プロローグ――再開の予感
「ブレイズインパクトォォォォォォォォォッ!!」
『彼女』は観客席より、ヒューマニスの青年――ラルフ・ティファートが灼熱の炎を纏った拳を対戦相手に叩き付け、勝利する一部始終を見守っていた。
観客席にいた大半の者は神装を持っていない、しかもヒューマニスのラルフが勝利するとは思っていなかったのだろう。
ラルフが土壇場で神装を発現し、勝利すると歓声が沸き起こった。
確かに、ダスティン・バルハウスの一方的な決闘になると予想するのは当然だろうが……一部の者は決闘前のラルフの構えを見て、そこからラルフの実力を正確に推し量っていた。
絞め、極めを完全に捨てた打撃特化の構え。
足運びから見るに恐らく蹴りすらも捨てている。
そのため間合いは常に一定で狭く、動作は限定されるため至極読みやすい。
だが……だからこそ、脅威になりうる。
一撃。ほんの一撃許してしまえば、あとは雪崩れるような拳の猛襲に沈むことになる。
特化するということは他の可能性を捨てて、その一本に全てをつぎ込むということだ。
もはや、その間合いは必勝の間合いと言っても過言ではない。
当然、最短距離で叩き込まれる拳は重く、速い。
これ以上ないほど正攻法で攻めてくるので、下手な小細工など弄そうものなら瞬く間に殴り倒される。
破るには、真っ向から正攻法を持って凌駕するしかない。
そして、彼女はそのことを昔から知っている。
その攻め方と同じように、彼の性格もまた一直線であることも。
「……ラルフ」
包み込むような柔らかい声でそう呟いた彼女は、口元に小さく笑みを浮かべる。
闘技場では気を失ったラルフを、ミリアが介抱している。
ラルフも少し見ないうちに大きくなったが、ミリアもとても綺麗になっていた。
そんな二人の成長を見て、彼女は久しぶりに心が弾むのを感じていた。
ただ……同時に会ってはいけないと、心の中でブレーキを掛ける自分自身にも気が付いていた。
「……どうしよう」
素直に会いに行こうか。それとも、会わないべきか。
自分がここにいると知った時、彼等はどんな顔をするだろう。
その時のことを想像すると、胸の内側がもやもやしてしょうがない。
本当は今すぐにでも闘技場に降り立ち、ラルフの介抱を手伝ってあげたいのだが……しっかり者のミリアがいるのだ。
彼女が行かなくても大丈夫だろう。
その時、彼女は隣でヨダレをたらさんばかりの表情をして息を荒くする友人に気が付いた。
「……シア、どうしたの」
「あぁぁ、あのラルフって子、小さくて可愛いですわぁ……! やっぱり、ちっこい子は至宝! 是非とも、わたくしのリンクに欲しいですわ!」
「……本人、身長が小さいのを気にしてるから、あんまり言わない方が良いよ」
男であろうが女であろうが小さい子が大好きという性癖を全開にしている友人を見てため息をついた彼女は、再度ラルフ達に視線を送る。
と……その時だった。
何の因果か、ラルフを介抱していたミリアとちょうど視線がぶつかったのだ。
視線が交錯したのは一瞬。
だが、その一瞬でミリアは彼女の存在に気が付いたことだろう。
その証拠に、ミリアの視線は彼女を正確に捉えたまま動かない。
完全に気が付かれた。
しかし、そのことに安堵している自分がいることに彼女は気が付いた。
そう、ラルフやミリアと会う口実ができたのだから。
「……またね、ラルフ。ミリア」
彼女はそう言って長い髪を翻し闘技場を出てゆく。
再会の予感を感じながら……。