二の生~歩~__今やるべき事。
ピピピピ……。ピピピピ……。
カチッ__。
「う……ん」
朝……か。
昨夜の記憶がない……。
どうやって帰って来たんだろう。
思い出そうとすれば、きっと思い出すんだろうけど、そんなに重要な事だとも思えない。
だって、俺はちゃんと部屋に辿り着いて、ベッドに横たわっているじゃないか。
服は着たまんまだけど……。
”帰巣本能”恐るべしと言ったところか?
はっ! んなこと、どうだっていい。
チィちゃんが、いなかった……。
何故だ? どうなってるんだ?
そもそも、この世界に彼女が存在するんだろうか?
転生とか、並行世界とか、俺わかんないよ。
チッ、スマホがない……。
思えば、便利だったよなぁ。
知らない事をちょこっと打ち込むだけで、パパッと解決するんだから。
転生かぁ……。
最近( 前の世界 )で、転生して勇者になるマンガとか小説が沢山あった。
俺自体、それは嫌いではなかったが、『現実逃避もいいとこだな』って思いながら読んでた。
ファンタジーなんだな。
幻想なんだ……。
まぁ、幻想やら妄想でもしなきゃやってられない世の中だってことさ。
どっちにしろ、自分に都合のいい妄想には違いない。
現実、社会に出たらそんな事言ってられない。
学校ってのは与えてくれるが、社会は与えてはくれない。
自分で探して身につけるのが基本だ。
実際、大学生のバイト達でも使えないヤツらが多かった。
”わかりません””聞いてません””僕じゃないです”
仲間内じゃ”めんどくさい”って、口々に言いながら雑に仕事を流しているのが見え見えで。
そんな手抜き、俺達が分からないとでも思ってるんかね?
故に、個人のデキ具合の差が半端ない。
自分から掴みにくるヤツと、いつまでも与えて貰おうとするヤツと……。
従って後者は、本人が気づかない内に抹殺される。
気がついた頃には、シフトから消えてるみたいな。
『あの~、最近、俺シフト入れてないんですけど……』
てな感じ、そして社員達は『仕事できないからな』とは口が裂けても言わないし、改善点や改善策さえ教えない。
なぜなら、そういうヤツらに限って、反発はしても言う事を聞かないからだ。
前に進むヤツは、自ら聞きにくる。
あ、どうも年寄り臭くていけないや。
だって、俺42歳だもんな……。
ん?
うわ! 俺、42なんだ!
そんな俺が20歳のチィちゃんを……。
ヘタしたら変態扱いされるぞ!
で、でも今は22歳なんだから……。
いいのかぁ? いいんだろうか?
……いい……よな。バレやしないさ……。
と、とにかくチィちゃんだ。
なぜ、彼女がいないのか……。
こういった場合(転生)、周りの人間関係は変わらないと思ってたんだけど、単なる思い込みだったんだろうか。
調べる必要があるな……。
くそ、スマホ……が、ない。
ってことは、図書館かぁ?
はぁ……。
と、あと金だ。
昨日、新幹線往復とその他諸々……。
今の俺にしたら使いすぎなんじゃないか?。
財布の中身が殆どない。
キャッシュカードはあるが、残金まではわからない。
暗証番号はずっと同じだから大丈夫だ。
ってか、俺バイトしてるよな?
今は何のバイトやってんだ?
昨日はどうだった? 無断欠勤とかしてないだろうな?
ヤバイ~。
あ、そうだ。留守電。
テレビの横に目をやると、留守電のランプが点滅していた。
慌てて駆け寄り、再生ボタンを押すと、
「メッセージは2件です」
と、答えた。
続いて聞こえてきたのは、
「1件目」
「あゆむ? どうしたの? 学校来ないの? 何かあった?」
優香……。
「2件目」
「あゆむ? 今、マンションの前だけど……。いないんだね? どこに行ったの? じゃ、また明日ね」
来てたのか……。だよな。
優香は、とにかく俺についてまわる子だった。
そんなところが可愛くも思えていた。
ある日キャンパスを歩いていたら、突然__。
『一条さんですよね! 私と付き合ってくれませんか?』
『はっ?』
『あなたの身長と、私の身長のバランスが最高なんです!』
『身長?』
『私、憧れてたんですよね。ちょうど耳の辺りに肩が当たる人と歩くのを』
『そんな奴、そこらへんにたくさんいるだろう』
『そこら辺じゃダメですよぉ! 他にも、目が切れ長で、唇が薄くて、鼻筋が通ってて、耳が大きくて、鼻の穴が小さくて……』
『アンタ……。どんなけ俺の事観察してんの?』
『えへ。ずっと』
首を傾げて微笑む彼女に俺は参ってしまった。
本当は一目惚れだと、彼女は言った。俺もそれに近い。
そして、彼女は俺と付き合っている最中、他の誰かに一目惚れして結婚した__。
** *** *** ****
○並行世界 >ある世界(時空)から分岐し、それに並行して存在する別の世界(時空)を指す。並行世界、並行宇宙、並行時空ともいう。
○転生 >生あるものが死後に生まれ変わること、再び肉体を得ること。
う~ん、俺が思っていた事と差程違いはないなぁ。
じゃ、チィちゃんはどこかにいるんだろうか。
これは、実家を訪ねるしかないな。
あと…やっぱ金だな。残金を調べたら2万ちょっとだった。
とりあえず全部下ろして札を見ると、千円札が夏目漱石で、五千円札が新渡戸稲造だった。
時間を遡るって、ある意味新鮮だな。
な~んて、言ってもいられないなぁ。
バイトを増やすか……。
昨日、洗濯しようとしたらバイト先の制服が出てきたんで、バイト先が分かった。
〝あぁ、あそこか……”
定食屋だ。俺は厨房で定食を作っていたんだ。
この界隈では一番時給が良かった。
たまに、深夜枠にヘルプで入っていた。
〝明日、シフト見に行くか”
そしてもう一つ、俺にはやるべき事がある。
「別れよう……」
「え? 何で? そんな急に……」
「俺、やらなきゃならない事ができたんだ」
「わ、私も手伝えないの? 就活の事とか?」
「優香には……関係ない事なんだ」
「そんな……。何で? ね、一緒に……」
「ダメだ!」
「あ……ゆむ」
「ごめん……」
大丈夫……。
君は、エリートと結婚するんだから。
こんな傷はすぐに癒えるさ。
そして、俺は就活先を変えた。
以前、勤めていた会社だ。
あの時は中途採用だったが、今度は新卒でキャリア組を目指す。
インターネット接続の知識は、既に頭の中にある。
これは、かなりの強みになるだろう。
要はそれ以前の知識を身に付けるだけだ。
イケる!
チィちゃんと結婚する為にも、ちゃんと就職してそれなりの地位についていたい。
「お疲れ様ッス!」
「おはよう! あれ? 一条、お前どうしたの?」
「あ、や、シフト確認を……」
「あっそ」
ふぅ……。どうだ? 上手くいったか?
誰も怪しんでないみたいだけど……。
俺は、できるだけ平静を装い、バイト先に潜入した。
誰も俺を42歳だと疑う奴はいないか?
ぅわぁ、汗が吹き出してきたぞ!
ドキドキしてきたぁ。
ま、仮に『俺、生まれ変わったんだ』なんて言っても、『お前、大丈夫か?』と、額に手を当てられるのがオチだろう。
言う気も更々ないが……。
「よぉ! 一条、いいとこに来たな」
「え?」
「今度の日曜日、代わってくんねぇか?」
コイツ誰だっけ……。
あ、名札……。『小川』
「あ、あぁ、いいよ」
「やった! サンキュ。店長には俺から言っとくわ」
「お、おぉ……」
ハァ……。
なんか、調子狂うなぁ。
これから先、こんなんばっかなんだろなぁ。
「うふふ。一条くん大丈夫なの? 日曜日は、絶対彼女とデートだから、バイトには入らないって言ってたクセに」
「あっ! 綾子さん!」
俺はいきなり彼女の両腕を、ガシッと掴んでいた。
「キャッ! え? 何? どうしたの?」
綺麗だ……。
っていうか、何だか可愛いさが増してる気がする。
もしかして、俺が42歳だからか?
「ちょっと! 痛いわ」
「あ、すいません」
「もうヤダァ。オバチャン相手にふざけないでよ」
「あ、綾子さんはオバチャンじゃないですよ」
「からかうんじゃないわよ! ベェ~だ」
綾子さんは、チロッと舌を出すとホールに戻って行った。
あぁ、こんないい事もあるんだなぁ。
当時、33~5歳くらいの彼女は俺達の憧れだった。
クッキリとした大きな瞳、艶っぽい唇。
オリエンタルな容姿に似合った輝くような黒髪。
以前はお姉さまだった彼女が、今の俺からすると若々しい女性に見える。
素晴らしい!
となると、チィちゃんはどんな風に見えるんだろうか?
まるで、少女? なぁんてなぁ~♡
ダハハハ……。
って、変質度上げてどうすんだよ!
まぁ、あれだ。バイト先は問題ないとするか。
あとは、大学関係か……。まぁ、何とかなるだろ。
「お前、優香と別れたんだって?」
「あぁ……」
「何でまた急に」
「まぁな……」
「あんな可愛い子。お前だって、ベタ惚れだったんだろ?」
「もう、いいんだよ」
「何がいいんだ? 彼女、ひどく泣いてたぞ」
「……。」
分かってる……。
でも、もういいんだ。
半年後__。
コチラの生活にも大分慣れてきた。
生活費や学費、金銭面の整理もできた。
色々やってるうちに思い出した事もあり、ここまで順調にきた。
よし! チィちゃんの実家に行こう__。