしまうのもレイラにとっては悩ましい。


「でも、足だってこんなに……」

「あら、本当。大きく動いても下品にめくれ上がりはしないのね。すごいわ! どうなっているのかしら。帰国したらクレマンティ侯爵夫人にはこのドレスを作った店を絶対に紹介してもらわなくちゃ!」

 

 ヘンリエッテがレイラのスカートを捲ろうとして、レイラはそれを押さえる、の攻防が続く。ヘンリエッテは案外お茶目なところがあるのだが、レイラは必死である。


 その頃にはヤスミンも戻ってきて、レイラが持ってきた装飾品の中からこのドレスに合いそうなものをいくつか合わせてみたのだが、イマイチしっくり来ずに結局シンプルなものをヘンリエッテが貸してくれることとなった。勿論見た目がシンプルとはいえレイラが持ってきた物のどれよりも高いのだろうが。


 髪を整え化粧が終わる。

 すると夜空のような暗い色合いのドレスに不思議と炎のようなレイラの赤毛がしっくりとくる。

 ロウソクというよりは夜の篝火のようであろうか。少なくともロウソクよりはグレードアップはしている。

 しかしながら自分でも驚くほどしっくりとくるドレスだった。


 レイラはくるりと1回転してみる。非常に動きやすい。それでいてシルエットが崩れる様子もない。


「これは……すごいですね」

「とても綺麗よ、レイラ。でもちゃんと背筋を伸ばして、腕で胸を隠そうとしてはダメよ。堂々とするの。今の貴方は世界で一番綺麗よ。自分でもそう思って」

「そ、そんな……」

「ほら、その態度はダメ。胸を張らずに屈む方が見えそうで恥ずかしいことになってしまうわ。じゃあ、こう思うのはどう? このドレスには自信がつく魔法がかかっているのよ、って」


 魔法のドレス、その言葉の響きはなんだか素敵だった。

 まるで魔法のように、ドレスのないレイラの元に現れたのだ。小さい頃に読んだ絵本の魔法のように。この美しさといい、まさに魔法のドレスと言っても過言ではないかもしれない。


 ヘンリエッテはレイラの手をぎゅっと握り、言い聞かせるように言葉を紡ぐ。


「魔法のドレスはね背筋がちゃんと伸びるのよ。自信と勇気も生まれるの。貴方はどこから見ても立派な、とっても素敵な令嬢よ。今日は綺麗だと言われたらにっこり笑って『ありがとう』と言いなさい。これは命令よ」

「う……は、はい」


 レイラは命令という言葉には弱い。

 そしてヘンリエッテは繰り返した。


「……レイラ、とても綺麗よ」

「ありがとう……ございます」

「よし、合格よ」


 指を立てて得意げなヘンリエッテの姿に、レイラも思わず苦笑を返した。


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