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灼熱無双のフレイムハート~創世の獣と聖樹の物語~  作者: 秋津呉羽
五章 夏季長期休暇~世界の真実~
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お姉ちゃんの意地

 窓から外の様子を眺めてのんびりしていたアレットは、海岸方面に必死な形相で駆け抜けてゆくラルフを見て疑問を抱き、こうして追いかけてきたのだが……もっと早く追い駆けてくるべきだったと、心の底から後悔していた。

 快活で、いつだって元気一杯のラルフは――今、致命傷と一目で分かるような傷から、大量の血を流し、瀕死の状態にある。

 それが、アレットの記憶の中にある過去の情景と重なる。


「………………」


 ゆっくりと、アレットの顔から表情が抜け落ちてゆく。

 感情を全く浮かべぬ無機質な瞳は……その実、膨れ上がって抑えが利かなくなった憤怒によって全てがフラットになってしまったが故。

 その証拠に、激情によって全身から溢れ出した霊力が雷光に転化され、バチバチと激しい音を立てている。


「………………」


 アレットは、その目で虚空に浮かぶ標的二つを確認し、次いで大量に出血して息絶えそうになっているラルフへと顔を向ける。


『すまない、アレット』

「……話は後で。今は、ラルフのこと、お願い」


 アルティアにそう呟いた後……呼気を整えたアレットは小さく呟いた。


「神狼転化」


 その瞬間、巨大な霊力が爆ぜた。

 森から砂浜へと続く道を跳躍の如き一歩で踏破し、不安定な足場など関係ないとばかりに踏み込んだ右足で砂浜を盛大に蹴り飛ばして飛翔。

 一条の光と化して、マーレに向かって突っ込む。


「く……ッ!」


 対するマーレは霊力を通して強度を増した氷の防壁を展開し、これを迎え撃つ。

 だが――


「……斬る」


 宣言と同時に放たれるは、全身の捻りと手首の返しを最大限に活用した同時三閃。

 巨大な氷の防壁に三つの傷跡が刻まれ、砕け散った氷塵が月光を反射しながら散る。

 しかし、それでも氷壁の破壊には至らない……が。

 アレットは空中で更に体を回転し、<白桜>を持った両腕を引くと、三つの傷跡が交差したその一点に向かって、渾身の突きを放つ。

 <白桜>の切先が氷壁に突き刺さると同時、アレットがありったけの霊力を叩き込む。

 外部と内部に大ダメージを負った氷の防壁の表面を縦横に亀裂が駆け巡り――豪快な音を立てて崩壊する。

 壊れ崩れ落ちる氷壁の隙間――そこで、アレットとマーレの視線が交錯する。


「……絶対に許さない」


 先ほどの刺突に跳躍の勢いを全て込めたため、アレットにこれ以上空中を前進する力はない。あとは重力に引きずられて落下するだけ。

 そう、本来ならば。


「……絶対に、許さないッ!!」


 アレットは足元に霊力を集中。更に収束、収束、収束、収束、収束、収束。

 そして、超高密度に圧縮した霊力を――蹴った。


「そんな、人間ごときがっ!?」


 霊力を、物理的強度を持ち得るまで高圧縮し、それを足場にする……無茶苦茶な発想だ。本来ならば無理と斬って捨てられるような方法だが、この女性はその無茶を押し通すほどの力と才能を持っている。

 それが、アレット・クロフォードなのだから。

 甲高い音と共に収束していた霊力の足場が割れ、アレットが再び加速。

 大上段に構えた<白桜>を一切の容赦なくマーレに向けて叩きつけようとする――が。


「人間にできて、僕達にできないわけがないよねー」


 甲高い音を響かせアレットの一撃が防がれる。

 端から見れば、アレットの大刀<白桜>がマーレの眼前の空間で静止しているように見えるだろう。

 だが、そこには超高密度で収束させた霊力が、強固な防壁として展開していた。


「吹っ飛べ」


 レニスはそう言って、霊力の収束を解く。

 解き放たれた霊力が暴風と化し、アレットの体を軽々と吹き飛ばすが、アレットは素早く体を丸めてこれに対応。

 空中で回転しながら勢いを殺し、両足から砂浜に着地すると、靴底で盛大に砂を蹴散らしながら後退する。


「神装をかなり使いこなしているねー。個体としての戦闘能力も高いし、面倒だねー」

「ぐぬぬ、本来の力があれば、あんなのに手こずるなんてありえないし……! えぇい、さっさとぉぉぉぉぉぉぉ!」


 大きく手を掲げるマーレ。

 それに連動して、海の水が一気に引いてゆく。そして――


「潰れろぉぉぉぉぉぉぉぉ!」


 振り下ろされた手を合図として、大津波が押し寄せる。

 圧倒的な物量で押し寄せるそれは、純粋な凶器と言っても過言ではない。

 叩き付けられ、飲み込まれれば、それだけでも大ダメージは必至だ。

 戦意を根元から叩き折るかのような大瀑布に対し、アレットは動じることなく<白桜>を天へと掲げる。

 純白の刀身に霊力が収束し、光を帯びる。

 闇の中にあって強い光を放つその刀身は、まるで、迷い惑う者達の導となるかの如く。その姿には戦乙女に通ずる凛々しさがあった。


「白光牙刃ッ!」


 掲げた刀を更に大きく振りかぶると――アレットは大瀑布に向けて渾身の力で振り抜いた。

 その動作に同期し、霊力が<白桜>の刀身を基礎として光の刀身を形作る。

 元の刀身の五倍近くまで伸長した光の刃が、アレットに直撃せんとした大瀑布を一刀両断に切り裂く。

 しかし、直撃こそ免れたものの、大地に激突して荒れ狂う海水の波にその体が飲み込まれて消えてゆく。

 海水の中に没したアレットの姿を見て、マーレは満足げに笑う。


「ふふん、見たか、アタシの力を!」

「大雑把過ぎだよー、マーレ。<フレイムハート>とアルティアまで一緒に押し流しちゃって……これ、止め刺そうにもどこに行ったか分かんないよー」

「大丈夫大丈夫! 水はアタシの手足みたいなもんだし。アイツらがどこにいるかなんて、すぐに――」


 だが、マーレがその全てを言い終えることはできなかった。

 マーレとレニスが浮いているよりもさらに上空――アレットはそこにいた。

 瀑布となって荒れ狂った海水を壁にして、その隙に霊力を固めて足場を複数作り、それを蹴り抜いて天高く駆け昇ったのである。

 満月を背に、アレットはクルリと回転し……重力に引かれるに任せて落下。

 <白桜>を腰だめに構え、意識して刀身を包み込むように霊力を収束させてゆく。

 足場を作った時よりもなお強固に、苛烈に、己の周囲にある霊力を徹底して刀身に纏わせることで形成されるのは、霊力の鞘。

 完全に霊力が飽和しているにもかかわらず、更にそこに霊力を収束させるため、溢れ出た霊力が雷光に似た輝きと、弾けるような危険な音が断続して掻き鳴らす。

 そして、その音を聞いてようやくアレットが上空にいると気がついたマーレとレニスだったが……もう遅い。

 放たれるはフェリオ・クロフォードを『剣豪』にまで押し上げた必殺必中にして、アレットにのみ継承された一子相伝の剣技。

 刀身の周囲に過剰収束させた霊力が発する光と音、そして、圧縮された霊力を開放する勢いに乗せて放たれる神速の一閃が光に迫る速さを誇ることから、この技はこう呼ばれる――


「――紫電」


 瞬間的に展開したマーレの霊力障壁に対し、霊力の足場を蹴って加速したアレットの必殺の一閃が振り抜かれる。

 紫紺の軌跡を虚空に刻み、先ほどは切り裂けなかった霊力の障壁がバターを切るように両断され――その先にあったマーレの左腕を切って落とした。

 マーレの絶叫を背に聞きながら、アレットは両足から地面に着地し、再び二人と相対する。


「が……つ、ぐあぁぁ……!! ぁ、アタシの腕をぉぉぉぉッ!!」

「あー痛いかもだけどちょっと我慢してー。ほら、腕引っ付けなよ」


 アレットの視線の先、斬り飛ばした腕を空中で回収したレニスが、マーレをなだめている。

 奇怪なのは――その傷口から一滴も血が流れ出ないということだ。

 ――やっぱり、アレは人間じゃない。

 虚空に浮かんでいるという時点でそれは人間ではない。

 霊術に秀でた一部のシルフェリスは空を飛べるとは言うが、ああも長時間滞空していられるという訳ではない。

 何か、得体の知れないモノを相手にしているという実感が、悪寒にも似た寒気と共に得られた。だが……やることは何も変わらない。


「……さっさと倒してラルフを助ける」


 過去、ラルフが嬲られているのを見ていただけの無力の自分ではない。

 己の力の象徴を――神装<白桜>を構えるなり、アレットは再び加速し、マーレとレニスに切りかからんと地を蹴ろうとしたが……次の瞬間、全力で大きく横に飛んだ。

 実戦の中でのみ養われる直感に沿っての行動だったが、それがアレットの命を救った。

 先ほどアレットが立っていた地点を中心にして、地中より何の前触れもなく槍衾が生えたのである。

 だが、それだけでは終わらない。地中より生える槍衾の範囲が猛烈な勢いで拡大してゆく。


「……ッ!」


 砂浜全てを飲み込まんとする驚異的な範囲攻撃――このまま無策に立ち尽くしていれば、いずれは飲み込まれて全身を串刺しにされるだろう。

 アレットは回避を諦めると、<白桜>に霊力を込め、それを自身の足元目がけて撃ち放った。


「……桜花繚乱!」


 衝撃波がアレットを巻き込みながら荒れ狂い、足元の砂を根こそぎ吹き飛ばす。

 今まさにアレットを刺殺さんとした槍衾が、花びらを交えた衝撃波によって砕けて吹き飛んでいった……が、所詮は一時しのぎ。

 砂をどれほど抉ろうとも、二足で立つ以上、その下にあるのは必ず大地だ。そう、そこはどこまで行っても悠久を冠する創生獣――レニスの射程範囲内だ。


「人間にしては規格外の強さだねー。でも、その無茶がいつまで続くかなー」


 剣山の如き密度で次々と地面を突き破って襲い掛かってくる槍衾を、飛びまわりながら縦横に桜花繚乱を放って消し飛ばしてゆく。

 そんなアレットを見ながらレニスは目を細める。


「霊力を常に自身に収束させて、強引に身体能力を上げている時点で人間には過負荷だねー。どれだけ個体の能力が優れていようとも、所詮は人間の枠の中での話さー」


 ――見抜かれている。


 アレットは内心で舌打ちをしたい衝動に駆られた。

 神狼転化……それは、常に自身に霊力を収束して身体能力を大幅にブーストするアレットのオリジナル技である。

 本来は魔術を使えないはずのビースティスの身で、強引に身体能力強化を行うこの技は、心身に高い負荷を掛ける。

 自身の内的霊力を用いて身体能力をブーストする魔術に比べ、外部から霊力を取り込んで身体能力を上げている……分かりやすく言えば、底の開いたコップを満たすために次から次へと水を注ぎこんでいるようなものだ。

 その上でさらに霊術を乱発しているアレットの負担は尋常なものではない。

 だが、それでも――


「……貴方達には負けない。絶対に!」


 アレットは跳躍と同時に地面に衝撃波を叩き込む。

 大地を大きく抉った衝撃波が荒れ狂い、その余波を追い風にしてアレットは一気に空中で加速し――レニスに斬りかかった。


「まー今は僕も人間の体だしねー。いいよ、マーレが腕を引っ付けて、海中のアルティア達を見つけるまで適当に相手してあげるよー」


 レニスが展開した障壁と、アレットが振り下ろした<白桜>が激突する。

 余裕を見せるレニスに対し、アレットは額にビッシリと汗をかいている。

 学生相手ならば十人が束になって掛かっても、即座に切り伏せられるほどの速度と威力が乗った斬撃を、ノーモーションで防ぐような化け物を相手にしているのだ……当然と言えば当然だった。


「ほらー止まってたらやられちゃうよー」


 その言葉を合図にして地面より起き上がるのは、天を突くほど巨大な片刃の剣。

 余りにも馬鹿げたその現象に言葉を失ったアレットだったが、すぐさま<白桜>で障壁を押し返した反動で後退した――その瞬間、先ほどまでアレットがいた空間を、大質量の刃が通過してゆく。

 巻き上がった砂塵と風をまともに浴びたアレットの体が、くるくると回転しながら吹き飛んでゆく。


「ほらほらー次行くよー」


 体勢を整えるために地面に着地しようとしたアレットだったが、眼下に広がる光景を見て思わず顔を強張らせた。

 眼下、砂で構成された巨大な顎がアレット目がけて伸び上って来ていたのだ。

 一本一本が肉厚なナイフのような歯が三列ズラリと並んでいる……食いつかれようものなら、肉を引き裂かれてズタズタになってしまうことだろう。


「……ッ! 白光牙刃!」


 空中で振り上げた<白桜>に霊力を収束。

 長大な刃を作り上げると、空中で回転しながら眼下の不気味な化け物を一刀両断に伏した。化け物は砂へと戻りザラザラとその輪郭を崩し――

 

 その化け物を飲み込んで、更に巨大な化け物の顎がアレットに迫っていた。


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