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灼熱無双のフレイムハート~創世の獣と聖樹の物語~  作者: 秋津呉羽
五章 夏季長期休暇~世界の真実~
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創生獣大戦

 その翌日、リンク『陽だまりの冒険者』のメンバーがチェリルのアトリエに勢ぞろいしていた。

 女三人集まれば姦しいというが、実際にメンバーが全員集まるとワイワイと賑やかに会話が始まるのだが……今、この場に満ちているのは緊張感と困惑だった。

 全員の視線の先、そこに立っているラルフの姿をしたクラウドがその原因だった。

 ただ……当の本人はこの緊迫した空気を作り上げている原因が自分自身だと分かっているようで、少し困ったような笑顔を浮かべている。

 誰かが口を開くのを待っている――そんな空気を破ったのは、机の上に座っていたアルティアだった。


『まずは謝らせてほしい。私の事情に君たちを巻き込んでしまった。それだけではなく、ラルフが致命傷を負うのを防ぐことが出来なかった……もはや、言葉もない』

「それよりもこの人が誰なのか……いえ、まずは兄さんが帰って来るのかを教えてください」


 病み上がりの体で駆け付けたミリアが、どこか硬い声で告げる。

 その瞳は普段ラルフに向けるものとは違い、感情の浮かばない冷たいものだ。

 この少女、驚くことに、ラルフの姿をしたクラウドの正体を、アトリエに入って来るなり、一見で看破してみせたのだ。無論、ティアやチェリルもすぐにその正体に気づくことはできたが……これほど早くはなかった。

 全員の視線が集中するなか、クラウドは一歩前に出た。


「まず、ラルフ君のことなんだけど、彼は無事だよ。今はメンタルへの傷を癒すために<フレイムハート>の中で眠りについているけれど、覚醒したらすぐに僕と取って代わるだろう」


 クラウドの言葉にこの場にいる全員がホッと胸を撫で下ろした。

 そんな女性陣を眺めた後、クラウドは自分の胸に手を当てる。


「そして、僕の名前はクラウド・アティアス。<フレイムハート>の初代所持者……なんだけど。えっと、アルティア? 今の僕って何なんだろうね。幽霊?」

『違う。恐らくは<フレイムハート>に残っていたクラウドの想いの残滓が疑似的に人格を形成しているのだろう。ラルフの生命活動が途切れたことで、防衛機能のようなものが働いたのかもしれん』


 ちなみにだが、昨日の一部始終は既に全員に説明してある。

 ラルフの生命活動が一時的とはいえ途切れたと聞かされるや否や、ミリアはアルティアを握りつぶしながら卒倒したのだが……それはさておき。


「<フレイムハート>にそんな機能なんてあったっけ?」

『<フレイムハート>はクラウドの感情を糧に進化を繰り返してきた特殊な神装だ。もはや、私自身でもその機能の全容を把握し切れてはいない』


 そこまで言って、アルティアは大きくため息をつくと、この場にいる全員を見回した。


『このクラウドという男が、そして、私が一体何なのか……それを説明するためには、この世界の真相に触れなければならない。そうすれば、否が応でも汝らは失われた記憶を知ることになる』


 そこで言葉を切ると、アルティアは全員を見渡す。


『最悪、ラルフと同じように巻き込まれて取り返しのつかない怪我を負う可能性もある。それでも良いというのならば――』

「前置きはもう結構。ここにいる全員がすでにその程度の覚悟は済ませています」


 ミリアの言葉にアレットとティアが頷く横で、チェリルが『え!?』と驚きを浮かべていたが、慌てて何度も頷いた。

 彼女たちの姿を感慨深げに眺めたアルティアは、虚空へと視線を泳がせる。


『そうさな、何から話すべきか……』


 そう前置きして、アルティアは創生獣について語り始める。

 この世界が双天樹と呼ばれる聖樹によって構築されたということ。

 その中でこの世界を護り、育む獣――創生獣という存在が生まれたこと。

 それは、ゴルドがアルティアに語って聞かせた礼讃の碑文の内容とほぼ同一のものだった。


「それじゃぁ、アルティアは炎を司る創生獣『灼熱のアルティア』なの?」

『うむ、今は力のほとんどを失っているがな』

「とてもそうは見えないわね……」


 疑わしげなティアの言葉に、アルティアは頷いて応える。

 確かに、アルティアの見てくれは赤いヒヨコだ……ティアでなくとも疑いたくはなるだろう。

 アルティアはぴょこぴょこと机の上を歩きながら、左の翼を振る。


『私達はこの世界に生まれた生命をずっと見つめ続けてきた。決して手を出すことなく、幾星霜の時を過ごした果てに……この世界に高い知能を持つ生命が生まれた。それが人間だ』

「その人間は、今の私達だと考えていいのですね?」

『ああ、そう理解してもらって間違いない。汝ら人間は、今までの生命にはない知恵があった。周囲の環境を変え、高度な言語を操り、文化を紡ぎ、その数を増やして国を作っていった。我々も汝らの日進月歩の進化に驚いたものだったよ。だた……そこまではよかった。そう、そこまではよかったのだ』


 アルティアはそこで言葉を切ると、瞳に憂いを浮かべながら更に言葉をつづけた。


『大陸にいくつもの国が出来上がると……人々は国という単位で戦争を始めた。糧を得るためではなく、己の欲を満たすためだけに容赦なく同族を殺すという恐ろしい行為を、な』


 その時の光景を思い出しているのか、アルティアの眉間にしわが寄る。


『その当時は今よりも世界に満ちる霊力が潤沢だった関係で、霊術が発達していてな。戦争が起こるたびに巨大な霊術が炸裂しては地を裂き、海を割り、人間以外の関係のない数多くの命が一瞬にして消し飛んだ。それでも飽き足らず、人々は更に強い力を求め、この世界が傷つくことも厭わずに霊術を行使し続けた。その時に刻み込まれた傷は、今となっても癒えていない』


 アルティアの最後の一言で何かに気が付いたのだろう……アレットが考え込むように顎に手を当てる。


「……やっぱり、昔の人たちはファンタズ・アル・シエルに住んでたの?」

『そうだ。ファンタズ・アル・シエルにある『永遠の裂け目』と呼ばれる大地が割れた痕や、そこかしこにあるクレーターはその時の名残だ』


 アルティアはそう言って、言葉を続ける。


『そうした人間達の蛮行を前に心を痛めていた我らの中で、神光のリュミエールが突如として「人間はこの世界を滅ぼす害悪であり、滅ぼすべき種である」と宣言してな。翠風のフィーネルこそ中立だったが……この宣言に悠久のレニスと蒼海のマーレは同調、対して私と深淵のロディンは人間擁護の立場を取り――ここに、人間の存続を賭けた創生獣大戦が幕を開けたのだ』

「実質、戦っていたのはアルティアだけだったような気もするけれど」

『……ロディンを当てにする方が間違っている』


 苦笑を浮かべているクラウドの隣で、苦々しい表情のままアルティアが呟き……そして、アルティアを見る全員の表情が――アレットを除いて――大なり小なり強張っていることに気が付いた。


「あ、あの、アルティア。ボク、ちょっと質問があるんだけど……」

『なんだ、チェリル?』

「神様は……人間を見捨てたの?」


 アルティアにとっては至極当然のことだったが、改めて指摘されると確かにそれはショッキングな出来事である。


『そうだな。ただ、人間達の戦争に食い潰された当時の世界は、今とは比べ物にならない程に疲弊していてな……正直、リュミエールたちの気持ちも分からんではないのだ。彼らにとって人間は大切に育てた世界に巣食う寄生虫のように見えたのだろう』


 そう言って、アルティアは再び語り始める。


『創生獣大戦は苛烈を極めた。私は何とかマーレとレニスの肉体に致命打を与えることに成功したが、神光のリュミエールの強大な力の前に、大きなダメージを負い引き下がることを余儀なくされた』

「……アルティア、そんなに強かったんだね」


 アレットの感想に対し、クラウドがアルティアの頭をぽふぽふと撫でながら笑う。


「今はこんなになってるけれど、『不滅の真紅』と『勝利の金色』っていう二つの概念を身にまとうアルティアは創生獣の中で最も戦闘に特化していたからね。全盛期のアルティアは本当に強かったんだよ」

『そうやって気安く頭を撫でるお前の癖は、死んでも治らんようだな……』


 もはや諦めているのか、特に抵抗することなくアルティアは話を続ける。


『私が傷を癒すために潜伏している間に、リュミエールは人間を殺すことを目的とした生命――終世獣を創造。これを野に解き放ったことにより、人間達は瞬く間に駆逐されていった』


 その言葉に場が水を打ったかのように静まり返った。

 静寂を破るように、愕然を浮かべたままチェリルがアルティアに問いかける。


「ちょ、ちょっと待って……終世獣の習性には色々と疑問が多く残っていたんだけど……終世獣って人間を殺すためだけに生まれてきたモノなの?」

『そうだ。人間を殺すことだけを至上目的とし、それだけを完遂するための霊力の肉体を持ち、食事を必要とせず、その他一切に関心を払わぬ自己増殖する生命。それが終世獣だ』

「…………」


 絶句するチェリルに、さもありなんとアルティアは思う。

 初めて終世獣を見た時、アルティアも愕然としたものだった――まさか、あの心優しいリュミエールがこれほどまでに歪な生命を創るなどと思いもしなかった。


『傷つき、護りたかった人々も護れず、もはやこれまでと覚悟をした時……人間の中から見知った青年が進み出て、自分にも戦う力を授けて欲しいと言いだしてな』


 アルティアを含めた全ての人々が絶望の中にあって、それでもその青年だけは希望を捨てなかった。

 そして、その青年こそが――


『この世界で初めて神装を受け取った人間にして、全ての種族を束ねて終世獣との戦いに挑んだ人類の英雄、それがこのクラウド・アティアスだ』

「アルティア、言い過ぎだって」


 英雄と評された少年は、何とも言えない苦笑を浮かべるが……そんなクラウドにアルティアは半眼を向ける。


『<フレイムハート>と<イモータルブレイド>同時に二つの神装を操り、単身で大型終世獣四体を討伐。小型・中型に至っては滅した数は数知れず。最終的にはリュミエールですらその身一つで封印してのけたのだぞ……そんな桁違いはお前だけだ』

「アルティアも一緒だったでしょうに」

『お前の<フレイムハート>から力を借りていたからな。クラウドの力のようなものだ』


 驚異的……という言葉ですらも置き去りにするほどの戦果である。

 現在英雄と呼ばれているゴルド達ですら、その場で大型終世獣を釘付けにするだけで精一杯だったというのに……このクラウドという男は、その身一つで四体の大型終世獣を討滅したというのである。

 とてもではないが、信じられるものではない。


「貴方、本当に人間ですか?」

「一応、生前はこれでも君と同じヒューマニスだったんだけどね」


 ミリアの問いにクラウドは平然と答えてみせる。

 今では劣等種と見下されているヒューマニスの彼が、全ての種族を束ね、英雄と呼ばれるに相応しい戦いをしたというのは、何とも皮肉である。


『ま、すでに言ってしまったが、人々の魂に眠る力を呼び覚ますことで具現化する武装――神装を手にした人々は反撃を開始。クラウドの活躍もあって何とか神光のリュミエールの魂を封印することができたのだ』

「神装ってアルティアが創ったものなの?」

『正確には全ての人間が持っている魂の力を、分かりやすく形にしただけだがな』


 チェリルの質問にそう答えて、アルティアは続ける。


『戦いが終わり、私達は終世獣に侵略されていない地域に人々を種族ごとに住まわせると、ファンタズ・アル・シエルから切り離して五つの大陸とした。そして、双天樹の根元にリュミエールの肉体と、倒しきれなかった大型終世獣をデッドマテリアルに包んで封印。最後の仕上げに、翠風のフィーネルに頼んでファンタズ・アル・シエルを終世獣ごと結界で包み込むと、傷を癒すために<フレイムハート>の中で眠りにつき……創生獣大戦は幕を閉じたのだ』

「そうか……元は一つの大陸に住んでいたから、海を隔てていたにもかかわらず、言語が全て同一のものだったのか」


 アルティアに語る内容に納得する点がいくつかあったのだろう。チェリルは合点がいったようにふむふむと頷いている。

 と、その時だった、ふと何かに気が付いたかのようにクラウドが顔を上げる。


「ラルフ君が目を覚ましたようだね。ちょっと迎えに行ってくるよ」

「あ、ちょっと、待ちなさい!」


 ミリアが質問をするよりも先に、クラウドはその場で目を閉じるとピクリとも動かなくなってしまった。歯噛みするミリアを宥めるように、アルティアは翼を振る。


『まぁ、ちょっとはクラウドのことも信じてやってくれ。水上に浮く葉っぱのようにつかみ所がなく、フラフラしてはいるが、芯はしっかりとした男だ』

「アルティアはクラウドさんのことを信頼してるんだね」


 ティアが言うと、アルティアは深く頷いた。


『私はクラウドを親友だと思っている。創生獣大戦ではその華やかな戦果ばかりが取り上げられ、英雄ともてはやされていたが、その裏では誰よりも傷つき、失い、絶望していたよ、あの男は。それでも……どれだけ絶望しても、他者に希望を与えることを止めなかった』


 そこで一度言葉を止めると、アルティアは噛みしめるように言葉を絞り出した。


『私は……ラルフをクラウドの二の舞にはしたくない』

「……それは、創生獣と呼ばれる存在が今の世界に集結していることに関係してる?」


 この場で唯一、桁違いな創生獣の力を、そして、英雄クラウド・アティアスの力を実感したアレットが問い掛けてくる。


『そうだな。私達が目覚めて活動している理由はただ一つ……封印された神光のリュミエールの魂が再び転生しようとしているのだよ』


 一息。


『マーレとレニスは転生体を肉体と融合させることで全盛期のリュミエールを甦らせることを目的に。私は転生体がマーレとレニスに見つかる前に……抹殺するために目覚めたのだ』 


 アルティアの口から出たとは思えないほど物騒な言葉に、場が静まり返る。

 ただ……ミリアだけは視線を鋭くして、アルティアに問うてくる。


「アルティア。もしかして、その役目を兄さんにやらせるつもりじゃないでしょうね」

『リュミエールの転生体は私が見つけ出し、私の力で抹殺する。ラルフには関わらせるつもりはない……と、言いたかったのだが、この体たらくだ。もはや、言い訳もできん』


 沈み込むアルティアを見ながら、ティアが頬杖を突きながらポツリと呟く。


「何となくだけど、ラルフはそう言われた方が悲しむんじゃないかな」

『む?』

「アルティアがラルフのことを思ってるように、ラルフもアルティアのことを友人だと思っている。なのに、アルティアが何も言わずに一人だけ苦しんでたら、アイツは何とかしようって絶対に動く」


 そう言って、ティアはほのかな笑みを浮かべる。


「諦めた方がいいよ、アルティア。ラルフの魂に<フレイムハート>が宿ったのが運の尽きだったのよ」

『実際に、首を突っ込まれた者が言うと説得力があるな』

「まぁね」


 これでもかとティアの事情に首を突っ込んでは、かき回してきた男だ……アルティアが一人で重責を背負っていると知れば、それこそ何かしらのアクションを起こすのは目に見えている。


「なんにせよ、全ては兄さんが目を覚ましてから……ですね」


 ミリアの言葉に全員の視線が、クラウドに集中する。

 彼は未だに目をつぶったまま、ただ静かに黙し続けている。


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