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八話 ヨモツヘグイと尻尾でもふもふ

「さ、つきましたよぉ」


山の上、ということでもう少し長い階段を想像していたのだが、ものの数分で僕は山頂にたどり着いてしまう。


山頂は妖しく光る赤い灯篭と、朱塗りではない石づくりの鳥居と、その奥には立派な神社が立っており。


いくつかある社殿の内、一番大きな建物に、珠音は僕を案内する。


「あれが拝殿で、その奥が本殿になりますぅ」


僕のイメージする神社というと、普通の建物よりは朱色と白色が多く、少しばかり派手なイメージがあったが、この場所はそのようなことはなく。


社殿は古びた屋根の周りに、比較的新しく見えるしめ縄が巻かれているのみ。


向拝もなければ賽銭箱もない、本当に簡素な作りの神社。


「どうぞ~」


正面の廊下を上り、僕は珠音に連れられて、本殿と拝殿のわきを通り、奥に続く場所へと導かれる。


「奥に生活スペースがあるんですか?」


「ええ~……本殿に住んでもいいんですけれども、あそこ狭いんで~」


楽しそうに歩く珠音……段差を上ると本当にそこは普通の民家となっていた。


「意外と、普通なんですね」


「もっと、豪華絢爛なものを想像しました? 私、そんなに豪勢な生き方には憧れないのですよぉ。 いいお嫁さんは、節約上手っていうでしょう? 青一郎さんは違うのですか?」


「いいえ、貴方と同じですよ……物は使えればいいし、おなかは膨れればいい……。 名前や肩書にとらわれるのは趣味じゃないんです」


「きっとそうおっしゃられると、そんな気がしておりました……」


「それはどうも……」


どこか嬉しそうに珠音は笑うと、尻尾がさらに僕の体に絡みつく。


どうやらさっきまでのこれはわざとやっていたらしい。


人懐っこいきつねだことだ。


「そういえば、お腹とか、空きませんか?」


廊下を抜けて、障子を開けると、そこに広がるのは畳の部屋であり、大きな部屋が障子により仕切られているのが分かる部屋へとたどり着き、部屋へ入ると珠音はそう僕に問うてくる。


「……お腹ですか? 確かに……思えば昼ご飯を食べずにこのマヨイガに来てしまったので……」


そう問われると、僕の体は思い出したかのように空腹を訴える。


「あらあらまぁ、それは好都合。 私もお客様をお迎えするとなったのでつい張り切ってしまいまして……お腹が空いていないと言われたらどうしようかと思いました」


「張り切った?」


「ええ、立ち話もなんだと思いましたので……お料理の方をご用意させていただいていたんです……」


「本当ですか? でも、いいんですか?」


「かまいませんよぉ……ご飯は一人よりも、二人で食べたほうが美味しいですもの」


そう笑うと、珠音は障子の一つを開ける……。


と、そこには質素なちゃぶ台と……美味しそうな料理がたくさん並んでいた。


「さぁ……二人で楽しく、お話でもしましょう?」


そう珠音はいそいそと一人ちゃぶ台の前に座ると、優しい笑みを僕に向けて座るように促した。


                   ◇


珠音の料理は、里芋の煮っ転がしや、ダイコンやカブの漬物といった、野菜中心のメニューであったが……どれも頬が落ちるかと思うほどおいしく、ジャンクフードやカップ麺生活を送っていた僕は、食べれば食べるほど体が浄化されていくような錯覚を覚える。


「若い子はお肉の方が好きですから、少し心配していたんですけれども……お口にあったようでよかったです……」


珠音さんは気品良く丁寧に箸で豆をつまみながらそう笑う。


「す、すみません……がっついてしまって……ただ、あったかい手料理なんて食べたの……本当に思い出せないくらい前の話で……」


「え……? あ、あらぁ……そ、そうだったのぉ。 それじゃあ、これからは私がお料理のお当番をしちゃおうかしらぁ」


珠音さんは嬉しそうにそう笑うと、空になった湯呑に、お茶を注いでくれる。


「料理の当番?」


「あかねちゃんにお願いして、忌み無し荘とここをつなげてもらおうと思ってるんですぅ。 ほらぁ、せっかくこちらで青一郎さんがお暮しになるのに、不摂生で体を壊されては、主であるあかねちゃんも立場がないでしょう? 青一郎さんにも気に入っていただいたみたいですし……一人も寂しいし……ご迷惑でしょうか?」


ちらりと上目遣いで頬を染めながら聞いてくる珠音。


「い、いや、迷惑だなんて」


「本当ですか? ふふ、ではそのようにしてしまいましょうか……青一郎さんも、ずうっとここにいらっしゃるようですので」


「ずっと?」


僕は入れてもらったお茶を飲みながら、珠音の言葉に疑問符を浮かべる。


「え? ずっといらっしゃるのでは?」


「いや……僕は一時的に滞在をするだけで……その、ずっといるわけでは」


「えぇっ」


珠音はそう少し驚いたような表情を見せた後、すぐにおろおろとし始める。

どこか芝居がかっているようなのは気のせいだろうか?


「えと、ごめんなさい、何か問題でも」


「い、いいえ。 私、知らなかったもので……その、どうしましょう」


「どうしたんですか?」


「そのぉ、青一郎さんはヨモツヘグイというものをご存知ですか?」


「よもつ?」


「ヨモツヘグイ……簡単にいってしまえば、霊界や冥府に迷い込んでしまった命あるものが、そこにある食べ物を食べてしまったがゆえに……帰れなくなってしまうという現象です……忌み無しの里は妖や人の霊が立ち寄る冥府の入り口……そこで作られたものを食べてしまっては……もはや青一郎さんは……あぁ、本当にごめんなさい……」


「なっ!? なんですとおぉ!!」


驚愕のあまり、僕は声を上げる。


当然だ、何の実感も痛みも苦しみもなく僕は今死にましたと告げられたのだ。


そんなの到底受け入れられる現実でもなければ、信じられることでもない。


しかし。


「あらぁ……本当に困りましたわ」


目前の珠音はこまったような素振りを見せており、僕はその珠音の行動に肝をつぶされる。


「な、なな……本当なんですか? ぼ、ぼく……もう現実に帰れないって」


「くすくす……なぁんちゃって。 冗談ですよぉ青一郎さん……」


「へ?」


口元を袖で隠して笑う珠音。


その笑い方は子供をからかって遊んでいる悪戯好きなお姉さんのそれであり。


僕はここでようやく狐に化かされたことに気が付いた。


「本当に愛い人ですねぇ……青一郎さんは……あー面白い」


「ちょっ!? だ、騙したな!? もうやめてくださいよ! 本当に死んだかと思ったじゃないですか!」


妖怪にとっては軽いジョークかもしれないが、こちらにとっては心臓が止まってしまうかと思うほどの一大事だ……。


「ごめんなさい……でも言いましたけれども、狐は人をからかって喜ぶ妖です故……ついつい……うふふ」


「はぁ」


どうにも調子を狂わせる。


妖だから当然なのかもしれないが……これからこんな妖怪たちと共に暮らすことになるのかと思うと、少しばかり先が思いやられてしまう。


はぁ……。


「お詫びといっては何ですが……」


そういうと珠音はゆっくりと立ち上がり、僕の方へといそいそと歩いてくる。


少し身構えてしまう……。


「なんですか? もう一度からかわれたら今度こそ本当に心臓に負担がかかりすぎて心不全を起こす自信ありますよ僕」


「いいえ、ここに来る途中にしたお約束通り……」


しかし、珠音は優しく微笑んで首を振ると、僕の隣に座ると、一つ僕の胸をその手で優しく押して……体を倒させる。


「おっと?」


行き成りの出来事に抵抗することもできず後ろに倒れた僕……。


しかし、衝撃は来ず、代わりにふわりとしたものに包まれる。


これは……。


「しっぽでもふもふ……というお約束でしたので、お詫びの印に」


柔らかい珠音の尻尾……暖かく、僕はえも言われぬ感覚に溺れそうになる。


「き……気持ちいぃ」


「くすくす……そうでしょうそうでしょう……なにせ、千年磨き上げてきたものですから……」


「そう……なんですか」


さわりと、僕の前髪を珠音は撫でる……。


優しいその手は暖かく……僕ははるか昔に失ってしまった母親を思い起こさせる。


「……いかがいたしました? 青一郎さん」


「手があったかい妖怪もいるんですね」

「私は狐が化けたものですからねぇ……実はまだ、生きているんですよぉ……だから、一緒ですねぇ」


ただお互い生きている……そんな些細な共通点だというのに、珠音はそう笑みを零す。


その表情がとてもまぶしくて……僕は少し瞳を閉じる。


「長く歩いてお疲れでしょう……大したことは出来ませんが、しばしお休みください……」


「あぁ……でも、妖怪の里を……回らなくちゃ……」


「ほんの少し……ほんの少しで構いません……ですから、あと少しだけ……こうさせてください、青一郎さん」


「…………それも、そうだね。 尻尾も気持ちいいし……」


夢現……。 


僕は少しそんな暖かさに身をゆだねながら、うっすらと瞳を開けたまま優しさに触れる……。


「もう、いなくならないでくださいね……」


瞼の裏で……小さく珠音の声が聞こえた気がしたが……その意味はよくわからなかった。


………………………………………………………。


「はっ!?」


気が付いて僕は目を覚ますと、先ほどと全く同じ微笑みを浮かべながら、珠音が僕の顔を覗き込んでいた。


「お目覚めですか?」


「あ、すみません……僕、寝ちゃって」


「気にすることではございません……短い間でしたから……」


「そうですか……」


僕はそう言って体を起こし、畳の部屋から外を覗くと、空は白み始めている。


「短い間って、何時間くらい?」


「一時間といったところでしょうか」


「結構がっつり寝てたんじゃないか……起こしてくれてよかったのに」


「妖にとっては、一日も一秒も変わりませんので……」


「……そういうものなの?」


「特にこの忌無の里の狐とは、そういうものなのです」


くすりと笑う珠音に僕は少し頭をひねるが、そういうものと納得をして立ち上がる。


「そろそろ行かなくちゃ……ごちそうまでしてもらって、本当にありがとう」


「いえいえ、またこれからよろしくお願いいたします……入り口までお見送りさせていただきますね?」


「入り口を化かさないでくださいよ?」


「くすくす……それも良き考えかもしれませんねぇ」


そんな冗談を叩き合い、僕は神社の入り口前までやってくる。


「それじゃあ、ありがとうございました珠音さん」


「こちらこそ、楽しんでいただけて幸いです……夜は足元が暗くなりますので、気を付けておかえりください。 くれぐれも、遅くまで出歩かないように……」


「そうですね……わかりました……では」


「行ってらっしゃいませ、青一郎様」


にこやかに手を振る珠音に僕は手を振り返し、のんびりと階段を下りていく。


茜色の夕日が差し込む山……赤々と夕日に照らされて、宝石のように光る紅葉を名残惜しく思いながら、僕はススキに案内される中……珠音神社を後にするのであった。


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