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灼熱無双のフレイムハート~創世の獣と聖樹の物語~  作者: 秋津呉羽
一章 入学式~純白と漆黒の翼~
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覚醒/決着

「ラルフ! もういいから早く出てきて!」


 背後からティアの悲鳴が聞こえてくる。

 学院長が説明したように、このメンタルフィールド内で負った傷は肉体には残らない。

 だが……ダイレクトに精神にダメージを負う。

 これだけ勢いのある竜巻だ。

 巻き込まれればそれこそ想像を絶するほどの苦痛を味わうことになるだろう。

 さっさとギブアップをしてメンタルフィールドから出てこいと言う、ティアのいうことは確かに頷ける。

 彼女がラルフの体を心の底から案じているのは、痛いぐらい伝わってくるのだから。


「もう、私のことはいいよ……だから、お願い……」

「いやぁ、女の子に泣かれるのがここまでキツイとは」


 振り返り、ラルフは少し困ってしまう。

 その場にうずくまり、涙を流しながら必死に訴える彼女の姿を見ると、胸の奥にある傷口が小さく疼く。それは、忘れようとしても忘れられない記憶で。


『ねぇ……お兄ちゃん』


 白髪だから、変わっているから、皆と違うから――ただそれだけの理由で苛められていた幼馴染。

 ラルフはそんな幼馴染を励ましたくて、長い白髪はとても綺麗だと一生懸命褒めた。

 彼女もその言葉に励まされ、何を言われても気丈に振る舞っていた。

 そんな強気な幼馴染が……ある日、独りで泣いていたのだ。

 大切に伸ばしてきた純白の髪に強引にハサミを入れられ、散らばった白の真ん中で泣いていた。

 まるで、雪の中に一人だけ残されたかのように。


『私ね。化け物なんだって。白い髪をした化け物だって皆言うの』


 ラルフが異変に気が付いて駆けつけた時にはすべてが手遅れで。

 いつだって強い光を宿していた瞳は、色濃い疲労に汚されて全てを諦めたように死んでいた。

 そんな彼女は駆けつけたラルフに、泣き笑いの表情で呪いのような一言を呟いたのだ。

 

『私って……生きてちゃいけないのかなぁ』


 蹲り、疲れ切った瞳でラルフを見上げるその姿が、今のティアと重なる。


「……っ」


 ラルフは小さく頭を振って過去の記憶を追い払い、顔を上げる。


「まだ、俺が負けるって決まっちゃいない。な、そう思うだろ、ミリア?」

「そうですね、ぼろっぼろですけど」


 ティアが驚いたように顔を上げる。

 ラルフを心配してきたのだろう……艶やかな純白の長髪を風になびかせながら幼馴染――ミリア・オルレットがメンタルフィールドの傍に立っていた。

 ミリアは蹲るティアを一瞥し――ラルフの内心も含めて――全てを察したかのように目を細めると、少し拗ねたようにボソッと呟く。


「過保護」

「ほっとけ」


 右手を握る。

 両の足で軽く地面を叩き、左腕をゆする。

 左手が握れない。だが……まだ走れるし、右手も動く。

 右の腕一本あれば殴るには十分すぎる。


「それで、勝てそうなんですか?」

「ああ」


 ラルフは小さく答えて、少しずつ迫りくる九つの竜巻を見つめる。

 出現した瞬間は、圧巻ともいえるその規模に意識を奪われたが……動揺を鎮め、冷静になって相手を観察すれば、そこに勝機を見ることはできた。 


「そうですか。なら――あのいけ好かないハトを、ぶちのめしてきてください」


 普段通り、欠片の動揺すらも見当たらない静謐な瞳を見つめ返すと、ラルフは自然と笑みがこぼれた。


「おう、兄ちゃんに任せとけ」


 トンッと軽く足を踏み出す。

 一歩目で体を前へ。

 二歩目で地面を強く踏みしめ。

 三歩で体を前傾に。

 そして、四歩目でトップスピードに乗る。

 眼前にはそびえ立つような風の壁。

 その壁に触れて巻き込まれた瞬間、即、敗北が決定するだろう。

 だが……ラルフは、恐れることなく竜巻の群れに突っ込んで行った。


――――――――――――――――――――――――――――



「あ……あぁ……」


 吹きすさぶ風の中にラルフの背中が消えると、ティアは力なく吐息をこぼした。

 たしかに、メンタルフィールドで負った傷は肉体にはフィードバックされない。

 だが……剥き出しの精神は傷を負い、最悪それは肉体へと影響を及ぼす可能性があるのだ。

 もしも、今回の戦いでラルフが目も当てられないような傷を負い、立ち上がることすらできないほどの傷を負ったら……。

 もしも、あの竜巻の中で学院長が言ったように四肢を失うようなことがあったら……。


「わ、私のせいだ……」


 最悪の可能性ばかりが頭の中をぐるぐるとまわる。

 初めて自分をかばってくれた人を、自分は死地に追い込んでしまったかもしれないのだ。

 そう思うと、眩暈がしてくるような気持ちだった。


「ティアさん……でしたっけ」


 だが、そんなティアの上から声が降ってくる。

 見上げれば、そこには湖水のように一切の動揺を感じさせないミリアが立っていた。


「自身の行いを悲観するのは結構ですが、せめて最後まで目をそらさず、兄さんの勝負の行方を見届けるのが貴女の役目ではありませんか」

「……ラルフのこと、心配じゃないんですか?」


 口ぶりからしてラルフの親類だとあたりを付けたティアは、微かな苛立ちを込めてミリアに問いかける。

 だが、それでもミリアは揺らがない。


「別に? あの人、道理とか常識を無茶と無謀でひっくり返すような人ですし。それに、もし負けてしまって死ぬわけじゃないんですから」

「でも! 後遺症が残るかもしれないって学院長が――」

「その時は、私が死ぬまであの人の世話をします。私は兄さんのことを愛してますから」


 ほぼ表情を変えることなく言い放たれた言葉に、ティアは二の句が告げなくなった。

 この少女は……ティアなどとは比べ物にならないほどの覚悟が持ってこの場に立っているのだろう。

 何も言えなくなってしまったティアを見下ろしながら、ミリアがため息をつく。


「そんな絶望的な顔をしないでください。大丈夫です。少なくとも、兄さんが勝つって言ったらそれは勝算があるってことなんですから。少し前まで、あんな小物とは比べ物にならないような化け物と打ち合っていましたし。それに頻繁に後遺症が残るようなシステムを導入するとは考えにくいですし、さっきの学園長の言葉には軽い脅しも入ってると思いますよ」

「でもぉ……」

「ほら、涙吹いて下さい。顔、ぐしゃぐしゃですよ」

「う、うん……」


 差し出された麻のハンカチでティアは涙をぬぐう。

 その間、戦況を見てみたミリアが、何かを確信したかのようにくすっと笑った。


「どうやら、心配いらないようですよ、ティアさん」

「え?」


 ティアは、ミリアの言葉に釣られるようにして顔を上げた。そして――


――――――――――――――――――――――――――――


「がっはぁっ!?」


 竜巻のコントロールに集中していたダスティンの顔面に、渾身の右ストレートが叩き込まれる。

 それで、ようやくラルフが眼前まで迫って来ていたことに気が付いたのだろう……ダスティンが驚愕に目を見開いた。


「ば、馬鹿な……! タイラントサイクロンを、抜けてきたと言うのぐあぁ!?」


 右の拳を引き、そこから更に一歩前へ。

 前進と同時に上体を全力でぶん回し、遠心力の乗った裏拳でダスティンの右頬を撃ちぬく。

 快音一打とともにその体が軽々と吹き飛んでゆく。


「お前があの霊術を制御できていないってのは、見ていてよく分かった」


 一気に駆け寄り、体勢を立て直そうとしていたダスティンの足元を素早く払う。

 空中でもがくように傾いだダスティンに、落ちろとばかりに追撃の肘を打ち下ろす。


「ごっはっ!? ど、どうして……!」 

「吹き上げられた芝生の動きだよ」


 くの字に折れて背中から地面に激突する――その前に、ラルフは地面とダスティンの間に素早く足を滑り込ませた。

 そして、ダスティンの上体を蹴り上げることで、強引に立ち上がらせる。


「巻き上げられた芝生は遥か上空に昇ってゆくのに、ある一点だけ芝生がその場でグルグルと滞留してたんだよ」


 まっすぐに帰ってきたダスティンのわき腹に、斜め下から抉り抜くように一打。

 慣性に流される前に全身で制動を掛け、素早く拳を引く。

 そして、左足をまっすぐに踏み出すと同時に、腰だめに構えた拳を、ダスティンの鳩尾目がけて叩き込んだ。


「がっ!?」


 重い打撃音と衝撃が背中を突き抜け、ダスティンの体がまっすぐに吹き飛ぶ。

 まさに怒涛の連打。

 着実に、確実に、ダメージの抜けきらない場所に拳を叩き込んでゆく。


「案の定、そこからまっすぐに抜けられたよ。抜けてみりゃ、お前は制御で一杯一杯って感じで、俺が目の前に来ることすら気が付いていなかったしな」


 無論、何も無事に抜けられたわけではない。

 周囲の竜巻の余波や、高速で回転する石や飛散物に全身ズタズタに切り裂かれ、切り傷を上げたらきりがない。

 だが……それでも、こうして拳が届く距離まで来ることができた。


「ぐ、が、あぐ……な、舐めるなぁッ!!」


 微かにできた隙――それをついて、ダスティンの神装が輝く。

 次の瞬間、ラルフの拳がダスティンを打ち据える一歩手前で止まる。

 ウィンドメイル……一度はラルフの拳を完全に止めた初級防御霊術だ。

 しかし――


「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」


 咆哮! 咆哮! 咆哮!

 阻む透明な鎧を貫けとばかりに、ラルフは咆哮を上げてさらに拳を押し込む。

 ラルフの手を包み込む力場と、ウィンドメイルが激突しバチバチと悲鳴を上げる。


「く、いい加減にくたばれ、山猿ッ!!」

「引いてたまるか! 諦めてたまるか! 俺は……もう二度と目の前で大切な人が泣かなくていいように! 無力な自分を悔やまなくていいように強くなったんだ!」


 さらに一歩。


「お前みたいなやつに……負けてたまるかぁぁぁぁぁぁッ!!」



 『その言葉、しかと受け止めた!』



 心の内側、どこかで喜色の滲んだ声が響く。

 それは真紅のイメージと共にラルフの心を覆い、包み込んでゆく。

 激しく、強く、けれど、どこか暖かくて優しい真紅の色。


 『勇敢なる心に猛き炎の祝福を。さぁ……己が拳に意志を灯せ!』


 そして、炎が灯った。

 ウィンドメイルと拮抗していたラルフの拳が灼熱の真紅を纏い、燃え上がったのである。


「な、何……!? 貴様、それはっ!?」


 違和感や疑問などない。

 まるで、昔からそうであったかのように、ラルフは右拳を引いて握り直す。

 その瞬間、右手の甲に浮かび上がったハートの紋様が激しく発光し、灯っていた炎が爆発的に火力を上げた。

 危険の予兆を感じ取ったのだろう、すぐさま回避の体勢を取ったダスティンだったが……もう遅い。

「打ち貫けッ!!」

 今持てる全力全開をこの一打に。



「ブレイズインパクトォォォォォォォォォォォッ!!」



 拳の直撃と同時に右腕に込められた衝撃と熱量が解放される。

 ラルフとダスティンが立っている一体の芝を一瞬で焼き尽くしながら炸裂した炎は、風の鎧を易々と食い破り、ダスティンに直撃した。


「があぁぁぁッ!」


 悲鳴を上げながらその体が燃え上がった……その瞬間にダスティンの姿が掻き消えた。

 恐らくは致命的なダメージを負ったと判断されたのだろう。

 ガラスを叩き割ったような甲高い音ともに、その姿が燐光となり散ってゆく。

 勝者、ラルフ・ティファート! という声が歓声を伴って聞こえてくるが……すでに満身創痍のラルフにはどこか他人事のように聞こえていた。

 顔を向けてみれば、ティアとミリアがこちらに向かって駆けてきている姿が見える。

 どうやら、メンタルフィールドが解かれたのだろう。

 確認してみれば、体には傷一つできていない。

 まあ、精神にダメージが来ると言うのは本当のようで、まだ痛みは継続して続いている。


『うむ、見事だったぞ、ラルフよ』

「あぁ、ありが……とう……」


 頭の上から聞こえてきた声に反射的に返答したラルフは、そのままゆっくりと後ろに倒れ込んだ。

 意識を手放す瞬間、先ほどの声は一体誰の声だったんだろうかと言う疑問が浮かんだものの……それもすぐに闇へと溶けてしまったのであった……。



 こうしてラルフは保健室に運び込まれ、燃え盛る赤いヒヨコ――アルティアと出会うことになるのであった。

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