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五話 一本だたら・多々良

「あの……僕は」


別人です……そう言おうとしたその時……。


「なんで……なんでここにいるんだお前? まさか……お前死んだのか? 嘘だよな!?」


あかねとはまた違った反応……つかみかかられるという行動に、僕はなすすべもなくすごい力で右肩を左手で握られる。


「ちょっ……えと」


「約束忘れたのか青一郎!?」


「いや……その僕は……」


「嘘だって行ってくれよ青一郎!! なぁ! 死ぬなんて……いくらなんでも早すぎるだろう!? なんだってそんな!」


「ちょっ……落ち着いて……僕……僕まだ死んでないです!!」


「へ?」


片腕でもすごい力で揺さぶられながら、僕はそう渾身の力を込めて叫ぶと……ぴたりと僕を揺さぶる手が止まる。


「……はぁ……はぁ」


「死んでない? え? じゃあどうして?」


「マヨイガに……呼ばれてきたらしいですけれど……」


「……マヨイガ? あ……あーそういや、なんか作るって言ってたな……」


「それと……朱音さんにも言いましたが……僕はあなた方の知っている青一郎さんとは別人です……他人の空似です……」


「へ? 別人?」


「ええ、ですから……」


「あ……あぁ悪い……」


やっと僕は解放され、少し深呼吸をして呼吸を落ち着かせる。


相手は少しいぶかし気な顔をしたまま僕を見つめ……そして同時に何か納得いったような表情をして一つうなずく。


「……いやー悪いな、お客人!  知り合いにそっくりだったってのと、ここいらには時々人間の死人も来るからさぁ……てっきり青一郎が死んじまったのかと思って取り乱しちまった」


「えと……なんかすみません」


「いやいや、謝るのはこっちのほうだよ……それで、こんな辺鄙な鍛冶屋に、人間がなんのようだい?」


「……鍛冶屋?」


「なんだ、知らないで私を訪ねたのかお客人? 私はこの妖怪の里で鍛冶屋をやっている、一本ダタラの 多々良っていうんだ!気軽に多々良って呼んでくれ! あ、だけど多々良ちゃんはやめてくれよ? こそばゆいからな!」


「一本だたら……」


確か、一本だたらと言えば片足片目の妖怪で……一説では鍛冶を生業とし、その腕は神格化されるほど……という説もある妖怪……。 でも。


「僕の知ってる一本だたらって……一つ目、一つ足だった気がするんだけど」


目前の少女には、作務衣から覗く綺麗な白い足が二つきちんとあり……その代わり、片腕が存在しなかった。


「あっはっは! そーだろ! なんでかねぇ、私は片手が無くて両足がある半端もんなのさ! ま、だからここでお世話になってんだけどねぇ」


楽しそうに多々良はそう語りながら、どかっと床の上に胡坐をかいて、ヤカンの水を豪快に飲む。


その姿を見て、僕は息を飲む……思えばここに入って沢山汗をかいたから、とてものどが渇いていることに気が付いたのだ。


「……お前も喉乾いてるみたいだな? 青一郎……ほれ」


「……あ、ありがとうございます」


手渡されるヤカン、それを受け取り僕は戸惑う。


「どした? 毒なんて入ってねえし、人間が飲んでも大丈夫だぞ?」


「あ、はい」


確かにそこの懸念もあるが、僕が考えているのはそういう事ではなく……これはもしや間接キスという奴になってしまうのではないか?


しかし、受け取ってしまったものを返すというのもなんだか悪いし……なによりも今僕はものすごくのどが渇いている……。


せめてコップとかを用意していただければ、僕も喜んで頂戴するのだが……。


「……何してるんだ? こうどばーっと行きな! 男だろ? あ、ちなみにうちにはコップなんてちゃっちいものは置いてないからねぎられ、」


僕の淡い期待は、豪快に打ち破られる。


これ以上この状況を打開するという希望はなさそうなので、僕は仕方なく覚悟を決める。


あ~もう……これが僕のファースト間接キスだったりするわけだが……大丈夫! 妖怪ならセーフ!



ヤカンに口をつけ、一気に水をのどに流し込む……冷たくて……おいしい。


始めは一口だけと思っていた僕であったが……気が付けば二度三度と僕はのどを鳴らして貪欲にその水を飲んでしまった。


「ぷはぁ」


「お~……いい飲みっぷりだね」


「すごいおいしいです……なんですかこの水?」


「なんというか、ただのヤカンの水なのに……体が欲しがるような甘く、柔らかい水ですね……」


こんな水飲んだことが無い……体の中の不純物が丸ごと洗い流されるような感覚が、全身に浸透する。


「そうだろ? この向こうにある川にさ、ものスゲーいい加減な龍神がいんだけどよ、その龍神専用の水飲み場から引いてきたんだ! 暑いところにもってきゃ、体の芯まで冷やす冷水になり、寒い所にもってきゃ心まであっためる温水と化す代物だ……ちなみに、包丁を冷やしたあの水もこれを使っている」


「へぇ~……すごい水なんですね……もう一杯もらっとこ」


神様の飲む水なんて……とんでもないものを僕は飲んでしまったようだ……こんな機会はそうそうないだろうし……僕はもう一度口にその水を含み……。


「ま、悪いやつが飲むと心臓止まるんだけどな」


「ぶーーーー!?」


その水を一斉に噴き出す。


「きったねぇなぁ……どうしたよ?」


「ななななな……なんてもんを飲ませんですか!?」


「あーそういう事かお前人間だもんな、心臓止まったら一大事だよな……あっはっは、悪い悪い……まぁ、死ななかったから結果オーライってことで」


カラカラと笑いながら目の前の妖怪は何でもなさそうにそんなことを言ってくる。


そうだった……彼らは妖怪なんだ……あまりにも人間に近く、顔だちも整っているんで忘れかけていたが。


根本的に彼女たちは僕たちとは違う存在……。


用心をしないで彼らのペースに合わせていたら……簡単に逝ってしまう。


「そういえば、どうしてお前はこんな辺鄙な所にきたんだ?」


「マヨイガに迷い込んだ人間は、妖怪の主にならなきゃいけないみたいで……だけどすぐには選べないのでしばらく忌無堂でお世話になることにしたんです。 だから、妖怪の里の人たちに……あいさつ回りをしようとしてたら……最初にここについたんです」


「……そうなのか……妖怪の里とここ……結構離れてんだけどなぁ……」


「あれ? ススキ野原の案内に従ってきたらここについたんですけど」


「……ちっ……あいつら、余計なことしやがって」


「?」


「あーなんでもない、こっちの話だ……まぁとりあえず、最初にここに来てくれたのは嬉しいよ青一郎……ありがとう」


少しだけ微笑んで、多々良は僕にそう礼を言う……。 


乱暴な口調は、恐らく職人気質からなのだろう……そんな少しの仕草だけで、僕は多々良がとても優しい妖だということに気が付いた。


「そういえば、この一本堂って」


「ああ、さっきも言った通り、私はここで鍛冶屋をしている。 金物包丁なんでもござれ!

27代目 一本堂 たたらとは私の事さ!」


知らないけれども……とりあえず鍛治の妖怪であることはなんとなく伝わった。


「じゃあ、刀とか剣とかも作れるの?」


そして一本だたらといえば、名刀や名剣を作るイメージもある……まさに妖刀の刀鍛冶である。


しかし。


「武器は作らない……」


「え?」


多々良はその言葉を否定した。


「悪いな、何でもござれとは言えども、ここでは武器はご法度なのさ。 それに、この片腕じゃあ、包丁やヤカンみたいなもんは作れても、人さまの命を預かる刀や甲冑なんてもんは作れないよ……自分が使うならまだしもな……両腕さえあれば生きていたかもしれないのに……私が片腕だったばっかりに持ち主が死んでしまった……なんて寝覚めがわりいだろ?」


カラカラと笑いながらそう語る多々良に、僕はなるほどと納得をする。


「……職人なんだね」


「あったりまえよ……私は一本だたらだからな」


職人……といわれて多々良は嬉しそうにそう言った。


「おっと、そろそろ研ぎを始めないとな……お前も他の奴らにあいさつしなきゃいけないんだろ? 狭くなってきてても、まだ里は広いからな、ちゃっちゃと回っていかないと日が暮れちゃうぞ?」


「そうだね……ありがとう多々良……これからよろしくね」


「おう! 本当は一緒に回ってやりたいんだけどね、今日中にこの包丁を仕上げなきゃいけなくてな……」


そう多々良は申し訳なさそうに言い、白銀に輝く包丁を手に取ると……その表情はまた職人の顔に戻っていた。


「気持ちだけで十分さ……じゃあ、お暇させてもらうとするよ、お水ご馳走様……またね、多々良」


「あぁ……しばらくの間、よろしくな……青一郎。いってらっしゃい」


扉を閉めて外に出ると、ススキのこすれる音に合わせて冷たい風がひんやりと僕の肌を撫でる。


何を話しているのか、身をこすり合わるお化けススキは楽しそうで、少しその話の内容を知りたいな……なんて思いながら、僕はそっと道案内をしてくれるススキの道を歩いていく。


槌を振う音はもう響かないが。


代わりに聞こえてくる包丁を研ぐ音に、僕は多々良の表情を思い出す。


ぬらりひょんもそうだが……多々良も同じ。


ここの人たちはみんな……優しく、僕のことを真っ直ぐ見つめてくれる……。


僕にとってはそれが何よりも尊くて。


「……また来よう……」


嬉しいのだ。


「じゃあ……また頼むよ」


ざわりと、ススキ野原たちは身を揺らし、一本の道を作り上げた。


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