妄想シミュレーション
時刻は午後九時三十分。俺は自室で机に向かって悶々としていた。
しかし勿論勉学に勤しんでいることはなく、さりとて桃色遊戯に興じているわけでもない。
懊悩である。
大いなる悩みに頭を悩ませているのである。
その悩みとは何か。
それすなわち、
彼女へどうやって告白したものか。
というものである。
俺が彼女に一目で心を奪われ外堀を埋め続けて早一年。そろそろ十分に埋め立てられているはずだ。いよいよ行動に移るべき時分なのである。
しかし浅慮に安易に軽々に告白しても折角埋め立てた外堀を掘り返すことになりかねない。事は深淵な思考と慎重な行動が必要だ。最後まで注意を怠らないこと。戦いは勝利するまで終わらないのだ。
だから俺は考える。腕を組んで考える。うんうん唸って考える。隣の部屋から妹が大音量で流しているポップスが響いてくるが、その程度の雑音では俺の思考を遮ることはできない。
やはり状況設定は大事であろう。始まりからそういう雰囲気を作っておくことが肝要だ。例えばそう、下駄箱に手紙を忍ばせて置き、校舎裏に呼び出す。彼女がどきどきしながらやって来たところで、俺が彼女に言うのだ。
「俺……お前のことが好きなんだ」
実に男らしい手段であるといえよう。彼女も間違いなくメロメロだ。
いやしかしどうだろう。そう下手に回りくどいことよりも、いっそどストレートに直球勝負を挑んだ方がいいのではないか。
廊下で出会い頭に、
「君が好きだ!」
こうなれば彼女も、ホームランを場外までかっとばすに違いない。
うむ、と俺は重々しく頷く。
これはどうだろう。
イベント、というのはそこに行くだけで雰囲気を作り出してくれる。ならばそれを利用しない手はなかろう。
夏祭りというのはどうだ。俺も彼女も浴衣だ。ただあるがままに美しい彼女は浴衣を着ればさらに美しく映えるに違いない。浴衣は青が似合うな、うん。
そして人のいない神社まで登り、その境内に並んで座って、打ち上がる花火を背景に、俺は彼女に言うのだ。
「花火も綺麗だけど、君の方がもっと綺麗だよ……君のことが好きだ」
うむ、キマっている。歯が浮く台詞が何だ、総入れ歯程度は余裕だ。
他にはそうだな、最近流行りのアレに乗っかるのもいいだろう。まあ人目に付かないところで、アレである。
伝説の壁ドンだ。
ドン、と彼女を壁にドンして、
「ねえ、君……俺と付き合っちゃえよ」
ドン、と隣の部屋から壁ドンが鳴ったが、俺は気にしない。イメトレがてらに一発ドンしてみただけなのだが、全く、心の狭い妹だ。
いや、軽々しく流行に乗るのはあまり印象がよろしくないかもしれない。流行りものを追いかける軽い男だと思われてしまっては心外だ。時節が過ぎてからやるのがよかろう。
む、そういえば、俺はまだ失敗する状況を想定していない。失敗をもカバーできてこそ完璧な男だ。
人気のないところ、屋上にでも呼び出してみるとする。
爽やかな風が吹く中、もじもじと指を絡み合わせている彼女に向かって、俺は軍人立ちで言うのだ。
「お、おおおお俺、俺、俺俺俺は! きききき君みみ君君のここことが、すすすす、す、す、好きデス!!」
最後声が裏返っていたりして。
いやいや、いくら何でもこれはないだろう。さすがにここまで緊張するということはあるまい。
そう、こんな感じだ。
同じく、風の爽やかな屋上にて、
「俺、君のことが――す、すりれるっ!」
いや、しかし、失敗する状況を想定しても仕方があるまい。もうこの辺でよかろう。
そういえば屋上で思い出した。こんなテレビ番組を見たことがある。
愛しの君を含む生徒たちを校庭に呼び出し、校舎の屋上から愛を叫ぶ、というものだ。
世界の中心で愛を叫ぶのも悪くはないが、相手がいなければ意味があるまい。ならば校舎の屋上で愛を叫んだ方がより確実だ。あれは見ていた当時は鼻で笑って見ていたものだが、今思えば素晴らしい企画であった。
それに倣うのも悪くない。
俺は彼女と有象無象を校庭に呼び出し、ざわめく群衆の中から彼女を見つけ出すと、屋上の手すりから身を乗り出し、腹の底から、君に届けと全身で叫ぶのだ。
「俺は――――! 君のことが―――――――! 好きだ――――――――――――っ!!」
ドン、と部屋の戸が壊れんばかりの勢いで蹴り開けられた。
続く勢いで分厚い国語辞典が飛来し俺の後頭部に直撃。俺は悶絶して顔面を机にめり込ませた。
「うっせんだよ外でやれってんだ馬鹿野郎がっ!!」
辞典を投げつけた妹は俺を口汚く罵ると、どすどすと足音を怒らせながら自分の部屋に帰って行った。
俺は後頭部を押さえ、ぷるぷると震えている。
毎週末、休日はだいたいこうして一日が潰れる。
時空モノガタリと重複投稿。