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灼熱無双のフレイムハート~創世の獣と聖樹の物語~  作者: 秋津呉羽
五章 夏季長期休暇~世界の真実~
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夏季長期休暇、開幕

「明日から夏季長期休暇だ―――!!」


 最近、リンク『陽だまりの冒険者』の溜まり場となっている喫茶店『ディープフォレスト』で、チェリル・ミオ・レインフィールドが大きく背伸びをしながらそう叫んだ。

 そう、これにて一学期も終わりフェイムダルト神装学院は夏季長期休暇に入るのである。

 この休暇を利用して実家に帰るものも多く、この時期、フェイムダルト島は少し寂しくなる。

 まぁ……本国と最も距離の離れたドミニオスだけは、船を使うと往復だけで休日が潰れてしまうので、帰れないらしいが。


「随分嬉しそうだね、チェリル」


 ここのオーナーであるレオナ・クロフォードが作り置きしておいたシフォンケーキを切り分けながら、ティア・フローレスが微笑みを浮かべる。

 ティアの返答に、チェリルはうん、と元気よく頷く。


「だって、学院行かなくていいんだよ! 人と会わなくていいんだ……教室のドアを前にして胃を痛める必要もないし、休憩時間に寝たふりして過ごさなくていいし、授業中に指名されないように小さくなる必要もないんだよ!」

「それ、大声で自慢できることじゃありませんからね」


 シルバートレイを持って大きくため息をついたミリア・オルレットに対し、チェリルは小さく笑う。


「でも、最近はミリアさんが一緒にご飯食べてくれるようになったから、お昼休みは苦痛じゃないんだ」

「……ふふ」


 チェリルの言葉に、隣に座っていたアレット・クロフォードが微笑みながら頭を撫でる。

 そして、その微笑みを向けられたミリアは、照れくさそうにソッポを向くと、小さく咳払いをする。

 この喫茶店にいる女性陣四名――美人ぞろいというか、総じてレベルが高い。

 恐らく、今、この店に入って来る男性客がいるとしたら、今後ここに通い詰めようと決心することだろう。

 ただ……どうにもこの店、メニューが値の張るモノばかりのため、年中閑古鳥が鳴いている。

 そのため、ここに客が来るのは休日ぐらいなものである。

 と、その時、店の裏口が激しい音と共に開き、珈琲豆を担いだラルフ・ティファートが、転がるようにして入ってきた。

 体力自慢の彼にしては珍しく、顔面蒼白で、激しく肩で息をしている。


「ど、どうしたのよ、ラルフ」

「こ、珈琲豆を担いで帰ってたんだけどさ……何か、上半身裸で黒いブーメランパンツ穿いた筋肉テカテカした巨漢のハゲたオッサンが、俺の姿を見るなり『アモーレッ!! アモーレッ!!』って連呼しながら、砂ぼこり巻き上げて全力疾走で追い駆けてきたんだよ!!」

「兄さん、頭大丈夫ですか?」

「ほんとだっての!? なぁ、アルティア!!」

『あぁ、認めたくないことに本当だ……』


 ゲッソリしながら、ラルフの頭で赤いヒヨコ――アルティアも同意する。

 そんなラルフの言葉に、アレットがポンッと手を叩く。


「……あぁ、近くで鍛冶屋やってるビースティスのブルさんだね。普段はすごく親切で、紳士的な人なんだけど、赤くて丸い物を見ると『アモーレっ!』って叫びながら走りたくなる性癖を持ってるんだって。この前も出店のリンゴ目がけて突進して、店主さんとド突き合いしてた」

「な、なんてはた迷惑なッ!? てか、赤くて丸い物って……」


 ラルフはそう言って頭上のアルティアを鷲づかみすると、目の前まで持ってくる。

 羽毛でふっくらと丸みを帯びている赤いアルティアを、じっと見つめていたラルフは、ニコッと笑った。


「次はお願いするよ、アルティア」

『断る!!』


 ジタバタと暴れたアルティアは、小さな翼を羽ばたかせ、再びラルフの頭の上に戻った。

 どっと蓄積した疲労を感じながら、珈琲豆を所定の場所に置くと、チェリルがアイスココアを飲みながら周囲を見回していた。


「ところで、皆は夏季長期休暇どうするの? ボクみたいに引き籠るの?」

「チェリルはもうチョイ外に出た方がいいぞ……」


 ラルフの突っ込みに、チェリルはほっといてよ! と膨れっ面になる。

 カウンターの向こう側で、皿を洗いながら、ティアは考え込むように上げる。


「私はそのまま寮に残りかな。帰る場所もないし」


 ティアに関して言えば、本国に帰るよりもここにいた方が、居心地がいいだろう。

 なにしろ、本国に帰れば重罪人の娘として周囲から弾圧を受けるのが目に見えている……彼女の選択は当然と言えば当然のものだった。

 ティアの言葉を受け、アレットも考え込むように、おとがいに人差し指を当てる。


「……私も残るかな。お父さんがお母さんに会いにこっち来るみたいだから」

「あ、フェリオおじ様、こちらにいらっしゃるんですね」


 ミリアの言葉に、アレットは少し嬉しそうに頷く。


「……うん、ミリアやラルフにも会いたがってたよ」


 大型終世獣『ヤマタ』と戦ったS級冒険者の一角にして、ビースティス九血族連合筆頭を勤め上げる剣豪フェリオ・クロフォード。

 天は二物を与えずというが……この男に関しては例外であったようで、剣の扱いも卓越している上に頭もキレ、さらに顔立ちも凄まじく整っているときている。

 若い頃は種族を問わずにモテまくったらしいが、本人は愛妻家であり恐妻家でもあるとか。

 まぁ、これだけアレットが美人なのだ。分からないでもない。

 三人の意見を聞いて、ラルフはミリアに顔を向ける。


「俺達も寮に残るよな、ミリア」

「えぇ。少なくともこっちにいる間は帰らないと義理母さんと義理父さんには言ってますから」

「じゃぁ、皆残るんだね!」


 チェリルは子どものようにはしゃいだ様子で言う。

 対人恐怖症な彼女だが、最近は色んな出来事を通してリンクメンバーに対しては心を開いている……長期休暇でもみんな一緒なのがよほど嬉しいのだろう。


「ま、でもずっとこっちにいるわけでもないけどな」


 ラルフはそう言いながら、懐から一枚の手紙を取り出す。

 今朝、ラルフ宛に届けられたものだ。


「……それ、ファンタズ・アル・シエルの未踏都市アルシェールで流行のパレミル模様が入った便箋だね。ということは、ゴルドおじさんからかな?」

「よく見てるなぁ、アレット姉ちゃん。うん、その通り。長期休暇ならミリアと一緒に顔見せろってさ。ってことで、悪いんだけど、姉ちゃん……」


 ラルフが言うと、アレットはにっこりとほほ笑んだ。


「……うん、ラルフとミリアだけじゃ行けないもんね。私が連れてってあげる」

「ありがとう、助かるよ」


 ラルフがそう言うと、話を聞いていたティアがひょっこりと顔を出した。


「ねぇ、ゴルドって、ラルフのお父様のことよね?」

「ん? あぁ、そうだよ」


 ラルフが肯定すると、ティアはエプロンで手を拭きながら出てきて、少し考える仕草をして……頬をうっすらと染めた。


「えっと、それ私も挨拶しに行った方がいいかな?」

「嫁気取りですか」


 間髪入れないミリアの突っ込みに、ティアの顔面が火のついたように赤くなった。


「嫁ぇ!? ち、違うわよ!! ラルフには色々とお世話になってるから挨拶しなきゃいけないかなって思っただけよ!」

「そうですか。ふぅん……」

「うわ、すごい疑ってるし」


 見えない駆け引きをしている二人に全く気が付く様子もなく、ラルフは能天気に笑って手をひらひらと振った。


「あはは、気にしなくて良いよ、ティア」

「まあ、それならいいけど……」


 どこか不満そうなティアに微笑みかけた後、ラルフはアレットの方を向く。


「それじゃ、今度の休日、よろしく頼むよ、アレット姉ちゃん」

「……ん、任されたー」


 アレットもまた、ラルフの言葉を受けて柔らかく微笑んだのであった。


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