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リプレイ~君を探して~  作者: テイジトッキ
7/27

二の生~歩~__長い一日。

 そうだ、探すのは簡単だ。

 チィちゃんは、俺と結婚するまで地元から離れたことがないと言っていた。

 結婚してからも、俺達は一人暮らしのお義母さんが寂しくないよう、そう遠くない所に住んでいた。


 彼女は今20歳。

 多分、あの居酒屋でバイトしている筈。

 俺達はあの時のように、ただ出会えばいいんだ。


「何だ……簡単じゃないか」


 そう呟いた瞬間、俺はホッとした。

 鏡に映っている歯ブラシを咥えた顔に、ほんの少し正気が戻ったような気がした。

 徐々に気持ちが高揚していくのを感じ、自然とブラッシングの手がどんどん速くなる。

 そうなると、もう居ても立ってもいられない__。


 洗面台から離れ、財布の中身を確認し上着を引っ掴んで、靴のヒモを結ぶのもそこそこに玄関から飛びだした。

 マンションの入り口を出て、集団登校している小学生の間を縫うようにすり抜ける。


「すみません! ごめんなさい。ちょっと通して……。ごめんね」


 脇道から、商店街__。

 俺は駅への道を、一気に走り抜けた。

 息を弾ませ駅に到着すると、急いで目的地までの切符を買い、発車時刻と乗り継ぎ路線を確認して、改札を通る。



 チィちゃんに会える!


 ホームのベンチに座り息を整えながら、俺は彼女と出会った頃から失うまでの、幸せだった時間に思いを馳せ、電車を待った。


 チィちゃんと初めて会った時、彼女は26? だったかな? ちょっと若めかぁ……。

 ま、6歳くらいならそんなには変わらないだろうなぁ。

 なに、すぐに見つけられるさ。


 ハハハ……。簡単じゃんか。

 馬鹿か俺は……。落ち込んでんじゃねぇよ。


 頬を伝う嬉し涙を隠すために俯き、クスリと笑った。

 終点まで30分、新幹線に乗り換えて約1時間40分__。


 最初の電車に乗り込んだ俺は安堵からか、終点で駅員に起こされるまで眠り込んでいた。

 目が覚めると、乗客が誰一人いない車内で、にこやかに微笑む駅員が俺を見下ろし、


「終点ですよ」


 と、声を掛けた。

 咄嗟に窓の外を見ると、何人かの人が横目で笑いを咬み殺しながら通り過ぎて行く。

 急に恥ずかしくなった俺は慌てて立ち上がり、そそくさと電車を降りた。


「新幹線が……。15分待ちか」


 新幹線のホームを目指す途中の売店で、スポーツドリンクとおにぎり2個と缶コーヒーを買った。

 売店に気づいた途端、喉の渇きに気づき、喉が潤った瞬間、腹が減っている事に気がついた。


 どんだけテンパってんだ俺は……。


 でも、もう大丈夫。焦る事はない。

 あとは、新幹線が勝手に彼女の元に俺を運んでくれる。


 あとちょっと、辛抱するだけ……。

 それだけで、あの苦しかった時から解放される。


 新幹線の車輌に足を踏み入れると、高揚が増した。

 座席に座り、窓の外を眺める。

 だが、飛ぶように過ぎて行く景色でさえ遅く感じられ、


 早く! もっと早く!


 拳を握りしめ、俺はまんじりともせず目的地への到着を待った。

 車内アナウンスで次が目的地だと聞こえると、席を離れ車輌の出口に移動する。


 もう、じっとしていられない__。


 扉の細い窓から見える景色が、懐かしい場所に近づいてくると、嬉しさが込み上げるのを我慢できなくなる。


 ハァ……。

 落ち着け、俺。


 自然とニヤケてしまうのを押し殺し、他の乗客に見られないように俯き加減で、じっと窓の外を見やった。

 駅に着くと扉に手を掛け、まるで自力で開けたような仕草でホームに飛びだす。

 後は、地下鉄とバスを乗り継いで行くだけだ。

 地下鉄が20分__。バスが約30分__。


 あぁ、こんなに遠かったっけ……。


 もうすぐそこなのに、まどろっこしくて堪らない。

 さっきまでの嬉しさが、イライラに変わる。

 バスに乗り込むと、料金箱の横で信号待ちの度に舌打ちし、あからさまに運転手を煽った。

 目的の停留所がアナウンスされると、すぐさまボタンを押し、


「次、止まります」


 の、アナウンスに耳をすませる。

 今の俺にとっては、そんな些細な事がとても大事だった。

 勿論、既に料金は握りしめている。

 扉が開くと料金箱に小銭を投げ入れ、足早に下車する。

 すぐさま振り向き、道路の向こう側を見ようとしたが、後続の乗客が降りきっていない。

 待望の風景がバスに遮られ少し苛立ったが、3人の乗客を降ろしたバスは扉を閉めると同時に発車した。


 やっと着いた……。


 しかし、安堵の溜息を吐き見渡した景色は、どこか知らない場所のように映った。

 狼狽えた俺は、見覚えのある目印を探すのに躍起になった。


 馬鹿な……そんな筈はない!

 ここに来て、間違ってたなんて……。

 やめてくれよぉ!


 焦った俺は、そこら中を歩き回った。

 すると、国道沿いに真新しい看板が見える。

 色とりどりの登りが立ち並ぶ大駐車場が完備された店舗__。


「讃岐うどん?」


 なんか、見た事があるような感じの看板だな……。


 途端、笑いが込み上げてきた。

 可笑しくて、可笑しくて、俺はその場に蹲って笑い転げた。


 あっははは! そっか、今は二十年前なんだ。


 そう思い直して、改めて周りを観察してみると、なるほどと思われる風景が二十年後の記憶と重なる。


 あぁ、あの銀行の前はパチンコ屋だったのか。

 で、あのショッピングモールの一帯は田んぼだったんだぁ。

 こりゃ、面白いなぁ。


 俺は初めての場所ではない街を、初めて来たような感覚で歩きだした。


 まるで、冒険だな。


 俺は、思いもよらないアクシデントに、妙な興奮を覚えクスクス笑いながら歩き回った。


 チィちゃんの実家……。見つけられるかなぁ?


 勿論、見つけられるに決まっているが、簡単に見つけるのもなんだか勿体ないような気がしてきた。

 せっかくだから、もう少し冒険気分を味わいたいような誘惑に駆られ、俺はわざと遠回りをする事にした。


 ”安心”


 その表現が、今の俺の心境なのだろう。

 手を伸ばせば必ず届く__。もう既にそこにあるのを知っている__。

 長い間、そんな安心感を味わった事なんかなかった。

 寂しくて、不安で、孤独で……。

 目に映るもの、触れるものに実体感がなく、ただ時間が流れ、

 ただ生きているだけ。

 およそ3年間__。そういう風に生きていた。

 けれど今、20年という時間を遡る事で、死ぬ程長かった3年間が”たった、3年”に、覆った。

 人間の思考というものは、こんなにも簡単に環境によって左右されるものなのだ。

 我ながら馬鹿馬鹿しいと思いながらも、手に入れた安堵感に心をどっぷりと浸すことに快感を覚え、瞬時に依存する。

 ついさっきまで、血まなこになってジタバタしていた自分を滑稽に思い嘲った。


 そうだ、帰りの電車……。

 今日は帰らなければいけないんだ。


 気持ちが落ち着いたせいだろうか、思考が広がった。

 時計をみると、もうすぐ14時__。


 まだ、こんな時間かぁ。


 自分が半端なくテンパっていたのを再認識する。

 こんな時間に居酒屋が開いてる筈はない。


 コンビニで時刻表でも立ち読みするか……。

 確かこの辺りに……。え?


 記憶違いでなければ、そこはコンビニの筈だったが、目の前にあるのは、


「酒屋かぁ。お約束過ぎて笑えねぇ~」


 ポケットをまさぐっても、スマホなんか出てこない。

 ケータイが一般に普及するのは、もう少し後か。

 街頭で、携帯電話が道行く人に0円で配られ、誰もが画面を見ながら歩く時代がやってくる。

 例え今、俺が携帯電話を持ったとしても、まず話し相手がいない。

 今は、そんな微妙な時期……。


「……。本屋をさがすかぁ」


 まぁ……時間潰しにはなるかもな。

 が、この界隈に本屋を見かけた記憶がない。

 20年後にないということは、20年前には……。

 イヤイヤ、そこまで冒険する気はない。

 だとすれば……地下鉄の駅前?


 えぇ~ん!? 引き返すのかぁ?

 嫌だぁ!!

 でも……。新幹線の切符を買えるのはJRの駅……。

 カァ~! もっと早く気づけよぉ~、俺ぇ。


 いや、今日は平日だ。きっと切符は買える!

 でも……チィちゃんの顔をみたら……俺は、店から出ることができるかなぁ……。

 ……。……。


 チィ――ン。


 結局……往復してしまった……。

 おかけで……もうすぐ18時。

 居酒屋が先か……実家が先か……。

 う~ん、ここはヤッパ居酒屋だな! テヘッ♡

 新幹線は最終の切符にした、そこから先は……。

 まぁ、何とかなるだろう。


 よし!


 と、意気揚々と出発したまでは良かったが、店を見つけるのに1時間程かかった。

 記憶を辿りながら懸命に探すものの、日が暮れたのもあって相当手こずった。

 途中、店の名前が変わっていたのを思い出さなければ、多分見つけられなかっただろう。

 そう、俺達が結婚する何年か前に、店はどこかのチェーン店になったんだ。


 よしっ! 行くぜ。


 店の扉に手を掛け、勢いよく開けた。


 ガラッ__!


「いらっしゃいませ! こんばんはぁ」


 スタッフが一斉に声をあげる__。


 反射的に”あ、どうも……”と、ペコッと頭を下げてしまった。

 友人と連れ立ってくると気にならないが、一人だとこんなに気恥しいものなのか……。


 奥から、バタバタと店員が駆け寄って来て、


「お一人様ですか?」


 と、聞いた。


「あ、はい」

「カウンター席で宜しいですか?」

「えぇ」

「こちらへどうぞ」


 店員は、入ってすぐのカウンター席に俺を案内した。


「お飲み物は?」

「生で……」

「生ビールで。ご注文は後ほど伺いますね。少々お待ちください」

「あ、はい」

「カウンター席様、生一丁!」


 活気のある声を張り上げ、俺の前にお絞りを置くと、店員は暖簾を潜り厨房の中へ姿を消した。


 はあぁ……。チィちゃんじゃなかったぁ~。

 そんないきなりは心臓に悪い。

 だって、どんな顔すればいいんだ?

 向こうは俺の事なんか知らないんだし……。

 ってか、どうすればチィちゃんと付き合える? 結婚できる?

 かぁ~! 俺、できるかなぁ~。

 以前のきっかけは……、バンドエイド?

 いや、会社の上司に連れて行ってもらったスナックだ。

 だけど、それはチィちゃんが俺の事を覚えてくれてたから、きっかけになったんだ。

 俺、忘れてたし……。

 えぇー、大丈夫かなぁ。


「お待たせしました。生ビールです。他のご注文はお決まりでか?」

「あ、じゃあ、ゲソ天と冷奴を……」

「かしこまりましたぁ。カウンター席様ぁ、ゲソ、ヤッコ、一丁!」

「あいよ!」


 ……活気があるのはいいが、時に心臓に悪い。


「お客さん、学生?」

「は?」


 唐突にカウンターの中から声を掛けられた。


 グッ……。て、店長……。

 わ、若い……。


「ゴホッゴホッ! ゴホゴホ」

「うわ! だ、大丈夫ですか?」

「だ、大丈夫……です」

「すいませんねぇ。急に声掛けて」

「いえ、大丈夫です」

「いやぁ、見かけない顔だしね。俺、地元だし大概の人知ってるんで」


 ハァ……。結婚式にも来ていただきました。

 その節はどうも……。


「で? 学生さん?」

「はぁ、まぁ4回生です」

「そっか。じゃ、就活か何か?」


 強いていえば、婚活です……。


「あぁ、まぁそんなところです。ところで……店長……」


 やっぱ、ここはダイレクトに訊いてみるか。


「ぁあ? やだなぁ、俺は店長じゃないっすよぉ!」


 え? そうなのか?


「え? でも……」


 あぁ、俺達が出会う6年前か……。

 ややこしい……。


「で? なんすか?」

「いや……。その……」


 その時、店の扉がガラッと開いた。


「おはようございます!」


 ヒッ!? もしかして……。

 恐る恐る振り返るると、満面の笑みを浮かべた女の子が、忙しなく入ってきた。


「おはよう!」

「すいません。遅れちゃって」


 彼女は息を弾ませ、ウォークマンのイヤホンをはずしながら、頭を下げた。


「まだ、大丈夫だべ。早く着替えておいで」

「はい!」


 ……ハァ。違った。

 ああぁ、今心臓がヒューって鳴ったぞぉ! ヤバ~イ!

 こんなんじゃ、本当にチィちゃんが来たら、俺……石になるかも。


「ハハ……ハ。皆、元気っすね」

「そりゃ、客商売だしね。大きな声で挨拶するのは当たり前。黙って仕事なんてできないよ。声を出せば体が軽くなる。体が軽くなれば気持ちも軽くなって、仕事も早くなる」

「そんなもんですか」

「ま、部活みたいなもんじゃないかな? 実際、初めてここに来た頃は『いらっしゃいませ』も、ろくに言えない子の方が多いんだよ」

「マジで?」

「あぁ。けど、それが言えるようになれば、顔つきだって変わってくる。かと言って、ここ以外の事はしらないよ? プライベートには干渉しないからね。けど、まぁ。ここで培ったもんを自分の為に活かしてくれればいいかなみたいな?」

「じゃ、店長は言わば”顧問”ってところですか?」

「あははは! だからぁ、俺は店長じゃないってぇ。で? 何だっけ?」

「え? あ、いや、生をもう一杯……」

「あいよ! カウンター席様、生ビール一丁!」


 って、お替りしてる場合じゃないだろ。

 時間だって、あまり無いし……。

 チィちゃん、今日は来ないのかな……。突然だったしなぁ……。


 ……30分経過。


 ダメだ! もう、誰か出勤してくる気配はない。


「てん……。いや、あの、ここに沢田さんって人いますか?」

「さわだ? 男?」

「女の子です。20歳くらいの……。今日は来ないんですか?」

「佐藤じゃない?」

「沢田です。沢田知世です」


 店長〔…じゃないけど〕は、腕を組んで目ん玉を天井に向け、一瞬考えたが、


「う~ん。いないねぇ」


 と、答えた。


 馬鹿な! そんな筈はない。


「え? 何、この店? 間違いない? 彼女?……じゃないか。ってか、人探しだったの?」

「えぇ……まぁ」

「う~ん、ちょっと待って……」


 といって、彼は奥に引っ込んでいった。


 あぁ、もう8時過ぎちゃった……。

 新幹線……。9時が、ギリだな。


 しばらくすると、店長〔…じゃないけど〕が、女の子を連れて戻って来た。


「お客さん、この子、地元の子なんだけど、もっかい名前言ってみて」

「え? あ、あぁ、沢田知世です」

「何歳くらいですか?」

「多分、二十歳……くらい」

「じゃ、私と同いですね」


 さっきの……。


「学校は? 大学行ってますか? どこの高校でした? 中学とか分かります?」

「あ……。いや、そこまでは……すみません」

「いえ、大丈夫です。ここら辺の子なら殆ど知ってますが……。う~ん、隣かなぁ? なら、チーフ、喬太だ」

「おっ、そうか。お~い! 喬太ぁ! ちょっと来い」


 チーフだったのか……。


 すると、頭にタオルを巻いた男がやって来た。


「なんっすか?」

「お前、沢田……」

「知世です」

「って、知ってっか?」

「沢田?」


 男は頭に巻いたタオルを巻きなおしながら考えていたが、知らないと首を振った。


「そうか。戻っていいぞ」

「あ、はい」

「すいません……。ありがとうございました」


 男は笑顔でちょこっと頭を下げ、奥に入っていった。


「あとは……」

「あっ、いいです。もう……いいです」

「そうか? また今度来るまでに、何か情報集めとくわ」

「あ、ありがとうございます……」


 また今度……。

 来ても意味があるのかな……。


 あ……。


 また、あの寂しさ戻ってくる感じがする。

 嫌だ……。

 あの絶望をまた味わえというのか?

 俺は何のためにここに来たんだ? 何のために生まれ変わったんだ!

 俺がいったい何をしたっていうんだ……。


「お客さん? 大丈夫か?」


 チーフが、俯いて何も言わなくなった俺に声を掛けた。


「え? あ、大丈夫です。ありがとうございました。また来ます。あ、お勘定してもらえますか?」

「あいよ! また来てくれよな」

「は……い」


 重い体を引きずり……店を出た。


 ふ……。昨夜、床で寝たせいかな……。

 身体が痛いや……。


 新幹線の座席に腰を落とすと、すぐに深い眠りに落ちた。


 長い……長い……一日が終わった__。





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