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十四話 意味をなくすということ

朱音さんは言った。


この忌み無し荘は、椿の要望で作られた場所であると。


つまり、この妖怪の里は元々はマヨイガではなかったということになる。


人間と、妖怪……本来混ざり合うはずのないものを、どうして椿は……混ざり合わせようと決めたのか……。


「難しい質問ね?」


「そうでしょうか……」


「ええ、行動の意味を、論理的に説明せよ……その問いは妖怪にとってはとてつもなく難しい者よ……妖怪は、その行動に理由があってその行動をする生き物ではないんですもの……マヨイガを作ろうなんて思ったのはそうね、ただの思いつきだし、気まぐれよ……だけどそうね、いうなればここの里の妖怪を助けるためね……私はそういう妖怪だし」


「そうなんですか?」


「例えばそうね、小豆洗いって知っているかしら?」


「夜な夜な小豆をとぐ妖怪ですよね……」


「そう……でも、彼は別に理由があって小豆を洗っているわけではないのよ」


「……理由ないんですか?」


「じゃあ聞くけれども、貴方、街中で普通に歩いている小豆洗いとであってもそれが小豆洗いだってわかる?」


「え? いや、分からないですね……」


そもそも小豆洗いが町中を歩いているという状況を想像したことすらもなかった。


「そう、貴方は今想像ができないといったわね……そもそも、小豆洗いが小豆を洗わなっかったら……それはもはや小豆洗いではないの」


「……確かに」


普通の人である。


「だからこそ、小豆洗いは小豆を洗うのよ……意味を失いたくないから」


「意味を……失う?」


「妖怪の命の様なもの……人のように魂や生命の理から外れた我ら妖は、人の記憶にのみその命を宿し、空想によってその形を与えられる……要は、人に忘れられた時が、妖怪が死ぬときという事ね」


「妖怪も……死ぬんですね」


寿命もなにもあったというわけだ。


「……森羅万象、全ての自称に始まりがあれば終わりがあるわ……それは空想の世界に生きる妖においても同じこと……妖は、人の空想の中で生き続け……こうして妖としての生を与えられ……そして、忘れられた時死んでいく」


「つまり……小豆洗いは生きるために……忘れられないために……小豆を洗うんですか?」


それはつまり……。


「そう、目的と行動が逆転しているのよ……妖というのは常にね……。 はじめは誰かが作ったおとぎ話、それが、人々の想いにより~そういうもの~として具現化した存在、それが妖……そしてその人々空想からかけ離れれば……それはもう~そういうもの~ではなくなるの」


なんだか難しい話だが……ようは、人間とは生まれ方も、そしてあり方も全く真逆ということらしい。


僕たち人間には全く理解できない概念ではあるが……しかし確かに、妖怪たちの多くは、よくわからないけれどもある一定の行動をとる不気味な物……という伝わり方が一般的だ。


その理から外れてしまえば……それはもはや別の物であり、忘れられてしまうことが、妖怪の死であるならば……その妖怪は生きるためだけにその行動をとり続けるしかないのかもしれない。


「ごめんなさいね、難しいかもしれないけれど、ここまでは理解できたかしら? もう一回説明を聞きたかったら、ネイティブな英語でリピートといってね」


もう一度聞きたかったが、恥ずかしいのでやめておいた。


「いえ、大丈夫です」


「さて、それで本題だけれども、意味をなくした妖怪というのは死んでしまうといったわよね」


「ええ……」


「だけどね、それを助ける方法というのは、一つだけあるのよ」


「そうなんですか?」


「ええ、その方法はとっても単純……神様になればいいの」


とても難しそうですけど?


「えと、神様?」


「そう、神様よ……八百万の神というように、この日本という場所はなんでもかんでも神様になれる可能性がある国……マヨイガは元々、妖怪が神になるための儀式用に作られた場所なの……遠野の里にあるそのマヨイガ一号館を、私たちなりにアレンジをしてぱくっ……オマージュしたものがここ、忌み無し荘なのよね」


いまパクったって言った……確実にパクったって言おうとした。


「でも、神様になるって……どうやって?」


「朱音が貴方にやらせようとしていることよ」


「僕に……やらせる?」


「そう……単純な話よ、マヨイガの伝承は知っているでしょう?」


「ええ、マヨイガに呼ばれ、そのマヨイガにあるものを持って帰ると……幸福が訪れる」


「そ、簡単な話よ。 つまりは、このマヨイガから与えられたものは……すなわちその人間の守り神に成れるの」


「守り神?」


「そう、守り神よ……考えてもみなさいな、こんな変な場所に迷い込んで、そこからものを一つ拝借してるのよ……まともな人間ならばそれだけでずっと忘れられない思い出になるでしょう? さらに、その物を拾った直後に億万長者にでもなってみなさいな……その人はこう思うわ……これを拾ってきたおかげだってね……そう、妖として忘れられても、このマヨイガで拾われていった物は……その人の守り神として生き続けられるのよ」


「……でも、そんなの意に介さないような人だったら」


「そんなのは呼ばないわ……マヨイガは心の清らかな人にしか門戸を開かない……小さな悪いことをして、それをいつまでもずるずると引きずるような良心のある人しか呼ばないの」


なんだろう……すごい嫌なたとえ方であったが、確かに僕はそういう人間だ。


「そうなると……この忌み無し荘というのは、忘れられて死にかけている妖怪たちが、守り神になって延命する場所ってことですか?」


「まぁ、そういう事ね」


「……でも、ヨウコさんや多々良さん……朱音さんとかは有名な妖怪です……死にかけているとは思えないんですけれども」


それに、この家にいる付喪神だって、皆が皆有名な妖怪だ。


「まぁ、そうね……彼らは確かに普通の妖怪のように死ぬには少しばかり有名すぎる……でもね、物事には何事も例外があるの……」


「例外?」


「ええ、有名な妖怪でもね青一郎……時々だけど、死ぬことがあるのよ」


「……どうやって?」


「さっき言ったでしょう、小豆洗いが小豆を洗うのをやめたらどうなるのかって」


「……あぁ」


「想像の通りよ……小豆洗いが小豆を洗うのをやめたらもはやそれは、忘れられるとかそういう類のものではなくなるわ……もうそれは別の存在……ゆえに、そうね……死んでしまう……意味をなくすの……その別のものが、また人々に認知されれば……神であろうと妖怪であろうと別の物にはなれるでしょうけど、なれなければ……そこで死んでしまうわね」


「……意味をなくす……」


薄々気づいてはいた……。


夜に出歩けない提灯に、雨の日にさせない傘。


両足があり、片腕しかない一本だたらに……八尾と半の九尾の狐……。


家に入れない座敷童に……騒がしいぬらりひょん……そして……こんなにも優しい鬼。


僕の想像する、いや僕の記憶に存在する妖怪たちと……この里に存在する妖怪たちは少しだけれども明確に違っていた。


「そう、この里はね青一郎……意味をなくした妖怪たちが集う場所なの……意味をなくして、死んでしまうのを待つだけの……もしくは他の妖怪たちから忌み嫌われ逃げてきた妖怪たちの桃源郷……それがここ、忌み無しの里であり……そんな妖怪たちを神様として世に送り出すための場所……それが忌み無し荘なのよ」


それを聞いて、僕はなぜか納得してしまった。


彼女は鬼である……。


鬼とは力の塊であり、悪いことの総称だ……だけれども彼女は、死にかけた誰かの為にこの里を作り、死にかけた誰かをまた外の世界に送り出すために……この忌み無し荘を作った……とても優しい鬼。


きっとそういう意味では、彼女も意味をなくした妖なのだろう。


既に椿の姿も、鬼からは遠く離れているのだから。


「……」


僕は少しだけ黙り込み、小さく頷く。


おおむね、この忌み無し荘と妖怪の里については理解ができた。


「ごめんなさい、多分朱音はあなたを幸せにするとかのらりくらりと都合のいいことだけ言っていたでしょう? でも、マヨイガは結局、妖怪のためにあるものなのよ」


「でもまぁ、億万長者になったりできるなら、ギブアンドテイクだと思いますよ」


だが、僕が感じた呪いという表現はあながち間違ってはいなかったということだ。


妖怪に取りつかれる代わりに、その妖怪は守り神として僕に幸運をもたらしてくれる。


確かに妖怪の都合によるものかもしれないが……その実効果は祝福と何ら変わりなく。


「それに、貴方を幸せにしますよって言われるよりも、自分の都合の為に頑張りますよって言われた方が、人間は安心するものですよ」


「むぅ、確かに今の世の中、善意の塊っていうのはとかく不気味に映るものよね……ただより高いものはないとはよく言ったものね」


納得をするように椿はそう唸る。


「ええ、だから椿に話を聞けて良かったよ……ほかに何か裏があったらどうしようかと……少しだけ、疑うわけじゃないんですけれども、不安だったから」


僕の言葉に、椿は口元を少しだけ緩める。


その微笑みが何であったのかはわからないが、その微笑みを見ているとどこか心が安らぐように感じるのだ。


「不安が解消されて何よりだわ……まぁ、そんなわけだから、人助け、妖助けだと思って協力をお願いします……。 もちろん、好きな子を連れて行ってちょうだいな……妖はいいわよ? 一途だし、一夫多妻制が適用されるから浮気しても怒らない……あ、狐はだめね」


「えと……もし……もしなんですけれども、椿を選んだりは……できないんですか?」


瞬間、椿は目を大きく見開き……悲しそうな表情をしたのち。


「私はだめよ……」


そうつぶやいた。


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