父親
その頃ラルフ、アレット、ゴルドの三人はアルティア達が別行動をしている間、一度、トラムに乗って寮の方面に戻っていた。
目的は寮ではなく――そこに併設された大使館だ。
木を用いた家屋が多いビースティスにしては珍しく、石造りの重厚かつ立派な建物である。
この大使館、ヒューマニスのラルフはほとんどお世話になったことがないが、ビースティスにとっては割と馴染みの深い場所だったりする。
本国にいる家族と郵便物や手紙のやり取りを行ったり、緊急時の連絡の取り合い、他種族間でのトラブルの解決など、割とやっていることは手広い。
そして、今日、ここに視察を目的として一人の男がやってくるのである。
「随分と久しぶりだね、ラルフ君。元気だったかい?」
「はい! 本当にお久しぶりです、フェリオおじさん!」
大使館の応接間――そこに通されたラルフは、目の前に立つ男に頭を下げた。
金色の長髪に、透き通った強い眼光を宿す碧眼を持つ眉目秀麗な偉丈夫である。
異性ならば一目見ただけでため息をついてしまいそうなほど、恐ろしく整った顔立ちをしている……彼が学生の頃、『雷光の貴公子』と呼ばれていたのも納得だ。
だからと言って優男なのかと問われればそういう訳ではなく、その体は無駄なく絞られており、その立ち振る舞いは優雅でありながらも、一切の隙がない……ある程度の実力を持つ者が見れば、彼が相当な実力者であることがすぐに分かるだろう。
彼は『剣豪』の二つ名を持つアレット・クロフォードの父親――フェリオ・クロフォード。
救国の英雄ゴルド・ティファートと共にビースティス本国で絶大な人気を誇る男であり、ビースティス九血族連合の筆頭にして、レオニス血族の族長を務め上げている。
簡単に言ってしまえば、ビースティスの頂点に立つ男であり、全てのビースティスの命運をその双肩に負っているのである。
だが、そんな事を感じさせないほどに気さくな様子でフェリオはラルフに笑いかけると、次はゴルドの方へと顔を向ける。
「ゴルドも久しいな。よく来てくれた」
「あー俺のことはどうでもいい。さっさと自分の娘に声かけてやれ」
「相変わらずだな、お前は……まぁ、気遣いは感謝する」
そう言って苦笑したフェリオは、待ち焦がれた様子でゴルドの背後に控えていたアレットに声を掛ける。
「この二年間でまた綺麗になったな、アレット。会いたかったぞ」
「……うん、お父さんも元気そうで何より」
そう言って、アレットも満面の笑みを浮かべる。
この親にしてこの子あり……とでもいえば良いのか。
こうして並ぶと、アレットの絶世の美貌は父親と母親の良い所を受け継いだものなのだと、ラルフは改めて思った。
その時、ちょうど応接間の扉が開き、人数分のお茶を持ったレオナ・クロフォードがやってきた。
「あら、お客様を立ちっぱなしにしたらダメですよ、あなた」
「あぁ、そうだな。久しぶりに会ったのだ、腰を据えて話をするとしよう」
そう言って勧められたソファーに座ったラルフは、あまりの柔らかさに盛大にバランスを崩した。そんなラルフを、隣でゴルドが冷めた目で見ている。
「なぁにしてるんだ、お前は」
「う、うっさいな! こんな良いソファーに座ったことないからび、びっくりしただけだよ!」
「気にしなくて良いぞ、ラルフ君。ゴルドも初めて我が家に遊びに来た時、同じようなリアクションをしていたからな」
「あ、テメ! それを言うか!?」
朗らかに笑うフェリオと、渋い顔をしているゴルド……ラルフは、二人の顔を見比べる。
「フェリオおじさんと、親父ってフェイムダルト神装学院の同級生だったんだよね?」
ラルフの問いにフェリオがお茶を飲みながら、頷いて応える。
「あぁ、ゴルドとはその時からの付き合いだ。改めて言われると随分と長い付き合いだな」
「そうだな。学生時代か……今となっちゃ懐かしいな」
相づちを打ちながら、ゴルドが懐かしむように虚空を眺めている。
お茶の準備を手伝っていたアレットが、ラルフの隣に座ると――フェリオが少し寂しそうな顔をした――興味深そうに首を傾げた。
「……そう言えば、私もあんまりお父さん達の学生時代の話、聞いたことない」
「別に隠していたわけではないのだがな」
フェリオがそう言って腕を組むと、ゴルドと同じように視線を空へと上げる。
「出会ったばかりの頃はゴルドと私はとても仲が悪くてね。ことある事に衝突しては、決闘をしていたな」
「え、そうなんですか!?」
フェリオの言葉にラルフは驚きの声を上げた。
ゴルドとフェリオは唯一無二の親友と言ってもいいほどに仲が良い。それは、ラルフもアレットも良く知っていただけに、驚きであった。
対して、フェリオの言葉にレオナとゴルドは苦笑を浮かべている。
「そうなんだよなぁ、委員長気質で真面目なフェリオと、やりたいことやってた俺は、互いに反りが合わなくてなぁ。割と本気で対立してたよな」
「そうだな。今になって思えば、互いに意地になっていたのだろう」
在りし日の自分を思い出して、フェリオもまた何とも言えない笑みを浮かべている。
もしかすると、二人とも若い頃の自分の未熟さを思いだして、こんな表情になっているのかもしれない。
「……なら、おじさんとお父さんはどうやって仲良くなったの?」
アレットの質問にフェリオは表情を穏やかにする。
「ふむ、今はドミニオス国王をやっている凱覇王レッカ・ロードとのゴタゴタに巻き込まれたのが切っ掛けだったな」
「そうだ。あのバカは俺以上に好き放題やっててな……たしか、『この世の女は全て俺様の嫁であるからして、今日の身体検査は俺様主導とする!』とか言って暴動を起こしたアイツを殴り飛ばすために、成り行きでフェリオと共闘したんだが、これが意外と息が合ってな」
「ゴルドとは毎日決闘していたからな。互いの手の内や動きは分かり切っていたからこそできた連携だった」
ゴルド達の話に、ラルフは目を丸くする。
「凱覇王レッカ・ロードってそんなに破天荒な人だったんだ……」
「破天荒ってかバカだよな?」
「ああ、バカだ」
ゴルドの問いに、フェリオが一も二も無く同意する。
「試験がめんどくさいからって試験用のダンジョンに爆弾仕掛けて吹っ飛ばしたり、男子生徒が女生徒の尻を無制限に触っていい校則作ろうとしたり、夏季長期休暇の期間を五倍延長しなければ授業を受けないって団体ストライキした挙句、教員相手に集団乱闘したりな」
「しかも妙な求心力があったからな……認めたくないが、ああいうのをカリスマというのかもしれん。まぁ、騒動を起こすたびに、ゴルドと私は教師に頼まれて、暴徒鎮圧の手伝いに向かう羽目になったが……」
二人ともげんなりとした表情をしている。よほど苦労したのだろう。
「……お父さんとゴルドおじさんが苦戦するって、やっぱりレッカ王は強いの?」
「強い」
アレットの問いに、ゴルドが一切の迷いなく切り返す。
そして、ゴルドの隣で緑茶を飲んでいたフェリオも躊躇いなく頷いている。
「近接戦でレッカと真っ向から殴り合えたのは、三年を通してゴルドだけだったからな」
「……お父さんは?」
「私の得物は大刀だからな。レッカと戦う時は、正面からのぶつかり合いというよりも、間合いの食い合いだったよ。ただ、それでも苦戦したことには変わらんがな」
フェリオの言葉に、ゴルドは苦々しい顔をする。
「アイツは紛れもなく近接戦の天才だよ。血の滲むような努力でのし上がってきた奴らを、直感と勘だけで次々と凌駕していったからな。教員ですらアイツに勝てない奴の方が多かったぐらいだ」
「じゃぁ、親父も天才なのかよ」
ラルフの言葉に、ゴルドは笑う。
「んな訳あるか、俺は天才じゃない。レッカが努力を軽々と上回る才能を持っているなら、その才能を更に上回る研鑽を積めばいいだけだ」
「おぉう……」
言うは易いが、それがどれだけ難しいことなのか、ラルフはよく知っている。
努力は実を結ぶ――確かにそうだ。だが、その実はそう簡単に結んでくれない。
今のゴルドの力は、それこそ誰も見ていないところで彼が積み上げ続けてきた努力によって成り立っているモノなのだろう。
そんな男達を見ていたアレットが首を傾げた後……ポンッと爆弾を放り投げた。
「……結局、誰が一番強かったの?」
「あ! アレット姉ちゃんそれマズ――」
「俺だ」
「私だ」
ラルフの制止の声が届くよりも先に放たれたアレットの問いに、ゴルドとフェリオは双方迷わずに断言した。
互いの返答が気にくわないのだろう……ゴルドとフェリオは胡乱な視線を交錯させる。
「ほー。総合戦績では俺の方が上だよな、フェリオ」
「公式戦の勝率では私の方が高いはずだがな、ゴルド」
「何言ってんだ。戦闘ってのはな、綺麗事じゃねーんだよ。公式戦みてーに遮蔽物のないだだっ広い所で、一対一で向き合って戦うことなんてねぇよ」
「だからこそ、真の実力が分かるのだろう。真の強者がどちらなのか、真っ向からぶつかれば一目瞭然だ」
「馬鹿いうな!? あんな遮蔽物のない所で、お前の『紫電』防げるわけねーだろ!? レッカも公式戦ではお前には勝てねーって言ってたんだぞ!?」
「だからこそ、私が一番強いと言っているではないか」
「はっ! 『紫電』ぶっ放せない遮蔽物の多い場所ではめっきり弱くなるくせに」
「多少勝率が落ちるというだけのことだ! 弱くなるとは心外だな、訂正してもらおうか……!」
「ほー訂正ねぇ。公務ばっかりやってる今のお前が強いとは思えんがなぁ」
「甘く見るな。公務の暇を縫って毎日鍛錬は行っている。衰えなどない」
「でも実戦の勘は鈍ってるだろうよ」
「ほぉ……試してみるか?」
「あぁ? 言うじゃねーか……!」
ゴルドとフェリオの間で見えない火花が激しく散る。
それを見ながら、ラルフは頭痛を堪えるように額に手を置いた。
昔、ラルフもアレットと似たような問いを発したことがあるのだが、その時も互いに譲らずに日が暮れるまで喧々囂々と言葉を交わしていた。
結局、見るに見かねたレオナが、フェリオの耳を引っ張って強引に話題を締めてくれるまで終わらなかったのだから、二人とも相当に負けず嫌いである。
――たぶん、レッカって人もこんな感じなんだろうなぁ……。
二人でもこんな感じなのだ……三人揃った所を想像するとげんなりする。
そんなラルフの内心を汲んでくれたのだろう、パンパンとレオナが両手を叩き、ゴルドとフェリオの間に割って入る。
「はいはい、もうこの話題については耳にタコですよ。アナタ、そして、ゴルドさん。ラルフ君たちもいるんですから、ここまでにしてください」
「いや、だがしかしだな、レオナ――」
「ア・ナ・タ?」
「……う、うむ」
冷や汗を流しながら、フェリオが緑茶を啜る。
完全に手綱を握られているフェリオの姿に溜飲が下がったのだろう……ゴルドも小さく笑って緑茶に手を伸ばした。
「ま、俺達のことは置いといて……それよりも、だ。ラルフ、アレット、お前達の学院生活について聞かせてくれ。そういや、詳しく聞いてなかったからな」
「え、別に大したことしてないよ?」
「いやいや、ラルフ君。レオナから色々聞いてはいるが……なかなか、波乱に満ちた学生生活を謳歌しているようではないか」
「え、えーっと……」
ゴルドの言葉に乗っかって、フェリオもそう言って姿勢を正す。
二人ともなんだかんだ言って親なのである……子供たちの学院生活に興味があるのだろう。
ラルフが視線でアレットの方をうかがうと、彼女は優しい笑みを浮かべている。
「そ、それじゃあ、入学式のことなんだけど……」
つっかえつっかえになりながらも、ラルフは学院に入ってからのことを話し始める。
若干の緊張もあってか、要領を得ない説明になってしまった部分もあったが……ゴルドもフェリオも、最後まで楽しそうにラルフの話を聞いてくれたのであった。
読んでいただきありがとうございます!
ただ、申し訳ないのですが親戚の不幸がありまして、来週の月曜まで更新をストップしなければならなくなりました。
次の投稿は来週の火曜からになります。楽しみにしてくださっている方がいらっしゃいましたら、本当に申し訳ありません。