二の生__。
「こ、ここは…」
に……20年前?
信じられない光景を目にした私は、その現実をすぐには受け入れられる筈もなく文字通り言葉を失った。
「大丈夫か? 沢田」
小西先生は隣りでアウアウ喘いでいる私に声を掛けてきた。
「は、はい……。だい……丈夫です」
「そうか? 何かあったら保健室に行くんだぞ」
「は……い」
「ん……、まぁ、自己紹介は個人でボチボチやればいいか。じゃ取り敢えず、席に着きなさい」
「は……い」
取りあえず私は教室の一番後ろ、廊下側の席に座った。
こ、これって……。
私が転校してきた時の……。
すると、前の席の女子がクルッと振り返りニコッと笑いかけてきた。
その屈託ない笑顔__。
思わず私は、ゴクリと唾を飲み込んだ。
リ、リカちゃん……。
「うふ♡ 初めまして、私、リカちゃん。よろしく」
「は、はじめ……まして」
当時、リカちゃん人形のキャッチフレーズ『私、リカちゃん』を、やたら連発していた彼女の名前は、進藤梨香。
名前の通り、お人形さんのように可愛い女の子。
ふぅ……。
暫くの間、私は教室の一番後ろの席から全体を見渡し、呆然としていた。
私……どうなっちゃたの?
これは……夢? にしては……リアル過ぎる。
確かに、この光景には見覚えがあって……。
現に薄っすらだけど顔を覚えている子が何人かいる。
きっと彼らに関する私の記憶がそこで止まっているからだろう。
「どうしたの?」
「ん? ううん……何も」
私は大きく目を見開きピクピク引きつる唇の端にキュッと力を入れると、無理矢理口角を上げ作り笑顔を貼り付けた。
バックンバックン心臓が跳ねている……。
胸を強く押さえ頬をツネってみた。
イタッ!
夢じゃない……。
い、いや、夢って本当に傷みを感じてないんだろうか?
本当は感じているけど、目覚める頃には忘れているんじゃないだろうか?
クリアな視界、ひやりとした机の感触、手近な物に触れると感じる物体感……。
ふと……開け放たれた窓から入り込んでくる風が髪を揺らした。
……これは夢じゃない。
と、とにかくヘタに喋っちゃいけない……。
少し俯き加減で目ん玉だけを動かしながら周りの状況に集中した。
バタバタ走り回る子供たちの動きやふざけている姿、笑い声が懐かしいあのこれがを思い出させる。
ふふふ……。私が中学生ってか?
思わず口元が綻ぶ。
え? っていうことは……。
私は咄嗟に窓際の一番後ろの席に目をやった。
いたぁー!! 黒崎琢磨。
あの頃、私が一番好きだった人。
極悪イケメンでたぁーー!
超不良で、超クールで、超人気者__。
学校中の女子が彼に片思い♡
と、当時は思っていた。
……が、なんか変?
あの時、彼から感じた凄味というか……迫力というか。
怖いけど……目が離せないくらいの魅力を全く感じない。
そっか……。
私の中身が36才だからだ。
あんなに好きだった彼が、ただのイキがったガキんちょにしか見えない。
ってか、教室にいる生徒達の子供さ加減が、私をものすご~く年寄りになった気分にさせた。
ヘタすると先生だって年下かもしれない……。
そうだ、私は36才なんだ……。ここにいる子達より20才も年上。
オバチャン……。
でも、何でこんなことになってしまったんだろう……。
あのとき、集団登校の列に暴走車が……。
「ああぁっ!!」
―――ガタッ!!
私はお腹を押さえ、叫びながら立ち上がっていた。
「どうした沢田! 何があった!」
教室中の生徒が驚き振り返って私を見ている。
「あ……いえ。す、すみま……せん。な、なんでも……ないです」
小さな声で謝りながら、すごすごと席に腰を下ろした。
あぁ……あ……赤ちゃん。
私の……赤ちゃん。
死んじゃったんだ……私と一緒に……。
産んであげられなかった……赤ちゃん。
アーちゃん……ゴメン。
涙が溢れてきた__。
思いがけず……追いやられた絶望と悲しみの淵。
真っ暗な深い穴に落ちていく感覚……。
身体全体にどっと押し寄せてくる脱力感……。
なのに……私は生きている。
私だけ……生まれ変わっちゃった……。
ゴメンネ……ゴメンネ……赤ちゃん……ゴメンネ。
私は机に突っ伏して泣いた。
「沢田さん……。どうしたの? 気分が悪いの? 先生に言おうか?」
リカちゃんが心配そうに声を掛けてきたが、私は机に突っ伏したまま首を横に振った。
転校初日早々さめざめと泣き続ける私にクラスの生徒達と先生は、さぞかし手を焼いたに違いない。
だが、私に与えられた試練はこれだけではなかった。
放課後__。
うそ……。
か、帰り道が分からない……。
ってか、そんなの……覚えてないよ。
校門の外に出た私は、周りを見て呆然となった。
右も左も、全く分からないのだ。
うぅ……考えろ! 思い出せ!
たしか……校門を出て……右?
で、タバコの自動販売機があったような……。
キョロキョロしながら歩く私は、傍から見るとかなり挙動不審に見えるだろう。
でも、本当に覚えていないのだ。
だって……この学校、一年しか通ってないもん。
あっ! あった。タバコの自販……。
で、パン屋さんが……あったぁ!
うん、うん、思い出してきたぞぉ。
そうだ! 国道沿いに帰れば、何となく分かるかも知れない。
たしか……遠回りになるんだったけど、この際仕方ない。
ハァハァ……。
ったく、遠いなぁ。
こんな道を毎日通ってたんだ。この距離を歩いてたなんて信じられな~い。
今の私なら、原チャリでビューン! なんだけどなぁ。
あ、今じゃないか……。
あ! あのバス停、見覚えがある。
で、ここを右に曲がって……っと。
おぉ!! 出たぁ! 懐かしい~。
ここからは一本道だから、オーケー、オーケー!
あぁ……。ホント、懐かしいなぁ。
そんなに田舎でもなく、都会でもなく……ちょうどいい感じの街。
そう、私はこの街が好きだった。
そして、お父さんが好きだった街……。
―――って!!
「お、お父さん!!」
「ん? あぁ、知世。おかえり」
エエェ――!!
お、お、お、お父さんが……生きてるぅ――!!
そ、そうか……。
お父さんが死んだのは、私が27才の時だった。
今から、12年……後。
今は、もうすでに透析を受けていて……この時代の医学では……。
変えることができない運命__。
「た、ただいま、お父さん……。調子どう?」
恐る恐る父親の具合を訊いてみる。
「あぁ? いつも通りだよ。どうした知世、ヤケにしんみりした顔して。さてはフラれたか?」
「もう! 何、言ってんのよぉ。お父さんのバカ! フン!!」
「アーハハハハ」
私はお父さんにアカンベして、自分の部屋に入った。
そう、父は冗談が好きでいつも家族を笑わせていた。
朗らかで大好きだった父……。
12年後……死んじゃうんだ。
バイト先に電話がかかってきて病院に駆け付けた時は息を引き取った後だった。
『あぁ……。痛い』
それが、父の最後の言葉だったそうだ。
「わぁ! マンガだらけ~!」
私はマンガが好きだった。もちろん、今でも好きだ。
アニメだって、動画サイトのチェックは毎週欠かさなった。
「うわぁ、懐かしいなぁ。そうそう、このコミック集めてたんだよなぁ」
本棚から一冊、手に取ってパラパラと中を眺めてみた。
手に取っているのが4巻……本棚には6巻まである。
そして、このマンガは12巻で完結。
ふっ、続き……、もう買わなくていいんだ。
そう、ここにあるマンガ本は全て最終話まで読んだ。
全部、知っているんだ……私。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
なのに! なんで、勉強は覚えてないのぉ―――!!
わ、分からない……。
日本史、世界史、数学、科学……。
すべてがチンプンカンプン。
これじゃぁ、中3の時より学力低いかも……。
――――チーン。
中間試験……ボロボロ。
「チィちゃん……こんなに成績悪かった?」
お母さんが、首を傾げている。
「あ、あのね……転校前の学校と勉強範囲がちょっと違ってて……ま、間に合わなかったんだ」
「そうなのぉ?」
「う……ん。つ、次は頑張って……みる」
思い出したことだけど……。
転校前の学校の方が、今の学校より学力が高かった。
だから、私の中間試験の成績はメ~ッチャ良かった。
なのに……。
年齢とはこんなにも頭脳を衰えさせるんだろうか。
生まれ変わるんだったら、そのままで生まれさせろっての……。
あ、でも……赤ちゃんの事を思い出せるのは、今の私だから……。
私しかいないから……これでよかったんだ。
そう……、私ぐらい覚えていてあげなきゃ、可哀想じゃない。
だから……べ、べ、勉強するしか……ないんだ。
「チィちゃ~ん。修学旅行のおやつ買いに行こ?」
「うん! 行こ」
修学旅行前の買い物に、リカちゃんが誘ってくれた。
今、私の友達はリカちゃんと唯ちゃん。
唯ちゃんのフルネームは、青木唯。どっちかって言えば、おとなし女子。
こうやって、かつて過ごした時間をもう一度なぞっていると、なんとなく生き延びる方法が自ずと見えてくる。
以前の私は、わりと目立ったグループに属していた。
で、転校生のくせに生意気だとガンつけられて……。
思いがけない大乱闘__。
もう少しで、親が呼び出されるところだった。
あの時は正直、肝を冷やした。
あの頃の私は、親の前ではいい子ぶった……イヤな女の子だった。
一番が欲しいくせに、土壇場でいつも二番煎じを選んでしまう臆病な女の子。
だから……人を選んでツッパった。
そして……今も、楽な方を選んで生きている。
ハハハ……。
根本的には、な~んも変わっちゃないさねぇ。
過去のデータを手繰り寄せて思い出したんだけど、リカちゃんと唯ちゃんは二人とも名前に見合った可愛子ちゃんで、男子の人気NO.1かNO.2を行ったり来たりの存在。
その2人グループに私が入ることで、可愛さレベルが下がるのはちと心苦しいが……ま、引立て役だと思って許して欲しい。
リカちゃんと唯ちゃんは、アイドルを目指しても全然いいと思うくらい本当に可愛い。
この年だからそう思うんだろうか? 彼女たちの肌のハリやツヤを見るたび惚れ惚れする。
ま、今の私も同じようなもんだけど、一度老けた経験がある者としては、若さは宝じゃあ! と、つくづく思う。
この時代の子ってどうなんだろう?
私がいなくなった時代には皆がアイドルを目指して、ダンスを習ったり歌を習ったり。
皆が自分のことをよく知っていた。
国民総アイドル時代と言ってもおかしくないってくらい、女の子も、男の子もアイドル志向の子が多かったように思う。
この世界のこの頃、『アイドル誕生』というテレビ番組が流行っていた。
腰に番号札をつけ、ステージの奥に設置されている階段から駆け下りてきてマイクの前に立つ。
そして、番号とフルネームと曲名を言って歌いだす。
歌い終わったら司会者が『それでは、いかかがでしょうか!』と声をかけると、観客席に陣取った各プロダクションのスカウトマン達が札を上げる。
パラパラ札が上がる子もいれば、ドバっと一斉に何社もの札が上がる子もいる。
そんな子達がデビューして、ベテランになっていくのを見てきた。
だから、売れる子とそうでない子を既に知っているというのは、面白くもあり……ちょっと複雑だったりもする。
週刊誌に昔の写真を載せられて、叩かれて引退した子がステージに立った時は、飲んでいたジュースを吹き出してしまった。
思わず、『アンタ、昔の写真燃やしなさい。男とベッドに入ってタバコ銜えてるヤツ……』って、電話してあげようかとも思ったくらいだ。
私はリカちゃんと唯ちゃんに『アイドル誕生』に応募してみたら? と、焚き付けてみた。
だが、意外にも彼女達はシャイで『そんなの無理!』だって。
結構したたかに乗って来るかと思っていたのは、オバサンの思い込みだったってことか。
リカちゃんでも、唯ちゃんでも、いい線いくと思うんだけどなぁ……。
あんな子がアイドルだったんだから……。
と、違う世界で鬱陶しいくらい、キャピキャピしてたアイドルを思い浮かべた。
ヘタなことしたら歴史が変わるなどと、タイムスリップ的なドラマやマンガでよく言うけど、既に私の歴史が変わっているのだから、多少の歪みなんて知ったこっちゃない。
今の世界がこのカタチで確立しているのなら、これから起きることはこの世界の新たな歴史であって、未来がどうのこうのなんて関係ないと思う事にした。
別の世界の私が死んだのなら、その世界での私の家族は嘆き悲しんでいるだろうとは思うけど、それはその世界の事で、今いるこの世界とは完全に隔たれていると思うから。
現に、私は前の世界と同じ高校に進学できなかった。
単純に学力が足りなかったのだけれど、これだけでもう関わる人間が全く違ってくる。
この時点で歴史が云々など……あとの祭りなのだ。
高校生になって感じた事……。
生まれ変わった中学では知った顔がたくさんあったから、それなりに懐かしかったり、先々に起きることがだいたい予想でき面白おかしく何とか過ごせた。
けれど、全然知らない高校へ来ると、それこそ知った顔がまったくなく……ボッチ感が半端ない。
普通に15才の女の子だったらそれなりに好奇心とか、ワクワク感があって色々楽しいかもしれないが、36才のオバちゃんには正直キツイもんがあった。
『今時の若い子は』……とか、『生意気』というセリフが、頭の中に飛び交う毎日。
友達がタバコを吸おうと誘ってきたとき、『ガキのくせに、何言ってんの!』と、心の中で反発した。
とはいっても、前の世界での私は中2から妊娠するまでずっと吸っていたんだから、この子達を咎める権利はない。
それに、久々のタバコは……美味かった。
以前より、少しレベルの低い女子高。
殆どの子が、ひきずるような丈のスカートを穿いている。世間で言う『ガラの悪い』学校。
授業をまともに受けている生徒なんていない、化粧してるかおやつを食べているか……。
ダラダラと生活している子が、学校中にウヨウヨしていた。
ほんのちょっと偏差値が下がるだけで、学校の雰囲気がこうまで違うのかと落胆した。
女の子なんだから……。
トイレくらいキレイに使おうよぉ。
きっと、こういうところがオバサンなのだろう。
「あ~、カラオケBOXでもあったら、パ~ッと歌ってスッとするんだけどなぁ」
「え~? なにそれ、カラオケ?」
「え? いや……なにも、別に独り言さな」
ヤッベ~……。
「知世ってさぁ、時々変なこと言うよねぇ」
「あ~、そうそ。この間も“スマホ”がどうとか“ライン”がどうとか? なんじゃそれって感じぃ」
「アハハハ、そ、そうだったかなぁ? あんま、気にしんくていいよ。ちょっと、ウチ妄想入ってるからさ」
「どんな妄想よぉ。アハハハ」
「ハハ……ハ」
そう……、最近の私は以前の世界の事を思い出しては、よく口に出してしまう。
ネットの動画を懐かしく思ったり、スマホのゲームに耽りたいと思ったり……。
私の人生って……かなり、つまらなかった感は拭えずとしても、あの感触が忘れられなかったりもした。
ガラケーでさえ、ないんだもんなぁ……クスン。
歩きながらのモンスター探しだってできないまま、こっちに来ちゃったからなぁ。
クッソー!
けれどそんな時、私に転機が訪れた。
それは、ディスコ__。
もちろん、18才未満お断りの店。
だが、私達は親や学校の目を盗んでディスコに通うことに躍起になった。
大音響の中で激しく踊りまくる躍動感は、生まれ変わって以来感じていた心の渇きを埋めるには十分だった。
それに、ディスコには以前の世界と同じように生きていけるチャンスがあることを、私は知っている。
以前ここには、新しい出会いがあった。
それは、圭太__。
あの世界でバンドを組んでいた彼。私より歌が上手かったキーボード担当の彼だ。
私は記憶をたどりながら、圭太に会う日を待ちわびた。
但し、その前に一度補導された経験があることも思い出した。
私は悩んだ……。
ここで、補導されなければ……もしかして、圭太に会えないんだろうか?
でも……、補導されたくないし……。
この年で、補導されて親を泣かすなんて……。
見た目16才、中身36才の私は真剣に悩んだ。
36才で補導って……。
補導された日付なんかは覚えていない。ただ、高3になる前の春休みだったという事だけ……。
それに、あの時は以前通っていた学校の友達に誘われたという経緯があるから、ドンピシャに補導されるって事はないだろうが、圭太に会う機会がズレてしまうか、その機会そのものがなくなってしまいそうで不安だった。
私は究極に寂しかった。
親以外、誰も知り合いのいない世界で、ポツンと一人でいることに耐えられないでいた。
圭太と知り合った頃は楽しかった。
タカシがすぐに入って来て、バンドを組むことになって、次から次へと私の周りが変化していった。
私はあの頃に思いを馳せ、それを取り戻すことに執着した。
そのためには何が何でもディスコに通う!
そして、春休みがやってきた__。
今でもハッキリ覚えている。
円形の大きなテーブルを囲むように座っていた私達の後ろに中年の大人が3人、変な立ち位置にいた。
『こんなところに似合わない大人がいるなぁ』と、ボンヤリ思っていたら、
『立ち上がらないで!』
3人のうち、一人の女の人が言った。
その掛け声と同時に、ボックス出口の近くに座っていた友達2人の肩が押さえられ、全員が立ち上がれなくなった。
一網打尽__。
それは見事な検挙っぷりだった。
一斉補導に気づいた客たちの中には、ニヤニヤと冷やかし笑いを浮かべてるヤツもいたし、顔をしかめているヤツもいた。
そして、補導されたのが自分じゃない事にホッとしているヤツの中に、圭太がいた。
ゾロゾロと店から連れ出される私達を、見ている圭太と目が合ったのを覚えている。
で、ヤツは次の週ディスコに来た私に声を掛けたのだ。
『ねぇ、ねぇ。キミさぁ、先週補導されなかった?』
『え? あぁ……されたよ』
『で、もう来てるの? スッゲェ、根性あるよなぁ』
ってね。
だから、補導劇は必ずある筈……。
私は蚊帳の外でその光景を眺めていればいい。
そして、その光景を見ている圭太を探すんだ__。
春休みに入って2回目のディスコ……。
時間は21:00を回った。
あ……ふ。眠いなぁ……、今日あたり補導のオジサンたちが来てもおかしくないんだけどなぁ。
と、その時一瞬空気が変わった。
―――ザワ。
急に寒気がして、鳥肌が立った__。
こんな店に……似合わない、オジサンとオバサン……。
目の前の円卓を囲んでいる女の子たちを囲むように、どこからか3人の大人が現れた。
あ、あれは……。
エツコとヒロコ……、梓とユミ……。
大人3人のうちの一人が、丸いボックスの中に入って行った。
周りの音で何を言っているのか聞こえないけど、私は知っている。
『そのまま、立ち上がらないで!』
その光景を見た瞬間、身体中にビリビリと電流が走った__。
以前の世界で友達だった子らの顔が強張っている。
俯いて震えているのは……梓。
腕を組んで、シラケているのは……エツコ。
懐かしい顔ぶれがズラッと並んでいるが……この状況はちょっとビミョウ……。
しかし、私は圭太に会うためにここに来た……。ただ、それだけを目指して……。
今まででも、以前の世界と同じことが起きることは何度もあったし、予想もできた。
その出来事が、前の世界での時間と寸分違わず起きているのかどうかは分からないし、少し違っていたりもした。
けれど、今回はドンピシャのように思えた。
私がいない分、誰かが代わりに入っているのかどうかは分からないけれど……多分、時間?
何となくだが、あの女補導員があの子たちに声を掛けた瞬間の時間が、あの世界の時間とシンクロしたんだと思う。
かと言って、私の身体に電流が流れるのと何の関係があるんだ? と言われれば……。
わかんな~い。なのだが……。
次の瞬間、私は圭太の気配を察知した。
今座っているところから、左方向35度__。
私は暗い店の中、その方向に焦点を合わせ暗闇に目を凝らした。
―――いた。
補導される女の子を、目で追っている彼の姿を捉えた。
東京行きの電車に乗り込む……圭太。
最後に見た時より少し若い彼がそこにいた。