第二章「捜査」
翌九月七日火曜日、東京都文京区内にある本富士署の大会議室に、金橋ビルで発見された白骨死体に関する捜査本部が設置された。捜査員たちが居並ぶ中、捜査の全体指揮を執る事になった新庄が前に出て第一回目の捜査会議が開始される。
「ではこれより、第一回目の捜査会議を始めます。昨日午後二時頃、文京区湯島金橋ビル五階に白骨遺体があるのをビルの解体業者が発見。警察に通報しました。現場にあった遺留品の鞄の中から見つかった運転免許証及び学生証から、被害者は京都在住の大学生・小堀川陽子と推定。なお、彼女は数年前に歯の治療をしており、その治療痕が発見された白骨のものと一致。現在、京都府内の彼女の自宅で押収された毛髪などからDNA鑑定を実施中ですが、こちらも一致する公算が高く、この白骨が小堀川陽子であると断定して間違いないと思われます」
そこでいったん言葉を切ると、新庄は報告を続けた。
「京都府警からの報告によると、被害者は昨年八月頃から姿を消しており、おそらくこの辺が死亡推定時刻ではないかと考えられます。問題の金橋ビルは三年前にテナントが全面撤退して完全な空きビルになっており、立ち入る人間はいなかったという事ですので、遺体がここに放置されていても気づく人間はいなかったと判断していいでしょう。では、その他遺留品及び検視所見について鑑識」
その言葉に鑑識職員が立ち上がった。
「えー、遺留品に関しましては、遺骨が着ていた女性物のリクルートスーツ。それに、近くに落ちていた被害者のものと思しき女性用のビジネス鞄。この鞄の中から財布が見つかっており、財布の中身は現金三万円、先述の運転免許証と学生証、その他書店などの会員カード数枚に、家のものと思しき鍵となっています。その他鞄の中には化粧品や筆記用具、折り畳み傘、ハンカチ、ティッシュ、印鑑などが入っていました。また、遺体の腕の部分に被害者のものと思われる腕時計も確認しています。この腕時計は動いていました。ただし、遺留品の中に携帯電話は確認されていません」
そう言ってチラリと新庄を見るとこう続けた。
「そして死因ですが、頭蓋骨の右側頭部にひび割れが確認されており、これが死因かと思われます。おそらく、何らかの鈍器で思いっきり横から殴りつけられたものと考えるのが妥当でしょう。傷口の形状から墜死は考えにくい。したがって本件は鈍器を使った殺害の可能性が高いと判断せざるを得ません」
殺害の一言が出た瞬間、捜査本部が一気にざわめいた。
「凶器に関しては?」
「現場となった金橋ビル内部を調べましたがそれらしきものは発見されていません。そもそもの話として、あのビルが犯行現場かどうかも判然としません。何しろ遺体が白骨化しているもので、死斑などの確認ができないからです。これは個人的な意見ですが、現実的に考えてあのビルは女子大生が何の用もなしに行くような場所とは思えませんから、他の場所で殺害されて人気のないあの場所に捨てられた可能性は除外する事ができないと考えます」
ざわめきが続く中、新庄が冷静に質問する。
「その他指紋などは?」
「いくつか採取はできていますが、かなり古い指紋が多く、あのビルが廃ビルになる以前のものも多数含まれていると思われます。判別には時間がかかるかと。何しろ、被害者の指紋もわかっていない状況ですから。ひとまず自宅を調査している京都府警の捜査結果待ちです」
「血痕は?」
「何とも言えませんね。腐敗した時の体液の跡なんかもあるので、検出には時間がかかるかと。報告は以上です」
そう言うと鑑識は腰を下ろした。同時に、捜査本部長を務める本富士署署長が発言する。
「被害者に関しての情報は?」
それに答えたのは杉山だった。
「京都府警からの報告によれば、被害者・小堀川陽子は一年前の時点で西城大学文学部の四年生。一年前の大学の夏休み前……具体的には七月頃のゼミに出席したのが大学における最後の目撃情報です。また、バイト先である四条通の書店『四条書院』によれば、そのゼミに出席してから三日後に出勤したのが最後で、以降は連絡が取れなくなったことから無断欠勤を理由に解雇扱いされています。ただ、解雇理由がそのようなものだったため、タイムカードや履歴書などは万が一の時のために保管されていました。そのタイムカードの出勤記録も、店側の証言と一致しています」
緊張した様子で答える杉山に、署長は頷いて先を促す。杉山はさらに言葉を続けた。
「被害者は大学一年の時に交通事故で両親を亡くしていて、左京区の自宅で一人暮らしをしていました。両親が駆け落ちで結婚したため親族付き合いはなし。このような経緯から就職活動にかなり熱を入れていた様子で、大学のキャリアセンター職員の話では一〇〇社以上にエントリーシートを送っています。キャリアセンターが把握していないものも含めればもっと多くなるかもしれませんが、これに関しては現在府警が家宅捜索を行い、彼女のパソコンなどを押収して調査中です。そして、ここからが少し妙な話なのですが……キャリアセンター職員の話では、彼女は昨年五月の時点ですでに第一志望の企業から内定をもらっていたようなのです」
そこで署長が眉をひそめた。
「だが、遺体はリクルートスーツを着て死んでいたんだろう?」
「その通りです。ですが、キャリアセンターの職員によれば、五月ごろに本人がそう言ってセンターを訪れたとの事です。これはセンター内で複数の証言が取れていますので間違いありません。その二ヶ月後の七月、少し暗い表情でセンターの前に立っている彼女を職員が目撃。この時は彼女はそのままそこを立ち去っており、それ以来センターには顔を出していません」
「第一志望の企業は?」
「大阪の中阪商事です。こちらは大阪府警に捜査協力を求めています」
「わかった。で、新庄君、これからこっちはどう動く?」
署長の問いに、新庄はこう答えた。
「死亡から時間が経ちすぎていますので、物的証拠から攻めるのは至難の業です。よって最初は被害者の行動面から事件を追っていきたいと思います。具体的には、五月に内定をもらっていたはずの被害者がなぜ七月から八月にかけてのどこかでリクルートスーツを着て東京に姿を見せたのか……この点をまずは明らかにする必要があるでしょう。もちろん、現場周辺の聞き込みも実施します。あとは京都・大阪両府警の情報待ちです」
「いいだろう。好きにやってみたまえ」
署長の言葉に、新庄は大きく頷いたのだった。
同時刻、大阪府警刑事部捜査一課所属の川嶋昌郎警部は警視庁からの要請を受けて、大阪府内に本社を置く中阪商事本社ビルの前に立っていた。大阪城近く……大阪ビジネスパークの一角にあるビルに本社を置く関西圏有数の大手総合商社である。
「いやぁ、いつ見ても大きなビルやなぁ。まさかこんな形で来るとは思わんかったけど」
隣でビルを見上げている部下の熊谷吉平警部補が感心したようにそう言う。川嶋より年上の府警きってのベテラン刑事で、根っからの浪速っ子でもある。このため普段から関西弁で話す事が多い刑事だった。
「クマさん、何か思い入れが?」
「うちの甥っ子がこの前ここを受けたんや。ま、駄目やったみたいやけどな。やから、ここに内定もらったのにまだ就活をしていたっちゅうのが信じられへんのや」
そう言って笑いながらも、熊谷の目は笑っていない。軽口を叩いてはいるが、その佇まいは叩き上げの刑事そのものだった。
「そうだな……まずはその辺の事情を知りたい。東京の一件とは言え、気は抜けないぞ」
そう言うと、二人はビルの入口へと足を踏み入れた。受付に近づくと、若い女性がにこやかに声をかけてくる。
「ようこそ。ご用件は何でしょうか?」
その言葉に対し、二人は黙って警察手帳を示した。強面の二人にそのようなものを示され、その受付嬢の笑顔が一瞬引きつる。
「警察や。ちょっと話を聞きたいんやけどな」
熊谷の言葉に、今度こそ受付嬢の顔色が変わった。
「け、警察が何かご用でしょうか?」
「人事部の方に話を聞きたい。繋いでいただけますか?」
「お、お待ちを!」
受付嬢は慌てて内線を繋いだ。二人はそれをジッと鋭い目で睨みつけている。やがて受付嬢は怯えた様子で恐る告げた。
「人事部長がお会いになります。五階会議室へどうぞ」
「どうも」
二人はそのままエレベーターに乗って五階へ向かった。案内板を見て問題の会議室に入ると、すでに一人の男が待っていた。
「人事部長の早川です。どうぞ」
そう言いながら名刺を渡す。そこには確かに『早川直哉』の文字が書かれていた。
「府警捜査一課の川嶋です」
「同じく、熊谷です」
「それで、府警捜査一課の方が、今日は弊社にどのようなご用件で?」
早川は表面上穏やかにしながらも、どこか警戒気味に尋ねた。もっとも、川嶋たちからすればいつもの事なので、容赦なく要件を告げる。
「実は、一年前の事を聞きたいんですがね。小堀川陽子、という名前に心当たりはありますか?」
川嶋の問いに対し、早川は首をひねった。
「小堀川……すみません、日々何人もの人間に会うもので、何とも言えません」
「内定を出した人間の心当たりがない、と?」
熊谷の鋭い睨みに、早川は訝しげな表情を見せた。
「内定? どういう意味ですか?」
「彼女、去年の五月にここの内定をもらっているはずなんですよ。覚えていませんか?」
「いや……入社したなら心当たりはあるはずですが、心当たりがないって事は多分入社していないんですよね? だったら覚えていなくても無理はないと思いますが」
とぼけたように言う早川の態度に、川嶋は何かあると直感した。
「なら、調べてもらえませんかね? いくらでも待ちますから」
「調べろって言われても……入社しなかった人の履歴書や書類は当人に返却するのが規則ですからね。だから、我々もわからないんですよ。申し訳ありませんが……」
いかにも申し訳なさそうに言うが、早川の目はどこか怖かった。
「では、彼女には全く覚えがないと、そういう事でいいですね?」
「そうなりますね」
「なるほど……貴重なお時間、ありがとうございました」
そう言うと、川嶋はあっさり立ち上がった。拍子抜けしたのは早川の方である。
「もういいんですか?」
「えぇ。それとも、何かあるんですか?」
「あ、いえ、そういうわけじゃ……ちなみに、その小堀川って子がどうかしたんですか?」
「東京の方で亡くなりましてね。その件で、捜査しているだけです」
川嶋はそう言うと、早川が何か言う前に部屋を出て行った。そのまま一階のロビーにエレベーターで降りる。
「怪しいな」
「やな。何か隠しとる。やけど、締め上げるには材料が足りひんな」
そう言いながら二人は受付の前を通り過ぎようとする。と、先程の受付嬢の姿が目に入った。何があったのかわからず、不安そうな表情をしている。
「あぁ、すみませんね。ちょっとある事件の捜査に来ただけなんですよ。あー、参考までに、彼女の事を知りませんか?」
川嶋はそう言いながら被害者の写真を示す。あまり期待せずに聞いただけだったのだが、しかしその受付嬢の反応は二人の予想を裏切るものだった。
「えっ、彼女って……」
思わず口を隠して絶句する。その反応に、二人は思わず顔を見合わせた。
「知ってるんですか?」
「あ、えっと……私、今年からここに入った新卒なんですけど、彼女就活の時に面接で一緒になったんです。元々女子が少なかったし、同じ西城大学の学生って事がわかって意気投合して……」
「あなたも西城大学の出身なんですか?」
「はい。私は法学部ですけど……」
川嶋と熊谷は頷き合った。
「少し、お時間よろしいですか?」
「え、えぇ。少しなら」
それから五分後、受付嬢を含めた三人は大阪ビジネスパークの川沿いにあるベンチに座っていた。
「改めまして、本居月奈と言います」
受付嬢……月奈はそう言って頭を下げた。
「早速ですが、小堀川陽子さんと親しかったというのは本当ですか?」
「はい。と言っても、就活の上でですけど。知り合ったのは……去年の四月頃だったかな」
月奈は慎重にそう言った。
「一次審査の集団面接で一緒になったんです。その面接の時の質問で彼女も西城大学だって事を知って、面接の帰りに話しかけたら意気投合したんです。その後、面接は四次審査まであったんですけど、多分処理番号が近かったからだとは思いますが、彼女とは全部の面接で会う事になりました。互いに互いを励ましながら就活を続けていたんです」
「そして、あなたは最終面接もパスして内定をもらった」
「はい。連絡したら彼女も内定をもらったっていうんで、二人で大学近くの喫茶店で祝勝会もやったんです。彼女、そこで入社したらどんな事をやってみたいってすごく熱く語っていました。確か、五月くらいの話だったと思います」
問題はその後である。
「その後、小堀川さんとの付き合いは?」
「しばらくは連絡を取り合っていたんですけど、それから私は卒論の研究で忙しくなっちゃって、少し連絡を取れない期間が続いたんです。で、十月くらいに内定式があったんでそこで会えるかなって思っていたんですけど……なぜかそこに彼女がいなくて」
その言葉に、川嶋たちは頷き合った。
「連絡は取ったんですか?」
「もちろんです。でも、電話も通じなくって、四月の入社式にも姿どころか名前さえありませんでした。変に思って一度早川人事部長にその事を聞いた事があるんですけど……部長は苦い顔で『七月頃に内定辞退された』って言っていました」
その言葉に、熊谷が小声で耳打ちする。
「やっぱり、知らへんなんて嘘やったな」
「えぇ。問題は、何でそれを隠したかだが……」
それに答えたのは月奈だった。
「早川部長からすれば、七月になって急に内定辞退されて、いい感情を持っていなかったのは事実だと思います。就活も終盤になっていますから、そこから余計に補充求人しないといけなくなりますし」
「あまり思い出したくない存在だった、という事ですか」
確かに、早川の立場からしてみればそうなるだろう。
「あの……彼女がどうかしたんですか? 何で今になって警察が彼女の行方を……」
不安そうに尋ねる月奈に、川嶋は淡々とした口調で告げた。
「先日、東京の方で遺体が見つかりましてね。どうもそれが、小堀川さんの遺体のようなのですよ」
「え……」
「遺体はリクルートスーツを着ていました。死亡推定期間は昨年七月末から八月頃。あなたの話が正しければ、彼女は七月になって突然ここを内定辞退し、東京方面で就職活動を再開していた事になります。この点に関してどう思われますか?」
「そんな……どうして。だって、彼女はここに就職するってあれだけ嬉しそうに言っていたのに……何で東京で……」
月奈は呆然とした様子で呟いた。川嶋としては、こういう他なかった。
「それを調べるのが、我々の仕事です。他に何か思い出せませんかね?」
その言葉に、月奈はしばらく真剣な表情で考えているようだったが、やがて力なく首を振ったのだった。
同時刻、京都府左京区にある被害者・小堀川陽子の自宅。小堀川陽子の死が正式に確認された事により、京都府警による本格的な家宅捜索が実施されていた。いきなりの事態に周辺の住民は何が起こったのかと集まってきているが、捜査員たちはそれを尻目に黙々と捜査を行っている。
そんな中、中村たちは家の二階にある彼女の自室と思しき部屋の捜査に取り掛かっていた。部屋はいかにも年ごろの女性と言った風のインテリアがなされているが、一年以上も放置されていた事もあってか埃がかなり積もっている。そんな中、中村たちの要請で府警本部のサイバー犯罪対策部から派遣されてきた捜査員が、机の上に設置された彼女のノートパソコンをチェックしていた。
「最終更新日はわかるか?」
「待ってください……どうも、最後に電源を入れたのは昨年の八月三日の深夜のようですね。メールのチェックなんかをしています」
捜査員はパソコンのデータをチェックしながらそう答えた。
「メールの方はどうなってる?」
「……これはちょっと、本部へ持って帰って本腰入れて確認する必要がありますね。就活中だけあってどこぞの会社にエントリーしただの、面接の予定だの、合否の通知だのがズラリと並んでいます。ちゃんと整理しないとわけがわかりません」
「確か、一〇〇社以上にエントリーしていたとキャリアセンターの職員は言っていたからな」
そう言いながら、中村たちは本棚や机の引き出しをチェックしている。
「こっちもエントリーシートの控えやら企業のパンフレットやらでいっぱいだな」
「えぇ……あ、中阪商事のやつですよ」
三条が差し出したクリアファイルには、中阪商事のパンフレットやエントリーシートの控えが挟み込まれていた。
「疑問なんだが、これだけ数が多いと、一体どうやってスケジュール管理をしていたのかが気になるところだが」
「パソコンじゃないですか?」
三条の答えに、サイバー捜査員は首を振った。
「いえ、パソコンにそれらしいものはありませんね」
「じゃあ、普通に考えて手帳とか」
「だが、警視庁からのデータでは現場から手帳らしきものは見つかっていない」
「おかしいですね。普通就活生だったら手帳くらいは持っているはずですが……」
「現場から持ち去られたか、あるいは他のもので代用していたかだ。確か、現場から不自然に見つかっていないものがあったはずだが……」
それで三条はピンと来たようだ。
「携帯ですか?」
「携帯をスケジュール帳代わりにしていたんなら、確かに説明はつく。この家からもそれらしいものは見つかっていないしな」
「彼女、携帯電話は持っていたんですか?」
「それは間違いない。電話会社に確認も取った。ちゃんと彼女名義の携帯電話が発行されているよ。もっとも、電源が切られているようで現在の位置追跡は不可能だったが」
「でも、記録は残っているはずですね。それを調べれば、その携帯電話が最後どこで使われたのかわかるはずじゃないですか?」
「そう思って、その調査を今電話会社に依頼している。もうしばらくしたら結果が出るはずだ」
そう言いながら、中村は捜索の手を緩めなかった。
「あとは……交友関係だな。何かトラブルでもあればそれが突破口になるんだが」
「年賀状もありませんね。まぁ、親類筋もほとんどいないみたいでしたけど……」
と、引き出しを探っていた三条の手が止まった。
「警部、これ」
三条が手に持っていたのは一枚の写真だった。どうやら海水浴場かどこかで撮影された物らしく周りに水着姿で遊んでいる人間が何人か写っているが、夏らしい薄着のワンピースを着た被害者の隣に同じくTシャツ姿の見慣れない三十代くらいの男性が微笑みながら写っているのだ。
「これ、誰ですかね?」
「わからんが、かなり親しい仲らしい。こうして一枚だけ分けて保管してあることからもそれは確実だろう。撮影の日付はわかるか?」
「ええっと……印字されていませんね。ただ、被害者の背格好から見てここ数年以内の写真だとは思いますが……」
「被害者が海水浴に行った日付がわかれば、いつ撮った写真なのかははっきりするはずだ。後で聞き込みしてみよう」
と、その時中村の携帯が鳴った。電話に出てしばらく何やら話していた中村であったが、やがて電話を切ると小さく息を吐いた。
「電話会社からだ。被害者の携帯の最終使用場所が判明したそうだ。二〇〇九年……すなわち昨年の八月四日、東京駅で使用したのを最後に電源が切れているらしい」
「東京駅……」
息を飲む三条に、中村は頷いた。
「さっき台所を見てきたが、炊飯器に固くなったご飯が入ったままだった。という事は、被害者は何日も家を空ける予定はなかったという事になる。……どうやら、この八月四日に何かあったらしいな」
中村がそう言った時だった。突然、所轄署の刑事が緊張した様子で部屋に飛び込んできた。どうもただ事ではない。
「警部、ちょっとこっちへ」
「どうした?」
中村と三条がついて行くと、その刑事は一階のリビングに足を踏み入れた。すっかり埃だらけになっているリビングだったが、その刑事はそのままリビング奥にある本棚に二人を案内した。
「この辺を調べていたんですが、そしたらこの本棚の奥にこんなものが入っていました」
そう言って差し出したのは封筒だった。ただ、何か入っているらしく分厚く膨らんでいるのがわかる。中村は黙ってそれを受け取って中身を確認したが、その瞬間、彼の顔は一気に険しくなった。
「何だ、これは……」
不審に思った三条も中を確認するが、次の瞬間には三条も言葉を失ってしまっていた。それほど不釣り合いなものがその中に入っていたのである。
その封筒の中身というのは……