献立はタブーシチュー
こんにちは不定期です。
ずぶ濡れになった服を洗濯カゴに放り込むと、部屋の奥から母の声が聞こえてきた。
「夕飯できてるから」
冷たかった。業務的な言葉。「おはよう」「おかえり」に次いで多い母の僕に対する言葉。夕飯の部分を変えて使われる。一切の感情は篭っておらず。壁当てような。一方的な拒絶。
しかし、もう僕は慣れていた。母がこうな風になってしまった理由もみんなわかっているから、僕は母の言葉を受け取ることだけは必ずする。ただ、投げ返したボールは無残にも遥か遠くの方角へと行ってしまう。
「うん。ありがとう」
服を着替えて部屋に戻る。
タワーのように積み上げられた本は胸あたりまできていた。五本の塔。参考書の塔に、小説の塔、哲学書の塔に、漫画の塔、そして最後は思い出の塔。
他の塔がさっき言ったように胸くらいの高さなら、この思い出の塔は膝くらいまでの高さまでしかない。大学ノートに絵日記、メモ用紙の束と大きさバラバラの思い出がそこには敷き詰められていた。一番上のノートにはこう書かれている『2002年8月3日』と。
汚い走り書きで記されていた。
いつか燃やしてやろうと思っていた塔は未だに健在であった。僕は崩さないように移動し椅子に腰掛けると、大きく深呼吸をした。このままじゃ窒息してしまいそうな気がしたから。それはいつも僕を取り巻いていて、油断するとすっと肺に入ってくるのだ。そして、僕を窒息死させようとする。だから新しい空気を吸い込んで追い出すのだ。
壁に掛けられたポスターは色褪せてしまい。今すぐにでも取り外してしまいたいくらいだ。なのに、僕はそれをしない。10年も前のアニメのポスターになんの思い入れもないのに、僕は頑なにそれを失うことを拒否した。体の一部とでも言うのか、何か大事な10年前の自分の証明なのだろう。僕は未だに過去の思い出にすがりついたままだ。
目の前は真っ白なのに、その色に呑まれることを恐れ、先に進めなくなってしまっている。
久野さんについてのことも、映画のことも、少女との出会いも、みんな僕の新しい色のはずなのに、どこかで取り入れようとしない自分がいる。深層心理に眠っている宝石をまだ僕は掘り続けている。
もし非日常が急に僕の肩を叩いても、絶対蹴り返すと思う。十分人生は楽しんだ。悔いはない。たくさん傷つけられたけど、同時に得たものも多かったから。恨むようなことはしない。ただ、ちょっと、僕という存在を弱くした。ただそれだけ。自殺したいと思わせる二歩手前くらいの弱さで留めたところは少し恨んでると言えば嘘になる。絶望も希望もない人生に変えてしまったんだ。
あの日、あの時、あの場所、あの言葉で。
僕の未来を全て過去に縛り付けたんだ。
しらない