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【コミカライズ】女騎士の婚活物語  作者: シアノ
女騎士の婚活物語

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10

 招待状に記されたブラウリオという国名には聞き覚えがあった。


「ブラウリオ……イグナーツの隣国でしたよね。確か最初に到着したという」

「そうよ。わたくし達より2日前に到着したのですって。……どうしましょう。色々と聞いておきたいこともあるし、受けたいとは思っているのだけれど……」


 ヘンリエッテはうんうんと愛らしい唸り声を上げる。

 他国がライバルである国々にどういう態度を示してくるのか、レイラには分からない。互いに女性が4人しかいないとはいえ、蹴落とすためにと何をされるか分からないのだ。お茶会をしましょうというのをただ鵜呑みにするわけにはいかない。ヘンリエッテもそう思っているのだろう。


「私でよければ勿論護衛に付きますが、やはりシプリアに話を通すべきではないでしょうか」


 確か到着した時の注意事項で、まずシプリアを間に挟むようにと言っていたのを思い出す。


「そうよね……。ただあまりヒルデガルド側に聞かれたくないこともあるものだから」

「しかしトラブルが起きた場合のことを考えれば、安心には変えられないかと」


 ヘンリエッテは髪をかきあげ、ふう、と息を吐いた。


「そうね。わかったわ。……わたくしのことだけでなく、レイラやヤスミン、クラリッサも、わたくしはちゃんと無事に帰国させる責任があるものね……。シプリアに相談してみましょう」


 ヘンリエッテはそう言う。


 レイラはヘンリエッテを天真爛漫な子供だと思っていたが、先程クラリッサを窘めたことといい、王族としての義務や責任をきちんと理解し、実行しようとしているのだとわかった。

 というか、現状不安なのはクラリッサの方だ。

 クラリッサの尋常じゃない様子を思い出し、レイラはこっそりと溜息を吐いた。


 結局シプリアに話を通したところ、給仕を付けると言われたが、そこまでの規模ではないとヘンリエッタは断っていた。それでもシプリア本人は立会うこととなったのだ。


 また、レイラが先程庭園で見かけた東屋の話をしたところ、ヘンリエッテも興味を持ち、急遽ガーデンパーティーと相成った。





 ブラウリオから来た4人の女性達は、それぞれが花が咲くかのように明るく派手な美女揃いであった。

 ヒルデガルドに比較的近いためか、同じような浅黒い肌に、濃淡はあるが茶褐色の髪である。

 それでいて、皆雰囲気がそれぞれ異なるのである。


「初めまして。ブラウリオのバーニアよ」


 おそらくブラウリオ側のまとめ役であろう、明るく艶やかな美女だった。物腰も上品で王族か貴族であろうことは間違いない。

 このバーニアと、ケイトと名乗った甘ったるい喋り方の泣き黒子の女性が椅子に座る。

 残るふたりは給仕役と護衛役を務めるようで脇に立ったままだ。


 こちらはヘンリエッテとクラリッサが座り、給仕役を譲らなかったヤスミンと護衛のレイラが脇に立った。

 なお、クラリッサは今回、挨拶と相槌以外は口を開かないようにと念を押されていたので、多少は安心だろう。




 お茶やお菓子はシプリアが用意してくれたものだ。大陸で広く飲まれている赤褐色をしたお茶と小麦に砂糖やバターをふんだんに使った焼き菓子である。

 シプリアからしてもこの婚活の催しで初の他国の令嬢同士の交流なので、何か事件でも起こり外交問題にならないために気を使ったのだろう。


 その甲斐あってだろう。お茶会は和やかに進んでいく。


 ヘンリエッテはバーニアと――というかバルシュミーデがブラウリオとの扱いに差がないか、今回の催しについてなどの情報交換をしているようだった。



 特に問題もなくお茶とお菓子と会話を楽しみ、それではそろそろお開きに、というところでケイトと名乗ったおっとりした女性が、唐突に護衛の女性の口にお菓子を突っ込んだ。バーニアも給仕の女性に食べさせている。


 それを見たヘンリエッテもお菓子を手に取り、ポカンと空いていたレイラの口に突っ込んでくる。

 甘い味が口いっぱいに広がるが、とにかくぎゅうっと押し込まれたために簡単に飲み込むこともできない。

 クラリッサは呆然と目を丸くし、ヤスミンは何事もないかのように平然としている。


「ね、美味しいお菓子でしょう、レイラ。もっと食べたい? 食べたいわよね? ええわたくしもよ」


 突然のことに目を白黒させているレイラは、口にお菓子が入っているために是も非も言えなかった。


「そういうわけなの。シプリア、申し訳ないけれど、このお菓子のお代わりをいただけるかしら? 部屋に持っていく分もあれば欲しいから小分けにしてちょうだい。バーニア様もそうよね?」

「ええ、お願いするわ。人数分ね」


 ふたりはニッコリと花が咲いたような笑みをシプリアに向けている。


「え、ええ……かしこまりした。い、今ご用意して参ります」


 シプリアはヘンリエッテ達の妙な雰囲気を察しながらも、頼まれたお菓子を取りに急ぎ足で去っていった。

 レイラも時間をかけてようやくお菓子を飲みくだした。甘くて美味しいけれど、お茶がなければ飲み込みにくい。




「さて、ここからが本題よ」


 そう言ったのはブラウリオのバーニアだった。


「ごめんなさいね。貴方達の話は聞きたいけれど、一応シプリアに話を通すように言われていたものだから」

「いいって。いきなりだもの、怪しいのは当然。それより、バルシュミーデは陛下に会った?」

「……御簾越しに。それを聞くということはブラウリオもそうなのね?」

「そうよ。何か意図があるのでしょうけれど、気分はよくないわ。でもバルシュミーデもということは、やはり全員集まってからでもないと顔を披露するつもりがないのね。勿体ぶっちゃって」


「……80の醜男かもしれませんわ」


 ボソリとそう言ったのは口を開くなと言われていたクラリッサだった。

 しかしクラリッサにバーニアは違うとばかりに手を振った。


「そうでもないみたい。ほら、ブラウリオの隣はイグナーツでしょう? 私の個人的な知り合いなのだけれど、イグナーツの王女……今回の催しにも来る予定の彼女はね、以前、式典で陛下に会ったことがあるのですって」


 イグナーツはヒルデガルドと数少ない交流を持った国である。だから式典に呼ばれることもあるのだろう。そしてその隣国であるブラウリオにはイグナーツからの情報が入ってくるようだ。

 ヘンリエッテも興味深く頷いている。


「確かに噂と同様に、若くて身長も高くて、驚くほどの美丈夫だったそうよ」


 美丈夫……その言葉にレイラは反応した。ヨアニスのことを思い出したのだ。

 ヘンリエッテも同様だったのだろう。


「ふうん、美丈夫ねえ……。ねえ、バーニアはヨアニスという男を見たかしら? 薪を運んでくれたと思うのだけれど」

「ヨアニス……? ああ、あの逞しい従僕ね。あの男も確かにいい男だったわね。でも多分関係ないわ。今度こそ本題。ケイトがね、見たのよ。チラッとだけど陛下のことをね」



「えっ!?」



 ヘンリエッテとクラリッサが同時に声を上げた。

 そのケイトはこくこくと頷いて説明を始めた。


「ええ、確かに見たんですぅ! 御簾があるからこちらからは陛下のお姿が見えないじゃないですかぁ。それがちょっと不満だったんですけど、謁見が終わって戻る時にですねぇ、たまたま私、振り返っていて、御簾の方を向いてました。でぇ、謁見の間の扉が開いた風圧で、御簾が動いたんですよぉ!」

「それで、見たの? 顔は!? いくつぐらいだった? それって本当に陛下なの?」


 クラリッサは食らいつく。

 ケイトは顎に指を当てて思い出すような仕草をしている。もしかすると焦らしているのかもしれない。


「ええ、確かに背の高い美丈夫でしたよぉ。ヒルデガルド人らしい浅黒い肌でしたが、綺麗な……ええとぉ、どちらかといえば繊細で上品そうな顔立ちでした。服装もヒルデガルドの上級貴族が着るようなものでしたし。多分陛下だと思うんですよねぇ」


 ヘンリエッテも頷いた。


「確かにそれが本当なら陛下である可能性が高いでしょうね……。でも、見間違いはないの? あの謁見の間はかなり広かったし、出入り口付近から見て服装までわかるものかしら。しかもほんの一瞬でしょう?」

「ああ、このケイトはね、平民なのだけどとても目がいいの。海の近くに住んでいて、湾内に入る船を監視する仕事をしているのよね」

「そうなんですぅ。私は目がいいのだけが自慢でしてぇ」


 ケイトはニコニコとしながら自分の両目を指差した。

 海の近くや、広い草原に住む者は目がいい、とレイラも聞いたことがある。ケイトもそうなのだろうか。

 しかしレイラもヘンリエッテもケイトが平民ということに驚きを隠せないでいた。

 確かに身のこなしや口調はバーニアほど洗練されていないが、それでも類稀なほどの美女である。


「ブラウリオではね、貴族だとか金持ちだとか、一切身分の関係なく、国中から選りすぐりの美女を集めたのよ。すごいでしょう? 私は王族だけれど末席の方だもの。給仕のこの子は宿屋の娘だし、護衛の彼女は冒険者出身よ」


 しかしながらバーニアはさも自信ありげに笑った。短時間で国から選りすぐりの美女を選出し、地の利があるとはいえ一番に到着できるだけのことはあるのだろう。


「ね、どう? 貴方達もやる気出たでしょう?」


 その視線はひどく真剣な顔をしているクラリッサの方へと向いていた。先程までの死んだ魚のような暗い瞳が一転して、闘志に燃えている。確かにそのようだ、とレイラは思った。

 一方のヘンリエッテはにこやかな態度を崩さず、ひどく冷静だ。


「わざわざ教えてくださってありがとうございます。それで、見返りは何がよろしいのかしら」

「別に大したことは。もし貴方達の誰が陛下を射止めた時には『ブラウリオのおかげです』ってお礼状をくださいな。ほら、私達は寄せ集めで、身分はないの。国に帰った時に、得るものは多い方がいいでしょう?」


 ブラウリオの女性達はうんうんと頷いている。


「貴方達には自信がないの?」

「ないわけではないわ。けれど、打てる布石は打っておきたいのよ。ああ、貴方達が誰も選ばれなかったらバルシュミーデからのお礼状でもいいわ。一番に到着したのに、なんの成果も得られないと、帰国してからうるさいのよね」

「個人的なお礼状で良ければいくらでも。それと共に絹の布地かバルシュミーデ産の換金性の高いものを送りましょう。それでよろしくて?」

「うん、まあそれでいいわよ。お酒でもいいわね!」


 バーニアはニヤッと笑う。どうやらイケる口のようだ。機会があれば酌み交わしてみたいかもしれない。


 そしてブラウリオの女性達はどうやら随分とハングリー精神が旺盛だ。

 得るものは少しでも多い方がいい。そして身分関係なく自分に自信がある女性ばかり。

 こんな海千山千の令嬢がこれから100人前後も集まるのだ。

 何が起こるかもわからない。


 正直、今後が思いやられるレイラだった。





「皆様遅くなりまして、先程のお菓子でございます」


 そこにようやくシプリアが戻ってきた。


 お菓子をレイラの口に詰め込んだのは、シプリアをこの場から立ち去らせるための方便だったようだと今更に気がついた。


 ヘンリエッテ達はシプリアのことを信用していないわけではないのだろうが、陛下が顔を見せないことには理由があり、シプリアはそれを知っているはずである。

 そのため、ブラウリオのケイトが陛下の顔を見たことは言わない方がいいとヘンリエッテ達は判断したのだろう、とレイラも思った。

 しかし、一体どうやって意思疎通をしていたのか、鈍いレイラにはさっぱり分からなかったが。



 ──お菓子の甘ったるい味は、しばらくレイラの口の中に残っていた。

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