第一章「白骨」
その通報が警視庁の通信指令センターに入ったのは、二〇一〇年九月六日月曜日の午後二時頃の話だった。
「はい、110番です。事件ですか? 事故ですか?」
『し、死体が……死体がビルの中に転がってる!』
開口一番、通報者はそう言って叫んだ。中年と思しき男の声である。通信指令センターのオペレーターは素早くメモを取りながら、相手に話しかける。
「落ち着いてください。どこのビルに死体があるんですか? 詳しく教えてください」
『文京区の金橋ビルっている廃ビルだよ! 俺は廃ビルの解体業者だ! 作業のためにビルの中を調べていたら、ビルの空室に人骨が……』
その言葉に、オペレーターも眉をひそめた。
「白骨死体、という事ですか?」
『そうだよ! いいから早く来てくれ! こっちはどうしたらいいかわからないんだ!』
「ひとまず、あなたの名前と、何か目印になりそうなものを教えてください」
それから五分後、通信指令センターからの無線連絡が関係各所へ向けて一斉に流された。
「至急、至急。警視庁から各局、警視庁から各局。文京区湯島××の金橋ビルにて白骨死体を発見したとの通報あり。付近走行中のPCは現場に急行し、状況を確認されたし。現場は湯島の雑居ビル街の一角、正面にファーストフード店『モスドナル湯島店』がある」
『本富士5(本富士署所属パトカー5号車)から警視庁。現在該当地区周辺を巡回中。これより現場に向かう』
「警視庁、了解。本富士5、状況確認次第、連絡を求む」
『本富士5、了解』
それから十分ほどして、その本富士署のパトカーから緊迫した声で連絡が入った。
『本富士5から警視庁』
「警視庁、どうぞ」
『金橋ビルに到着し通報者と合流。通報通り、金橋ビル五階の空室に白骨死体を確認。状況は不明なるも、他殺の可能性がある。捜一(捜査一課)及び鑑識の出動を求める』
「警視庁、了解。応援を送る。それまで現場保存に努められたい」
『本富士5、了解』
同時にオペレーターは無線回線を捜査一課に切り替えた。
「警視庁から捜一」
『捜一、どうぞ』
「文京区湯島××金橋ビルにて白骨死体発見事案発生。至急、捜査班及び鑑識の出動を求める」
『捜一、了解』
それが、後に「湯島白骨事件」と呼ばれる事になる殺人事件の捜査が始まった瞬間であった。
遺体発見から三十分後、警視庁刑事部捜査一課第三係の新庄勉警部補は、難しい表情で現場となった金橋ビルに到着していた。先代係長だった斎藤孝二警部が離れた後の第三係を主導し、今では形ばかりの係長警部に代わって事実上の係長代理のような立場にいる。いい加減に慣れてきたとはいえ、捜査の指揮を執る難しさを本格的に実感しつつある今日この頃である。
「ご苦労様です!」
現場に到着すると、所轄署の制服警官が立入禁止テープを上げて現場に入れてくれた。改めて現場となった金橋ビルを見上げる。六階建ての古いビルであるが、三年程前にテナントが撤退して以来ずっと空きビルになっていたらしく、建物そのものもかなり年季が入っていた事もあって今日からビルの取り壊しが行われているところだったという。が、取り壊し前にビル内をチェックしていた作業員が、空き部屋の一つから問題の白骨死体を発見して慌てて通報してきたというのが今までの流れである。
新庄は、改めてビルの外観を一瞥すると、そのままビルの中へと入った。内部は長年使用されていなかった事もあってか薄汚れて瓦礫やガラクタが散乱しており、足元もおぼつかない状態である。これではテナント募集云々以前に取り壊しの判断が下されてもある意味納得できるというものだった。
「よっ、早かったな」
ビルに入ると、同じく捜査一課第三係の主任をしている竹村竜警部補が出迎えてくれた。元交通課の白バイ警官出身という異色の刑事で、新庄とは同僚関係に当たる男である。そのため、気兼ねない付き合いができる良きライバルであり相棒でもあるという関係だった。
「状況は?」
「遺体は五階の空き部屋だ。完全に白骨化していて、一見すると身元も性別もわからん。ただ、ちょっと変わった遺体でもあるみたいだぞ」
「意味深だな」
「見ればわかる」
そのまま竹村の後に続いて五階まで階段で登っていく。五階の一番奥の部屋、そこに遺体があるようで、鑑識職員たちが忙しそうにうろついていた。
「まぁ、見てみろよ」
竹村に言われるがままに新庄は部屋の中に入ったが、そこに転がっているものを見て思わず眉をひそめた。
「これは……スーツか?」
部屋の隅……そこに確かに一体の白骨死体が転がっていた。だが、問題はその白骨死体が骨だけだったわけではなく、スカート式のスーツを着ていた事である。無論、スーツは腐敗するときに付着したと思しき体液のようなもので汚れてはいたものの、ほぼ完璧な形で残っていた。
「ま、そういう事だ。白骨死体は今まで何度かお目にかかった事はあるが、きちんとスーツを着ている白骨死体は初めてだ」
竹村はそう言いながら新庄を遺体の傍に案内する。新庄は遺体を慎重に観察しながらそれに従った。
「女性物のスーツだな。という事は、被害者は女か?」
「ま、男の死体に女もののスーツを着せる奴がいれば話は別だが……どうですかね?」
軽い検視をしている検視官に竹村が尋ねる。検視官は首を振りながら答えた。
「この状況じゃ死因は解剖してみないとわからんが……少なくとも被害者は女性だよ。骨盤の形やらなんやらが、完全に女性の特徴だ。年齢は……骨端融合線から判断すれば二十代前半ってところか」
「身元を示すようなものは?」
その言葉に、近くで捜査していた女性刑事が立ち上がった。杉山典子巡査部長。昨年……すなわち二〇〇九年に所轄署から捜査一課三係に移ってきた刑事で、若いながらも捜査経験を伸ばしつつある三係期待の星である。
その杉山が、遺留品を示しながら答える。
「近くにビジネス鞄が落ちていました。その中に財布が」
そう言って床に広げた財布の中身を指し示す。現金が三万円程度と、運転免許証。それにもう一つ、気になるものがあった。
「これは……学生証か?」
そこにはこう書かれていた。
『西城大学文学部四年 小堀川陽子』
新庄は思わず遺体を見やる。
「被害者は学生というか?」
「運転免許証も同じ名前です。おそらくは……就活生」
杉山の言葉に、新庄も同感だった。
「西城大学っていうと、確か京都の私立大学だったな。そんなところの学生がスーツにビジネス鞄を持って東京で死んでいたとなれば……まぁ、就職活動くらいしか考えられる話がないな」
「問題はその学生証の有効期限です。それ、去年の学生証ですよ」
杉山の指摘に、改めて学生証を見ると、確かに『二〇〇九年四月一日~二〇一〇年三月三十一日まで有効』という記述が確認できる。
「死後約一年、という事になるか。確か、空気中に放置された遺体が白骨化するのにかかる時間は、大体一年~三年ですよね」
新庄の確認に、検視官が作業しながら黙って頷く。
「なら、死亡推定期間とほぼ一致する。となると、問題は失踪届の有無と、大学側の対応だな。確認できるか?」
「これから確認しますが、本籍地と大学がそれぞれ京都ですから、京都府警に捜査協力を求める必要があります」
確かに、免許証の本籍地は『京都府京都市左京区』となっている。
「頼む。殺人なら本富士署に捜査本部が立つ。準備はしておいてくれ」
杉山は頷くと、現場を飛び出していった。後に残された新庄と竹村は遺体を前に話し合う。
「身元確認証があったという事は、犯人は身元を隠すつもりはなかったみたいだな」
「これが殺人なら、ここに隠された遺体が色々偶然が重なって一年間見つからなかったって事になる。まぁ、確かにここなら見つからなくても仕方はないが……都会のど真ん中に人知れず白骨死体が一年間というのは身の毛がよだつ話だ」
「とはいえ、すべては殺人かどうかの判断待ちだが……」
と、ここで不意に検視官が割り込んだ。
「さっきも言うように、遺体が遺体だから詳しくは解剖待ちだが、俺は殺人だと思うね」
「どうしてですか?」
「頭蓋骨にひびが入ってやがる上に首の骨も折れてる。多分、撲殺だ。何か重いもので思いっきり横から殴られたと考えるのが筋だ」
検視官はそう言いながら頭蓋骨を指さした。確かに、頭蓋骨の右側頭部に挫傷と思しきひびが確認できる。
「……どうやら、本富士署で泊まり込み確定という事になりそうだ」
新庄はそう言うと、少し厳しい表情を浮かべたのだった。
それとほぼ同時刻、東京からはるか西に本部を構える京都府警では、府警刑事部捜査一課の中村恭一警部が、同管理官の田辺京一警視に呼び出しを受けていた。
「警視庁からの身元確認要請、ですか?」
中村の言葉に、田辺は頷いた。
「そうだ。本日、東京文京区で白骨死体が見つかったそうだが、現場で押収された持ち物などからその遺体の身元が京都の人間である可能性が高い。白骨の度合いなどから見て死亡はおよそ一年前。その人物に関する詳細を調べてほしいというのが向こうさんの要請だ」
「殺人ですか?」
「わからんが、可能性はあるらしい。まぁ、珍しい事に差し迫った事件も起こっていない事だし、ちょっと調べてくれないか?」
「はぁ……」
中村としてはそう答える他ない。田辺はそんな中村に何枚かの書類が入った封筒を手渡した。
「向こうさんからファックスで送られてきた情報だ。事が殺人なら、こっちも捜査にかかわる事になるかもしれん。頼むよ」
「わかりました」
そのまま中村は捜査一課の自分のデスクに戻ると、部下の三条実警部補を呼んだ。
「白骨死体の身元確認ですか」
「あぁ。ひとまず私たち二人で動こうと思う。かまわないな?」
「もちろんです。それで、被害者の名前は?」
「ええっと……小堀川陽子。本籍地は京都府左京区で、一年前の西城大学の学生証を所持。これが基本情報だ。まずは、失踪届の有無を確認しているところだが……」
と、照会をしていた中村のデスクのパソコンが音を立てた。チラリと見て、中村はため息をつく。
「該当なし、か」
「失踪して一年も経っているのに届けなしというのは変ですね」
「まずはこの辺か。自宅と、それに大学だ」
数分後、二人はパトカーに乗って京都市内に乗り出していた。
「どっちから行きますか?」
「自宅から行こう。遺族にも伝える必要がある」
そう言って免許証に架かれていたという左京区の自宅へ向かった二人だったが、しかしたどり着いた場所にあったのは閑静な住宅街の片隅にある人気のない古びた一軒家だった。
「ここ……のはずだが」
とりあえずインターホンを押してみるが、返事はない。というより、ポストには各種郵便物がたまりっぱなしである。中村と三条は顔を見合わせた。
「どうなってるんですかね? 明らかに空き家ですが……」
「聞き込みをしてみるか」
二人は近隣の家に話を聞く事にした。平日の日中だけあってなかなか在宅の家が少なかったが、何件か回ってようやく人がいる家を見つける事ができた。噂好きらしいその中年の女性は、少し気の毒そうな様子でこう言った。
「あぁ、小堀川さんの御宅ね。あそこもかわいそうよねぇ」
「かわいそう、と言いますと?」
「三年くらい前にご夫婦が事故で亡くなられたのよ。大学生のお嬢さん一人が残されたんだけど、その子も一年くらい前に姿が見えなくなって……。お金が無くなったから大学辞めてどこか別の場所で就職したんじゃないかって、噂になったのよ。それ以来、家もあのままでほったらかし」
「身寄りがない、という事ですか?」
「えぇ。ご夫妻は駆け落ち同然で結婚したみたいで、親類一同からは縁を切られていたみたいだから」
どうやら、それが失踪届の出ていない原因らしい。
「ねぇ、警察が来たって事はあの子に何かあったの?」
「……まだ何とも言えませんね。お話、ありがとうございます」
なぜかうずうずしている彼女にそう言って、二人は再びさっきの家の前に戻った。
「身寄りなし、女子大生の一人暮らしですか……。どうします、中を調べてみますか?」
「この状況じゃ、令状がいるだろう。許可を取ろうにもその相手がいないんだからな。それに、まだ問題の遺体が彼女のものかどうかは確認されていない」
「どうします?」
「現状ではどうもできない。ここは後回しだ。大学へ行こう」
二人はそのまま、彼女が通っていたという私立西城大学へ向かう事にした。京都市のほぼ中央に位置する私立大学で、学生数もかなり多い。二人は大学につくと、とりあえず学生課に顔を出した。応対した担当職員は分厚いファイルをめくりながら彼女の事を調べてくれた。
「小堀川……あぁ、確かにいますね。でも、授業料未払いで中退扱いになっています」
職員はそう言いながら該当するページを見せてくれた。確かに、今年度四月を持って連絡不能・授業料未払いで中退扱いとされてしまっている。より詳しく見ると、昨年度終了時点で卒論未提出による単位不足で留年が決定し、その後四月の時点で連絡も取れず授業料の振り込みもなかった事から大学の学則に従って中退処分になったという事らしい。
「彼女についてもっと詳しい事を知りたいんです。誰か彼女を知っている人はいませんか?」
「そうですねぇ……担当ゼミの教授がいると思います。ひとまず話を聞いてみては?」
担当ゼミの指導教員は文学部日本文学学科の常盤金之助という教授だった。研究室に行くと、古い本独特の臭いの中で一心不乱に何か論文を書いている老教授がいた。幸い、彼は彼女の事をよく覚えていた。
「確か……去年の夏休み明けからゼミに顔を出さなくなってしまってね。他のゼミ生も心配したんだが、連絡も取れなくてどうしようもなかった。頭のいい優秀な学生だったんだけどねぇ」
常盤は少し残念そうに言った。
「最後に見たのはいつですか?」
「七月の最後のゼミだったと思う。別に変った事はなかったな。彼女、更級日記を研究していてね。その卒論の中間発表をしてもらったんだよ。その時のレジュメならまだ残っているけど」
そう言うと、常盤は近くの本棚からこれまた分厚いファイルを取り出して、あるページを開けて差し出した。どうやら講義などのレジュメはすべて保存してあるらしい。中村たちはざっとそれを眺めたが、あまりに内容が専門的すぎてよくわからないというのが第一印象だった。いずれにせよ、事件に関係あるようには見えない。
「彼女が東京に行くような事はありましたか?」
「東京? あぁ、確か就職活動中だとか言って東京に限らずあちこち飛び回っていたみたいだったけど」
「そうですか……」
常盤から聞けたのはその程度だった。一応、当時のゼミ生たちの名前も聞いた上で、二人は研究室を出た。
「何というか、雲をつかむような話ですね」
「いつもの事だ。さて、どうしたものか……」
中村は思案する。と、三条はこんな提案をした。
「聞いている話だと、彼女は就職活動をしていたんですよね。だったら、キャリアセンターとかに行っているかもしれませんよ」
「キャリアセンターか……私たちも行ってみるか」
というわけで、二人は大学内にあるキャリアセンター……就職支援室に足を運ぶことにした。多種多様な企業の資料がまとめられたファイルが本棚にずらりと並び、スーツ姿の学生たちが真剣な表情でその手の資料を読みふけっている光景は、傍目から見るとどこかシュールな光景ではある。
二人は面談カウンターの職員に来訪の趣旨を伝えた。しばらくして、一人の中年男性職員がやってきた。
「どうも、キャリアセンターの鵜殿と言います。昨年、小堀川さんの就活相談を担当していました」
やはり、彼女はキャリアセンターに足を運んでいたようである。
「府警の中村です。こっちは三条。早速ですが、彼女の事について伺ってもよろしいですか?」
「はぁ、それは構いませんが……何かあったんですか?」
「それを確かめるための調査です。お願いできますか」
「えぇ、印象に残っている子ですからある程度の事はわかりますが」
その言い方に中村は引っかかった。
「と言いますと?」
「彼女、両親を事故で亡くしていましてね。学業が優秀だったから奨学金で通っていたんですけど、その分就職にかける意気込みは並大抵のものではありませんでした。だから、ここにも頻繁に通っていて、私も何度も相談に応じました。なので、凄く印象に残っているんですよ」
どうやら、日々多数の学生が訪れるこのキャリアセンターの中でも、彼女はかなり目立つ存在だったようである。
「そんなに印象的でしたか」
「それはもう。何というか、必死でしたね。エントリーした企業の数も一〇〇社を超えていたんじゃないかな」
「一〇〇社って……今の学生はそんなにエントリーするんですか? 入るのは一社だけですよね?」
三条がギョッとしたように尋ねる。鵜殿は頷いた。
「えぇ、何しろ就職氷河期ですからね。自分がどういう仕事をしたいとか考える余裕もなく、当たるを幸いに受けまくるという学生がいない事もありません。残念な事ですが」
鵜殿は複雑そうな顔で言った。
「彼女もそうだったと?」
「何しろ生活が懸かっていましたからね。それに、奨学金の返済の事も考える必要がありましたし。あの頃も、毎日バイトをして大変だったみたいですよ」
「バイト先はわかりますか?」
「確か、どこかの書店で働いているという話は聞いた事があります。エントリーシートの指導をしたときにそんな事を書いていましたから。確か、四条通り沿いの本屋だったかな」
鵜殿は考え込みながら答える。
「それで、彼女の就活はうまく行っていたんですか? こんなご時世ですから大変だったとは思いますが」
東京からの連絡だと、遺体はリクルートスーツ姿で事切れていたらしい。なので、失踪したと思しき昨年八月になっても内定が決まらずに東京にまで足を運んでいたのではないかと考えた上での問いだった。
が、鵜殿の答えは中村の予想に反するものだった。
「いえ、それが彼女は優秀でしてね。確か、五月くらいにはもう第一志望企業に内定をもらっていたはずですよ」
「え?」
中村は思わず声をあげ、三条はメモをしている手を止めた。それが本当なら、五月の時点で彼女の就活は終了していたはずである。にもかかわらず、八月の時点で彼女はリクルートスーツを着て東京にいた事になる。話がどこか矛盾していた
「それ、本当ですか?」
「えぇ。わざわざ報告に来てくれましたから間違いありません。他の企業の内定を辞退しているところだと言っていましたし」
「その内定をもらった第一志望の企業というのはどこですか?」
中村の問いに、鵜殿はあっさり答えた。
「大阪に本社のある中阪商事という総合商社です。彼女の性格にも合っていて、何より通勤圏内だったという事が決め手になったようです」
「中阪商事……かなりの大手だな」
「えぇ、関西圏有数の大企業ですよ。ここ数年業績がうなぎのぼりで、就活生の中でも人気があると思います。そこに内定もらったっていうのは、かなりの大金星ですね」
中村と三条は小声で言葉を交わすと、改めて鵜殿に尋ねた。
「内定後の彼女に変わった事はありましたか?」
「さぁ……内定をもらった後はここにもあまり寄らなくなりましたし。まぁ、それも当然なんですが」
確かに、内定をもらった人間がわざわざキャリアセンターに足を運ぶような事はしないだろう。
「最後に会ったのはいつですか?」
「えっと……七月の頭だったかな。詳しい日付はさすがに覚えていませんが……なぜかはわかりませんが、少し暗い表情でこのセンターのドアの前に立っていたのを見たんです。声をかけようとしたら、そのまま頭を下げて向こうに行ってしまって……。今思えば、あれは少し変だったかな」
「就活が終わった七月の時点で暗い顔をしてキャリアセンターの前にいた……ですか」
何とも妙な話である。同時に、刑事の中村からしてみればどこかきな臭い話ではあった。と、ここで鵜殿が不安そうに尋ねた。
「あの……彼女に何かあったんですか? こうして刑事さんが話を聞きに来るって事は、よくない事でも?」
「……東京で彼女らしい遺体が見つかった。今言えるのはそれだけです」
「え?」
戸惑う鵜殿に、中村はさらに問いかけた。
「そういうわけです。もう少し彼女の就職活動の状況について教えてもらえますか? 具体的には、彼女がどのような企業を受けていたのかを」
その問いに対し、鵜殿は息を飲みながらも少し真剣な表情になって頷いたのだった。