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灼熱無双のフレイムハート~創世の獣と聖樹の物語~  作者: 秋津呉羽
一章 入学式~純白と漆黒の翼~
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彼女の笑顔

『ふむ、すべて思い出したか、ラルフ』


 回想終了。

 この診察室にいたのはダスティンと戦って気絶したから。

 全身が痛いのは、神装持ちの相手と戦ってボロボロになったから。

 そして何よりも――


「ティアさん! ミリア!」


 全てを思い出したラルフは、自分とアルティアしかいない部屋の中で、二人の名前を呼んだ。

 ラルフは発現した神装<フレイムハート>による一撃をダスティンに叩き込み、それからの記憶がない……ラルフが倒れている間、二人が無事だったのか、焦りにも似た感情が浮かび上がってくる。

 と、その時、部屋の扉が開いてミリアとティアが仲よく部屋に入ってきた。

 そして、ラルフが意識を取り戻していることに気が付いたのだろう……ティアがホッとしたように柔らかい笑みを浮かべた。


「良かった、ラルフ。目が覚めたのね」

「あ、ああ。それよりも、ミリア、ティアさん、俺が気を失っている間――」

「決闘は兄さんの勝利。兄さんは勝つと同時に気を失って保健室に運び込まれ、こうして日が暮れるまで昏倒していました。ティアさんは入学式が終わってから兄さんの隣でずっと看病していてくれました、ちゃんとお礼を言ってください。あと、保険医の先生の話では後遺症等は全く心配いらないそうです。私とティアさんが席を立っていたのは、花を摘みに行ってたからです。まだ何か質問ありますか?」

「お、おおう、ないです……」


 一気に現状をまくしたてられ、ラルフはガクガクと頷く。

 若干機嫌が悪そうなのは、やはりまた無理をしたからだろう。

 ラルフとしては、ミリアには毎回心配をかけて申し訳ないと思う。


「ラルフ、大丈夫? 本当に痛いところとかないのよね?」

「ん? ああ、大丈夫だよ、ティアさん。てか、ティアさんこそ、頭の怪我は大丈夫だったの?」


 そう、問題なのはむしろティアの方だ。

 ラルフはメンタルフィールドと言う肉体の無事は保証されたフィールドで傷を負っただけだが、ティアはそうではない。

 頭は自覚症状がないままに病気や怪我が進行することが多い。

 手遅れになってから実はあの時、大怪我をしていたと分かった……などと言うのはシャレにならない。


「ううん、大丈夫。もう痕も残ってないよ。ミリアの神装のおかげね」

「神装……? あ、そうか。入学式の後に神装発現の儀式があったのか。ってことは……ミリアとティアも神装を発現したのか」


 ラルフが言うと、ティアは頷いて応えてくれる。


「ミリアの神装って世界で二つ目の『再生』の特殊能力を持ってるんだって。凄いよね」

「再生……?」


 ラルフが首を傾げていると、ミリアが小さく咳ばらいをした。


「基本的に霊術でも、魔術のブーストでも肉体の再生には成功していないんですよ。人体構造は複雑ですからね……肉体の治癒促進は割と研究されてるはずですが」

「……なあ、ミリア。お前さん、俺と同じ村の出身なのに、なんでそんなに博識なの?」

「隣村の図書館にある蔵書を全部読んだり、行商人が売ってる本を読んだりしてましたから。あそこ、娯楽って壊滅してますし」

「えー虫獲ったり、魚釣ったりすりゃいいじゃん」

「それで満足できる兄さんが心底うらやましいです。まあ、それはともかく」


 ミリアは再度咳払いをして、脱線しそうになった話題を戻す。


「私の神装は『再生』という特殊な能力は持っていますが、形状は武器ではなく光で創られた翼のような物でしたから……『輝』ランクで治癒師科に入ることになったそうです」

「『輝』ランク!?」

「『輝』ランクだって!?」


 ラルフとティアの声が被った。

 『輝』ランクと言えばその学年の上位二十名以内と言う栄誉ある称号だ。まあ、特殊能力などがついた神装を持っていたのだ……納得と言えば納得ではあるのだが。


「『輝』ランクか……兄ちゃん、妹が大出世して嬉しいよ……」

「そうね……本当におめでとう……」

「死んだ魚のような目で言われても全然嬉しくないんですが」


 なんだか粘度の高い空気を纏ったティアとラルフが、死んだ目で祝福の言葉を贈る。

 字面だけ見れば祝福なのだが、雰囲気から言うと呪いの言葉と言ったほうが適切そうだ。


「ま、まあ、ミリアはそれで良いとして……ティアさんはどうだった?」


 ラルフが話を振ると、ティアはちょっと気まずそうに視線を逸らした。


「私のは杖の形状をした神装だったかな。<ラズライト>っていう名前を付けたんだけどね。別に特殊な能力とかはなくて、もう、ごく普通の神装だよ」

「別に気まずくなるようなことなんてないじゃないか。神装が発現したなら問題ないよ。俺の神装なんて……ヒヨコだし」

『ヒヨコ、ではなくアルティアだ』


 ラルフの膝の上でピョンコピョンコと飛びながら、アルティアが自分の存在を主張する。

 可愛い……! とティアが目を輝かせているのを見ながら、ラルフはため息をつく。


「てか、なんでアルティアは俺のこと知ってるのさ?」

『神装<フレイムハート>はお前の魂でずっと眠っていたからな。<フレイムハート>に宿る私も同時にラルフの魂に宿っていたわけだ』

「俺にプライバシーはないの?」

『…………そこは気にするな』


 なぜそこで間があった、と問い詰めたい気になったラルフだがそこはぐっと我慢である。

 ラルフはアルティアをじっと見ながら、質問を続ける。


「というか、見えない、触れられない神装なんて、どうやって使ったらいいの?」

『ラルフはあのダスティンとか言うシルフェリスを倒す時に、<フレイムハート>の力を使ったではないか。覚えていないのか?』

「あ、そう言えば最後、手から炎が……」

「良くそんな事、今の今まで忘れてたわね……」


 呆れたようなティアの言葉に、ラルフは慌てて両手を振る。


「いや、本当になんていうか……使った時はそうであることが当然みたいな感じでさ。こう、わざわざ意識して呼吸しないのと同じっていうか」

『そうだろうな。ラルフが<フレイムハート>に発現したのは十二歳の頃だ。むしろ、馴染んでいない方がおかしい』

「え!? そんなに早かったの!?」


 ラルフ自身も全く知らなかった情報である。


『ああ、その時は魂が未熟だったために、強制休眠したがな。手に意識を集中してみると良い。苦せず<フレイムハート>の力を使えるはずだ』 


 言われたままにラルフは右手に意識を集中した……その瞬間、勢いよく右手に炎が灯った。

 そして、その炎はラルフの毛布に軽々と燃え移った。


「きゃー!? 火事ー!?」

「うわ、違うんだ! これはそのぶっ!?」


 だが、ラルフが最後まで言い切る前に、ミリアが水をためたバケツをラルフに向けて思いっきりぶちまけた。

 景気の良い音ともに炎は鎮火したが、ラルフは完全に濡れ鼠である。


「ほんと、予想通りにやらかしてくれますね。はい、消火完了です」

「…………すみませんでした、ミリアさん」


 さすが長い付き合いとでも言うべきか……何となくこうなるのではないかと予想したミリアが、前もって水をためたバケツを準備していたのだろう。


『この学院は神装の扱いを学ぶ場所と聞く。とりあえず、本格的に<フレイムハート>について学ぶのは後日にしよう。今日は疲れただろう。ゆっくりと骨を休めると良い』


 ちゃっかり退避していたアルティアはそう言って、パタパタと浮かび上がるとラルフの頭の上にポンッと着地した。


『それでは帰るか』

「……いやまあ、良いんだけどさ。んじゃ、保険医の先生に挨拶してから帰ろうか」

「賛成。今日は本当に疲れたね」

「そうですね、もういい加減遅いですし。私は保険医の先生を探してきます」


 ミリアがそう言って一足先に保健室から出ていくのを確認し、残っていた林檎を残らず口に放り込んだラルフは、びしょ濡れのまま立ち上がる。

 後で、保険医の先生にえらく怒られるだろうが……しょうがない。


「ねぇ、ラルフ」


 その時、不意にティアが声を掛けてきた。ん? と振り向くと彼女は少し躊躇った後で口を開いた。


「今日は本当にありがと。今までずっと……周りに敵しかいなかったからさ。今日、ラルフとミリアと一緒にいることができて本当に楽しかったし、ラルフが私のことかばって戦ってくれたことも凄く嬉しかった」


 窓ガラスから差し込んでくる茜色の光に照らされ、ティアの髪が煌めきを振りまきながら揺れる。

 その姿をただ純粋に綺麗だと……そう思ったラルフは、何だか照れくさくなってそっぽを向いた。


「別に俺は自分自身のためにダスティンに喧嘩を申し込んだわけだし。ティアさんがお礼を言わなくちゃいけないことはないと思うし」

「ラルフがラルフのために戦ったのなら、私は私のためにラルフにお礼が言いたいの」

「まぁ、それなら……たださ、一つだけ聞きたいんだけど」

「ん?」

「俺は……」


 躊躇う様にそこで言葉を切る。顔に血が集まるのを抑えきれないが……それでも、どうしても聞きたい一言があるのだ。

 だから……。


「俺は、ティアさんの涙を止めることができたかな?」


 似合わないセリフだってことは重々承知している。

 けれど、どうしてもそれだけは聞きたかった。

 あまりの恥ずかしさに視線をそらしていると、小さく笑い声が聞こえてくる。

 ふて腐れた表情で顔を上げてみれば、そこには案の定、笑いをこらえているティアの姿。


「…………」

「ふふ……ごめん。あんまりにもクサいセリフだったから……」

「自覚はしてるよ……」


 そんなラルフに一歩近づき、ティアはラルフの顔を覗き込んでくる。


「ラルフは……どう思うの?」


 彼女が浮かべている陽だまりのような笑顔こそ、何よりも雄弁な回答。

 それが分かったラルフは、人差し指で頬を掻きながら、コクンと頷いた。


「なんつーか、なら……良かった」

「うん。あと、私のことはティアで良いよ。何だかむずがゆいし」

「ん、分かったよ。ティア」


 ラルフの言葉に嬉しそうに頷いたティアは、踊るようにステップを踏みながら保健室の出口へと向かう。

 そこで、クルリと一回転してラルフと向かい合う。


「今日からよろしくね、ラルフ!」

「……おう!」


 波乱だらけの入学初日。

 本当に色々と疲れたけれど、それでも、明日からの新しい生活が楽しみで仕方ないラルフであった……。


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