プロローグ
「くっ……! 殺せ! こんな辱しめを受けるくらいなら、いっそ殺せ!!」
女騎士レイラ・ショーメットはあられもない下着姿で複数人から羽交い締めにされ、身動きも取れない状況で絶叫した。
「何よそれ、私らはオークか! 大人しく体の採寸をさせなさいな」
レイラの友人であるアニエス・クレマンティ侯爵夫人は肩を竦めてレイラの額を小突く。
レイラは羽交い絞めにされているため、小突かれた部分を押さえることも出来ずに涙目であった。
「し、しかし……こんなに細かな採寸は必要ないでしょう? 採寸なんて丈と身幅くらいでいいじゃない……」
レイラは消え入りそうな声でもにょもにょと呟いた。
「は? 信じられない。だからアンタのドレスはいつも野暮ったくて似合わないのよ! どうせいっつも同じ服飾店で誂えてるのだって、アンタの身長でも入るように調整してくれるからでしょうけど!」
ぐうの音もないほど全くその通りであった。
レイラはこの国の女性よりも優に頭一つ分大きい。そこらの男性より大きいことだって珍しくない。
それ故にドレスのサイズではいつも苦労をしてきた。しかしドレスを一からオーダーするのは高い。必然的に比較的安価ながらも大きいサイズで仕上げてくれる店ばかりを使うようになっていた。……それが少々自分に似合わない野暮ったいドレスであっても。
要は入ればいいのだ。見栄えなどはなから諦めている。
「アンタのはセミオーダーよね。デザインはみんな共通で、サイズにある程度ゆとりのあるようにしてあるだけの。でもね、それではダメなのよ」
「はい、わたくし共がレイラ様にピッタリのドレスをご用意いたします。サイズのことだけではございません。レイラ様の雰囲気に合い、それでいて印象を劇的に変える奇跡の1着を必ずやご用意してみせます!」
そう言ったのはアニエスのお抱え服飾店から来た、まとめ役の女性だった。
レイラを羽交い締めにしているアシスタントの女性達もうんうんと頷いている。
まとめ役の女性は手にした巻き尺でレイラのウエストを指し示した。
「レイラ様のウエストは大変引き締まっておりますが、細さ、くびれがございません。腹筋が割れておりますし、この硬さでしたら、うんと締めたところでコルセットが負ける可能性がございます」
「これはこれで需要がありそうですから、いっそコルセットは無い方が……? まあ本当に硬いですこと。ウエストだけあまり細くしても他とのバランスが崩れますね。昨今の流行である、か弱い雰囲気は捨てましょう」
「うっ……」
「肩幅も広いですものね。しかしこの肩のラインは美しいかと思われます。出した方がよろしいかと。肩の骨で女性らしい華奢さを少しでも出せます」
「ですがお胸がございませんね。これでは盛っても雀の涙……いいえ泣き言は止しましょう。ホルターネックはどうでしょうか? これでしたら胸元は隠しつつ、肩のラインを出せます」
「確かに……首も少し日焼けしておりますね。首から胸にかけては総レースで覆うのも良いかもしれません」
「問題はお尻です。とても引き締まっており、素晴らしいのですが、太ももに筋肉が付き過ぎており、バランスが悪く見えます」
「脹脛も同様です。しかし足首は出した方がよろしいのでは」
「ええ、手首足首で細さを強調いたしましょう」
「お待ちください! おみ足! 大きいです! これにあう靴のサイズはこの国にはなかなか……」
「靴は真っ先に仕立ててもらいましょう! ヒールは7……いえ10かしら。もう既にこれ以上ないほどに身長で目立つのです。いっそ飛び抜けて大きい方がまだマシです。身長が高いのに半端に低いヒールを履いて肩を丸めて歩くなど言語道断、戦う前から敗者です!」
「ううっ……」
「それから色ですね。髪は炎のように赤く、それでいて瞳は夜のような紺青……。この赤が曲者です。髪色に合わせると自然になりますが、ドレスもただ赤ければいいというわけではありません。髪の色が強──いえ印象的すぎて同系統の赤だと埋もれて境目がなくなります」
「炎のような赤の髪に赤のドレスだと、遠目に見ると大炎上になってしまいますね。いっそ逆の方がいいでしょう……緑系かしら。しかし植物の茎のような色は止めたほうがよさそうですね」
「素材の質感にさえ気をつければ大丈夫では? ロウソクよりは植物のよう、という方がマシかと」
「赤にはグレーかベージュもよいですが、それですと茫洋な雰囲気になります。特にベージュ、レイラ様の場合は太って見えます。もっとぱっきりとした色ですね」
レイラの細かなサイズを測りながら、実に口さがない女達。そしてそれを娯楽のように楽しむ友人の姿。
「く……っ……殺せぇ……」
レイラは半泣きになっていた。
自分の長年のコンプレックスが晒されているのである。
笑いものになっているわけではないにしろ、多数の女性達のおもちゃになっているようなものだ。
いくら気の強いレイラでも心は折れかけていた。
「まあ、気持ちはわかるけれど、アンタ、もう後がないのよ。わかってる?」
「わ、わかってる! でも私の仕事は王女殿下の護衛でしょう!? パーティだからドレスを着るのは致し方ないとはいえ、見栄えなど二の次で……」
「あー! 全然わかってない! 貴方も参加者なの! 国を挙げての大婚活イベントの! 護衛だけしていればいいわけじゃないわ。外交でもあるのよ! みっともないドレス着ていたら、うちの国が馬鹿にされるのよ!!」
アニエスは叫んだ。
「アンタがダッサイドレスを着ていたら、あっという間に他国の流行に敏感な令嬢に噂が流れるわ。うちの国の服飾品の輸出にだって関係してくるかもしれないのよ! そうなってアンタは責任取れるの!?」
「うううっ……」
実に正論である。
レイラは正論には弱い。長らく騎士をやっていることもあり、根が真面目で脳筋寄りなのだ。
バルシュミーデ王国の女性騎士レイラ・ショーメットは、最近婚約破棄をしたばかりだった。
高すぎる身長、一際目立つ真っ赤な髪。
ずっと外見で笑いものにされてきたのである。
コンプレックスだらけの彼女は、もういっそ結婚を諦めて騎士の仕事に身を捧げようと心に誓った。
そしてそのためには武功や功績が必要だ。
だから、引き受けたのだ。
王女の護衛騎士として、他国に向かう仕事である。責任が重く、だからこそ無事に終われば良い功績となり、今後に役立つだろう、と。
しかし、それが他国の国王の正妃を決める婚活の催しであり、レイラもまた参加者として向かうことになろうとは、まさか思ってもみなかったのであった。
事の発端は、時を遡り、数日前のこと――