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六話 龍神・雅

ススキたちに妖怪の里を案内してもらい、僕は妖怪の里と書かれた立札を見つける。


「……ここでいいのかな?」


ススキたちは身を寄せ合って音を立てる。


どうやらあたりのようだ。


ここまで道案内を頼んでいて、気づいたことがある。


彼らは基本嘘はつかない事。


そして、とても優しいこと。


最後に、道には迷わない……だけど気まぐれであることだ。


だからこそ。


「う~ん?」


……僕は目の前の立札と目前の風景を見比べて首をかしげるしかなかった。


目前に広がるのは里とは言えない湿地帯。


こういうのを沼地というのだろうか、木々はなく、まるでここだけ切り取られたかのように緑が生い茂り、足元は沼の水を含んでぬかるんでいる。



面白いのは、立札の手前と奥では、風景がまったくもって違うという事。


まるでエジプトの国境線のように、きっちりたてふだの所から湿地帯になっており、ススキが案内してくれた道には、古びた木道が用意されている。


「……本当にここであっているの?」


コクリとうなずくように、ススキは再度身を揺らし、僕は彼らを信じて先へ進むことにした。



ぎしり……ぎしり。


木道は、古びた音を立てて僕を支え、おっかなびっくり崩れる心配をしながら、道なりに進んでいく。


生い茂る草花は、お化けススキと違って僕には無関心で、ちらちらと道を行く僕の顔を覗いては、すぐにそっぽを向く。


水辺近くの、しっとりとした空気は息苦しいわけではなく、歩調は早くも遅くもなく、ぎしり……ぎしりと木道を鳴らしながら、板が抜けやしないかと気をもみながら歩いていると……。


僕は沼が一面見渡せる木道が広くなっている場所に出る。


「……わぁ……」


沼とは言え、その水は清らかであり、背の高い草に囲まれた沼はまるで空が落ちてきたかのように、青空を大地に映し出している。


「綺麗……」


僕はそんな感想を抱き、木道の前でしばしその光景を見つめている……と。


「だ~~~れだ!」


背後からいきなり目隠しをされ、同時に背中に柔らかい感触がする。


「わっ……わっ?」


「はっはっは! 予想通りだ、予想通りだな! さぁ応えてみろ少年! お姉さんは気が短いからな!  このままパイルドライバーを決めてしまうぞ! あ、ちなみに妖怪としての名前でも、付けてくれた名前でもどちらでもいいぞ! お姉さんは優しいからな!」


本当に妖怪かこの人!?


「は、初めてここに来たのに! わかるわけないじゃないですか!!」


「はっはっは!  パイルドライバーか、パイルドライバーがいいのか! よーしよしよし! いい子だ暴れるな!」


「あいだだっだだだ!? したいだけなのね! パイルドライバーしたいだけなのね貴方!」


「祖国の為に!」


「ぎゃーーーー!?」


美しい沼に似つかわしくない、品のない二つ分の水へ飛び込む音が響いた。


「うむ、少々じゃれすぎてしまったようだな!」


「まったく、なんだっていうんだよ」


出会って数十秒でパイルドライバーをかまされて沼に落とされるなんて、これから二度とない経験だろう。


濡れた服を脱ぎ、僕はからからと楽しそうに笑う少女をにらむ。


水色の髪を横で一つに束ね、まとっている衣は誘惑するような袖なしのシャツ一枚だけであり、下は今にも見えそうで見えないミニスカートとなっている。


今までの妖怪たちは、どこか和を尊重する出で立ちだったのに比べ、この妖怪はどうにも、現実に近い格好である。


というか……だらしがない。


「そうにらむな少年! ガムでも食べるか? お姉さんの唾液付きだぞ! どうだ? むらむらするだろう?」


「いりません……まったく、なんなんですかあなたは」


「私か、私はこの沼を守る龍神だ! 崇拝してもいいぞ?」


「……龍神? あれ? ここは妖怪の里なんじゃ?」


「あぁ……ススキ野原たち、また間違えたのか」


「間違えた?」


「あぁ、彼らは道に迷うことはないが、記憶力が弱くてね……ここは妖怪の里跡地。

前には確かにここに妖怪の里があったんだが、引っ越しをしてしまったんだ。 だけど彼らはまだここに妖怪の里があると思っているらしくてね……時々間違えてここに案内をしてしまうときがあるんだ……まぁ、そうすることで私もこうしてお客人とプロレスごっこができるからな……直させるつもりはないのだが、君の様なお客人は、退屈な龍神としての怠惰な日々に輝きを与えてくれる……感謝し全力で歓迎するよ!」


「へぇ……」


龍神ねぇ。


「なんだそのげっそりした顔は、お姉さん傷つくぞ」


「いや……まぁ」


信じられない。


どちらかというと河童でしょうこの人……。


相撲じゃなくてプロレス好きな……河童だよ。


「あ、疑っているのか? 妖を見た目で判断するのはいけないことだな少年……もしかしたらすごい力を持っているかもしれないだろう?」


なぜ……仮定形なのだろう。


「はい、じゃあ……参考までに聞きますが、好きな食べ物は?」


「え? きゅうりだな……形も味も素晴らしい」


「河童だこの人!?」


「違う、龍神だ! よく見ろ!」


ずいっと、距離を縮める龍神。


白い着物……なのか洋服なのかよくわからないその袖なしの服は、垂れさがるしっとりと水にぬれた水色の髪を反射させて美しい色を映し。


青い瞳と桃色の唇が僕の体を硬直させて……てあれ?


「うごっ……動けない!? ちょっ!? まっ!? 体、体本当に動かないんですけれども!」


「ふははは! どうだ! 少年! これぞ龍神の証、龍の魔眼だ! 体を触れさせなくとも相手の動きを封じるこの技によって君は私にいいようにされてしまうのだ!」


「それって……ただの金縛りじゃ……」


濡れた衣服は少しだけ透けており、僕は今自分が上半身裸であることに気が付き……。


そして目前の痴女が顔を赤らめて、息遣いが荒くなっているのに気が付く。


まずい……これは尻子玉を狙われている。


「はぁ……はぁ……心配しなくていいぞ! お姉さんがなでなでしてあげよう……性的な意味で」


「何をされるんですか僕は!?」


「大丈夫大丈夫! たぶん」



「多分んん!?」


距離残り数十センチ、僕の尻子玉はプロレス好きの痴女により無残に奪われ……。


「も゛っ!?」


……なかった。


龍神に襲いかかったその一撃は、おおよそ人の力とは思えない風の様な衝撃。


僕にとっては頬を撫でるそよ風であったが、龍神はまるでダンプカーにひかれたかのように沼の向こうへと吹き飛ばされ……ぷかりとド座衛門のように浮かび上がる。


「……一応聞いてあげますけど、大丈夫ですか?」


「バボブボボイイイイ!」


元気そうだった……顔を見ずにつけたまま親指を立てているあたり、かなり元気そうだ。


気が付けば魔眼の効果は切れたのか、僕は動けるようになっており、このまま見捨てて置いて行ってもよかったのだが、それも寝覚めが悪いので僕はまた沼に入り龍神を助けることにする。


沼に降りると、沼の水は僕の足を鎮めることはなく、氷のように足場となる。


「……そういえば、結構深そうな場所だったのに、さっき投げ込まれたときは足が付いたな……」


どうやらこの沼自体も妖で、その人物の望む深さへと自動的に変わる場所らしい……。


まぁ、濡れないのなら好都合なので、僕はそのままぷかりと浮いている龍神救出の為に沼の水面を歩いていく。


なんだか不思議な気分だ……。


「まったく、一体何なんですかもう……」


ようやく浮かぶ龍神の元へたどり着いた僕は、一つため息をついて龍神を助け出そうとするが。


「おもっ!? 河童重いな!? 甲羅脱いでください!」


「脱げるか!! っていうか河童じゃないですー! 龍ですー!」


「元気じゃないですか!?」


そんな言い合いをしながら僕は龍神を木道まで運ぶと、とりあえず横にさせる。


思いっきり大回転をしながら沼に堕ちたため、相当目が回ってしまっているようだが……。


「ふふ、少年……今ならお姉さんを襲いたい放題だぞ……知っているとも、そのために助けたのだろう? さあやれ! エロ同人みたいに!」


「とりあえずお腹に鉄アレイ載せますね」


「あっ!? ダメだ! 鉄はだめだ! 私は金物全般がダメだ!」


「安心してください、お皿は割りませんよ」


「河童じゃなぁい!」


まだ軽口をたたく余裕はありそうなので、僕は心配はしないことにした。


「ふぅ……しかしひどい目にあったな」


「あなたが言いますかといいたい気持ちをぐっと飲みこんで、あえて聞きますけど、あれは何だったんですか?」


「あ、あー……まぁ、いたずらした罰って奴だな」


「あぁ、地蔵の尻が腐るまでは悪戯しないって約束したのに悪さしたから」


「私は龍だぞ少年! もう……まぁいい少年……私は大丈夫だから行くと良い、しばらくすればまた動けるようになる」


「いや、そんな状態で何言ってるの……とりあえずは君の家までくらいは連れて行ってあげますよ……この木道の先でしょ、ほら、おぶってあげるから……」


「青一郎……ふふ、やさしいな君は……しかし、ここで君に甘えては龍神である私の立場もあるし……何よりおぶさるなんて、命がいくらあっても……」


「?」


「いや、何でもない……忘れてくれ、君の優しさだけで、お姉さんは胸がおっぱいだ」


……下ネタかよ。


「……やれやれ、ふざけられるならもういいですよね……」


「ああ、さらばだ少年……あ、濡れている状態だと風邪をひくからな、それ」


龍神は手を振ると、僕の濡れたズボンや、木道に干していた洋服が一気に乾く。


「え? すごい……一気に」


「まぁ、水を操る龍神だからな……これくらいは簡単さ……」


「なんでそれを最初から使わなかったんですか?」


そうすれば河童だなんて思わなかったのに。


「だって、遊んでほしかったんだもの」


満面の笑みを零して僕を見つめる龍神。 


僕はそんな子供の様な無邪気な笑みに少しばかり心臓が跳ねあがり……。


「もう、これからよろしくお願いします」


「うむ、よろしく少年……あぁ、そういえば自己紹介がまだだったな……私は雅……龍神の雅だ」


「……よろしく雅……僕は青一郎……鬼崎青一郎です」


「聞いているよ青一郎……みんなをよろしくな……いってらっしゃい」


手を振る少女の表情は柔らかく、なんだかほっとしたような印象を覚える。


意地悪でいい加減なだらしない姉……悪戯好きで、だけど陽だまりの用に暖かい。


龍神様は沼で一人、待ち続けた人の到来を喜ぶかのように

はしゃぎ、僕はなんだか変な気持ちのまま……ぎしぎしと音を立てる木道を戻っていく。



振り返るとそこにあるのはただの霧……水に移った月の様な少女は……水の波紋のように、跡形もなく消えていた。


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