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灼熱無双のフレイムハート~創世の獣と聖樹の物語~  作者: 秋津呉羽
五章 夏季長期休暇~世界の真実~
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「フィーネルさん! どこだ!」


 駆ける、駆ける、駆ける。

 ラルフは寮が集まっている地区から更に島の海岸方面へと全力疾走を続けていた。

 ビースティス寮がある東側は砂浜となっており、夏季長期休暇などにここで海水浴を楽しむ者も多いため、そこまでの道は整備されている。

 そのため、ラルフを遮るものは何もない。<フレイムハート>の力を全力にして、ラルフは風邪を追い越して凄まじい速度で結界の中心に向けて駆け抜ける。


「あ、あれは……」


 視界が開けた先、そこには左右に広がる砂浜と、暗く沈んだ夜の海が広がっていた。

 夜の海は何もかもを飲み込んでしまいそうなほどに不気味で……ラルフは知らず、喉を鳴らした。


『隠れろ、ラルフ』

「え?」

『いいから早く!』


 焦ったようなアルティアに急かされ、ラルフは近くの茂みに身を隠して、再び海岸へと視線を向ける。

 濃い黒に覆われた海辺は視界が悪いものの……それでも何とか肝心のフィーネルを見つけることができた。ここからでは遠いため、何を言っているのか聞き取ることはできないが、彼女は虚空に向けて何かを必死に訴えている様子だった。


 ――フィーネルさんは一体何を……?


 そう思い、フィーネルの視線を追った先――そこにいた。

 足場もない虚空に忽然と浮かぶ小さな二つの人影。

 片方は漆黒の角と金色の髪を持つドミニオスの男子、片方は純白の翼と蒼色の髪を持つシルフェリスの女子だ。

 年の頃は恐らくラルフ達と同じぐらいだろうが、少なくともラルフはこの二人を学院で見たことはない。この年齢にしては小柄だ……身長はラルフと同じぐらいなのだが、細身であるせいかより小さく見えてしまう。

 だが、それ以上に特筆すべきは二人とも鏡合わせのようにほとんど同じ姿をしているということだろう。

 無論、種族的な特徴である角や翼、そして髪の色は違うが……身に着けているフリルを満載した洋服や革製のブーツは全く同じものだし、幼さの残る顔の造作も驚くほど似ている。もちろん、背丈もほぼ一緒だ。

 そして、特徴が更にもう一つ。


 ――あの人達、さっきのロディンとおんなじだ……。


 そこにいる……それだけで、周囲の霊力を激しく乱している。

 明らかに常人とは『何かが違う』。


「アルティア……『アレ』は何なんだよ……」

『詳しく説明すると長くなる。しかし、一言で言うならば……神だ』

「おいおいおいおい」


 一気に常識をすっ飛ばした言葉が出たことに、ラルフはもう笑うしかなかった。

 もちろん、突然目の前にいる人間が神だと言われても実感など皆無だ。

 だが……目の前にいる存在が、明らかに違う何かであるということだけは、これ以上ないほどに感じ取っている。

 逃げろと、ラルフを構成する全てが警鐘を鳴らしている。こうして意識的に踏みとどまらなければ、自然と体が逃げてしまいそうになる。

 フィーネルの傍に行くために、体に力を入れたラルフだったが……それよりも前に、アルティアが小声でラルフに語りかけてくる。


『いいか、もう一度言うぞ、ラルフ。お前は寮に戻れ。そして、そこで息を潜めるのだ』

「なんでだよ!」

『今のラルフでは……あの二柱には勝てない』


 苦渋に満ちたアルティアの声が、思いのほか強い衝撃を伴ってラルフの耳朶に響く。

 どんな時でも、挑むことを止めないアルティアをして『絶対に勝てない』と言わせるのだ……一体どれだけの力を持っているというのか。


「なら、どうするんだよ! フィーネルさんを見捨てるってのかよ!」

『いや。私が一人で行く』

「それこそ無理だろう!」

『そうだな。だが、ラルフを巻き込んでむざむざ殺すよりはいい』

「……っ」


 不退転の決意を言葉に乗せるアルティアに、ラルフは何も言えなくなってしまう。


『頼む、ラルフ。これは私の我儘かもしれない……だが、お前が私を友だと言ってくれるのならば、この場だけでも引いてほしい。頼む……』

「アルティア……」


 真摯に、でもどこか切羽詰まった様子で必死に頼み込んでくるアルティアに、ラルフは声を詰まらせるが……現状はラルフが思い悩む時間を与えてはくれなかった。

 ズンッと大地が鳴動する。

 しゃがみこんでいたラルフは盛大につんのめり、顔面から地面に着地しそうになるのを、両手を突っ張ることで何とかこらえた。


「な、何事……!?」


 茂みから少しだけ顔を出して、海岸方面へと視線を向けたラルフは言葉を失った。

 ごっそりと、砂浜が抉れていたのだ。

 まるで、巨人が両腕で砂を抉ったかのような大穴の先、地面に転がっているフィーネルの姿があった。

 一体何があったというのか……全身傷だらけになったフィーネルがヨロヨロと立ち上がる。しかし、そのタイミングを計ったかのようにゆらりと海が隆起した。


「なんだよ、アレ……」


 海が隆起して出来上がったのは、触手のように細く長い、けれど、その先端は鋭利に研ぎ澄まされた幾本もの刃だった。

 フィーネルも一目見てその刃の危険性を理解したのだろう。

 何らかの詠唱をしようと口を開くが――もう、何もかも遅かった。

 トスっと……あまりにもあっけなく水の刃がフィーネルの体の中央を刺し貫く。

 フィーネルが咳き込むように血を吐き、ふらりと体が傾ぐが、それすらも許さないと言わんばかりに、次々と水の刃がフィーネルの体に突き刺さってゆく。

 あまりにも静かに、そして、呆気なく……まるで、人間はこんなに簡単に殺せるのだと示すように、計十三本の水の刃はフィーネルの体を貫いていた。


「な、なぁ、アルティア。フィーネルさんの体に、刃物が……」


 ずるりと刃が引き抜かれ地面に倒れ伏したフィーネルは、もうピクリとも動かない。何故なら、すでに『ソレ』は、生命ではなく肉の塊へと堕しているのだから。

 それはラルフが初めて目の当たりにした他者の『死』――心の冷静な部分はそのことに納得していても、感情がそれを認めるのを拒絶している。

 もしかしたら、メンタルフィールドが展開されているのではないかと、必死に見慣れた緑の空間を探すが、そんなものはどこにもない。


『逃げろ……早く、逃げろ、ラルフ!』

「ふざ、けんなよ……ふざけんなぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」

『出ていってはいかん!! 逃げろと言っているだろう、ラルフッ!! それにあの体はフィーネルの本体では――ああもう、聞けというに!』


 アルティアの必死の制止が意識の端をかすめるが、逆上したラルフの足を止めるには至らない。

 倒れ伏し、もはや動かないフィーネルに更なる辱めを与えるつもりなのか……再びゆるりと水の刃が動き始めるが、それよりも先にラルフが鋭く地を蹴った。

 目標は、虚空に浮いたままフィーネルを見下ろすドミニオスの男子とシルフェリスの女子。


「やめろぉぉぉぉぉぉぉッ!!」 


 神装によって強化された脚力によって、砂浜を蹴り飛ばして大跳躍したラルフは、灼熱の炎を纏った拳を叩き込まんと振りかぶる。

 だが。


「あれ、どうやら煩いハエがまぎれこんだようだよー」


 何の前触れもなく、ラルフを遮るように砂浜の中から鋼鉄のモノリスが起立する。


「っ!?」


 詠唱すらせずに顕現した目の前の霊術に対し、ラルフは灼熱の拳を叩き込むことで応えた。

 拳に秘めた衝撃を全開放してモノリスを破壊したラルフは、そこを足掛かりにして、さらに跳躍しようとしたが――


「うざいし! 落ちろ!」

「うわっ!?」


 海中から凄まじい勢いで射出された水鉄砲を横合いに受け、盛大に吹っ飛ばされた。

 咄嗟に防御を固め、直撃の瞬間に体を回して砲撃を受け流したためダメージはそれほどないが……不意打ちには完全に失敗した。

 空中で一回転して砂浜に降り立ったラルフを、空から四つの瞳が睥睨している。


「へぇ、<フレイムハート>の持ち主だし。あんまりにも気配が薄かったから気付かなかったし! ま、いてもいなくてもあんまり関係ないけれど」

「そうだねー。多少なりとも力をつけているかもしれないけど、僕らからすれば誤差みたいなもんだねー。というか、アルティア、よく自分から僕らの前に姿を現せたねー」

『マーレ、レニス……』


 苦々しいアルティアの声に対して蒼髪のシルフェリスの女子――マーレは、眉を吊り上げた。


「憎々しい灼熱の翼……ねぇ、レニス。アタシ達もこの体に慣れてきたし、もう直接アルティアを消滅させても良いと思わない? 力を隠してる様子もなさそうだし。今のアタシ達なら確実にここで潰せるし!」


 マーレの言葉に、金髪のドミニオスの男子――レニスは考え込むように顎に手を当てる。


「んー。そうだね、アルティアのことはもう少し観察して、倒せる確証を得てからと思っていたけれど……こうして出てきたのは好機かもねー」


 そう言って、レニスは顎に当てていた手をゆっくりとラルフの方へと向け、穏やかに微笑んだ。


「うん、今ここで倒すかー」

「決まり!」


 ラルフの意志など完全に黙殺し、殺意を放ち始めた二人を前にして、アルティアが歯噛みする。


『ラルフ、逃げ……く、もう無理か……っ』

「もともと、逃げるつもりなんてない! お前ら、よくもフィーネルさんを殺してくれたな!!」


 背筋が寒くなるほどの殺意と、そして、存在感――それを前に委縮しないように体に喝を入れたラルフは、両の手に灼熱の炎を宿し、疾駆する。

 目標は先ほど叩き割ったモノリス。それを足掛かりにして跳躍し、相手に殴り掛かる……そのつもりだった。


『ラルフ、気を付けろ! 相手はお前達の常識の埒外にいる! 普通の人間を相手にする感覚で挑めば、致命的な一撃を――』

「ん」


 アルティアが全て言い終える前に、金髪のドミニオスであるレニスが両手をパンっと叩いた。

 それだけ……たったそれだけで、現れた変化は余りにも顕著だった。

 ラルフを挟み込むように、砂中から巨大な掌が二つ、出現したのである。


「な……!?」


 あまりにも馬鹿馬鹿しい現象に一瞬言葉を失ったラルフだが、危険を感じてモノリスを蹴って宙返りの要領で、斜め上方に飛びあがる。

 次の瞬間、足元で巨大な掌が大音量と共に叩きあわされた――もしも、もう少し反応が遅ければ、あの間に挟まれて圧死していたことだろう。


「霊術の詠唱もしていなかったのに……!」

『金髪のドミニオスのレニスは土を司り、蒼髪のシルフェリスのマーレは水を司る! あいつらにとって土と水は自分の手足の延長にすぎん! どこから何が来てもおかしくはない!』


 地面に着地したラルフは、すぐさま走り出そうとして……前につんのめりそうになった。

 慌てて違和感の元を探して足元を見てみれば、砂によって構成された手が十本近く……ラルフの足をつかんで拘束していたのだ。


「くそ、抜けない……ッ!」


 脆い砂で構成されているとは思えないほどの膂力で足首を掴まれたラルフは、必死にもがくが、一向にその拘束が外れる様子はない。

 今、この瞬間にも次の攻撃が来るかもしれない……そう思って顔を上げれば、そこには冷めた目をしたマーレとレニスの姿がいた。


「ま、当たり前ではあるんだけど……やっぱり大したことないし。<フレイムハート>の持ち腐れというか、なんというか」

「そだねー。大規模な術はまだ一つも使ってないけれど、この程度で何とかなっちゃうかー」


 ――くそ、コイツら……ッ!!


「アルティア! エンハンスバーニングは使えないのか!」

『あれはティアの歌が無ければ使えん!』


 内心の焦りが募る。

 動きが拘束されている現状は、防御力に乏しいラルフにとって致命的ともいえる。すぐにでも砂の拘束を解く必要があった。

 だが、ラルフが焦りを増長させるように、更に十本の腕が地中より這い出してくると、ラルフの両腕を掴み――完全にその動きを殺しに来た。


「ぐっ、このっ!!」

『ラルフ、全火力を両腕と両足に集中しろ! 今の状況では難しいかもしれんが、この砂の腕を焼き尽くせ!』

「分かった! 一気に火力を――」

「その抵抗は意味ないよー。はい、これで終わり」


 まるで単調な作業をするように、レニスが宣言した瞬間、何の前触れもなく――


「え……」


 ラルフの胸を突き破って刃が生えた。

 あまりにも衝撃的な現実を前にして思考が追いつかない。

 ぬらりとした粘度のある紅を滴らせ、背中から前に刃が貫通している……絶命するのに十分すぎるほどの傷が、胸の中央に開いていた。

 そのことを理解した瞬間、せり上がってきた鮮血が口から溢れ出した。


「あ……れ……?」

『ラ……ラルフ。おい、しっかりしろ、ラルフッ!!』


 悪寒と共に刃が体から引き抜かれると同時、呆気ないほど簡単に膝から崩れ落ちる。

 メンタルフィールド内でも何度も重傷を負ったことがあるし、流血なんて最近日常茶飯事だったが、それがいかに甘いものだったのか嫌でも理解できた。

 命が零れ落ち、ふと手を伸ばせば届きそうなほど近くに『死』を実感する。

 気管に逆流した血流に咳き込むと、地面に盛大に真紅がまき散らされる。


 ――なんだろう……これ、昔にも……。


 自分が薄まっていき、存在そのものが摩耗するようなこの感覚にラルフは覚えがあった。

 朦朧とする意識の中で、自分でも覚えていない色あせた過去の記憶がフラッシュバックする。


 ――思い、だした……。


 幼い頃、アレット・クロフォードが連れ去られようとしていた時だ。

 あの時も集団で殴る蹴るの暴行を受けた結果、体中から血を流して、今のように『死』を実感したのだ。


 ――あの後、俺、は、どうし、たんだ、っけ。


 肉体から感覚が引き剥がされ、全身を苛んでいた痛みすらも感じられなくなり、ゆっくりと意識が暗闇の中に埋没し、そして……。


 ――あぁ、そうだ。俺、は、


 意識が保てない。

 思考がまとまらない。

 視界が狭まる。

 感覚が掻き消えてゆく。

 そして――


 ――あの時、一度、


 そして、ラルフ・ティファートの心臓は完全にその機能を止めた。


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