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灼熱無双のフレイムハート~創世の獣と聖樹の物語~  作者: 秋津呉羽
六章 獣姫の結婚式~男の意地と誇り~
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プロローグ――本国からの手紙

 大きく開いた窓から見える空には星々が煌めき、大きな月が浮かんでいる。

 夏の猛暑はその鳴りを潜め、微かな秋の気配が風に乗ってアレット・クロフォードの肌を撫でてゆく。

 ベッドの上に座って、アレットはぼんやりと外へと視線を向けるが……その思考は全く別の所にあった。

 夏季長期休暇中――アレットはラルフを護るために創生獣と称される者達と対峙した。

 『神狼転化』と『紫電』という学院では一度も使ったことのない大技を惜しげもなく繰り出し、自身の全力で挑んだものの……敗北を喫してしまった。

 結果的に、過去の大戦の英雄であるクラウド・アティアスによって助けられたから今、こうして何事もなく過ごすことが出来ているが……もしも、彼が助けに来なければアレットは力及ばず殺されていたことだろう。

 圧倒的。

 そう、あまりにも圧倒的な彼我の実力差に眩暈がした。


「……ふぅ」


 アルティアの説明によって、創生獣がどれだけ強大な存在なのか理解することはできたが……対抗する術を持たないのであれば意味がない。

 クラウド・アティアスの二度目の助力は期待できない以上、次は自力でマーレとレニスを退けなければならない。


「……もっと、強くならなきゃ」


 学院では二年最強と呼ばれていたことで、少し油断が生まれていたのかもしれないと、アレットは己を戒める。

 そもそも、海岸での戦いでアレットが使用した『紫電』は未完成な代物なのである。

 確かに、マーレの腕を切り落とすことに成功はしているが……本当ならば、胴体を真っ二つにする軌跡で打ち出されているはずだったのだ。

 だが、霊力の収束に乱れが生じたため、紫電の軌跡が逸れてしまったのである。

 神装の刀身を包むように霊力を過剰に収束させ、それを解放した際の爆発力に乗せて繰り出す神速の一閃――つまり、この技は繊細かつ強大な収束技能が要求されるのである。

 天才と呼ばれているアレットですら手を焼いている時点で、それがどれだけ高度な物か察することが出来るであろう。

 父であるフェリオ・クロフォードが繰り出す完成形の紫電は、神装だけでなく、自らの周囲にも霊力を収束させて自分自身を撃ち出すことで、超速で相手の間合いに踏み込むことを可能としている。

 相手からすれば、まるで瞬間移動したかのようにすら見えるという。

 『闘技場という遮蔽物のない場所ではフェリオに勝てない』と、ゴルドに言わしめた理由がこれだ。もはや目視でどうにかなるものではなく、フェリオが紫電を繰り出すということは、勝敗が決することとイコールなのである。

 彼が学生時代に『雷光の貴公子』と呼ばれていた由縁だ。

 つまり……紫電を完全に物にすることが出来れば、アレットは今よりもぐんと強くなることが出来るのだ。

 まぁ、すぐにでも習得できるのならば、苦労しないのだが……。

「……私も、鍛錬の時間増やそう」

 毎日、鍛錬は確かにやってきたが学院に入学する前に比べると確実に減っているのは確かだ。実家にいた時はもっと鍛錬の時間は多かったはずだ。

 アレットは小さく吐息をつき、思考は赤髪の青年へと切り替わる。


 ――まったく、ラルフってば……危ないことに首突っ込んでばっかり。


 アレットが海岸に到着した時、腹に風穴を開けて倒れたラルフを見て、どれだけ驚いたかラルフは理解しているのだろうか。

 生まれて初めて耳元で血の気が引く音を聞いたものだった。


 ――それがラルフって子だといえば、そうなんだけど。


 幼い頃、ヒューマニスの大陸でラルフに助けられた時もそうだが、あの青年は『絶対にダメだ』と感じたら、そこにどれだけの力の差があっても立ち向かう。立ち向かってしまう。

 ラルフも馬鹿ではない……それがどれだけ危険なことか理解しているはずだ。

 だが、それでも体を張ってしまうのだ、あの男は。

 ラルフの保護者を自認するアレットとしては気が気ではない。


「……やっぱり、私が護ってあげないと」


 自分の傍にラルフを置くことで、彼を危険に晒すかもしれないと――最初はそう考えていたが、それが思い違いだったと今更ながらに思い知った。

 アレットが傍に居ようが居まいが、ラルフは自分から危険に突っ込んで行ってしまう。

 まだ、この学院に来て少ししか経っていないのに、結構な数の面倒事に巻き込まれているのだ……ここまで来ると逆に清々しい。

 少なくとも、この学院を卒業するまでは傍にいて面倒を見てやらなければと、アレットはグッと拳を握って決意を新たにする。

 アレット・クロフォードにとってラルフは命の恩人である以上に、可愛い弟なのだ。

 ラルフがミリアを護るように、アレットもまたラルフを護るのは何も不自然ではない。


「……でも、心配」


 しかし、それも卒業するまでの間だ。

 あと二年すればアレットは卒業してラルフの傍に居ることが出来なくなってしまう。そう思うと、なぜか胸の中央にぽっかりと穴が空いたような気持ちになる。

 それにアレットは卒業すると同時に――

 そこから先を考えてしまいそうになり、アレットは首を振った。

 今はまだ学生の身分だ。卒業した後のことは、その時に考えればいい……アレットがそう自分に言い聞かせていると、不意にトントンと扉がノックされた。


「……開いてるよ」

「失礼しますわ」


 そう言って入ってきたのはシア・インクレディス……なのだが。


「……シア、その服で外出は自重した方がいい」

「女子寮の中だけですわ。というか……芋臭いジャージを寝間着にしてる貴女に、服装の云々を言われたくないですわね」


 シアが身に着けているのは手触りのよさそうなネグリジェなのだが……問題なのはシースルーだということだろう。

 これまた何とも色っぽい黒の下着が、薄いヴェール越しにハッキリと見えてしまっている。

 確かに、これを身に着けたまま外出した日には痴女と言われても文句は言えまい。

 まぁ……年頃の娘でありながら、学院購買で売っているだぼだぼジャージを寝間着にしているアレットもアレットだが。


「それはそうと……先ほど大使館に行ってきたんですが、アレット宛に手紙が来てましたわよ」

「……? 本国からかな。誰だろ」


 九血族連合のトップであるフェリオ・クロフォードの娘であり、絶世の美女と名高いアレットは国民からの人気も非常に高い。本国では有名人なのである。

 その関係で知り合いはかなり多い……まぁ、友人といえるほど付き合いの深い相手はそんなにいないが。

 飾り気のない便箋を開封し、中身に目を通したアレットは徐々に顔色を無くしてゆく。

 普段からポケポケしており、あまり焦りを表情に出さなぃ友人の変化に何かあったのだと気が付いたのだろう……シアが怪訝そうに首をかしげる。


「一体何が書いてあったんですの?」


 シアの言葉に、まるで救いを求めるように顔を上げたアレットは、震える声を出す。


「……すぐ帰国して許婚と結婚しろって」


 本来は卒業と同時に訪れるはずだった運命は、まるでアレットのことを嘲笑うかのように早足で距離を詰めてくるのであった……。


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