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灼熱無双のフレイムハート~創世の獣と聖樹の物語~  作者: 秋津呉羽
五章 夏季長期休暇~世界の真実~
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閑話 ラルフさん、恋人になって欲しいと頼まれる③

 こうして、ラルフが恋人役を引き受けてから三日が経過しようとしていた。

 曲がりなりにも恋人役をするのだから、ということで、朝夕は一緒に登下校をしている。

 その上で、昼休憩の昼食も二人きりで食べるようにしている。

 バイトもレオナに事情を話して休ませてもらい、放課後は二人で歓楽街アルカディアに出かけ、ウィンドウショッピングにしゃれ込む……など、まさにテンプレートともいえる恋人関係を順調に続けていた。

 女性と付き合ったことがないラルフとしては、自分と一緒にいて退屈じゃないだろうかと心配していたのだが、当のロッティ本人はとても楽しそうである。

 偽の恋人関係なため、手を繋いだり腕を組んだり、ましてやキスなどはしていないが……それでも、聞き上手なロッティと喋っているのはラルフとしても楽しかった。

 楽しいのだが――


 ――まいったな。ティア、随分と機嫌悪かったなぁ。


 日が経てば経つほどティアの機嫌が悪くなっていくのを感じて、ラルフはうーんと、腕を組む。

 ただ、本人もなんで機嫌が悪くなっているのか理解していない様子で、自分の感情を持て余し気味であった。

 まるでそれは……相手をしてもらえずに不貞腐れる恋人のようで。


「あの、ラルフさん? 何か考え事ですか?」

「え? あ、いやいや、そんなことないよ」


 心配そうに顔を覗きこんでくるロッティを前にして、ラルフは頭を振った。

 形だけではあるが今はデート中だ。違う女性のことを考えるのは、ロッティに対して失礼というものだろう……ラルフは再びロッティとの会話を始める。

 こうしてデートの中で色々話して分かったのだが……ロッティはごく普通の一般家庭に生まれたそうだ。

 神装を有していると分かっていた為、護身術程度は身に着けているものの……ラルフやアレットのように武芸に秀でている訳でもなく、ティアやチェリルのように霊術が扱えるわけでもない。

 そのため、今でも実技はとても苦手らしく、基礎実力試験では筆記はともかくとして、実技の方は結構低空飛行だったらしい。


「え、じゃぁ、この学院を中退する可能性もあるの?」


 歓楽街アルカディアの綺麗な石畳の上を歩きながら、ラルフは少し驚いた様子でロッティの話に返答する。


「あ、まだ確定じゃないですよ? でも、私、やっぱり戦うのがスゴイ苦手で……冒険者としてこれから生計を立てていくのは、ちょっと難しいなって」


 神装者の大半は冒険者となるものが多い。

 『神装を持つ』というその事実そのものが稀有であり、この世界で重宝されているからだ。

 ゴルド・ティファートのように大陸の未踏地域まで潜り、危険な終世獣達と戦闘を繰り広げながら、地図を作ったり開拓をする者も多いが……神装者にはそれ以外の仕事も多い。

 地図がつくられた先の森を開墾する仕事や、街周辺の小型終世獣を狩るハンター、『再生』程ではないにしろ怪我の治癒促進が出来るなら看護師になることも可能だ。

 最前線で命を張らなくても神装者であれば仕事は必ず存在し、生活をすることが出来るため、神装学院を中退する者はほぼいないと言っていい。

 ちなみにだが……中退する場合は神装の悪用を防ぐために、封印処置をされてしまうため、神装そのものが使えなくなり、一般人と変わらなくなる。


「そっかぁ……」


 ロッティの判断を聞いてしみじみとそう呟き、ラルフは顎に手を当てて何度も頷いた。


「ロッティさんは凄いな。俺は自分の将来のことなんて何にも考えてなかったよ。たぶん、このままいったら冒険者になるんだろうなーってぐらい」

「あ、私みたいなのは特殊だから……あんまり参考にはならないと思う」


 感心しきりのラルフに、ロッティはそう言ってはにかむような笑顔を浮かべる。

 ラルフの父親であるゴルドが冒険者だったため、漠然と自分も冒険者になるんだろうと考えていたラルフだったが……こうして将来の話を聞くと、自分は果たしてこのままでいいのだろうかと改めて考えてしまう。


 ――他の皆はどういう風に考えてるんだろうなぁ。


 同じリンクの皆は、自分の将来についてどのぐらい考えているのだろうか……そんなことを思ったラルフだったが、不意にロッティの腕をつかんでその場で急停止した。


「え、え、あの、ラルフさん?」

「ロッティさん、俺の後ろに」


 突然、腕をつかまれたことで動転するロッティを護るように前に出ると、ラルフはポケットの中からオープンフィンガーグローブを取り出して装着する。

 目の前――そこに、ゴルディアスの取り巻きの二年生が三人、待ち構えるように立っていたからだ。まぁ、全員思いっきり腰が引けているが。


「また、ロッティさんを連れていこうっていうんなら、相手になりますよ」

「う、ううううるせぇ!」

「ふっ、今日こそお前を倒す」

「ッテンダロガヨォォォォォォォッ!!」


 ロッティの恋人役になってから、すでに決闘回数は九回……一人当たり三回である。

 ただまぁ、そのどれもがラルフの圧勝で幕を閉じている。

 というよりもこの三人、弱い。とても弱い。

 思わず『良く二年生に進級できましたね……』とラルフが言ってしまうぐらい弱い。

 本当は一年生にしてはラルフが強すぎるため、この三人が相対的に弱く見えているだけなのだが……こればっかりはしょうがない。

 ラルフは振り返ると怯えている彼女を安心させるように微笑む。


「大丈夫だから、安心して」

「あ、はい……」


 少し頬を染めながら頷く彼女を確認すると、ラルフは再び前を向く。


「ロッティさんは俺から少し距離を取って下がって。またメンタルフィールドを展開することになると思うから。さて……今日は誰から来ますか。誰からでもいいですよ」


 拳を打ち合わせて力場を形成するラルフに対し、三人のリーダー格らしき人物が前に出る。

 フィジカル・メンタル共に三人の中で最も打たれ弱いという、リーダーとして大丈夫なのかと、思わず心配してしまう貧弱さんだが……その表情には自信がみなぎっている。


「今日の俺達は一味違うぜ……何せ、三人がかりで貴様を潰しにかかるのだからな!!」


 そう言ってリーダーは生徒手帳をラルフに突きつける。


「設定は『リンクVSリンク』! こうすれば、お前はたった一人で俺達と戦わないといけ――」

「決闘は双方の承認が必要なわけですけど、俺が拒否したらどうするんですか?」

「…………」

「…………」

「…………」

「…………」


 ふっとリーダーは前髪を掻き上げると、鋭い眼光でラルフを睨み据えた。


「まさか……男の癖に、挑まれた勝負から逃げたりしないだ――」

『一対一で勝てないとみるや、集団で袋叩きにしようとする輩が男を語るのか?』

「ああ、うるせえ!」


 あきれ果てたアルティアの言葉に、とうとうリーダーが逆ギレした。

 生徒手帳をラルフに突きつけ、唇の端を釣り上げるようにして笑う。


「悔しければ、お前も仲間を呼んだらどうだ! 最も、朝からずっとお前らが楽しそうにデートしているのを内心羨ましく思いながら、男三人でずっと尾行してたから、お前に味方がいないのは御見通しだ!!」

「俺達の苦労と憎しみ、そして、遣る瀬無さ……貴様にも味わってもらうぞ!」

「ンッダコラアァァァァァッ!!」


 逆恨みもここまでくれば立派なものである。

 ちなみにいうと、ラルフは最初からこの三人がずっと後を付けてきていたことを知ってたりする。気配が駄々漏れで、むしろ、気が付いてくれと言わんばかりだったのである。

 そして……ラルフを尾行していたのはもう一組いる。


「おーい、ティア、チェリル、ミリア。そこにいるんだろー。リンク対抗戦するらしいから、手伝ってくれよー」


 ビクゥッ!? と建物の影からトーテムポールよろしく、顔を出していた三名が急いで引っ込んだが……さすがに誤魔化しきれないと分かったのだろう。

 多少バツが悪そうな顔で三人が出てきた。


「うぅ、まさかばれていたなんて」

「ラルフはいつからボク達が尾行してたって気付いたのさ……」

「気が付いたのはついさっきかな」


 ラルフがそう言うと、ティアとチェリルが気まずそうに視線を逸らした。

 ちなみに、ミリアはシレッとした顔をしている……ラルフに見つかろうが構わんとばかりの開き直りっぷりである。さすがに肝が太い。


「じゃぁ、ティアさん、チェリルさん、頑張ってください。私は戦闘力皆無なんで」

「ま、付き合ってやるわよ。ロッティさんを見捨てるのも嫌だし」

「うぅ、絶対面倒事に巻き込まれるからやめようって言ったじゃないかぁ……」


 百八十度回ってやる気になっているティアに対して、チェリルはがっくりと肩を落としている。


「ちなみに、アレット姉ちゃんはいないの?」

「アレット先輩なら、五軒先の食べ放題の店を潰しにかかってるわよ」

「アレット姉ちゃんが接近するよりも先に店を閉めることはできなかったか……」


 今頃、店の物がアレットに食い尽くされているのかと思うと、店長に同情を禁じ得ないが……とりあえず、今は目の前のこと優先だ。

 ラルフ、ティア、チェリルの三人が並び、それぞれが生徒手帳を出す。

 チェリルは多少自信無さ気だが……それでも、三人とも浮かべる表情は以前に比べて力強い。セイクリッドリッターに勝利したことが自信に繋がっているのである。


「な、仲間を呼んだな、この卑怯者め!」

「その言葉そっくりそのまま返すわよ!!」

「ティア、あんまり真面目に突っ込まない方がいいよ。なんか疲れるから」


 青筋を浮かべて怒鳴り返すティアをなだめたあと、ラルフはロッティの姿を求めて振り返る。


「ロッティさん、もう少しだけ待ってて……って、あれ?」


 いつの間にか、ロッティがラルフの傍からいなくなっていたのである。

 マズイ、そう頭の中で焦りが首をもたげた瞬間、アルカディアの路地一杯に広がるような笑い声が響き渡った。


「ぬひゃひゃひゃひゃ!! 残念だったブーね! ロッティはオイラが頂いたブー!」

「うわ、すごい。語尾にブーってつけてる人初めて見たわ」

「ティア、突っ込みたい気持ちはわかるけど、そこじゃない。ってか、お前は誰だ!」


 ラルフの視線の先――そこにいたのは、でっぷりと全身に脂肪を付けた巨漢だった。

 巨大な体の割に獣の耳はピンク色で小さく、尻尾もクルリと丸まっており短い……特に尻尾は尻の肉に埋もれてしまっている。

 そして……その腕の中には、顔面蒼白になっているロッティが収まっていた。

 恐らく、ラルフの忠告通りに背後に下がったところで、待ち構えていたゴルディアスによってとらえられてしまったのだろう。

 ロッティを抱き上げたまま、巨漢の男はラルフの言葉にニヤッと粘度の高い笑みを浮かべた。


「ふん、オイラは気高きオーク血族のゴルディアス様だ! 二度と忘れないように覚えておくブー! それよりも……随分とオイラの取り巻き達を可愛がってくれたブーね?」

「いや、どっちかというと、アッチがつかかってきたんだけど」

「問答無用ブー! 貴様ら、そこを動くなよ……もしも動けば……」


 そう言って、ゴルディアスは腕の中のロッティを見下ろして、べろりと舌なめずりをする。


「ぬひゃひゃ、ロッティにこれでもかとイヤらしいことをするブー!」

「うわ、最低だね、あの人」

「本物のクズね、死ねばいいのに」

「生ごみ風情が生意気に語るな。さっさと焼却処分にされてしまえ」

「そこの女性陣! さすがのオイラも結構傷つくブー!!」


 特に最後のミリアの一言は、毒があるというよりも殺傷力があると言った方がいい切れ味である。さすがにラルフもちょっと同情した。

 そんなゴルディアスを、三人の取り巻き達がヤンヤヤンヤと意気を上げる。


「へへ、さすがゴルディアスさんだぜ! 薄汚さに賭けて右に出る者はいねえ!」

「やはりゴルディアスさんは屑の中の屑。キングオブ屑だな!」

「クソヤロォォォォォォァァァァァァ!!」

「お前ら本当はオイラのこと嫌いブーか!? ま、まぁ、良いブー。さぁ、やってしまえブー!」


 ゴルディアスの号令を受けて、ジリジリと迫ってくる三人組。

 これに対し、ラルフは女性陣を庇うように前に出ると、近づいてくる三人に対して、渾身の闘気を叩きつける。


「皆に指一本でも触れてみろ……灰も残さず焼き尽くしてやる」


 あのグレン・ロードに直々に鍛えられ、命のやり取りをする中で練磨され抜いた闘気だ。

 威圧感は尋常ではない。その鋭さたるや殺意と紙一重……ラルフの気迫に、思わず三人の足が止まる。


「なにしてるブー! 早くやっちまうブーよ!」

「ゴルティアスさん! やっぱり、こんな奴ら、俺達が直接手を下すまでもねぇっすよッ!」

「それ、足ガクガクさせてる人のセリフじゃないブー! くそ、こっちが完全に有利なんだブー! だから、容赦なくやっぴぎゃ!?」


 唾を飛ばしながら容赦なく吐き出していた言葉が、途切れる。

 よくよく目を凝らしてみてみれば……ゴルディアスの足が少し空に浮いている。

 その原因は、ゴルディアスの背後に立っている人物が、彼の首根っこを鷲づかみにし、腕力だけで釣り上げているからである。

 それでもロッティを手放さないのは、執念なのか……。


「……私の可愛い後輩達に何してるの」


 普段のものとは比べ物にならない程に冷たく感情のない声が場に響く。

 ゴルディアスの背後――そこに立っているアレット・クロフォードが、右腕一本でその巨体を宙吊りにしていたのである。


「あ、ぁががががが!?」

「アレット姉ちゃん、相変わらずすげえ力だな……」

「あの細腕のどこにあんな力があるっていうのかしら」


 全員が驚く中、顔色を無くしながらも、にぃっと口の端を釣り上げる。


「ぬ、ぬひゃひゃ……オイラをここまで……虚仮にしたことを後悔させてやるブー」

「ひっ!?」


 腕の中でロッティが悲鳴のような声を上げる。

 ゴルディアスの大きな指が、強引にロッティの顎を掴み、正面を向かせたのである。

 ギラギラとした目には追い詰められた者特有の、錯乱一歩手前の危うさが輝いている。


「まさか、エンゲージキスを奪うつもりか!?」

「ぬひゃひゃひゃ! オイラを何とかするよりも先に、ロッティの唇を奪う方が先ブー! もう手遅れだブー! お前は俺のもんだブーッ!」

「くっ!?」


 ラルフがダメもとで駆け出そうとするが……それを制するようにミリアがポンッとラルフの肩に手を置いた。


「何すんだよミリア!? 早くしないと……」

「いえ、さすがにエンゲージキスを奪われるような状況になったら、彼女も手を出すでしょう」


 ミリアの言葉に、ラルフの頭上に疑問符が浮かぶ。


「それ、一体……」

「あら、兄さんは知らなかったんですね」


 少し驚いたようにミリアは言葉を続ける。


「ロッティ・マリオラ。所属はチェリルさんと同じ一年『煌』クラス。所持神装は手の甲に浮かぶ紋章<フォルス>。その能力は――轟力」


 そして、その言葉を裏付けるように、何かを張り飛ばすような乾いた音が鳴り響き――ゴルディアスの巨体がきりもみしながら宙を舞った。

 紅葉のように小さな彼女の手が繰り出した張り手が、この巨体をこれだけ吹っ飛ばしたという事実に、ラルフは開いた口がふさがらなかった。

 ズズン、と地響きを立てながら倒れ伏したゴルディアスは、ピクリとも動かない……まぁ、盛大に脳を揺らされて、一発で昏倒してしまったのだろう。

 まさにその威力、一撃必殺というに相応しい。


「う、うわぁぁぁぁん! ラルフさん、怖かったですよぅー!」

「わ、ちょ、ロッティざん!? ぐえぇぇぇぇぇ! た、タップ! タップぅぅぅ!」


 チューブの内面に引っ付いたマスタードを捻りだすように、強烈なベアハッグを極めてくる彼女の腕を必死に叩くが……錯乱している彼女には聞こえなかったようだ。

 ペキッと枯枝を折るような嫌な音を最後に、ラルフは泡を吹いて昏倒したのであった……。


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