二の生__微笑。
25才__。
”一の生”で、圭太たちが東京に行ったのは22才だった。
比べてみると、随分時間がズレている。
タカシに出会った時点で、約1年半以上……。
バンドを組んで擬アニソンを歌いだして……路上メインでライブ活動3年。
東京に来てからバイトを探し、三人で安い物件を借りての共同生活。
余裕はないが生活に窮しているまではない。
これは、競馬のおかげかもしれない。
家事を交代でこなし、毎日毎晩ミーティング。
圭太とタカシが、私の鼻歌を音源に作り直すとスタジオを借りて練習。
以前(一の生)、ラインで彼らはスタジオを借りる金がないとよく嘆いていた。
生活するのが精いっぱいだと……。
東京の物価は高い。
以前の世界で今から20年後、地元で時給850円のコンビニのバイトが東京の求人誌では1000円と記載されていたのを覚えている。
今、私達は居酒屋など割のいいバイトについているが、今で1000円。
20年後はいくらになっているんだろう。ま、1300~1500円が相場だろうなぁ。
この時代、路上のライブ活動をしているバンドは数えるほどもいなかったので、私達のバンドはわりと目立った。
決まった場所で地道に歌い続けていくうちに、毎回顔を見せてくれる人達がポツリポツリと増えてきた。
道端に機材を並べ音合わせをしていると「ファンです、頑張ってください!」と、声を掛けられ手紙を手渡された。
私達は歓喜し、初めてのファンレターを三人で何度も回し読みした。
初めて差し入れを貰った時なんて、勿体なくて誰も手が付けられなかったくらいだ。圭太なんて拝んでたし……アハ。
そんな一つ一つの事がもの凄く嬉しく、東京に来て本当に良かったと思えた。
毎日が楽しく充実している__。
私は、自信の無さから手放したものをもう一度手に入れた喜びを、生きている実感を掴んでいた。
時間のズレって何かに影響するのかなぁ?
時々、ふとそんなことを考えてはみたけれど、元々勉強嫌いな私がいつまでもそんな疑問と格闘するわけもなく。
「なるようになるさ」と、すぐにそっぽを向いた。
圭太がいる。タカシがいる。それこそが最優先事項であり、私にとって時間のズレなんかは然程大きな問題ではなかった。
それよりも応援してくれる人達の列が一列から二列、三列に増えていくのが毎週楽しみで、特に私は準備中に皆と会話するのが好きだった。
「知世ちゃぁ~ん、今日の服メチャ可愛い!」
「マジ? コレ700円だったんだよぉ」
「ウソだぁ!」
「圭太ぁ。今日は新曲歌うの?」
「へへへへ、お楽しみぃ~」
「タカシ、『翼』歌ってよ」
「あぁ、いっぺん圭太に聞いてみるよ」
音合わせをしている私達と場所取りに雑誌を置いたり敷物を引いたりしてる子たちの掛け合う少しの時間。
そんな風なファンとの距離の近さが気に入っていた。
そんなこんなで疑アニソンから始まった未来の歌がオリジナルとして50曲を超え、週末に繰り広げられる盛況な路上ライブは徐々に盛り上がっていった。
「CDを出しませんか?」
ある日私達は路上でスカウトされ、チャンスを掴んだ。
「「うわぁ!」」
その現場に立ち会ったファン達が自分の事のように喜んでくれる。
「応援してるからね!」
「たまには、ここに戻ってきてくれよ」
「CD買うからね」
この頃は、レコードからCDへの移行時期だった。
LP、シングル……レコード針……が、昔懐かしい骨董品になる少し手前の時代。
私たちのデビュー曲は、自分たちの土地で歌いまくっていた擬アニソン。
仕方ないと言えば仕方ないが……、今更にして良心が痛む。
冷や汗もので出したCDの売れ行きは上々で、私達は多少業界に名を広めることができた。
テレビにラジオ、夢のような時間が過ぎていく。
忙しいとか眠いとか考える間もなく、ただ周りに流されていく。
テレビ局の廊下を歩いていると、たくさんの芸能人と出会う。
しかも皆が揃ってちょっと若めなのが面白い。
但し、これは私だけの楽しみ♡
何年後かに覚せい剤で逮捕される人もいた。
この時はどうだったのだろう? やってなかった? もうやってた?
かといって、そんな事聞けるハズもないし、『気を付けて』なんて、以ての外で他人事。
私達はドンドン新曲を出した__。
不倫がバレて開き直った、喧嘩両成敗の歌。
携帯電話メーカーのCMソング。
映画、雪の王女2人姉妹の物語の主題歌。
どれも、5年先から10年先に大ヒットする歌をチョイスする。
本当に手当たり次第、窃取荣誉もいいとこ、なんでもかんでも自分たちの曲にしてしまうその節操のなさは呆れかえるほどだ。
そして、どの曲もがベスト10に入るヒット曲になってしまう。
まぁ、それは当たり前の話で……。
有頂天になった私はまるで自分が作曲でもしているかのように錯覚し、慢心し、増長し続けた。
タカシが作った曲を混ぜながら、盗作もオリジナルであるかのように……。
だが事務所から『コンセプトが定まっていない』と指摘された。
そうなんだよなぁ……。
世間に拗ねた歌を歌っているアーティストは拗ねながら愛を歌う。
力強い生き方を歌うアーティストは力強い愛を……。
人と人との繋がりを大切にする曲だってたくさん知っている。
これから起きるであろう大震災__。
誰もが『がんばれニッポン』の旗を振り、アーティスト達がこぞって震災地に足を踏み入れた。
こんな私だって、関西で起きた震災の時はボランティアしなきゃって思ったくらいだ。
回覧板に挟んで回ってくる赤い羽根の募金でも10円ぽっちしか封筒に入れなかった私が、郵便局に足を運んで一万円寄付した。
でもそのあとで、なぜかホッとしたのを覚えている。
何故か、これで自分は悪者でなくなったような気がしたんだ。
笑っちゃうよね、ただ単純に良いことしたって思えばいいのにさ。
それっくらい信用してなかったんだよね、自分のことを。
だからか、その頃の私は取ってつけたような『絆』を歌い上げる曲はあまり好きじゃなかった。
別に作詞者は取ってつけてる訳じゃないだろうけど、私にはそう聞こえてたんだ。
私にとって、あの一万円が取ってつけに感じるような人間にはさ……と、36歳にして思うんだな。
「たしかに……路線は決めなきゃいけないんじゃないかな?」
「そんなの気分じゃないの?」
「じゃなくて……なんていうか、音だよ音。新曲でも何でも、曲が流れたら誰もが俺たちの曲だってわかる音だよ。俺達には、そういうのがないんじゃないのか? 事務所が、突っ込んできてんのはそこんとこだと思うんだ」
「え~、そうなのか? 別にそんなのどうでもいいじゃん。売れればいいんだろ?」
「それはそうだけど、実際アルバムになったとき……ちょっと違和感があったのは確かだよ」
「そぉかぁ? 俺は何にも感じなかったけどなぁ」
「圭太、おまえ才能あるんだから。もっと本気出せよぉ!」
珍しくタカシが大声を張り上げた。
「本気って……。何言ってんの? 俺たちはプロだぜ? ハッ、今更じゃね?」
圭太はダルそうに溜息をつくと、持っていた雑誌を机の上に放り投げて言った。
「そんなに必死になるなって。知世が鼻歌うたえば、曲が生まれる。それでいいんだよ。事務所なんかほっとけって」
圭太がタカシにそう言っているのが扉越しに聞こえたとき、背中にゾクッと冷たいモノが走った。
違う……。
こんなんじゃない……。
私が作りたかったものは、こんなんじゃない。
前向きで、なんでも自分がやらなきゃ気が済まない、私が知っている圭太のセリフとは思えなかった。
以前の世界の圭太を今の彼に押し付けることができないのは分かっているから、そのままにしていたけれど、私がやってきたことはこの世界の圭太を怠惰にしただけだった。
うそ……。
しかし、そんな事は言ってられなかった。
時が経つにつれ、本物がでてきたのだ。
本物のアニソン、本物のアーティスト達。
際立った才能と実力を備えた本物が、私達の後ろに張り付いた__。
私達が転げ落ちるのは早かった。
デキが違うとかレベルとか……。そんな問題じゃない。
盗作人間の私からすれば、本物のアーティスト達はまさしく“神”。
私は、鼻歌さえ歌えなくなってしまった。
東京へ来て7年__。
ここにきて、私達はギクシャクし始め。
鼻歌を歌えなくなってしまった私を、圭太は壊れてしまったラジオのような……面白くないモノを見るような目で見るようになった。
圭太は、音楽活動も緩慢になり練習にもミーティングにも、顔を出さなくなってしまった。
そして次第に、気持ちが離れ……。
ボーカルとして違うバンドに移籍して行った。
そんな中、それでもタカシは曲を作り歌った。
その賢明さと、地道さがタカシの長所。
私は圭太とタカシの性格が入れ代わったと、思い違いをしていたことに初めて気づいた。
以前の世界でも、彼らがあの後どうなったのか知らない。
今のように一時的にでも有名になったり、そうでなくてもCDの一枚でも発売されていたら、彼らの名前を耳にしたハズ。
けれど、私が死んでしまうまで、彼らの名前を一度も聞いたことはなかった。
「おい、知世。これ聴いてくんない?」
タカシはギターを弦を弾きながら、さっき閃いたんだと言って歌う。
頭を左右に振りながら楽しそうに歌う彼は、出会った時と変わらない。
本当に歌が好きなんだというのが、真っ直ぐに伝わってくる。
爽やかな笑顔と、決して俯かないタカシ。
タカシが顔を曇らせたのは、圭太とギクシャクしていたほんの一時だけだった。
その圭太がいなくなって、1年が過ぎようとしている__。
私達は、ヒットを飛ばしていた頃に稼いだ金を切り崩しながら生活していた。
時々、イベントのオファーはあるけれど、もうピンでステージに立つことはできない。
だからか、タカシは自分たちのライブにこだわった。
今でも自分達を、変わらず応援してくれるファンを一番に考え、ライブハウスを中心に全国を回る。
ファンの人達と、身近で触れ合うイベントを常に優先した。
そんな実直なタカシと一緒にいる私が、彼に心を寄せない筈はない。
私たちは次第に愛し合うようになり、数人のスタッフが見守る中、小さな結婚式を挙げた。
愛する彼がいつもそばにいて、いつも私の為に歌ってくれる。
そんな毎日を送りながら、私はホントに幸せだった。
「そろそろ、地元に行ってみるべ?」
「マジ? 行きたい、行きたい! ホントは有名な時に凱旋したかったけんど?」
「今でも十分売れてるよ。それより、みんなに知世と幸せだって報告したいんだ」
「あは、照れるじゃんかぁ」
「ホントだも~ん」
そんな感じで、私達は地元のライブハウスでイベントした。
3曲歌い終わったところで、MCに入る。
タカシがギターを横に置き、私の傍まできて声を上げた。
「みんな、元気だったぁ?」
「「「元気だよぉ―!!」」」
「おっとぉ! それは良いことだぁ」
「「「お帰りぃ~!!」」」
「ありがとう!!」
私は思わず胸が詰まった。
鼻の奥にツンとした刺激を感じ、唇が震えた。
「「「知世ちゃ~ん。おめでとう!!」」」
「―――え!」
「「「結婚、おめでとう!!」」
「え―――!! なんで知ってるのぉ!」
と、同時にウェディングケーキが運ばれてくる。
タンタ~カタ~ン♪ タンタ~カタ~ン♪
ライブハウスに来ている客が手を叩きながら口づさむ。
「もう……やだぁ」
嬉し涙にむせぶ私の肩をタカシが抱きしめた。
ファンからのキスコールで、タカシと私はステージの上でキスし、もう一度お互いの愛を誓う。
いきなり人前式になってしまったけれど、それは私達だけではなくこの場にいる全ての人が感動した。
「あ、あ、ありが……とう」
「「お幸せに~」」
こんなうれしい事って……。
あぁ、幸せだなぁ。
私は、嬉し涙でクシャクシャになった顔のままで歌った。
ライブが終わると、タカシと私は入口に立ってファンの人、一人一人と握手して見送る。
「今日は本当にありがとう」
「また来てね」
「ずっと応援してるからね」
「おめでとう」
一人一人が暖かい声を掛けて帰って行く。
「本当におめでとう。幸せになってくださいね」
「はい! ありがとう」
私たちはこの時の為に用意した小さなブーケを渡しながら見送った。
「おめでとう。今、あなたは幸せですか?」
ふと、どこかで聞き覚えのある声が聞こえた。
「え? あ、はい……」
皆が『おめでとう』『幸せに』と、私たちが今現在幸せである事を前提に声を掛けてくれる中、そのことを質問されたことに違和感を覚えた。
私がその声に、ハッと顔をあげると__。
懐かしい……本当に懐かしい顔がそこにあった。
アーちゃん……?
握手している手が震え……心臓が飛び出しそうになる__。
だが、彼は私の返事を聞くと優しく微笑み背を向けた。
「知世? どうした」
「エ? あ、あぁ……ううん、何でもない」
アーちゃんだ。
あれは……アーちゃんだ。
タカシが声を掛けて来なければ、私はどうしてたんだろう……。
アーちゃん……、以前、私の旦那さまだった人。
今はどうしているんだろう……。
以前の世界で、今の年なら私と彼は結婚していた。
アーちゃんは、今どんな仕事してるのかな? また電柱に登ってるのかなぁ。
もう……結婚したのかな?
幸せかなぁ? 幸せだったらいいのになぁ……。
それから3日間、私達は地元の県をライブして回った。
そして、その3日間すべてのライブにアーちゃんは現れた。
友達のような人と一緒だったときも、女の人と一緒だった時もあった。
どの日もアーちゃんは、前の方の席で熱心に応援してくれる。
女の人と一緒の時、ちょっと胸が痛かったけれど、そんなこと私が言える立場になんてない。
今度はちゃんと、赤ちゃんに会えてるといいな……。
アーちゃんとの邂逅は懐かしさはもちろんだが、罪悪感が同時に湧いてきたのも確かだった。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
20〇〇年 8月28日
う~ん。ない……。
いつからだろう? このところ忙しくて……。
「どした? 知世。探し物か?」
「探し物っていうか……。忘れものっていうか……」
「忘れ物? 何か忘れて来たのか? 場所はわかってるの?」
「場所っていうか……。忘れてたものは分かってる」
「は? そりゃそうだろ。ないから忘れてた事に気づくんだからぁ。で、何忘れてたんだ?」
「……。生理」
「はっ?」
タカシがポカンと口を開けたまま固まった。
あはは……面白い顔。
「お、おま、おまえ、病院に行ったのか?」
「んにゃ、まだだよ。今、気付いたんだもん」
「行けよ! 早よ行け! 今行け!」
タカシは大慌て車を出した。
2人して近くの産婦人科に行くと、タカシは待合室で待ってるからと手を振った。
「3か月ですよ」
「あ、はい。ありがとうございます」
また……妊娠した。
私の中で喜び以上に、恐怖が大きく波打った__。
診察室を出ると、待合室で熊のようにウロウロしているタカシが目に入った。
タカシは私に気づくと大きく手を振って、○か×のサインを送ってきた。
私が両手を挙げ大きな○のサインを送ると、彼はサッカー選手のように膝をついて、神に祈りを捧げる真似をした。
36才__9月X日。
私は必死に思い出そうとしていた。
あの日は何日だったのだろう? 20日? 25日? ハッキリ覚えていない。
祝日でも何でもない日。平日の朝……。7時半から8時半の間。
いくら考えても、それしか思い出せなかった。
9月に入り、カレンダーに印をつけていく。
「この印なんだ?」
「え? 日記みたいなもんよ。気にしないで」
9月さえ越えれば、大丈夫。
何の根拠もないが、何故かそう思えた。
だから、一日一日を噛みしめながら印をつけていった。
今日も無事終わった__と。
ある日、飛び込みのイベントのオファーが舞い込んできた。
10月1日 静岡県__。
「知世、大丈夫かな? もう安定期に入ってる頃か? 機材なんかは運ばなくていいからさ」
「大丈夫だよ。少しくらいなら……」
「ムリすんなって……。ま、朝が早いからな寝坊すんなよ」
「何言ってんのよ。それはタカシじゃん」
9月30日10時発の新幹線……。それに乗れば……いいんだ。
20〇〇年 9月30日 7:30AM
「知世、忘れ物ないかぁ?」
「大丈夫。タクシー来たぁ?」
「いや、車で行くことにした」
「なんで?」
「壮太が貸してくれって。静岡に行ってる間なら貸してやるって言ったら、駅まで取りに来るってさ」
「……そうなんだ」
今日が9月最後の日……。
今の今まで、私はイケる気がしていた。
順調にカレンダーは埋まって行ったし、体調だって悪くない。
スケジュールも全て、決めた通りに運んできた。
が、ここに来ての僅かな変更__胸騒ぎがした。
「タクシーで行こうよ」
「もう壮太には連絡したよ。アイツ、もう家を出たんじゃないかな? 間に合わないって」
「でも……」
「どうしたんだよ。俺の運転が信じられないってかぁ?」
「バカ……。な、訳ないでしょ」
かといって、言えるハズない。
『死ぬかもしれない』なんて……。
私はタカシに手を引かれ、しぶしぶ車に乗り込んだ。
ガレージを出て左にハンドルを切る。そして100mほど走ると国道に出る。
国道に出る前の交差点の上空は高速道路の高架が交差していて、見晴らしが悪かった。
タカシは確認の為窓を開け、右手を突き出し慎重に交差点に入っていく。
センターラインに『事故多し注意』の看板が間隔をおいて何本も立ててある。
この交差点、あの時の通学路にちょっと似てる……。
ここがキーポイントだと勝手に決めつけていた私は、交差点を通り過ぎるまでドキドキで、いつの間にか拳を握りしめていた。
なので、交差点を無事通り過ぎると張りつめた気分が緩み、思わずため息を漏らした。
「ふぅ~」
「どうした? しんどいのか?」
「え? ううん、何でもない」
「あ、俺、コーヒー買うけど。知世は?」
「あ、私、水でいい」
タカシは近くのコンビニの前で車を止めた。
「ちぇ、駐車場一杯じゃんか。おい、知世ちょっとここで待ってて、すぐに買って来るから」
「うん」
タカシは道路脇に違法駐車して、コンビニに走って行った。
パッパパーッ!! パッパパーッ!! パッパパーッ!!
いきなり、けたたましいクラクションの音がが鳴り響く__。
音に反応して顔を上げると、反対車線で大型ダンプが暴走しているのが見えた。
ダンプは数台の車を薙ぎ払うように暴走しながらこちらに向かっている。
―――と、ダンプがセンターラインを越えてきた!
私は慌ててシートベルトと外そうとしたが、金具が上手く外れない!
イヤ! イヤ! 嫌だ――――!!
もの凄い勢いで迫ってくるダンプに驚愕したのはほんの一瞬__。
焼けるような痛みが身体を突き抜け、激しい衝突音と同時にフロントガラスが降りかかってきた。
タ、タカシ……。
朦朧とする意識の中で、車のデジタルがボンヤリ浮かんだ。
8:12AM__。
それが、私の最後の記憶になった。