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灼熱無双のフレイムハート~創世の獣と聖樹の物語~  作者: 秋津呉羽
五章 夏季長期休暇~世界の真実~
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闇の中へ

 夜になり吹き抜ける風は昼に比べればある程度は涼しくなった。

 空には満月がぽっかりと浮かび、ラルフの行く先を照らしてくれている。

 ラルフは月明かりに照らされた道をぶらぶらと歩きながら、寮へ向かう。


『ミリアも大事にならずに済んでよかったな』

「あぁ、フィーネルさんの言うとおりだったよ。でも、あの発熱って白髪の人間が急激な、内的……あーっと」

『内的霊力の成長にともなう発熱、だな』

「そうそう、それ。ってことはさ、この熱が引いたらミリアの霊力って増加するのかな」

『うむ。ただ、増加と言ってもそこまで爆発的なものではない』

「ん、そか。でも、ミリアにはあんまり戦う力はもって欲しくないなぁ。アイツ、戦えるって知ったら自分から戦闘に首突っ込んできそうだし」

『兄心だな』

「まーそう言うことなんだと思う」


 ラルフの言葉に、頭の上から小さく笑う声が聞こえてくる。


『大切な存在がいるというのは羨ましい限りだな』

「そういうもんかなぁ。アルティア」

『そういうもんだ、ラルフ』


 穏やかな口調のアルティアに向かって、くしし、とラルフは歯を見せながら笑い……だが、眼前に立ちふさがった影に笑みを引っ込めた。


『あらあらぁ、麗しの友情ねぇ。眩しくて眩しくて、もうお腹が痛くてたまらないわぁ』

『ロディン……』


 そう、目の前に現れたのは人語を操る漆黒の猫だった。

 人の言葉をしゃべるというだけですでに異端なのだが……目の前の存在がそれだけではないことを、ラルフは視界を通して感じていた。


 ――あの猫を中心にして霊力が物凄い勢いで動いてる……?


 通常、霊術を放った際などに空間の霊力が激しく撹拌されることがあるが……目の前の猫は、そこに存在しているというだけで、周囲の霊力を激しく掻き乱しているのである。

 そして、それ以上に……ラルフの直感が猛烈な勢いで警鐘を鳴らしている。

 根拠も確証もない。けれど、これ以上ないほどに信頼を置く己の生存本能が咆えている――目の前の存在は危険だと。


『ふぅん……遠目には見たことがあったけれど、こうして近くで見れば見るほど冴えない顔ねぇ。クラウドもそうだけどぉ、<フレイムハート>に選ばれる人間の共通点だったりするのかしらねぇ? まぁ、もっとも……』


 言葉を切って、ぺろりと舌なめずりをした


『直感は鋭いみたいだけど』

『行くぞ、ラルフ。こやつの相手をしても益になることは何もない』

「あ、あぁ……」


 どこか焦ったようなアルティアの言葉に頷いたラルフは、ロディンを迂回して寮へと帰ろうとしたのだが……その背中に、ロディンの粘度の高い言葉が触れる。


『坊や、気をつけなさいなぁ。もしかすると、貴方の本当の敵はぁ……アルティアかもしれないわよぉ?』

「なんだって?」

『よせ、ラルフ! 耳を貸すな!』


 アルティアがラルフを止めるが……それでも、ラルフはロディンの言葉の意味が気になり、足を止めてしまった。

 そして、それこそがロディンの狙いだったのだろう。ロディンはニンマリと笑うと、しゃなりしゃなりと体を揺らしながら、焦らすようにラルフに近づいてくる。


『あぁ、まずは自己紹介をしなきゃねぇ。私の名前はロディン……この世界を形作った獣、創生獣が一柱』

「創生……獣?」

『あらぁ、そんな事も知らなかったの? おかしいわねぇ。アルティアになぁんにも教えてもらってないのねぇ。<フレイムハート>は誰が創ったか知ってる? その目的は? 貴方が<フレイムハート>に選ばれた理由は? そぉしぃてぇ、なによりぃ……今、貴方がどういう状態なのか――』


 調子良く紡がれていた言葉は、けれど、ロディンの足元から吹き上がった炎によって中断を余儀なくされた。

 対するロディンは軽やかな身のこなしで炎を回避すると、まさにそれが狙いだったと言わんばかりに、満足げな笑みを浮かべた。


『あぁら、アルティア。貴方、多少は力が使えたのね。まぁ、それで打ち止めみたいだけどぉ?』

『ロディン……貴様……』


 打ち止めというロディンの言葉は正しいのだろう……ラルフの頭上から、苦しげなアルティアの声が聞こえる。

 そんなアルティアを眺めた後、目が離せなくなるような不思議な魅力を持ったロディンの瞳が、ラルフを捉えた。


『坊や、見たでしょう。アルティアがこうもムキになるってことはぁ、本当に何かを隠しているってこと……うふふふ、ねぇ、どうする? もしかしたら、アルティアは貴方を騙して、良いように使おうとしているだけなのかもしれないわよぉ』

「…………」


 頭上のアルティアは黙して語らない。

 アルティアの性格を考えれば、もしも、ロディンの言葉が嘘八百ならば即座に否定することだろう。

 そうしないということはつまり、ロディンの言葉通りアルティアはラルフに隠していることがあるということだ。

 だから、ラルフは――


「それは何となく分かってた。でも……それで良いって思ってる」

『…………』


 自分でも驚くほど穏やかな気持ちで、ラルフはそう言い切った。


「隠し事の一つや二つは誰にだってあるだろうし……それに、アルティアは俺を騙そうとして嘘をついたことは一度もない。だから、俺はアルティアがいつか全部話してくれるって、そう信じて待つだけだよ」

『ラルフ……』


 アルティアとの付き合いは決して長いとは言えない。

 けれど、それでもこの真紅の霊鳥とはたくさんの修羅場を共に超えてきた。

 時に命の危機に晒されるような戦いがあった。

 時にプライドを賭けて負けられない戦いがあった。

 時に大切な人を護るための戦いがあった。

 そして、どんな時にもアルティアはラルフと共にあり、一緒に戦ってくれた。惑うラルフを叱責し、道を指し示す導となってくれた。

 そしてなによりも……。


「アルティアは俺の大切な友達だ」


 その一言こそが全てだった。

 まるで炎のように強く、熱い意志を宿した真紅の瞳を見て、どれ程の甘言を弄そうとも無駄だと悟ったのだろう……ロディンは冷めた瞳でラルフを睥睨する。


『本当に<フレイムハート>が選ぶ人間はつまらないわねぇ。根拠の欠片もない、霞のような言葉を堂々と言い放つその姿――クラウド・アティアスとそっくり。興が冷めたわ』


 そう言って背を向けたロディンは、顔だけをこちらに向けた。


『でもこのまま帰るのも癪だわぁ……だから、一つだけ教えてあげる。今日の昼、フィーネルの話を聞いて双天樹の所にまで行ったんだけどねぇ。マーレとレニスはいなかったわ。きっと、フィーネルを追い駆けたんでしょうねぇ。どこに行ったのかしら……アルティアはどこだと思ぅ?』

『ロディン! 貴様、知っていながら見殺しにする気で……くそッ! 最悪、もうここまで――』


 アルティアが全てを言い終えるよりも先に、ラルフの背筋をゾクリと悪寒が撫でて行った。

 何事かと周囲を見回すが、特に何も変わっていない――が、何かがおかしい。

 まるで、書き割りで飾られた日常という名の舞台に紛れ込んでしまったかのように、見慣れた光景に強烈な違和感が張り付いている。


「アルティア、これ、一体……!?」

『結界……フィーネルの幻霧結界を先に潰しに来たか! ラルフ! 恐らくフィーネルは結界の中心に――いや、待て』


 だが、そこまで言ってアルティアは我に返ったように言葉を切った。

 そして、強く左右に頭を振ると、焦りを抑えたような声で、言い聞かせるようにラルフに語りかける。


『ラルフ、いいか……この先は危険だ。だから、お前はこの場で寮に帰るのだ』

「な、何言ってんだよ! フィーネルさんが危ないんだろ!?」

『それはそうだ。だが、しかし――』

『坊や、フィーネルならここをまっすぐに言った海岸の方にいるわぁ。ほら、早く行かないとフィーネルが殺されちゃうわよぉ?』

『黙れ、ロディン!』

「……ごめん、アルティア。急ぐぞ!」

『こら、戻れと言っているのが聞こえんのか!!』


 ラルフはアルティアの忠告を聞き流すと、ロディンを置き去りにして、駆け出した。

 ただ、すれ違い様――まるで、悪魔のようにロディンが頬まで裂けた笑みを浮かべていたように見えたのは……きっと、気のせいだろう。


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