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灼熱無双のフレイムハート~創世の獣と聖樹の物語~  作者: 秋津呉羽
五章 夏季長期休暇~世界の真実~
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S級冒険者の親の顔

 ラルフ達が寮に戻るのを見送ったゴルドは、拠点の中に戻った。

 先ほどまで騒がしかった影響か、慣れたはずの沈黙が思いのほか耳に痛い。

 自分には似つかわしくないセンチメンタリズムに苦笑を浮かべたゴルドは、腰に手を当てて虚空に視線を向ける。


「まったく、また強くなりやがって」


 一目見て分かった。

 大地を踏む足運び、何気なく伸ばす手の動き、そして、ミリアを背負った時の重心の掛け方――日常動作を通して、ゴルドはラルフがまた強くなったことを正確に見抜いていた。

 学院で何があったかは知らないが、ゴルドがしっかりと作ってやった土台の上に、自分で得た技術をしっかりと積み重ねていることを見て取ることができた。

 日進月歩と言っても良い進歩。

 最近、会うたびに息子が強く、大きく、逞しくなっているのを見てゴルドは嬉しいやら、寂しいやらで複雑な気持ちだった。

 何だかんだで、ゴルドにとってラルフは目に入れても痛くない、大切な一人息子なのである。

 そして……そんな一人息子の周囲に、不穏な存在が居座っている。

 ゴルドは一直線に部屋の奥に向かうと、棚の上に置いてある漆黒の金属塊に手を伸ばした。

 大きさはちょうど拳一つ分ぐらいだろう。

 河原に転がっている石のようにつるつると丸く、黒瑪瑙のように独特の光沢がある。

 ゴルドがその金属塊を握ると、表面にぼんやりと幾何学模様が浮かび上がった。

 見る者が見ればわかるだろうが……霊術陣の一種である。


「…………エミリー、今ちょっといいか?」


 金属塊を掴んだまま目を閉じていたゴルドだが、『繋がった』感触を得ると、目を開いて金属塊に声を掛けた。


「エミリーは現在、多忙です。デートのお誘い以外の連絡はお断りしてますー」

「余裕あんじゃねーか」


 金属塊から返ってくる不貞腐れた後輩の声に――ラルフ達の担任であるエミリー・ウォルビルの声に表情を渋くする。

 そう、この金属塊……遠方の相手と会話することができるという、貴重な装置なのである。

 学生時代に一緒に活動をしていた友人が『学院を卒業して離ればなれになっても連絡が取れるように』と作ってくれた代物で、世界に五つしかない。


 ヒューマニスのS級冒険者ゴルド・ティファート。

 神装学院の教師エミリー・ウォルビル。

 九血族連合筆頭フェリオ・クロフォード。

 ドミニオス国王の凱覇王レッカ・ロード。

 そして、金属塊の製作者であり今は行方不明になっているエクセナ・フィオ・ミリオラ。


 この五名が一つずつ所持している……残念なことに、エクセナは行方不明となっているため、連絡が取れるのは四名だけだが。


「それで、先輩は私に何の用ですか。もしも、古文書の解析結果よこせ、とかだったら連絡切りますから」

「よく分かってんじゃないか。以前頼んであった古文書の――アイツ、本当に切りやがった!?」


 再度、意識を繋げることに成功したゴルドは、頭痛を堪えるように額に手を置いた。


「マジで切る奴があるか!」

「だって、先輩から私に連絡するときって、大抵、古文書関係ばっかりじゃないですか。解読頼むーとか、解読終わったかーとか」

「ちゃんと割高で依頼料は払ってるだろうが」

「お金はもういいです。愛が欲しいです」

「やかましい」


 普段、ラルフやティアの前で教鞭をとっている彼女からは想像もつかないほど、甘えた声でゴルドに突っかかっている。

 まあ、ゴルド自身、学生時代にエミリーのかなり深いアレコレに関わっている……エミリーとしても自分を飾る必要がないため、こうしてじゃれついているのだろう。

 エミリーの駄々を聞き流しながら、ゴルドは根気強く問いかける。


「んで、終わってんのか?」

「ええ、忙しい仕事の合間を縫って、ゴルド先輩のために頑張りましたよ」

「そうかそうか、御苦労」

「じゃぁ、今から逢いに来てください」

「断る」

「むぁ――!」


 ドタバタと地団駄を踏む音が聞こえるということは、自室にいるということだろう。

 職場にいる場合、彼女がここまではっちゃけることはそうそうない。


「昔はあんなに優しかったのに。ベッドの中で、私に優しく触れて、たくさんたくさん可愛がってくれたのに、飽きたらポイですかー。そうですかー」

「お前を寝かしつけてただけだろ!?」

「とか言いながら、さりげなく私の胸とかお尻とか触ったくせに」

「それはともかく」

「誤魔化した!」


 ゴルドは誓ってエミリーを襲ったりしていない。

 ただ……昔のエミリーはゴルド以外には手負いの獣のように警戒心を剥き出しにしており、反対にゴルドに対してはとても懐いていたのだ。

 心細い時は無言でベッドに侵入してくることもあり……そういう時、ゴルドはエミリーの背中を軽く叩きながら寝かしつけてやったのだ。

 まぁ、ちょっと……ほんのちょっと、タッチする感じで色々と触ってしまったことはあるが。

 性欲の塊と言っても過言ではない年齢の時に、同じベッドで発育著しい女子が、無防備に眠っているのだ――ゴルドはよく我慢したといってもいいだろう。

 ガリガリと頭を掻いたゴルドは、若干疲れを滲ませた声で反論をする。


「ああ、それと言いたいことがあったんだった。俺の部屋に口紅を仕込んでたろ、お前」


 ゴルドの問いに返ってきたのは、得意げなエミリーの鼻息だった。


「ふふん、あらあら、どうしたんですか、先輩。もしかして、部屋に引っ張り込んだ女性に見つかってこっ酷く振られましたか? エッチまでいけませんでした? 残念でしたー! ベーっだ!」

「あぁ、ミリアに見つかってこっ酷く詰問された」


 ゴルドの一言で、エミリーが凍りついた気配がした。


「え、あの、ミリアさんって、そのラルフ君の幼馴染の……」

「ああ、その場にラルフもいた。遠回しに死んだ妻に立てた操はどうしたと言われちまったよ」

「……………………」


 恐らく、向こうで頭を抱えてうずくまっているのだろう……うめき声が聞こえる。

 エミリーはゴルドに対するプライベートの顔と、ラルフ達に対する教師の顔を使い分けている。

 それは生徒達の規範となるべき教師でありたいという彼女の矜持であり、生徒達に対する彼女なりの最大級の誠意でもあるのだ。

 だからこそ、今回の一件……恐らく、エミリーにとっては大失態だったに違いない。

 その辺りをきちんと理解しているゴルドは、小さく笑った。


「お前の名前は出してねーし、ミリアもラルフも納得してくれたから気にすんな」

「……ごめんなさい」

「だから気にしてねーって。お前がラルフやミリアに対して全力で接してくれているのは知ってる。そんなお前の矜持を傷つけられるわけねーだろ」

「……先輩は、そうやって私が優しくしてほしい時に、すぐに優しくする」

「長い付き合いだからな」

「んぅー」


 どこか悔しそうな、同時に、拗ねた声を上げるエミリーに苦笑し、ゴルドは意図的に話題を変えることにした。

 このままこの話題を続けられるのはエミリーとしても本意ではあるまい。


「話を戻すぞ、そんで、古文書の詳細はどうした?」

「あ、えっと、全文の訳と要旨は、合わせると結構量があるので、先輩の拠点に送りました。内容は全部暗記してますから、知りたい部分があるなら口頭でもお答えできますけど」

「『アルティア』って語彙に関する記述はあったか」


 間髪いれないゴルドの問いに、金属塊の向こう側でエミリーがため息をついた気配があった。


「相変わらず獣じみた直感ですね。ありましたよ……凄いのが」

「……やっぱりか」


 ゴルドとてエミリー程ではないが少しは古文書を読める。

 手に入れた古文書は、エミリーに渡す前に読める限りざっと斜め読みをしているのだが……現在、エミリーに解読を頼んでいた古文書に『アルティア』という名前が書かれていたと記憶していたのである。

 しかも、その古文書を手に入れたのは要塞のような巨大な遺跡の、更にその最深部。

 何か訳ありかもしれないというゴルドの直感は、ものの見事に的中していたことになる。


「ねぇ、先輩。一つ聞いても良いですか」

「あん、なんだ?」


 何か躊躇うような、その事を口にすることを恐れるような……そんな重い沈黙を挟み、エミリーは絞り出すように言葉を紡いだ。


「ラルフ君は……一体何に巻き込まれているんでしょうか……」

「わからん」


 それこそ、ゴルドが知りたいことだった。

 冒険者としてのゴルドの直感が、あのアルティアに対して最大級の……それこそ、今まで感じたことがない程に最大級の警戒をしているのだ。

 絶対に関わってはいけないと、そう告げている。

 そして、その渦中に自分の大切な息子がいるのだ……ゴルドとしては気が気ではない。

 だからこそ。


「直接本人に聞く。アイツらが、ラルフをどうしようとしてるのか。返答しだいによっては――」


 そこで言葉を切ったゴルドは、視線を鋭くする。

 護るべきものを護るために。

 譲れない一線を越えさせぬために、ゴルドはそう決意するのであった。


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