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四話 一本堂 多々良

僕は布団から立ち上がり、あかねが出ていった襖を開ける。


そこに広がるのは、古びた廊下……あかねは、わざと古めかしく作っていると言っていたが……

すり足で歩いたらとげが刺さりそうだ。


そのまま僕は壁沿いにある柱を見てみると、誰かの落書きか、背比べの跡のような傷が残っている。


「さて……右か左か」


廊下は一本であるが、広い屋敷のため、僕はどちらが玄関化を一つ思案する……と。


「大変っす!  大変っす! 自分、お湯をいくら組んでも満たんにならなくなったっす! もしかして自分! とうとう伝説の名器になったっすか!?」


「はいはい……そうね、海坊主に襲われたら、貴方を渡せば万事解決ね」


「うひょー! 自分凄いっす! 褒めてくださいっす! ってうわああ!?」


何かが割れる音が、左側の廊下の先から聞こえてくる。


「右か」


僕は一つため息をついて肩をすくめる。


どうやら部屋の準備には時間がかかりそうだ。


                     ◇

廊下を道なりに進むと、突き当りを曲がったところでちょうど玄関へとたどり着く。


生け花は依然としてそこにあり続け、僕はそれにまた少し視線を奪われながらも靴を履く。


と。


「……あれ?」


来た時には気づかなかったが、そこには古びた提灯と傘が置いてあった。


僕はその提灯と唐傘を見てみると、何か小さい張り紙の様なものが張ってあることに気が付く。


【ちゅーい。 おそとは暗くて怖いので、お昼に連れ出してください!】


【ちゅーい。 雨の日は濡れて風邪をひいてしまうので、晴れの日に連れ出してください】


「……意味ないんじゃ……いや、まぁ……妖怪だからいいのか」


僕はそんな感想を漏らしながらも、そっと履物を履き、二つをそのままにしておく。


「まぁいま必要じゃないか」


お外はいたって快晴なり、雨が降る様子はなく、僕は扉に手をかけて外へ踏み出した。



瞬間。


【―――ミーン……ミーン――


蝉の泣き声が響き、熱い日差しが肌を焦がす、のどを流れる空気は暑く深い。


体が煮えてしまいそうな暑さの中、一歩一歩足を踏み出すたびに、命を削るかのように額から滴が零れ落ちる。


「暑いのか? 青一郎……じゃあ、今日は御池に行こうか」


「私も暑いのが苦手だからぁ、賛成ですぅ」


「そう……じゃあそうしましょうかしら……行きましょう、青一郎」


……懐かしい……優しい声とひんやりとした大きな手……。 いつもと同じ彼女らと、


わいのわいのとはしゃぎつつ、僕らは御池を目指すのだ……】


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


「はっ……」


目前にあるのは一面のススキ野原。


蝉の声はなく、風に揺られて身をこすり合わせるススキの乾いた音が、僕の体を心地よく包み込む……。


額に汗はなければ、のどを焦がす不快な空気など、かき分けて探しても見つかりはしないだろう。


「なんだったんだ……今の」


これも妖怪の仕業だろうか?


当然の事、自分は白昼夢の経験はない。


「まぁ……いいか」


体は問題なく動く……この奇妙な体験は後で朱音に聞いてみることにしよう。


                     ◇

裏道に回ると、そこにはススキ野原が広がっており、道らしき道を僕は見つけることは出来なかった。


「……里に行けるよって言ったって……」


妖怪と人間の感覚は違うのか……ススキの背は低く、僕の胸辺りまでの高さしかないとはいえ、里までは見えない。


かき分けて行っても、恐らく道に迷うだけだろう。


「案内をつけてもらおう……」


僕はそう一人つぶやき、忌無堂へと戻ろうとする。


と。


一つ、大きくススキ野原が体を揺らす。


そして同時に……風もないのに、まるで生きているかのように、ススキ野原が道を開け、一本の道を作りだす。


「……あー、もしかして、里に続いてるの?」


ざわりとまた大きくススキがざわめいた……どうやらその通りのようだ。


「なるほどね……」


これだけでも、この世界の異常性がうかがえる……。


僕はススキに導かれるままにその道へと侵入し、道を開けていくススキの中を、一人ゆるりと歩く。


「これってもしかして、行きたいところがあれば、言えば案内してくれるみたいな?」


ざわりとまた、ススキが身を震わせた。


「すごいな……GPSいらずだ」


僕は感心してススキをほめると。


ススキたちはいっせいに身を大きく震わせる。


「……もしかして、照れたの?」


震えが大きくなった。 どうやら正解のようだ。


なるほど、妖怪の里……というのは妖怪の住んでいるところではなくて、そこにあるもの全てが妖怪なのかもしれない……。



「ん?」


そんなことを考えていると、歩いて数分でススキ野原が開けた場所へと出る。


なんだろう……焦げた匂いに遠くから白い煙が見える……。


僕は気になって、煙に向かって歩いていくと。


〖カーン……カーン〗


鉄を打ち付ける様な音が……響き渡り始める。


一定のリズムで響く甲高い音は、ススキの身を揺らす音と不協和音を奏で、まるでススキの歌に拍子をとっているようにも聞こえる。


懐かしいような、どこか寂しいようなその音は、知らず知らず僕の足をそこへと向かわせた。


ススキ野原が消え、代わりに現れた茂みとけもの道の様な細い道を進んでいくと。

そこには古い小屋があった。


積み重なる薪と、切り株に突き刺さって放置されている斧……。


その周りには何か藁で包まれたものが放置してあり、ボロボロな古びた小屋の煙突からは、白い煙が立ち上っている。


扉は古く開け放され、その上には木でできた看板が掛けられている。


その看板には。


【一本堂】


とだけ書かれており、僕は一つ首をかしげる。


「一本堂?」


聞いたことは当然あるわけないが、とりあえずこの妖怪の里で何かお店をしているという事だけは伝わった。


中からは未だに鉄を打ち付ける音が響く。


一見すればただの古びた小屋……しかしその鉄を叩く音に、僕は引き寄せられるように小屋へと足を踏み入れてしまう。


「お邪魔します……」


声をかけるが返事はなし。


僕は引き返すべきかと一瞬悩むが、ふと近くの壁に無造作に張り付けられた紙が目に入る。


そこには。


【用があるなら中までくるように!】


そう乱雑な字で書かれている。


「では、遠慮なく」


僕は、その紙に書かれている通りに履物を脱いで音を頼りに小屋の中を歩く。


中の温度は異常であり、脳まで焦げ付きそうな灼熱の風が、一歩進むごとに僕へと降りかかる。


「あっつ」


先ほどまで休んでいた体の発汗昨日は、思い出したかのように全身から汗を拭きださせ、一歩歩くたびに体力が削られる。


一体、こんなところで誰が何をしているのだろうか? そんな興味だけで大したようもないのに冷やかしに行くのもどうかと思うが……それでもなんとなく自分は呼ばれるがまま、奥へと続く道を歩いていき……音の場所と思しき大きな広い場所に出る……。


と。


そこには、一人の少女がいた。


目前には赤々と光る鉄。


それを、石野台の上にてただひたすらに身の丈を超える土で打ち鳴らす。



一つ……二つ。


その音はただの金属と金属の衝突する音ではなく。


三つ……四つ。


まさにものに命が宿る瞬間。


五つ……六つ。


一心不乱……少女は焼け焦げ、むせかえるほどの暑さの中……一糸乱れず、存在そのものが……それを行うための物であるかのように……ただただ、鉄を打ち続ける。


七つ……八つ。


その姿は迷いなく……その姿は誇り高く。


九つ……十。


その姿はただただ……美しかった。


女性の鍛冶職人……それだけでも自分にとっては珍しく、土を振るう姿など想像できないというのに……彼女は片腕で槌を難なく振るう。


―――キイイイィィィィン―――—


どれくらい呆けていたのだろう。


振るわれた槌は一度甲高い音を立て、それと同時に目前の鉄は鋼となり……形を得ていた。


そこにあるのは一本の包丁。


赤々とした色でわかりにくいが、その形はまさしく包丁であった。


「こんなもんか」


少女は一つそう漏らすと、槌を放ってペンチを大きくしたようなもので包丁をつまみ、水の中へと入れる……。


一瞬で蒸発する水と、その赤みをなくし、白銀の輝きを得る一振りの刃。


暑さなどとうに忘れ、僕はその美しさにただただ見とれていた。


「……よーしさすが私……ってあれ? お客さんが来てたのかい! わりいね、待たせちまって……て……」


ここにきてやっと少女は僕に気が付いたのか、頭に巻いていた手拭いを取り振り返る。


作務衣姿に琥珀の様な少し癖のある髪……左目には眼帯をかけており、右腕が存在しないが……その程度の事では……目前の少女の美しさは揺るがない……。


女性でありながらどこかたけだけしい……そんな憧れてしまうような美しさを持った少女……それが僕の第一印象だ。


「あ、えと……僕」


呆けてしまった僕は、慌ててここへ来た用事を話そうとするが。


「青一郎……なんで……」


少女は亡霊でも見るかのような表情をしており、その目には……うっすらと涙が浮かんでいた。


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