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アーコレードへようこそ  作者: 松穂
第1部
15/114

第12話  緊急事態、発生(応急荒処置編)

 ――……ァァォ……ャァ……ァァ……

 遠くから聞こえる、か細い “声” ――


 ――……ァァ……ォ……ャァァ……ォァァ……

 大きくなって、小さくなって、遠くなって、近くなって、千切れて、繋がって――



「――水奈瀬!!」

 鋭い声と、グイッと引かれた腕の感触で、音と映像と感覚が一気に戻る。

「……黒、河さん……」

 見上げて焦点を合わせれば、何とも言えない色を湛えた双眸。侑司は、何も言わず葵の二の腕を引いたまま、素早く騒ぎの元へ駆け寄った。

「――マネージャーの黒河です。どうされましたか?」

 冷静かつ落ち着いた侑司の低い声は、騒然としていたその場を一瞬にして静める。すぐに古坂夫人が事情を説明した。

「破水したようね。まだ痛みはないみたいだけど、間もなく陣痛が始まる可能性が高いわ。すぐに病院へ行って即入院ね。――ああ、弟くん、入院準備はしてあるのかしら。旦那さんはお仕事中? お姉さんはタクシーでこのまま病院へ行った方がいいわ。どこの産婦人科?」

「い、家に電話、してきますっ」

「あっ、じゃあ、私はタクシー呼んであげるわ! 良子さん、携帯電話貸して!」

「持ってないなら言わないでちょうだいっ! あ、あらやだ! 私、携帯どこへやったかしら……っ」

 テキパキと場を取り仕切る古坂律子の周りで、人々が慌てて動き出す。

「……それから、雑菌感染防止でタオルなんかを当てた方がいいの。これ以上羊水が出ないためにもね。できたら大きめのバスタオルがいいわ。清潔なものね」

 彼女の言葉に、侑司は心得ましたという風に頷く。

「水奈瀬、バスタオルはあるか?」

「バスタオル……」


 考えてみるが、バスタオルやタオルといった類は、ここにはない。タオルなどどこにでもありそうなものだが、案外レストランでは使わないのだ。未使用のセルベット(布ナプキン)やダスターならあるが、大きさ的に小さすぎるだろうし、厨房で使っているものは清掃用だ……

 どうしようどうしよう……と脳内がパニックに陥りかけた時、ごく小さい声で「しっかりしろ」という侑司の声が頭上で聞こえた。

 顔を上げれば、澄んだ強い眼差しがじっと葵を見つめ返す。見つめったほんの一瞬に、葵の頭で閃いた。

「あ……! クロス!」

 思いついたや否や、葵は身をひるがえしてレジ背後にある事務室へのドアに駆け込んだ。

 ――パントリーに、クリーニングから戻ったテーブルクロスがあるはず……!


 この店のテーブルクロスは二枚重ねで、テーブル全体を覆うアンダークロスと、その上にテーブルの角を出して掛けるトップクロスがある。タオルではないが、大きさは十分だし、使えるかもしれない。

 葵は棚の端においてあった、ビニールに包まれている二種のクロスを三、四枚ひっつかむと、フロア内に駆け戻った。


「古坂さん! うちはタオルやバスタオルがないんです! でもこれなら……っ」

 葵が差し出したクロスを見て、古坂夫人は「そうね」と頷くと、手早く透明のビニールを破って中を取り出す。

「お姉さん、とりあえずの応急処置だから、ちょっと我慢してちょうだい。……あら、こっちのは撥水加工がしてあるわね。大きさも小さいし、こっちのライトブラウンでいきましょ。はい、あなたたち! ちょっと手伝って。ほら……こうして畳んで……、お姉さんちょっと立てるかしら……そうそう、ゆっくりね……」

「――タクシー、すぐに来るそうです。店の前に着けてもらいますから」

 どういう経緯か、結局侑司がタクシーを呼んだらしい。薄型端末を胸ポケットにしまいながら、侑司が玄関から外へ出ていく。

 四人の夫人達に抱えられるようにして、篠崎の姉はゆっくりと店を出て行く。そこへサロンと蝶タイだけ外した篠崎が、制服のまま着替えと荷物を抱えて戻ってきた。

「電話してきました! 母が入院に必要なものを持って直接病院に来てくれるそうです! 店長、僕――」

 言いかけた篠崎に、葵が「店は大丈夫。一緒に行ってあげて」と頷くと、「ありがとうございます」と頭を下げて、姉の元へ駆けていく。佐々木と笹本も(おそらくは野次馬根性なのだろうが)コック着のまま外に出ている。


 ――その時、プッ!と短いクラクションが聞こえた。

 葵は、一度大きく息を吸って、彼らの後から表へ出た。



* * * * *



 走り去るタクシーを見送って、その場のいくつもの肩がホッと力を抜いた。

「今夜あたり、だわね」

「無事産まれるといいわねぇ~」

「男の子かしら、女の子かしら~」

 相変わらず賑やかな夫人達の後方で、葵は茫然と立ち尽くす。そんな葵に気づいたのか、振り向いた古坂律子がポンと葵の肩を叩いた。

「葵ちゃん、大丈夫よ。心配しなくてもちゃんと産まれるわ」

 大活躍だった律子は、前例のない(、、、、、)緊急事態に動揺する若い女店長を気遣っているのだ。葵は深く頭を下げた。

「……あの、ありがとうございました。本当に助かりました。皆さんがいなかったら……私……」

 言葉に詰まった葵を見て、古坂律子は「そんな顔しないで」と眉尻を下げる。

「実は私もね、破水して産んだクチなの。上の子だったからもう慌てちゃって大変だったわ~。あのお姉さんも初産だっていうから、ちょっとビックリしたのね。葵ちゃんはまだ若いんだし経験ないんだから驚くのは当然よ~? 気にすることないわ」

 うふふ、と笑う古坂律子の傍で、他の三人も「私も驚いたわよぉ!」「困った時はお互い様よねぇ?」「これも何かの縁だわ」など、口々に声を上げた。

 ――葵の短い爪が、手の平に強く食い込む。


 少し離れた場所にいた侑司がやってきた。四人の奥方達に対して再度丁重にお礼を述べる。四人は、杉浦とはまた違うタイプの、新しいイケメンマネージャーと言葉を交わすのは初めてだったようだ。がぜん興味を持ったように質問を浴びせた。

 物腰柔らかく応対する侑司に、ご夫人方は色めき立ってさらに賑やかな笑いが弾ける。

 葵はどうしてもその場に留まることができず、もう一度深く一礼した後、逃げるようにして店内に戻った。



 誰もいない空間に、カントリー調のBGMだけが空々しく流れている。佐々木と笹本はすでに厨房へ戻り、ランチの片付けと賄い準備に入っているようだ。

 葵はレジ下にある、ステレオミキサーのスイッチをオフにしてBGMを消す。そしてレジを離れて、緩慢な動きで静かに板目の床を踏みしめた。……が、身体の動きに反して、葵の心中は動揺と混乱でめちゃくちゃだった。

 ――どうしよう、落ち着かなければ。


 まだ濡れた跡が残っている一帯に恐る恐る目を向ける。今は誰もいないその空間に、はっきりとした輪郭を持って脳内でリプレイされる場面――床に崩れ落ちた彼女の姿と、焦った様子で呼び掛ける篠崎の声。

 その光景は、驚くほどに過去の情景と重なった。何重にも蓋をして押し込み隠したはずの記憶が、シンクロした瞬間に弾け出てきてしまったかのようだ。


 ……篠崎の声と重なった弟の声。

 ……ざわめきの中から聞こえた兄の声。

 ……床にうずくまった篠崎の姉の姿はまるで――、

 ……そして、耳に届いたあの “声” は――、


 葵はきつく目を閉じ、頭を振って残響を追い払った。

 ――フラッシュバック。

 治ったように見えたはずの傷が、生々しくも色鮮やかに、痛みさえ伴ってむき出しになった瞬間――それは、所詮、杭が刺さったままだったのだと、否応なく自覚させられた瞬間。

 傷口に刺さったままの鋭い杭は、血を止め痛みを麻痺させてはいるが、何かの拍子に抜けてしまった時、せき止められていた鮮血が溢れ出て、同時に身悶えするほどの痛みがぶり返す。

 そして、その傷の深さに、改めて愕然とするのだ――


 薄らと開いた瞳に、マホガニーブラウンの何かが映る……少し離れた所に落ちているのは、伝票ホルダーだ。先ほど篠崎の姉が、レジに持ってこようとして落としたらしい。

 葵は夢遊病者のように進み、そろそろとしゃがんだ。手を伸ばして取ろうとした寸前、その指先がぐっと掴まれた――横から出てきたもう一つの手に。

 驚いて弾かれたように顔を上げると、じっと葵を見据える黒河侑司……指先を掴んだ、温かく大きな手のひらは彼のものだった。

「……あ、あの……」

「冷たいな……それに、震えている」

「……っ!」

 葵は咄嗟に掴まれていた右手を引き抜くと同時に立ち上がって二、三歩後ずさる。身体の後ろに隠した両の手が固くなる。ぎゅうっと爪が食い込んでいく。……止まれ。

 凍りついたように立ち尽くす葵を一瞥した後、侑司はすっと屈んで落ちていた伝票ホルダーを拾った。

「水奈瀬、今日はもう帰れ」

「……え……?」

 低い声で告げられた言葉の意図がうまく掴めない。問うように見上げた葵に背を向け、侑司はレジに歩いていく。

「レジ締めと最後のセキュリティは俺がしておく。明日の朝は佐々木チーフが開けるから問題ないだろう。オープン前に寄るから鍵はその時に返す」

 そう言いながら、侑司はレジを開けランチタイムの売上を数え始めた。葵はその意味がようやく解り蒼褪める。

「な、何でですか! 篠崎が病院に行ってしまってラインが一本減るんです! 今夜は予約も二件入ってて――」

「――そんな顔で接客するつもりか?」

 冷たい視線とともに容赦なく遮られた言葉。

「さっき佐々木チーフが池谷に連絡してくれた。少し遅れるが入ってくれるそうだ。忙しくなるようなら俺もフロアに出る。――今のお前は、いるだけ無駄だ」

「そ、んな……」

 ――いるだけ、無駄……?

 巨大な鈍器で殴られたような衝撃だった。


 しん、と静まり返ったホールフロアの中で、葵は震えるように吐息を吐きだし、なけなしの気力を振り絞って足を動かした。

 もうこちらに見向きもしない侑司の背後のドアから事務室に入り、モップと空拭き用の雑巾を持って、もう一度フロアに戻る。そして、騒動のあった場所を丁寧に拭き取った。板張りの床は定期的に傷汚れ防止のワックスがけを頼んでいるので、軽く拭きあげれば染みも残らず元通りになる。

 ただ黙々と葵は手を動かした。それだけが今の葵にできる唯一のことだ。侑司に向かって語気強く、このまま残って仕事します、と言い張る気力はなかった。

 使ったモップと雑巾を手に、そっとレジにいる侑司を見れば、やはりこちらをちらと見ることもなく、葵の存在など忘れたかのように、慣れた手つきで現金を数え続けている。

 葵は、彼に向って力なく一礼して、すごすごとフロアを後にした。


 コース料理中心となるディナーは、ランチタイム以上に客の動向を読み細やかな采配を下すことが必至となる。不安定な精神状態で臨めばミスする可能性は高くなり、一緒に働くスタッフに迷惑をかけ、何よりお客様に不快な思いをさせてしまうかもしれない。

 先ほどの出来事で自分は相当動揺し、今もまだ揺さぶられている。その証拠に指先の小さな痙攣が治まらない。きっとこのままでは……少なくとも今の自分は、いつものように給仕ができない。よって、いても邪魔になるだけ。

 ……導き出した理屈は頭で理解できても、心がついて行かない。


 モップと雑巾を軽く洗った後、厨房で一人賄い準備をしている笹本に、自分の賄いはいらないと告げ、心配そうに見やる彼に無理矢理微笑んで、するりと事務室奥の更衣室に滑り込む。

 込み上げる何かを必死に堪えつつ着替えを済ませ、店の鍵だけデスクの上に置き、裏の出入口から出ると、いつもの喫煙場所でいつものように、佐々木が紫煙を吹かしていた。

「――おう、大丈夫か?」

「……すみません、チーフ……池谷くんに連絡してくれたそうで……ありがとうございます……お先に、失礼します……」

 消え入りそうな声で謝る葵の消沈ぶりが珍しかったのか、佐々木は少し困ったように笑う。

「何だ、そのシケたツラは。店はいいから、今日はさっさと帰って寝ちまえ」

 その乱暴な物言いがやけに温かく感じて、また涙腺が緩みそうになる。

 つんとくる鼻奥を誤魔化すように、お詫びと感謝の意を込めて頭を下げると、佐々木は吸い殻用の缶にとんとんと煙草の灰を落とし、「あいつの心遣いだよ」と言った。

「……え?」

 小さく問い返す葵に、佐々木は言う。

「疲れが溜まってんだろう? 今日のこのタイミングってのもナンだが、せっかく侑坊が残ってくれるんだ。甘えちまいな」

 疲れ……? 思わぬ言葉に怪訝な顔をしてしまう。佐々木はふぅーっと勢いよく紫煙を吐き出し、呆れたような目線を送った。

「お前、先月公休取りきれてないだろう。半休取ったの何回だ? 定休日に店来て仕事してたのだって、全部知られてんだぞ」

「……え……うそ、……バレ、て、るんですか……」

「バレるに決まってんだろが。マネージャーを騙くらかそうなんざ十年早ぇぞ。水奈瀬は放っておいたら平気で三十一連勤するから気をつけて見てやってくれって、杉もよく言ってたしな」

 げ、杉浦さんにもバレていたのか……葵の背中に冷や汗が滲む。

「だ、騙そうなんて……そんなつもりじゃなかったんです。先月は……前半にGWがあったし、後半に私が連休を取ったので、少し事務処理が立て込んでしまって……でも、それは、私の仕事の効率が悪くて……だから……」

「わかってるよ。俺も悪いとは思ってんだ。なかなかお前さんのフォローしてやれねぇからな。……慧徳(うち)は社員が二人だ。水奈瀬に負担がかかってんのは、あいつらマネージャーたちも十分わかってんだよ。侑坊だってな、ああ見えて心配してる。だから今日は素直に甘えとけ」

「佐々木さん……」

 吸い終えた煙草を空き缶に投げ入れ、小柄ながらもがっしりした体躯をぐうっと伸ばし、「んじゃ、気ぃつけて帰れよ」と言って、佐々木は裏口のドアから中に入って行った。


 ――ああ見えて、心配、している……?

 葵はのろのろと自転車置き場に向かう。

 沈みこんだ思考の中で繰り返し考えるが、先ほどの侑司の宣告は、佐々木が言ったような “心配” から出た言葉だとは、どうしても思えなかった。

 公休の数合わせで早帰りにしてくれたわけじゃない。葵の過剰勤務を咎めていたわけでもない。あれは――、葵が “使えない” から、帰れと言われたのだ。

 あの声音に、幻滅された、と感じた。そしてそれは当然だと、葵自身も思っている。

 店を任されていれば、不測の事態に見舞われることは度々あることだ。そんな時でも店長ならば冷静に判断し迅速に対処しなければならない。

 なのに……自分はそれが出来なかった。

 しかも、自身の脆弱な精神状態のせいでその後の仕事もままならず、店に迷惑をかけている。幻滅され信用を失うのは当たり前だ。


 アパートへの道すがら、自転車に乗ることなくだらだらと引きながら歩く。

 いまだ続く動揺と、情けなさ、申し訳なさがズキズキと胸の内を突き刺して、痛い。痛いのに、その痛みから抜け出す方法さえもわからない。


 大丈夫、大丈夫、私は大丈夫、と一体何度自分に言い聞かせてきただろう。それなのに、結局、それはただの思い込みに過ぎなかった。いや、思い込みだということは重々承知の上だ。わかっていて、葵はひたすら自分に暗示をかけ続けてきたのだ。

 そうしなければ、いつまでたっても失意の底から浮上することができなかったから。

 なのに、ダメだった……萩の言った通りだ。

 どうして四年も経っているのに、と思う。

 どうして今更こんなにも痛みを感じてしまうのだろう……どうして自分はこんなにも弱いんだろう……歯噛みするほど、やるせない思いが湧き上がる。

 ――もう、こんな苦しさはたくさんだ……


 いつの間にか足は止まってしまい、歩道の脇で一人佇む。すれ違う初老の男性が訝しげに葵を覗きこみ、そして首を傾げて去っていった。

 さわ、と、頭上の並木を風が揺らし、その風は葵の顔を撫でつける。目を閉じれば、風は雨を孕んだ匂いがした。


 ……もうすぐ、梅雨に入る。

 今からちょうど四年前、葵が短大二年の六月……梅雨に入ったばかりの頃、そこから一過の災厄ともいえる、波乱のひと夏が幕を開けたのだ。

 あれから四年、もう四年、まだ四年……

 深く刻まれた傷は、四年たった今も、色形鮮やかに、()る。



* * * * *



 その夜、電灯を点けるのも億劫な葵は、部屋の中で一人転がっていた。テレビだけが意味もなく点きっぱなしになっている。

 二十二時を回った頃、全く頭に入らない番組をぼんやり目に映していた葵のそばで、携帯電話が振動した。

 かけてきた人物は、――黒河侑司。

 漫然と曇った頭が一気に冴えて、葵は慌てて通話ボタンを押した。

 開口一番に、『大丈夫か』と問われた声音は意外にも優しく、それだけで何故か葵の胸がぐっと詰まる。

 込み上げてきたものを誤魔化すように昼間の失態を詫びると、『いや、気にするな』と彼は低く答えた。


『……さっき篠崎から連絡があった。一時間ほど前に、無事生まれたそうだ……男の子だった、と』

「……そ、うですか……」

『店を抜けて申し訳なかった、と謝っていた』

「……はい……」

『世話になった常連の客にも、お礼がしたい、と……』

「……、ぃ……」

『……水奈瀬……?』

 葵は必死で口元を押さえた。

 涙が、止まらない。

 侑司の低く静かな声が、どうしてこんなにも胸を締め付けるのか……まるで身体の奥底を震わせる不思議な波動を放っているようだ。


『水奈瀬、……明日は……紫陽花御膳の試作に入る』

「……はい……」

『ランチの予約が一件、ディナーは三件だ』

「……ぅ……」

『……よろしく、頼むぞ』

「……は、はぃ」

 じゃあ、と言って、静かに切れた通話、手から滑り落ちる携帯電話。

 薄暗い部屋の中、テレビ画面の発光がちらちらと点滅して、葵は何度もしゃくりあげる。

 完全に、泣いているのはバレていただろう。

 ――ああ、バカだな私……何でこんなに泣いちゃうかな。


 それでも、溢れてくる涙には、心の中に澱んでいた “何か” が、たくさん含まれているような、気がした。





 

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