二の生~歩~__彼女の元へ。
「いらっしゃい! ……と、いやぁ~久しぶりだねぇ」
「あ、どうも。覚えてますか?」
「覚えてるよぉ。で? 人探し……やってる?」
「はぁ、まぁ……。振り出しに戻った感じですが……」
「ま、できる事は協力するからさ。で? 生ビール?」
「あ、はい」
「はい! カウンター席、生一丁!」
チィちゃんの実家に行ってきた。
いきなりチャイムを鳴らす事なんてできない。
しばらく家の前をうろついてみたが、誰にも会えなかった。
表札はお義父さんの名前だけで、郵便受けにも家族の名前が書いてなかった。
チィちゃんは、本当にここにいるんだろうか………。
そう考えると、不安で不安で堪らない。
せめて一目だけでもと、何度も家の前を行き来するが、成果は得られなかった。
「で、就活は? 順調?」
「え? はぁ、まぁ」
「何? こっちに来るの?」
「まぁ、行く行くは……そうなるかなぁ?」
「けど、ここいらにそんな会社あるかい?」
「大丈夫です。ちゃんとありますから」
「何てとこ?」
「それは、まぁ受かってからで……」
「あははは! そうかい? ま、頑張って! で、何食べる?」
「あ、ゲソとヤッコを……」
「あいよ! カウンター席、ゲソ、ヤッコ!」
ハァ……、半年経って収穫なしか。
ま、まず身の周りを整理する必要があったからな。
次に、ここに来れるのはいつになるだろうか……。
そろそろ、内定が決まる。
これを貰えなければ、洒落にならない。
クソ!
焦りと不安が、俺の胸の中を掻き毟る__。
「あの……。これを」
俺はチーフに1枚の紙を手渡した。
「ん? 沢田……。あ、この前の」
「はい。あんまり大っぴらには困るんですが、新しいバイトさんとかに聞いて貰えませんか?」
「分かった。いいよ」
「すみません。なんか……」
「……、大事な人なんだろ?」
「えぇ……。本当に大切な人なんです」
「いいねぇ。今時、そんな言葉は聞いた事がないや。で、お替りは?」
「あ、生ビールを……」
「あいよ! カウンター席、生一丁!」
とにかく、『沢田』という家があった事だけでも、今日は良しとしよう。
「お~い! 一条。内定もらったんだって?」
「あぁ、なんとかな」
「いやぁ、急に通信系に変えただろ? 何かコネでもあった?」
「いや、全く……」
「そうなのか?」
コネは頭の中にある。
もうすぐ、各家庭にインターネットが普及し、幼児でさえキーボードを平然と叩く時が来る。
そんな未来をリアルに語れるのは、多分俺しかいない。
それを、さも自分が作り上げる未来だと熱弁する事なんて容易く、それは会社側のビジョンと合致する。
現に2次面接では、重役らしき人が目を丸くしていた。
貰った__!
「けどよぉ、最近変わったよなぁ、お前」
「そうか?」
「う~ん。急に何か大人びたって感じ?」
多少、歳食ったからな。
「なぁ、久々に飲みに行くか」
「あぁ、いいな」
「実は明後日、合コンに誘われてんだ。お互い内定も貰った事だし、いっちょパアッとさ」
「あぁ、俺そういうのは……」
「なんだよぉ~。優香と別れて寂しいんじゃないのぉ? ってか、もしかしてお前! 他にイイ子ができたとか?」
「馬鹿馬鹿しい……」
できたんじゃねえよ。元々いたんだよ。
「とにかく、合コンなら行かない」
「ちょ、ちょっと! おい、一条!」
必死で呼び止める大崎を置き去りにして、俺はバイトに向かった。
**** **** *******
「明けましておめでとう!」
「叔父ちゃん! あけましておめでとうございます!」
「おめでとう。良くできました。はい、お年玉」
「ぅわ~い! パパ、ママ、叔父ちゃんからお年玉もらったよぉ~!」
「ごめんなさいねぇ、歩くん」
「いやぁ、アハハハハ……」
正直、このタイミングで正月はやめて欲しい……。
なんて言えないけど……。
就職の為に、スーツや靴、パソコンやら色々買ったし……。
加えて、お年玉なんて……い、いや叔父としては当たり前の責務……なんだ。
だが、しがないバイト生活で、これはキツイ。
おかげで、未だチィちゃんとこに足を運べずにいる。
「へぇ、珍しいな。お前がお年玉なんて?」
「兄貴……」
「ムリすんなよな」
「んにゃ、あんな可愛いけりゃ、ムリもし甲斐あるって」
「お、お前……熱でもあるんじゃないのか? 去年は布団に潜り込んで顔も見せなかったクセに……」
「あ? はははは……は。そ、そうだっけ? ま、まぁ就職も決まったことだし……な?」
お、俺は何て小さい男だったんだ……。
恥ずかしい!!
ってか、甥と姪が小っこ過ぎて笑える。兄貴も若いし……。
そして、何より両親が元気で若々しい。
年老いた両親を知っているだけに……何だか嬉しい。
俺は42歳で死んだ__。
年老いた彼らは、どれだけ悲しんだだろう。
親よりも早く逝ってしまうことは、どんな事よりも親不孝だと聞いたことがある。
だけど、それは俺が望んだことではない。
しかも、孫まで……。
「パパ……。ちょっと……」
「ん? どした? ……えっ!」
義姉さんが、兄貴に何か耳打ちしている。
途端、兄貴の顔色が変わった。
兄貴は、俺の横にドスンと座るやいなや、怪訝な顔をして話し出した。
「おい……。お前、どうしたんだ?」
「何が?」
「お年玉だよ!」
「え? なにか?」
「一万円って……。しかも二人共、同じ金額って……」
「え? 何? 同じじゃダメだった?」
「バカ! 違うよ! あんなガキに一万円って、多過ぎるだろ?」
「そ、そうなの?」
「お年玉ってのは、金銭感覚を養うのに大きな影響があるんだぜ。お前知ってる?」
「え? そうなの? 知らなかった」
「去年、お前が布団の中に雲隠れしたのは、正直いただけなかったが……。あれはあれで、金ってのは簡単じゃないって事を、ガキらはそれなりに学ぶんだよ」
「そ、そう言うものなのか?」
「あぁ。まぁ、今年は貰えてうれしいけど……。だけど、奴らが欲しいと思っていた物が、やっと買える程度の金額でいいんだよ。それ以上は……」
「へっ、親が没収?」
「な! ったりめぇじゃんか! け、けど、つ、使い込まないぞ!」
「アハハ、分かってるって。ゴメン……これからは、気を付けるよ」
「あ、いや……。すまん……せっかくの……」
「いいんだよ。俺……何か、兄貴を見直したよ」
「な、何言ってんだよ! 気持ち悪い」
そうか……。
時間は、それなりの時にそれなりの事をさせるんだ。
身の丈……ってことなんだな。
俺が覚えている甥達は、もっと大きかったな。
ふっ……中学生だったか?
欲しがる物だって、かなり高額の物だった。
俺からの年玉で『やった! 叔父ちゃん、これで買えるよ!』って、喜んでいた。
その嬉しそうな顔を見ると、散財し甲斐があると思っていた。
だけど、その金額も、今のあの子達の身の丈には合わないってことか……。
俺も、身の丈に合わないことしたんだって事が分かった。
所詮、俺は23歳って事だ__。
正月も終わり、就職前の休みの間にもう一度あの居酒屋に行ってみた。
「お!! やぁ、やっと来たねぇ」
「こんばんは」
「いやぁ、俺は馬鹿だったよぉ。兄ちゃんの連絡先聞いてなかったのがイケなかったぁ」
「は? 連絡って……」
ま、まさか!
「わかったんだよぉ。この、『沢田』さんって家が」
「家?」
「そうだよぉ! 凄いだろう?」
「ま、マジッすか?」
こ、ここは驚いておこう……。
家は知ってるんですってば……。
「でね。知世ちゃん? いたんだよぉ」
「え……。チ、チィちゃん……が?」
ドクンッ!
心臓が跳ね上がった__。
「そ、それは……本当で……すか」
「あぁ、ちょっと前に入って来た女の子がねぇ。お~い! ゆっき~! ちょっと来い」
チィちゃんが……見つかった……?
「は~い。なんすかぁ?」
厨房の奥から一人の……女の子? が出てきた。
ショートカットで色黒の……彼女の体つきはまるでスレンダーな男の子のような……。
「いやぁ、これでもれっきとした女の子ッスよ。彼女、ソフトボール部でねぇ。高校時代はずっと刈り上げだったらしくて、その名残りらしいんだよぉ」
にしても……ずっとそのまんま?
い、いや……そんなことは、どうでもいい。
「おい、ゆっきぃ。この間の話、もっかい聞かせてくれよ」
「この間? あぁ、チッチの事ッスか?」
「チッチ? そ、その子、沢田知世っていう名前ですか?」
「ん? そうですよ。うちら一緒の学校でしたから」
「え? 学校一緒だったの?」
チーフが、いきなり引いた。
「もう! チーフ、この前そう話したじゃないですかぁ」
「だって……お前の学校って……」
「何ッスか? なんか文句あるってんッスカ?」
「あ、いや……別に……文句なんて」
「え? 学校が……何か」
なんだ? チーフの様子が何かおかしい?
「ウチらの学校って、ここいらじゃ相当悪い女子高だったんすよ」
「え? そうなの?」
「そうだよ。って言っても、チッチは大人しいほうだった。ウチが部活ダルくなって辞めたあと、ずっと一緒に遊んでたんだぁ。ディスコとかもよく行ったよ」
そんな話、聞いたことがない……。
「んでぇ、今はなんとかってバンド組んでさ、週末に路上ライブやってるらしいよ」
「路上ライブ?」
そう言えば……音楽をやってたって聞いたことがある。
「うん、たしか男の子2人と……って、ウチは行ったことないんだけどさぁ」
「ゆっき、行ったことないのか? 友達甲斐ないヤツだなぁ」
「知らなかったんッスよぉ! チッチって……何かいつも違う事考えてるみたいな……一緒にいてもいないみたいな感じの子だったんだよぉ。こう……ふわぁっとした感じで……」
「掴みどころがないみたいな?」
「そう! そんな感じ! チーフ、さすがッス!」
「ふむふむ……」
なんで……そこ、ドヤ顔になる必要が?
「で、卒業してからは、誰も連絡してなかったらしいッスよ?」
「それ程の仲でもなかったって事か?」
「わかんないッス。いい子だったってのは覚えてます。う~ん、なんか……ウチ的には、お姉さんみたいな……」
「同い年なのに?」
「ウチが勝手にそう思ってただけかもだけど。結構、好きでしたよチッチのことは」
「そうですか……。ありがとう」
「い、いえ……こんなんで良かったッスか?」
「うん。十分です。ありがとう!」
「良かったねぇ、兄ちゃん。で、何飲む?」
「え? あぁ、生ビールを……。チーフも飲んで下さい」
「えぇ! マジでぇ? じゃ、遠慮なくいただきますぅ! カウンター席、生二丁!!」
そうか……。
この世界に、チィちゃんはいるんだ!
俺はカウンターの下で、小さくガッツポーズした。
「で、どこでライブやってるか知ってますか?」
「そこまでは……」
「そうですか……」
「ま、今度来るまでに調べとくよぉ。で、何食べるの?」
「あ、ゲソと……揚げ出し豆腐を」
「あいよ! カウンター席、ゲソ、揚げ出し!」
春__。
入社式を経て、俺は社会人になった。
研修の為、3ヶ月ごとに各県の支店を回り、想像以上の多忙を極めた。
レポート、議事録、改善、キャリアシート……。
学生時代以上に、報告物が多い。
毎日、会社でも家でもパソコンの前に釘付け。
週休2日なんて無いも同然で、ましてや自分の時間なんて無かった。
チィちゃんが、この世界に存在すると喜んだのも、ほんの束の間__。
それに、チィちゃんがいると思い込んでいるだけで、俺は彼女の姿を見た訳でもない。
本当に、チィちゃんなんだろうか?
確かめに行けない分、またもや俺は不安に駆られ出した。
「ふぇ~、キッついなぁ」
「あぁ、ホントだな」
「学生時代が懐かしいよ。マジで」
「全くだ……」
馬鹿野郎……。
お前らがヌルイんだよ。
これからは、もっと不景気になって……。
あと3~4年もすれば、会社は組織の編成を重ね……約15年後、縮小することを余儀なくされる。
今、団塊の世代と言われる人たちが、中心になって会社を盛り上げていた時代がもうすぐ終わる。
融通の利かない、怠惰な人間たちの退職を、会社側は今か今かと待つようになる。
一握りの新卒と大勢の派遣社員で会社を回し、やがて大量の派遣切りが行われ……。
労働運動や裁判を経て……少数の人間とシステムだけで会社を運営することになる。
恐ろしい時代が来るんだ__。
人は、便利な機械化を進め、どんどん人を排除し、失業者が溢れ……。
そんな時代に生き残るためには、今やっておかなければならないことが山ほどある。
だが……そんなことより、俺にはもっと……。
「これで、いくつ支店廻った?」
「3つだ……」
「やっと、本社に戻れるなぁ」
3つ……。約9ヶ月。
一年近く、俺は働き詰めだった。
「休みらしい休みが、やっと貰える。お前、どうすんの?」
「俺は……やりたい事があるから」
「へぇ、何? 女? ってか、いるの? 彼女」
「いや……。まだ、そこまでは」
「ふ~ん。でも、いるんだ」
「まぁ……な」
「けどさ、こんなんが続くと絶対フラれるよな? 『私と仕事、どっちが大事なの!』なんてな」
「あははは」
やっと、行ける。
今週末、チィちゃんに会えるんだ。
だか、果たして本当に彼女なんだろうか?
いや、やめておこう。
何も分からないうちから、あれこれ考えても時間の無駄だ。
金曜日に出発して、まず居酒屋へ行く。
チーフには、ライブをしている場所を調べて貰うようにお願いしておいた。
ホテルの予約もとってある。
金曜日の夜と土曜日の二日間で、彼女を見つける事だけを考えよう。
そして金曜日、定時に退社した俺は、彼女の元へと急いだ__。