第五章「告白」
翌九月九日木曜日の朝、竹村は何とも複雑な表情で京都駅に足を踏み入れていた。もっとも、どのみち被害者の自宅や大学がある場所なのでいずれ誰かは行かねばならない運命にあったのだが、それでもこんな風に足を踏み入れたくはなかったというのが竹村の本音である。
「しかも、出迎えはなし……か」
竹村はぶつくさ言いながら、そのままタクシーを拾って京都府警本部へと向かった。府警本部につくと、さすがに捜査責任者の中村が出迎えてくれた。
「京都へようこそ。府警本部の中村です」
「警視庁捜査一課の竹村です」
型通りの挨拶を交わすと、二人はさっそく本題に入った。
「で、榊原さんが協力するという話になったらしいですが、その当人は?」
「急な話だったので、近くのビジネスホテルに泊まってもらっています。そろそろ来る頃ですよ」
「そうですか……それで、捜査の状況は?」
その問いに対し、中村は榊原が指摘した写真のバックに写る謎の被写体について説明した。
「今、鑑識が画像解析をしています。まもなく結果が出る事です」
と、その時玄関から誰かが入ってきた。竹村が振り返ると、そこにはおなじみのコンビが立っていた。
「相変わらず神出鬼没ですね、榊原さんに瑞穂ちゃん」
その言葉に榊原は苦笑気味に答えた。
「誰かと思えば竹村か。新庄は元気か?」
「忙しくってこっちに来る余裕もないって言っていましたよ。というか、榊原さんが予想外の所から絡んでくるから俺がこっちに回される羽目になったんじゃないですか。瑞穂ちゃんも止めてくれればいいものを……」
「止めるなんてとんでもない! 私だって、事件の事は気になりますって」
瑞穂はそう言ってにっこり微笑む。この師にしてこの弟子ありとはまさにこの事だ。竹村は大きくため息をつく。
「まぁ、それはそれとして……そっちの状況はどうだ?」
「……正直、こっちも手詰まり感が強いですね。被害者が最後に訪れた三社に探りを入れたんですが、今の所不審な点はありません。今、内偵を必死に行っているところです」
榊原の問いに、竹村も少し真剣な表情になって答えた。
「つまり、どんな形でも突破口がほしいのは両県警とも変わらないという事だ。ここは協力すべきだと思うが」
「はいはい、わかっていますよ。この際、どうにでもなれです」
そんな意味があるのかないのかよくわからない会話をしていた時だった。
「警部!」
奥から三条が飛び出してきた。どうやら、鑑識の作業が終わったらしい。
「終わったか、どうだった?」
「それが、とんでもない結果になりました。榊原さんの指摘がドンピシャです」
そう言うと、三条は画像処理が済んだ写真を見せた。それを見た瞬間、中村や竹村の顔が一気に険しいものに変わった。
「こ、これは……」
写真の背景は当日靄がかかっていたのか元々は景色がかすんでしまっていたのだが、画像処理でそれが鮮明になっていた。だが、その背景……すなわち本来どこまでも続く水平線が見えるであろうその場所には、あってはならないものが写っていたのである。そして、中村はその物体の正体をはっきりと告げた。
「これは……ビルか?」
水平線の向こう、そこに水面から顔を出すように複数のビルらしき影が映りこんでいたのである。その場が一瞬静まり返る。
「……普通、海水浴場の水平線上の向こうにビルなんかがあるわけがありませんよね?」
「えぇ。少なくとも、須磨海水浴場でこんな光景は絶対に見られません」
中村と竹村がそう短く言葉を交わす。だが、何度写真を見てもそこにはビルとしか思えない物が水平線の向こうにいくつも写り込んでいるのだ。距離が遠いせいかやや小さく見えているが、それでも水平線の向こうに見えているという事はせいぜい距離は数キロだろう。中村は本格的に何が何だかわからなくなってしまった。
だが、ただ一人榊原だけは冷静に写真を見つめていた。
「なるほど、そう来たか」
「先生、これがさっき言っていた突破口ってやつですか?」
瑞穂が無邪気に尋ねる。榊原は無言で頷いた。
「あぁ、これは大きなヒントになる」
「あの、何が何だかわからないんですが……どうして海の向こうにビルが浮かんで見えるんですか? こんな海岸、あるわけが……」
竹村がそう言いかけるのを、榊原はさえぎるようにしながら不意にポツリとこう告げた。
「そもそも、この写真は本当に海で撮影された物なんだろうか?」
その場が別の意味で沈黙する。そんな中、三条がおずおずと発言した。
「えっと……どう見てもこれは海水浴の写真だと思いますが。二人の格好もそれらしいものですし……」
「しかし、彼女が唯一海水浴に行った須磨海水浴場にこの男はいなかった。となると、根本から考えを改めるしかありません。つまり、我々が海水浴場だと思っていたこの写真が、実は海水浴場ではない可能性です」
「そう言われましても……」
これが海水浴場でなかったら、一体どこの写真だというのだろうか。というより、海水浴場以外で人が水着姿になっているような場所など全く想像できないし、何より海水浴に限らず、彼女が大学時代に旅行したのは問題の須磨海水浴場への海水浴一回きりなのである。榊原が何を言いたいのかわからず中村たちが眉間にしわを寄せた……その時だった。
「あ、これってもしかして」
そう言葉を発したのは、意外な事に瑞穂だった。何かに気付いたようである。全員の視線が一斉に瑞穂の方へ向いた。
「何かわかったのかい?」
「えっと……ちょっと心当たりがあって。整理していいですか?」
「整理?」
「先生が言うに、この写真は海水浴じゃない。でも、実際に写真には砂浜や水着姿の客が写っていて、しかも被害者には須磨海水浴場以外に旅行に行った形跡がない。そうですよね?」
「まぁ、まとめるとそうなる」
中村が頷くと、瑞穂はこう言った。
「じゃあ、こう考えればいいんです。海じゃなくても砂浜があって水着姿になる事があり、しかも京都から旅行じゃなくても行ける場所。それがこの写真の場所だって。旅行のつもりじゃないなら、わざわざ予定に書くなんて事もしないですよね。そこに、さっきの沖合にビルが見えるという点を考えたら、ちょうどぴったりの場所が一ヶ所あると思うんです」
「そんなものあるわけがないだろ。内陸部にある京都市から海に行こうと思ったらちょっとした小旅行になるはずだし、少なくとも予定に書きこまないなんて事があるはずが……」
そこまで言った瞬間だった、不意に竹村の顔色が変わった。
「ちょっと待て。ま、まさか……」
「はい」
直後、瑞穂は答えを告げた。
「これ……琵琶湖じゃないですか?」
その言葉に、中村たちが呆気にとられる一方、榊原は笑みを浮かべながら小さく頷いたのだった。
それから数時間後、榊原たちは滋賀県湖西部の雄琴温泉付近にある水泳場にパトカーで到着していた。とはいえ、府警本部を出てからまだ一時間も経過していない。県境を挟んでいるので他県の人間にはよくわからない話ではあるが、京都市と琵琶湖というのは思った以上に近く、車や電車を使えば交通事情いかんでは三十分以内に到着する事も可能なのである。
「琵琶湖か……確かにこれは盲点だった。海水浴場に行ったという話に振り回されすぎた」
中村が悔しそうに言う。
「まぁ、あの写真に海水浴に行ったっていう情報があったら、そっちに視線が向くのは無理ないですよ。実際、私もそう思っていましたし」
三条もそう言って同調する。
「しかし瑞穂ちゃん、よくわかったね」
「いやぁ、たまたまです。叔母さんの家がこの近くにあるから元々琵琶湖の知識がありましたし」
そう言えば、昨年の誘拐事件に瑞穂がそもそも絡んだのは、その叔母の家からの帰宅途中に大津駅を利用したのがきっかけだったはずだ。解決後に三条が彼女を京都駅までパトカーで送り届けたのは、今となってはいい思い出である。
「確かに、この場所なら散歩感覚で来られるからわざわざ他人に話したりスケジュールに書き込んだりする事はない。でも、琵琶湖にも水泳場はいくつかあります。なぜこの琵琶湖西南部……雄琴温泉近くの水泳場なんですか?」
中村の問いに答えたのは榊原だった。
「一般的に琵琶湖は琵琶湖大橋を境に北湖と南湖に分かれますが、北湖は対岸同士の距離が遠すぎるからあそこまでしっかり対岸のビルが見えるとは思えません。従って琵琶湖大橋より北の水泳場の可能性は省かれます。さらに南東部から湖西方面を見ると、湖西部の湖岸は後方すぐの場所に比叡山や蓬莱山が陣取っていますから、写真にビルだけではなく山が写り込んでいないとおかしい。従って、この写真が琵琶湖で撮影されたとするなら、琵琶湖西南部のこの周辺としか考えられないんです」
まぁもっとも、ここが京都市から見て距離的に一番近い水泳場だというのもあるんですが、と榊原は最後に付け足した。
「さて、どうしますかね、これから」
「大津市役所か雄琴温泉地区の支所にでもいって水泳場監視員の名簿を見せてもらうというのも手だが……その前に一度聞き込みしてみよう。見ている人がいるかもしれない」
竹村の問いに、榊原はそう答えた。そして、周囲で聞き込みを始めてからしばらくして、早くも手がかりをつかむ事に成功してしまったのである。
「あぁこれ、梅里先生じゃないかい」
近くに住む旅館の経営者がそう答えたのだ。
「梅里先生、ですか?」
「そう。この近くの公立中学校で体育の先生をしている方でね。夏になるとボランティアで水泳場の監視員やこの辺の見回りをされているんだ。地元の人間だし、子供たちからも人気のいい先生だよ」
ついに写真の男の正体がわかった瞬間だった。が、その正体は中村たちの想像とは少しかけ離れた人物像だった。一体、大学生と中学校の体育教師にどんな接点があるというのだろうか。言うまでもないが、被害者は小さい時からずっと京都在住であって滋賀県の公立高校に通っていたなどという事は確認されておらず、また滋賀県の公立中学校の教師が京都の学校の教壇に立つ事などあり得ない。つまり、両者には接点がないのだ。
「何はともあれ……会ってみるのが一番でしょう」
榊原はそう言って主人から梅里なる教師の通う中学校の場所を聞き出した。思ったより場所は近く、榊原たちはそのまま山側にある学校の方へと歩いて行った。
「ここだな」
学校の前に着くと、榊原たちはそのまま玄関に向かい、そこで来意を告げた。会議室に通され、しばらくすると一人の男が姿を見せた。
「どうも、梅里祐樹です」
現れたのは、間違いなく写真に写っていた若い男だった。こうして実物を見ると好青年と言った印象であり、犯罪にかかわっているようには見えない。とはいえ、話を聞かなければならないだろう。
「京都府警の中村です。実は梅里さんに少しお話を伺いたい事がありまして。お時間よろしかったですか?」
「えぇ、今ちょうど授業がないものでして」
代表で中村が挨拶すると、梅里はそう答えた。中村はさっそく本題に入る事にし、問題の写真を机の上に乗せた。
「これなんですがね。ここに写っているのは先生ですよね?」
梅里はその写真をじっと見据えたが、幸いすぐに思い出してくれたようだった。
「あぁ、これですか。はい、確かに僕ですね」
「これ、いつ撮った写真なのかわかりますか?」
「ええっと……確か、去年の七月頃だったと思います。印象深かったんで、よく覚えていますよ」
梅里はあっさり答えた。昨年七月……思ったよりも近い日付だったわけだが、それよりも重要な事は、この日付は彼女が謎の内定辞退を行なった事件発生一ヶ月前だという点である。つまり、この写真に問題の内定辞退につながる何かが込められている可能性が浮上したのだ。
「印象深いと言われましたね。よろしければ、何があったのか教えてもらえませんか?」
「それはいいですが……あの、どうしてそんな事をお聞きになりたいんですか? 彼女に何かあったんですか?」
「それは後でお話します。どうですか?」
中村の言葉に、梅里は頭をかきながら複雑そうに答えた。
「ちょっとプライバシーにかかわる事ですからね。秘密を守ってもらえるというのならお話します」
「もちろんです。」
「じゃあ話しますが……彼女、自殺しようとしていたんですよ」
唐突に出た思わぬ話に、中村たちは顔を見合わせた。
「自殺、ですか?」
「その通りです」
「しかし、この写真からはそんな様子はうかがえませんが……」
何しろ、写真の彼女は満面の笑みを浮かべているのである。が、梅里は首を振って答えた。
「それはそうでしょう。その写真は彼女が自殺を思いとどまった後に撮影したものですから」
そう前置きして、梅里は事の真相を話し始めた。
「あれは去年の七月中旬頃だったかな。もう知っているかもしれませんが、私は夏になると水泳場の監視員や見回りのボランティアをしているんですが、あの日の夕方、遊泳可能時間が過ぎた琵琶湖を歩いていると、服を着たまま琵琶湖へ向かって歩いている女性の姿を見かけたんです。それが彼女でした。どう見ても自殺しようとしているようにしか見えなかったので、慌てて引き留めたんです。でも、引き留めた後も彼女は精神的に不安定で、警察沙汰にするのはまずいと思ったんでひとまずうちに連れて帰って、家内と一緒に何とか説得する事にしました」
「あぁ、結婚されていたんですね」
改めて見ると、確かに梅里の指には指輪が光っている。梅里は照れたように笑った。
「職場結婚ですよ。家内は別の学校で今も教師をしています」
「そうですか……。話を戻します。それで、彼女の自殺の動機はわかったんですか?」
「それが、聞いても曖昧で……。名前が『小堀川陽子』だって事だけは教えてくれましたけど、後は口が重かったです。ただ、両親が亡くなっていて一人で生きて行かないといけないんだって事と、就職活動に失敗したみたいな事は言っていました。第一志望の企業に落ちて、もう生きていく気力がわかないとか何とか」
だが、実際には彼女は第一志望の企業を内定辞退している。彼女の行動には矛盾があった。
「その後はどうされたんですか?」
「私も家内も教師ですからね。二人で相談して何とか説得する事にしました。今にして思えば専門家でもないのにまずかったとは思いますが、あの時は必死だったんです。第一志望の企業に行く事だけが人生なのか、とか、他の道に進んだとしても人間何とかなるものだ、とか色々言いましたね。私自身、就職活動に失敗して教師になった口ですからよくわかるんです。もっとも、今となってはこの仕事も悪くないと思っていますし、あの時受かっていたら家内と出会えていなかったわけですから、ある意味落ちて正解だったと思っています」
梅里はそう言って笑った。
「彼女はどうなったんですか?」
「二日くらいしてようやく落ち着いてきましてね。だんだん物事を前向きに考えられるようになってきたみたいでした。最後は元気になって帰っていきましたよ。その写真は、帰るときに水泳場で撮ったものです。お守りにするとか言っていましたね」
「お守り?」
「この先何かあった時、この写真を見て勇気をもらうって言っていました。あとその時、一つ約束をしたんです」
「どんな約束ですか?」
中村の問いに梅里はこう答えた。
「『今回は迷惑をかけたけど、二度とここには来ない。ここに私が来ないって事は、私がどこかで元気にやっているっていう証だと思ってほしい。でも、もしまたここに来るような事があったら……その時は励ましてくれると嬉しい』って。つまり、来ない事が元気にやっている証明になるって事だそうです。そして、実際に彼女はあれから一度もここには来なかった。だから、元気でやってるんだなって思っていたんですけど……」
梅里はそう言うと、不安そうに中村たちを見た。
「私の話はこれだけです。それで……彼女に何かあったんですか? 教えてください、お願いします!」
梅里は頭を下げる。それを見て、竹村が重い口を開いた。
「私は警視庁の者です。実は先日、東京都文京区湯島の廃ビルで遺体が見つかりましてね。その遺体が……どうやら小堀川陽子さんのようなのです。死後、約一年経過していました」
「……え?」
今度は梅里が絶句する番だった。つらい役回りではあったが、ここは竹村がすべての責任を持った。
「彼女は、あなたに会った半月~一ヶ月後に東京で命を落とした事になります。しかも、遺体には殺害の痕跡が見られました。我々は、この事件を追っているんです」
「そんな……まさか……」
動揺する梅里に、竹村は静かに言い添えた。
「お願いします。あなたが知る彼女の情報を思い出せる限り教えてください。我々は、必ず犯人を捕まえます。ですから……お願いします!」
頭を下げた竹村に対し、梅里は青ざめた表情を浮かべながらも、どこか決然とした表情で頷いたのだった。
「状況を整理しよう。彼女が殺害されたのは二〇〇九年八月四日。だが、その一ヶ月ほど前に彼女は第一志望の企業を突然内定辞退し、その数日後に琵琶湖への入水自殺を試みて梅里教諭に止められている。そしてその後、彼女は再度就職活動を始めた」
数時間後、府警の捜査本部に戻った中村たちは、小会議室で今まで集まった情報をまとめていた。
「彼女が内定辞退した後に就職活動をしていた理由に関しては、自殺未遂するまでに追い詰められていたところを梅里教諭たちに救われて前向きになったと考えれば説明はつく。そこがわかったのは今回の収穫だが、その前の行動がまだ意味不明だ。自分で内定辞退をしているにもかかわらず、その後就職に失敗したからという理由で自殺未遂までしでかすというのはあまりにも行動として矛盾している。ここをどう考えるかだが……」
「やはり、鍵になるのは七月頭の内定辞退の一件ですね。なぜ彼女が第一志望だったはずの中阪商事の内定辞退をしたのか……ここがわからないと前に進めません」
中村の言葉に三条はそう言い添えた。それに竹村も続く。
「可能性があるとすれば……その内定辞退が彼女自身の意思によるものではなかったという場合です。もし、自宅から発見されたという三百万円がその謝礼金だったとすればどうでしょうか?」
「つまり、彼女に内定辞退するように脅迫した人間がいたかもしれないという事ですか」
中村が考え込むが、これに異を唱えたのは瑞穂だった。
「でも、脅迫って言ってもどうやってやるんですか? 彼女に脅迫されるような要素ってなかったと思うんですけど……」
「……確かに警視庁、京都府警、大阪府警の三県警で彼女の過去を徹底的に洗ったが、犯罪歴などは一切なかった。脅迫材料そのものが存在しない」
「生活が懸かっている彼女に内定辞退させるとなれば生半可な脅迫では無理だ。三百万円だけでは絶対に承諾はしない」
「そもそも、何で彼女に内定辞退させないといけないんですか? その動機からして不明確です」
中村、竹村、三条がそれぞれの意見を口にする。
「動機に関しては、それによってメリットがあるからこその行動だろう。つまり、彼女が内定辞退になる事で得をする人間がいたはずだ」
「得をする人間……となれば、やはり落選した受験者たちですか?」
「だが、それで内定が復活するわけじゃない。その場合は補充選考になるから最初からやり直しだ」
「ですが、チャンスは生まれます。ならば全くあり得ない話ではないかもしれない」
「そうなると、落選者の名簿がいるが……大阪府警からの情報だと、中阪商事は落選者に対して履歴書を送り返すようにしているらしい。なら、一年が経過した今となっては記録が残っているかどうかもわからないぞ」
刑事三人が様々な意見を口に出している中、榊原はただ静かにその意見を聞き続けていた。そして、妙に静かなのをやがて刑事たちも気づいたようだった。
「榊原さんはどう考えているんですか? さっきから静かですが……」
三条のその問いに対し、榊原はただ一言、静かな口調で告げた。
「私は、そもそも彼女が内定辞退をしたというところから疑っています」
「え?」
「彼女は内定辞退をした。しかし、その直後に就活失敗を理由に自殺未遂をしている。この行動に矛盾が出る以上、考え方を根本的に変えるしかありません。つまり、彼女が内定辞退をしていなかった可能性です」
「いや、しかし……」
「そもそも、彼女が内定辞退をしたという情報はどこからのものですか?」
その言葉に、刑事三人に緊張が走った。
「榊原さん……まさか……」
「中村さん、大阪府警に連絡を取ってくれませんか? 確かあっちの担当は川嶋警部とクマさんでしたね」
その瞬間、榊原は不敵な笑みを浮かべてこう宣言した
「さて、明日はこの不可解な矛盾に蹴りをつけるとしよう」
その言葉に、中村たちは息を飲むしかなかったのだった。