二の生__タカシ。
“えっと、えっと……”と、言葉を詰まらせながら、私達に一所懸命説明しているスタッフがタカシだった。
ス、スタッフ? いやいや……これは想定外だわ。
で? これって……バンドに繋がる?
……だ、大丈夫。繋がるに決まっている。
いままでだって……そうだった。
今日の競馬だって、降って湧いたタナボタなのだから。
タカシだって……その筈。
頼む!!
「お前、何してんの? 今頃、キンチョーとか? 祈ってんじゃねぇよ。腹括れ」
「ヘッ?」
どうやら、私は知らず知らずのうち、胸の前で手を合わせていた。
アハハ……ダッセ~。
そして、本番__。
前奏が流れ私の合図で歌いだした圭太の歌声は一瞬で会場をのみこんだ。
圭太……。
遠くまで届いているのが手に取るようにわかる透きとおるような声。
会場中の人がうっとりしている……。
本当に上手な人の歌は、人を笑顔にするんだ。
以前は一緒に歌うのが恥ずかしいと思っていた私は、胸をときめかせ誇らしげに圭太の歌声に聞き入っている人達一人一人の顔を眺めていた。
上手い……。ヤッパ圭太は歌うべきだ。
歌い終わった圭太は頬を染めて「どうだった?」と訊いた。
「とってもお上手♡」
そして圭太と私は筋書通り優勝した。
景品は20インチのVHSビデオ一体型テレビ。
いや~懐かしい! VHSって……。この時代、けっこうな品物ですよぉ。
DVDとかネットとか、まだまだ先だもんねぇ。
「えっと……。じゃ、お宅に配達しますので……。えっと……ここに住所と電話番号と……」
「あ、はい。……圭太、アンタん家に送ってもらう?」
「え? いいのか? 俺がもらって……」
「いいよ。100円坊や」
「コノヤロ!」
「アハハ、うそうそ。ね? いいことあったでしょ?」
「だな……」
圭太は大喜びで、タカシが差し出した紙に住所と連絡先を書き込んだ。
タカシは、その紙を受け取りながら圭太に話しかけた。
「えっと……。ってか、歌、上手いッスね」
「え? 俺?」
「あぁ、はい。いや、彼女もうまいッスけど」
ここだ__。
「でしょ? 圭太っていうんだけど、どっかのバンドでも入ったら一発でボーカルもってくと思うよ」
「うん、ボクもそう思います」
「圭太は小さいころからピアノやってて、すっごく音感がいいんだ」
「バカ知世。お前、なに言ってんの? 人の事、関係ねぇヤツにペラペラしゃべってんじゃねぇよ!」
「へぇ~い。ごめんなさ~い」
よし! 前フリはこんなものか……。
そして、ここからが賭けだ__。
タカシは圭太の友達だった。だから、私と繋がるより圭太と繋がった方が自然なような気がした。
あとは、タカシが何らかの音楽に携わってくれていますように……。合掌。
一週間が過ぎた__。
無事、ビデオ一体型テレビは圭太の家に届いた。
圭太は思いっきり番組録画をし、ビデオ三昧の毎日を送っている。
ケッ……。今に薄っぺらのテレビに、何十本という番組が録画される日が来るんだよ。
それより、タカシはどうした! タカシはぁ。
いったい何、やってのよタカシはぁ!
そうして、タカシからのコンタクトがないまま、更に一か月が過ぎた。
RRR……RRRR……RRRR
「はい、沢田です」
「知世?」
「うん。圭太、どした?」
「アイツ……覚えてる? イベントの時のヤツ」
「タカシ!?」
「へっ? タカシ? 鵜川って言ってたぞ?」
「えっ? い……や、今、い、従弟が来てて……こ、こら! タカシ、じっとしてなさい!」
「あぁ、なんだ」
「で? その鵜川がどした?」
「ん、バンド組まないかって……。お前も一緒に」
はぁ~、やっと来たぁ。
待ってた、待ってた、待ってたよぉ!!
「やる!! やるやるやる!」
「マジか? お前、そんな趣味あったのか?」
「あった、あった。メッチャあった!」
「ホントかよ~」
「圭太は? 何て言ったの?」
「う~ん、お前に訊いてみてから……って、言っといた」
ナイス! コイツの優柔不断が、こんな時に役立つとは思わなかった。
「やろうよ、圭太! ね、やるよね」
「あぁ、まぁ、お前がそこまで言うんだったら……いいけど」
「じゃ、連絡しといてよ! すぐに」
「わかったよ。ってか、なんで、そんなアツイんだ? お前……」
「いいから、いいから」
電話を切ったとたん、思わずガッツポーズ!
よし! よ~し、オーケー、オーケー。
う~ん、だけど、この世界の圭太はなんか変だな……。
キレが悪いっていうか……。弱々っていうか……。
以前の圭太は、リーダーシップがあってキレッキレッだったんだけどなぁ……。
これも……多少のズレのうちかなぁ? ま、いいか。
そして、私達は3人でバンドを組むことになった。
リーダーは……タカシ。
ふむ……この世界の、この流れからすれば当然なんだけど……。
なんか、しっくりこないなぁ。
ま、いいか……、もしかしたら、後々“頭角を現す”みたいなことになりかねないし……。
でも、どうみてもタカシと圭太の性格が入れ代わってるって感じがしないでもない。
まぁ、それはそれで……ね。
※ ※ ※
「お、お、おい……知世。マジで……いいのか? こ、こんな高いヤツ……」
「うん、いいよ。どうせ、泡銭じゃん! 投資、投資」
私は圭太にキーボードを買ってやった。ピアノ・キーボードっていうヤツ。
私はあんまりこっち方面は疎いから、値段で決めた。
10万くらいのだったら、そこそこだろって感じ?
それにあの100万円は、こういうのに役立てるつもりだったし……。
あの世界では掛け持ちバイトで必死だったから、音楽に費やす時間が少なかった。
だから少しはマシな音楽活動をしたかったんだぁ。
それに、作詞作曲は圭太とタカシがメインだったから、良い楽器を持っていても損にはならない。
もう少ししたら、タカシにも買ってやるべ♡
バンドを組んである程度時間がたつと、やはり圭太とタカシの性格が入れ代わっていると確信した。
作詞にしても、作曲にしてもタカシが先導している。音への厳しさも増してるような気がする。
以前は、圭太が私達にガミガミ言ってたけれど、今はタカシがその役割を担っていた。
私にすれば、タカシの人が変わったように見えるが、それは関係ない。
以前のタカシと、このタカシは別人なのだろう。それは圭太にも言えること。
音と言えば、やはり圭太の音感は抜群だった。
そして、相変わらず何の変化も進歩もないのが私だった。
ちぇ~、年くってるだけかよぉ。
けれど、私は競馬で獲得した金をバンド活動につぎ込んだ。
スタジオ代が主だったけれど……。今回はボイトレを受けることにした。
やはり圭太は歌が上手かった。天性のものだったんだなと、今なら思う。
彼は、何度生まれ変わっても、いつの世界でも歌がうまいのだろうと思った。
だから、私は私のやるべきことをやろうと考えたわけさ。
「へぇ、本格的にやんのな」
「そだよ。後悔したくないからね」
「後悔? 何に?」
「自分……に、かな」
そう、この先『俺は、プロを目指す。だから東京に行く』と、圭太が宣言するとき、
『知世も行くだろ?』
と、言って欲しかった。
あの時……、
『親が許さないと思う……』
と、私が言ったとき、圭太が少しホッとしたように見えた。
そして、私自身彼らと一緒に行く勇気がなかったのも確かだった。
やらなかった事を、やりきるんだ__。
それが今の世界を生き抜く私の目標になった。
「ね、路上ライブやろ!」
「なんだ、それ?」
「ほら、駅前とかビルの角とかで……」
「大道芸人かよ」
「路上ライブ!!」
ったく、大道芸人って、いつの時代だよ。……あ、今か。
「ポリとかに追いかけ捲られんだろ?」
「そんなことないって、駅とかだったら許可貰えばいいじゃん。私達が先駆者になるんだよ!」
「先駆者ねぇ」
「知世って、そんな前向きな人だった?」
「っていうか……。生きることに、ネチッこいだけだよ」
どんなけ、生きてると思ってんのさ。
「ねちっこいって……」
「でも、それおもしれぇな。やろうぜ、路上ライブ」
もう一人の前向き人間は、タカシだった。
私達は、路上ライブを繰り返した。
警察に叱られ、露店の人に追い立てられ、怖いお兄さんに追いかけられ……。
それでも、決まった場所でライブをすると、集まってくれる人達が少なからずいてくれた。
『頑張ってください』『今度はいつ?』などと、声を掛けられるとフツウに感動した。
生きてる感じがした__。
♪♪~♪♪~♪♪~♪♪♪~♪~……。
「なんだ、知世。機嫌良いな?」
「え? へへぇ、今日ボイトレの先生に褒められたんだぁ」
「へぇ~。お前、腹筋何回してる?」
「朝、30回1セットで、午後は2セット。調子のいい時は50回から70回」
「毎日だろ? しぇ~、モロ体育会系だよな」
「だって、プロのボーカルは女の人でも腹筋割れてるって言ってたよ?」
「それ、女じゃねぇし……」
「な、ことないよぉ。ちょっとぉ、タカシなんとか言ってやって。このバカ圭太にぃ」
「あぁ……うん」
「タカシ? どうしたの?」
「あぁ、いや……。知世さぁ……さっきの歌……何?」
「え? さっきの歌って?」
「さっき、口ずさんでたヤツ……」
「アニソンじゃん。ナイルラン戦記のオープニング。見てなかった? ♪~の、翼ぁ♪って……」
「そんなの、あったっけ?」
ハッ!! やば! 違う……。
「は……はは。て、適当だべ……さ」
「適当にしてはいい線いってんじゃん。もっぺん歌ってみ?」
「―――いっ!」
「はよ!」
タカシはそう言いながらギターを抱え、歌のコードを拾い出した。
それにつられて、圭太がキーボードでメロディを拾い出す。
マ、マズイんじゃない? これって……。
でも、考えてみるとこの歌は15年後の歌……。
今や、影も形もない訳で……。
空覚えではあったが、タカシと圭太は私がたどたどしく歌った歌を、曲にしてしまった。
「いいじゃん! 今度の路上で歌おうぜ。知世、練習だ、気合い入れろよぉ」
「ひっ? あ、あぁ、が、頑張るよ」
多分、本物とは少し違うから……オリジナル?
う~ん、もしこれが目に見えるものだとしたら、きっとどこかの国のパクリキャラクターのようなんだろうなぁ。目が離れた○ッ○ーマウスみたいな……。
いやいや……盗作には違いないが、現時点でここに無い物を盗んだって盗作にはならない……よな?
良心が痛まないと言えば……痛まない。ただ、ちょっと後ろめたいだけ……。
う~ん……、やっちゃえ!
てな訳で、私達はその擬アニソンを引っさげ、路上で歌いまくった。
反応は上々……。
しだいに、ライブの度に一番前で場所取りして、一生懸命声援を送ってくれるファンができた。
それもその筈、ヒットチャート1位、ダウンロード数1位だった曲なんだから、当然と言えば当然のことで……。
気持ちいい!
ヒット曲をオリジナルとして、我が物顔で歌えることが、逆に快感になる。
調子に乗った私は、思いつく限りの歌を圭太とタカシの前で口ずさんだ。
青春謳歌曲、人生の応援歌、大人社会への不満や反抗、切ないバラード……。
週末ごとの路上ライブは、今や大盛況で__。
一端のアーティスト気取りな私は、未来の歌を盗作しているという良心の呵責など、いつのまにか消え失せていた。
そして、ついにその日が来た。
「俺、プロ目指すよ。だから東京へ行く」
言い出したのは、タカシ。そして……、
「知世も行くよな!」
と、言った。
「当然!」
「もちろん、俺もな」
追いかけるように言った圭太が、白い歯を見せながら親指を立てた。
私達は3人揃って、東京へ出発した__。