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灼熱無双のフレイムハート~創世の獣と聖樹の物語~  作者: 秋津呉羽
五章 夏季長期休暇~世界の真実~
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問いかけ

『目を覚まさんか! ラルフ! おい、起きろ!!』


 アルティアは真紅の翼でラルフの頬を何度も叩き、呼びかけるが……虚ろに瞳を開いたまま、ラルフは物言わぬ骸となって動かない。


『ラルフ! ラルフッ!!』


 流血は止まらず、まるで、ラルフの体そのものが心臓となったかのように、ドクドクと鮮血が溢れ出してゆく。

 それに伴って……ラルフの魂から熱が消えてゆくのがハッキリと分かる。

 すぐにでもミリアの所に連れて行きたいが……アルティアの小さな体ではそれすらも叶わない。


「うわ、弱すぎ……」

「<フレイムハート>の力を一割も発揮できてないねー。人間相手ならそれでも十分だろうけど、僕ら相手にこれは無謀だねー」


 そんなアルティアを罵倒するように、虚空に浮かぶマーレとレニスは肩をすくめる。

 二人が睥睨する先、アルティアは虚空へと視線を転じると、大きく息を吸い込み――


『貴様らぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!』

「っ!?」

「ぐ……!」


 咆哮した。 

 力を失い、脅威ですらないはずなのに……その咆哮に込められた威圧は、マーレとレニスを怯ませるのに十分すぎるほどだった。つぶらな真紅の瞳は、煮えたぎったマグマのような怒りで濁り、鮮烈な殺意がマーレとレニスを射貫く。


「あ、あはは……小さくなっても、さすがは『不滅』と『勝利』のアルティアだねー。今、焼き殺されたと思ったよー」

「こ、怖くなんてなかったし! このヒヨコ風情め、今すぐに<フレイムハート>の後を追わせてやるし!」

「まぁ、待って、マーレ。アルティア、一つ勘違いしていると思うんだー」


 レニスはそう言って、血だまりの中に沈むラルフを指で指すと、真っ向からアルティアの視線を受け止めた。


「この人間を殺したのは僕らだけど、間接的にはアルティアが殺したようなもんだよー。僕らの戦いに首を突っ込んだ人間が無事でいるわけないでしょー?」

「…………」


 

 お前らがいる限りラルフは必ず『何か』に巻き込まれる。それこそ、人知を超えた『何か』にな。



 ゴルド・ティファートの言葉が蘇る。

 分かっていた。

 分かっていたのだ。

 人はどうしようもなく脆い。

 過去、ファンタズ・アル・シエルで繰り広げられた戦いの中で、友情を結んだ人々が次々と死に絶え……そして、唯一無二の親友もまた、アルティアの翼の中で息絶えた。

 魂も、肉体も、精神も、人間と創生獣はその在り方は大きく違うのだ。

 だからこそ――共にあろうとすればするほどに、その隔たりが壁となって立ち塞がる。


「古の戦いでそれはアルティアも良く分かってるでしょー? にもかかわらず、こうして繰り返している……そうやって理屈や道理よりも気持ちを優先させちゃうのはアルティアの悪い所だよー」


 レニスの言葉に、マーレはくすくすと笑う。


「人間に神装って武器を与えて終世獣と戦わせる……あはは、まるで、使い捨ての駒を大量生産してるみたいだし!」

『黙れ、マーレ』

「あはは! 黙るものか! レニス、アンタからもなんか言ってやりなよ!」

「あーうんー。ちょっと静かにしてて、マーレ」

「んな!? ひどいし!?」


 突然の身内の裏切りにショックを受けるマーレを置き去りにして、レニスが前に出る。

 ぼんやりとして、感情が曖昧な瞳がアルティアを見据える。


「アルティアー。もういいでしょー。いい加減、人間なんか見限ってこっちに付きなよー」

「は、はぁ!? 正気!? アルティアは創生獣大戦でアタシ達を焼き殺したんだよ!? それなのに――」

「いやだってさー。殺したっていうけど、僕らって何やっても死なないんだよー。ほら、何だかんだで今こうして転生してるしー。力を取り戻せば、最終的には元の姿に戻れるしー。僕はそこら辺あんまりピンとこないんだよねー」

「そりゃ……そうだけど」


 そう、レニスの言うとおり創生獣という存在はいくら死んでも消え去ることはない。

 魂の純度が人間とは比較にならないほど高いため、肉体的な死を迎えても、魂がそのまま転生して、別の器を得て生まれ変わるのである。

 実際に、マーレとレニスは肉体こそドミニオスとシルフェリスだが、その魂は創生獣のそれであり、記憶も力も継承している。

 その前提で、レニスは更に言葉を続ける。


「人間と僕らは違うってのはさっき言ったと思うけどさー。そもそも、根本的にアルティアが人間の側に付く意味が僕にはわからないんだよねー。人間が、この美しい世界に何か益をもたらすことがあるのかいー?」


 それはアルティアを挑発する目的で放たれたものではなく……純粋な疑問として発せられたものであった。


「創生獣でも純粋に人間を庇う立場にいるのはアルティアだけだよー? ロディンが人間の味方じゃないのはアルティアも重々承知しているでしょうー。人間を最も愛していたリュミエールですら、人間を殺戮する側に回ったんだよー? まぁ、フィーネルはアルティアにほだされて人間擁護に回ったみたいだけどさー」


 相手を害する意志や挑発する目的がない純粋な疑問であるからこそ……事実を事実として語るレニスの言葉は、鋭く核心に向けて切り込んでゆく。


「これまで数限りない生命の営みを見届けてきたけどさー。あんなに愚かで醜悪なくせに、数と小賢しい知恵で、他の生命を駆逐してゆく生き物は見たことないよー。人間が蔓延った未来を想像してみなよー。僕らが愛したこの世界が食い潰されるのは目に見えてるでしょー?」


 そう言って、レニスはアルティアに向かって手を差し伸べる。


「だから、過去は水に流してアルティアも帰っておいでよー。そして、一緒に人間を滅ぼして、世界をありのままの姿に戻そう」


 レニスのその掌を見て……アルティアは静かに首を横に振った。


『すまないが……その申し出は受けられない』


 アルティアは己の羽をラルフの傷口の上に置くと、そこに自身を構成する霊力を流し込んでゆく。

 不滅の概念を含む己の一部を通して霊力を送ることで、ラルフの傷を塞ごうとしているのである。だが……力を失っているアルティアはそこまで多くの霊力を有していない。

 だからこそ、自身の肉体を構成する霊力を切り崩し、ラルフに与えてゆく。


『お前達の言うとおりだ。人はどうしようもなく愚かしい側面を持ち合わせている。同種で争い、他愛のない理由で殺し合い、己の欲を満たすために平然と他者を犠牲にする。事実、私が眠っている間、人々は団結と協調の象徴であった神装の存在理由を忘れ、殺し合いの道具としていた』


 だからこそ、マーレもレニスも人間を滅ぼすべきだと決めたのだ――愛するこの世界が人間の欲に穢され、汚染される前に。


『だが、それが人間の全てではない』


 それを全て理解した上で――アルティアは人と共に歩むと決めた。


『過去、満身創痍の私に手を伸ばしてくれた人々の決意を、可能性を、私は信じている。アルティアだけが傷つく必要はないと、そう言って英雄となった親友の姿を、私は忘れない』


 英雄となった青年は誰よりも争いが嫌いで、平和を愛する優しい青年だった。

 そんな青年が言ったのだ――君が僕達を護るために傷つくなら、僕も君の隣で同じように傷ついて戦いたい、と。


『人間は愚かかもしれない……それでも、人は意志によって己の在りようを変えることが出来る。それは人にのみ許された奇跡のような可能性の力であり、世界の摂理に囚われぬ変革の力だ』


 平穏を失ってしまったのなら取り戻そう、そして、また一緒皆で楽しく生きよう。

 笑って、怒って、泣いて、喜んで、そんな当然のことを当然のようにできる世界で、一緒に歩んで行こう……そう言って、友は全ての種族を束ね、英雄となった。

 今もなお胸の中で息づく彼との友情が、そして、目の前でフィーネルのために立ち上がった心優しく、愚直な少年との絆が、アルティアに信じる力をくれる。


『人は……お前達が思うほど汚れてはいない、レニス』

「それがアルティアの意志なんだね、残念だよー。僕、アルティアのそういう一本気なところ結構好きなんだけどなー」


 アルティアの言葉をレニスが冷静に受け止める隣で、マーレは強く拳を握りしめた。


「はん! そうやって人間の一部分だけで全てを肯定しようとしているお前の姿に、アタシは吐き気がするんだよ―――ッ!!」

「あ、マーレ、ちょっと待ってー。なんか、来る」


 レニスの言葉にマーレが止まり、そして、ラルフの治癒を続けているアルティアもまた、その存在に気が付いた。

 強大な霊力をその身に纏わせた『何か』が近づいてくる。

 闇に満ち溢れた森の中から出てきたのは、月光を受けて蒼銀の髪を煌めかせる狼姫――アレット・クロフォードだった。


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