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【コミカライズ】女騎士の婚活物語  作者: シアノ
女騎士の婚活物語

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13

 レイラにはドレスがない。


 いや、厳密にはある。

 アニエスにボロクソに言われ、ヘンリエッテにも雑巾にしろとまで言われてしまったイマイチ似合わないものが。しかも色は太って見えるとまで言われたベージュである。

 しかしながら、1度よく似合うと絶賛されたドレスに袖を通した後では、さすがに着る気にならなくてレイラは悩んでいた。


 だがパーティーにドレス無しでは参加はできない。当然、参加をしないというわけにもいかないだろう。急過ぎて、新しく仕立てるどころか、レイラほどの長身では寸法直しすら無理だろう。つまり誰かのドレスを借りることさえできない。


 レイラは髪をかき乱し、むーっ! と唸り声をあげた。

 レイラの筋肉寄りの脳みそでは長時間考えると脳が拒否しはじめるのだ。しかし考えないわけにもいかない。やはりクラリッサを一発くらい叩いておくべきだったかもしれないとさえ考えた。もちろん今更そんなことをするつもりもないが。



 いまだ上陸の間に合わない一部の国を除けば、他国の令嬢が大勢集まる親睦パーティーである。レイラの見栄えが悪いことにレイラだけが悪く言われるのならまだいいが、バルシュミーデ自体の評判を落とすわけにもいかない。最悪の場合、ドレスや絹織物の類の輸出状況がレイラのせいで悪化してしまうかもしれないのだ。これはドレスを作った際にアニエスからも言われた事柄だった。一国につきたったの4人しかいないのだ。それは侍女や護衛など関係なく国の代表として見られることに他ならない。



 考えたところで持参したドレスを着るか、急病のふりでもして欠席するしかない。

 そう諦めかけた時、レイラはヘンリエッテに呼ばれた。


 ヘンリエッテは深刻な顔をして言う。


「レイラ、お願いがあるのだけれど」

「なんでしょうか」

「今日のパーティーなんだけれど……騎士礼装を着てくれないかしら。貴方は嫌がるかもしれないけど……」


 純白の騎士礼装はレイラがその炎のような赤毛のせいでロウソクと言われる所以の服である。確かに正装ではあるので今日の親睦パーティーに着ていっても問題はなさそうだったが。


「……何故かお聞きしても?」

「ううん、ええと、ハッキリとは言えないけれど、似合わないドレスを着るよりはきっと貴方にいい結果になるのではないかと思ったの……。でも嫌ならいいわ。わたくしだって、貴方のことロウソクのようと言ってしまったものね」


 あの時はごめんなさい、と小さく呟く。

 そういえば最初に挨拶した時にはそう言われたのを思い出す。しかしあの時に比べればヘンリエッテは驚くほどしっかりしたと思う。クラリッサという反面教師のおかげかもしれない。そしてヘンリエッテはクラリッサに烈火のごとく怒ってくれた。レイラに短気を起こさせないためかもしれないが、それでもレイラのために怒ってくれたのだ。


「……わかりました。騎士礼装で参ります。エスコートをさせていただけますか、お姫様?」


 レイラは片目を瞑り、冗談めかして言うとヘンリエッテは頬を染めて微笑む。


「ええ。ありがとう」





 親睦パーティーが始まった。


 会場は謁見の間である。

 どうやらこの離宮での多目的ホールのような部屋であるらしい。

 確かに謁見の時には不自然なほどに広かったのはそのせいだ。しかしその時と違い、きらびやかに飾り立てられパーティーにふさわしい内装に様変わりしていた。



 この親睦パーティには陛下だけではなく、ヒルデガルドの独身男性貴族も多く集まっている。


 狩り大会の昨日の今日であるが、いやむしろだから、なのかもしれない。

 狩り大会では自然と男女が仲良くなっていった。このまま恋愛に発展し、結婚する可能性もある。

 ヒルデガルドはその成功を踏まえて、他の独身の貴族男性にもチャンスを与える気なのだろう。


 そして陛下もまた、どの国に対しても御簾越しで素顔を晒すことはなかったが、水面下で正妃探しも行なっているに違いないというのがヘンリエッテの意見であった。確かに顔を知られていなければ、近くで令嬢を観察することだって出来るかもしれない。


 事情を知っていそうなイグナーツの令嬢にカマをかけたりもしたそうだが、そもそもイグナーツの令嬢は全員が非常におっとりとしていて、ヒルデガルドに輿入れしたいという希望もないようだった。元々交流があるので正妃を焦って狙わずともいいということなのだろう。それ故に「さあ、よくはわかりませんが、その内にわかるでしょう」とどっしり構えているようだ。





 ヘンリエッテはシルエットの美しい水色のドレスを着て、レイラはそのエスコートである。バルシュミーデ風の代表のような可憐な美少女であるヘンリエッテは光り輝くように美しく、会場でも当然のように目立っていた。

 ヤスミンは上品な臙脂色だ。暗い色彩でも布がキラキラとするので地味には見えない。むしろ大人の色香ようなものが出ている。他国の令嬢は基本的に若い女性が多いので、しっとりとした大人の美貌を持つヤスミンもいい意味で目立つのか、ヒルデガルドの独身男性達からチラチラと視線を送られている。

 そして上機嫌のクラリッサは非常に目立つ、華やかな真っ赤なドレスであった。ヘンリエッテとクラリッサは似たタイプのバルシュミーデ風美人ではあるが、こうしてまったく異なるタイプのドレスを着ると雰囲気も随分と変わって見える。

 それぞれが目立つために非常に注目を集め、白い騎士服のレイラは少しばかり肩身が狭いが、それはヘンリエッテのエスコート役と自分に言い聞かせていた。


 しかしながらずっとこのメンバーで固まっているのは厳しかった。


 ヘンリエッテにはさすがにクラリッサの所業が許し難かったのだろう。証拠はないとはいえ、あからさまにクラリッサがやったにしか思えないからだ。事実、昨日からクラリッサに話しかけることもなく、食事やお茶にも誘っていなかった。

 ただ大事(おおごと)にしないのは、こういったパーティーで自国内での諍いを表には出すことが他国に弱みを握られるに等しいとわかっているからである。

 そしてそれをクラリッサも理解しているのか、あっけらかんといつも通りの態度で自分から話しかけているほどだ。それににこやかに応対しているヘンリエッテもさすが王女の貫禄ではあるが。それにヤスミンもあまり感情を出すタイプではないため、いつも通りにしか見えない。


 クラリッサは驚くほど図太い、とレイラは思った。

 あまりにも悪びれないせいで、やはりドレスを切り裂いたのはクラリッサではないのかも、とも思うが先日の意地悪そうな顔を思い出してかぶりを振る。


 そういうわけで、当事者であるはずのレイラだけが、ただただひたすらに居心地の悪い状況が続くのだった。





 

 陛下は例によって下げた御簾の内側から出ては来なかった。


 きらびやかに着飾った令嬢たちはしきりに御簾の向こう側を気にしている。当然クラリッサもひとりで意気揚々と御簾の前に向かっていった。

 こちらからは何も見えない御簾に向かって笑顔を向け、シナを作り、ポーズを決めるのは側から見ると少しばかり滑稽ではある。それも着飾ったきらびやかな令嬢たちがこぞってやっているのだから尚更だ。


 そしてそんな着飾った令嬢たちの中で、真っ白な騎士礼装のレイラはただ立っているだけで一際目立っていたのだろう。自然と令嬢たちから視線が向けられていた。


 以前であれば人目を集めるということはレイラにとってはロウソク女と言われることと同義で、常に羞恥や引け目があった。

 しかし今のレイラには目立っていることへの意識はさほどない。もう他に気になることがあったからである。


 このパーティーには独身の貴族男性も多数参加している。レイラはそんな彼らが通るたびにヨアニスではないかと視線を向けるが、どうやらこの親睦パーティーの会場にヨアニスはいないようだった。別の場所で他の仕事をしているのかもしれない。まさかこんな時まで薪割りはしていないだろうが。


 残念なような、ほっとしたような不可思議な気持ちをレイラは持て余していた。

 そんなレイラにヘンリエッテもまた視線を向け、心をほぐすようにニッコリと笑いかけた。


「ねえレイラ、貴方、男性パートは踊れて?」

「は? え、ええ、まあ一応は」

「じゃあ踊りましょう!」


 ヘンリエッテに腕を引かれ、ダンスが始まる。


 ダンスをしているカップルは普段バルシュミーデで行われる舞踏会よりも遥かに少ない。昨日の狩り大会で上手くいったのであろう数組だけだ。


 そんな中で色鮮やかな炎のような髪をした凛々しい女騎士と、麗しい姫君が踊り始める。それが皆の視線を集めたのは当然だった。


 レイラもその視線がいつものように『ロウソク女が』という侮蔑を一切感じなかったので、踊っている内にどんどん楽しくなってきた。なんせヘンリエッテは厳しくダンスを仕込まれた王女である。元来体を動かすのが好きなレイラの相手として引けを取らない実力であった。


 自然と笑顔が浮かぶレイラに、ヘンリエッテも顔がほころぶ。



 一曲が終わり、清々しい気分で場所を譲ろうとしたところでワッと他国の令嬢に囲まれた。

 御簾の前でポーズを決めることをせず、端の方で退屈そうにしていた令嬢ばかりだった。レイラのダンスに心を奪われたのだろう。


「あの、素敵でした! 次はわたくしと踊っていただけませんか?」

「いえわたくしと!」

「わ、私も次に……」

「是非わたくしとも!」


 令嬢たちは皆、頬を赤らめ、手を差し出してレイラと踊りたがっているようであった。

 驚いて目を白黒させるレイラの背中をヘンリエッテが軽く叩いた。


「ほら、いってらっしゃいな、レイラ」



 似合わないドレスで身長を気にして背中を丸めていつもどこか自信なさげなレイラより、いっそ開き直って背筋を伸ばし、凛々しい女騎士としてのレイラの方がよほど格好よくて魅力的な女性であることは間違いなかった。


 事実、会場内の令嬢だけでなく、ヒルデガルドの貴族男性も凛々しいレイラを気にしたようにチラチラと見ている。


 もしかすると御簾の内側にいる陛下でさえも――




 そんなレイラを見て、御簾の真正面の位置に陣取って動こうとしなかったクラリッサも、顔を歪めてギリッと爪を噛んだ。勿論それはごく一瞬のことで、次の瞬間には愛らしい顔に花が咲くような笑顔を浮かべたのだが。


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