今日は民主主義が死んだ記念日
やぁ
「起きた方がいいんじゃない?」
「誰?」
不思議と口の中の不快な甘さはすっかり消え失せていた。それに目の前には少女が立っていた。当然名前は知らない。服装を見るに同じ学校の生徒のようだ。
「ねぇ、聞いてる?」
少女の声は砂時計の落下のような声であった。
「あぁ、大丈夫」
それだけ言うと少女は「そう」とつぶやき、フェンスの向こうの空を見つめた。
「何をしているんだい。こんなところで」
少女は答えなかった。わずかに風になびく髪の隙間から覗く小さな顔が背景の青から美しく浮き彫りになった。瞬間、胸がきつく締め付けられるような感覚に襲われる。と、思うとパッと発泡酒の泡のように消えてしまう。
「あなたはなんの為に生きているわけ?」冷たく言い放たれた言葉は僕の深層に語りかけているようだった。だから僕は心の底から絞り出した答えを言った。
「誰かを愛する為……だと思う」
嘘偽りない言葉だ。僕にとってのテーマ。
「そう……」
少女はそれ以上続けなかった。どこか、納得のいったような笑みを浮かべたように見えた。
「椎名……空」
「……空」
「あなたは?」
「僕かい」
「……そう」
少し間を開けて僕はボソリと言った。
椎名は小さく頷くと、一呼吸置いて
「いい名前ね」と言った。
その後は何をするわけもなく、ただ二人の時間は形を変えないまま過ぎていった。
「授業はいいの?」
そんな無粋なこと聞く必要はなかった。理由はたぶん僕と同じだろう。
「空が見たかったの」
「空が?」
「ええ」
さっきから椎名は頭を越すフェンスに指をかけ、空と街の果てを見つめ続けていた。そこは空というより境界だった。ぼんやりとした縁取りが曖昧な絵画のような色合い。雲が青く伸びきった紙に吸い込まれていくような紋様を表し、多種多様な声や音が混じりあって灰色のスケッチブックを彩るようだった。ここでは誰に縛られることはない。張り詰めた空間は糸のような繊細さを持ち、僕と椎名の呼吸に反応し、振動を伝える。
「本当にどこか遠くに行ってしまいたい気がするよ」
椎名は答えない。
「ぽっかり空いた思い出を埋めるアテを探しているんだ」
僕は続ける。
「いっそ消えてしまいとも思うんだ」
「ふぅん」
紙風船が浮き上がったような声色だった。
「あなたはたぶん大丈夫よ、誰かの夢に押し潰されるということはないわ」
「ありがとう。でも君の言ってることイマイチよくわからないけどね。時間が経てばわかるってやつかい?」
「さぁ」
「君って不良少女だね」
「そうかもしれないわね」
「スカートの丈長くしたほうがいいよ。パンツ見えてる」
「はぁ...馬鹿馬鹿しい」
御愛読ありがとうございます。次回作の予定はありません。誹謗中傷、批判、罵詈雑言。もしくはほんのりとした感想を頂けたら週末はハピーになれそうでし。