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灼熱無双のフレイムハート~創世の獣と聖樹の物語~  作者: 秋津呉羽
四章 リンク対抗団体戦~蒼穹への翼、覚醒のフレイムハート~
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陽だまりの冒険者、出陣

「作為的なものを感じます」


 人でにぎわう闘技場の隅で、ミリアは表情を険しくして語る。

 本日はリンク対抗団体戦、当日。

 対抗団体戦は、数多くのリンクが存在する関係上、開催場所は鍛錬場と闘技場に分割され、数日間にわたって行われる。

 ラルフ達『陽だまりの冒険者』は闘技場を分割した第八フィールドで戦うこととなった。

 今は、前のリンクが戦い終えるまでの待機時間なのだが……その場にいる全員の表情は暗い。

 それもそのはず。

 このリンクの屋台骨ともいえる人物――アレット・クロフォードが病に臥せって、この場に来ることができなかったのだ。

 昨日から体調が悪そうにしていたのだが、今朝になって本格的に体調が悪化……立つのもやっとという状況であった。

 幸いにも、早々にリンク対抗団体戦を勝利で終えた花鳥風月のリーダー、シア・インクレディスが看病をしてくれているため、ラルフ達はこうしてこの場に来ることができたのだが……それでもリンクメンバーの気分は暗澹たるものであった。


「作為って……どういうことだよ?」


 そして、そこに来てのミリアのセリフだ。

 ラルフは首を捻りながら、ミリアに聞き返す。


「お医者様が、姉さんの病気は典型的なウェルシュ風邪だと仰っていました……。確かにウェルシュ風邪は治療法が確立されていない時代には、『死風病』と呼ばれたほどに感染力が強い病気です。しかし……ウェルシュ風邪は年末や年初めの寒い時期にしか流行らないはず。今のこの時期になって、健康優良児の姉さんが罹病するのは疑問が残ります」


 そう言って、ミリアは意見を求める様にチェリルに顔を向けると、チェリルもまた頷き返す。


「正確に言えば、年中ウェルシュ風邪の報告は来てるんだけど、この時期に掛かるのは老人とか子供みたいに抵抗力が弱い人ばかりだ。一応、アレット先輩の血液を採取したから、後で病原体を単離してみるけど……培養株の可能性が高いなぁ」


 チェリルの言葉に、ティアが眉をひそめる。


「培養株って……それ、病原体を増やして、クロフォード先輩に感染させたってこと?」

「そゆこと。どれだけ健康なアレット先輩でも、病原体が蔓延した部屋に長時間いれば、罹病してしまうさ」


 女性陣三人が難しい顔をする中、こっそりとその場を離れたラルフは、視線を肩へ。


「なぁ、アルティア。つまりどういうこと?」

『誰かが、病気の菌を使ってアレットに風邪をひかせた可能性が高いという話だ』

「なんだって!?」


 驚くタイミングが少し遅いが、ようやくラルフが状況を飲み込んだ。


「一体誰がそんなこ……まさか」


 ラルフが表情を歪めて言葉を切ると、その先を見越してティアが頷く。


「セイクリッドリッター。この状況で得する相手なんて、それぐらいしかいないもの」

「まさか、ここまで汚い手を使ってくるとは思ってもみませんでしたね……警戒はしていましたが、それでもここまでやるとは」


 何せ、セイクリッドリッターの妨害工作がある可能性が高いということで、ここ数日間、ティアとチェリルはミリアの部屋に泊まりに来ていたぐらいだ。

 アレットは単身でも何とかなると、自分の部屋を使っていたのだが……まさか、ここまで手の込んだ手段に訴えてくるとは思ってもみなかった。


「……ボク達、アレット先輩抜きで戦わないといけないのかな」


 ぽつっと呟かれたチェリルの言葉に、全員が押し黙る。

 この場にいるのは、ラルフを除けば全員が実戦経験の不足した一年生――対するセイクリッドリッターは実戦経験豊富な三年を中心にした選りすぐりの精鋭達だ。

 初のリンク対抗団体戦を行うにはあまりにも荷が重い。

 全員が不安に陥るのも当然と言えば当然だった。


「随分と陰鬱な空気を出してるな、陽だまりの冒険者共」


 その時だった、ラルフ達の背後を優越感で歪んだ声が叩いた。

 振り返れば、そこには学生服の上から軽鎧と外套を纏ったセイクリッドリッターの一団が立っていた。

 そして、その先頭に立っている男――ドミニク・ボンドヴィルがにやりと笑った。


「おや、アレット・クロフォードがいないようだな。覚悟しろ、とメッセージを受けていたのだが……怖気づいて、尻尾を巻いて逃げ出したか?」

「お前ら……!」

『どの口がほざくかッ!! 卑怯者どもめ! アレットが病で臥せるように仕組んだのは貴様だろうに!』


 ラルフとアルティアが、女性陣を護るように前へ出てドミニクを睨み付ける。

 対するドミニクは余裕綽々と言った様子で肩をすくめてみせる。


「何を言っている。リンク対抗団体戦までに自身のコンディションをベストに整えられなかった、クロフォードの落ち度だろう。違うか?」

「よくもそんなことが平然とした顔で言えるな……ッ!」

「自明の理を説いているだけに過ぎない。物わかりの悪い猿共には高尚過ぎたか?」


 背後で笑い声を上げるセイクリッドリッターのメンバー達。

 歯を食いしばって睨み付けてくるラルフを睥睨し、ドミニクは裂けたような笑みを浮かべる。


「そんなに俺達が気にくわないなら……ここでやり合っても俺は一向に構わないぞ? それで、試合本番に出られなくなっても知らんがな!」


 ドミニクの言葉に背後のシルフェリス達が、身構える。

 さすが……というべきか、一軍のシルフェリス達は余り隙が見当たらない。

 一人一人を相手にするなら特筆する者はないかもしれないが、これが霊術込みの集団戦になった場合は話が別だ。やはり、相手の練度は高いと言わざるを得ない。

 ここで戦いになっても利になることなどない……それは相手も分かっているはずだ。

 だが、分かっていてもなお、数をモノにこうやって挑発をしているのだろう。

 今は堪えろと――ミリアが背後からラルフの服の裾を軽く引いてくる。

 屈辱を感じながら、ラルフは一歩後ろに引いて……。


「ほぉ、随分と面白いことをしていると見える。ならば、我も混ぜもらおうか。先ほど戦った相手では喰い足りなくてな、ちょうど腹が減っていた所だ」


 横合いから割り込んできた第三者の声に、ラルフを除く誰もが硬直した。


「ぐ……グレン・ロード……っ!!」

「どうしたドミニク。顔色が悪いではないか」


 くっくっくっ、と笑いながら現れたのは鮮血の色をした瞳と、紫紺の短髪、そして、黒い角を持つドミニオスの覇者――グレン・ロードだった。

 つい先ほど、この男がリーダーを務める最強のリンク『ファンタズム・シーカーズ』の戦いが終わったのだが……その内容は、とても戦いといえるものではなかった。

 一方的な蹂躙というに相応しい、ワンサイドゲーム。

 ファンタズム・シーカーズはグレンを含む三人で出場したのだが、それでもフルメンバーで挑んだ相手リンクを倒すのに一分もかからなかった。

 そして、やはりというべきか、その中でもグレンの実力は群を抜いていた――なにせ、魔力を纏わせた拳の一振りで地面にクレーターを作り、対戦相手を四名消し飛ばしたのだから。

 メンタルフィールド内でなければ、大惨事となっていたであろう。

 そんな男が目の前に現れたのだ……セイクリッドリッターの面子が顔を引きつらせるのも、しょうがないというものだろう。

 グレンは双方の間に割って入り、気安い仕草でラルフの肩を叩いた。


「無論、我はこちらに付かせてもらうが。人数からして妥当だと思わんか?」

「角持ちの分際でぇぇぇ……ッ!」


 怨嗟の声を響かせるドミニクに対し、醒めた表情でグレンが一歩前に踏み出す。

 それだけ……たったそれだけのことで、空気が電気を帯びたかのようにピリピリと緊張し出す。

 シルフェリス達の中でも数名、すでに腰が引けている者がいるが……実際に、ここ数日間グレンと組手をしてその強さを良く知っているラルフは、相手を笑うことはできなかった。


「そんなに我が気にくわないなら……ここでやり合っても我は一向に構わんが?」


 グレンは、ドミニクの口調を真似ると、先ほどラルフに叩き付けた言葉をそっくりそのまま返す。

 顔面を真っ赤にしてグレンとラルフと睨み付けていたドミニクだったが、大きく舌打ちをすると、肩をいからせて無言のまま踵を返して去って行った。


「よく見ておけラルフ。ああいう男を指して『底が知れる』というのだ。お前はあのような安い男にはなってくれるな」

「は、はい!」


 ピンと背筋を伸ばして答えるラルフに頷き返すと、グレンは一同を見回し、思わずといった感じで苦笑を浮かべる。


「なるほど、層々たる面子だ」

「それは嫌味ですか」

「いや、皮肉だ」


 ミリアの険のある言葉をあっさりとひっくり返しながら、グレンは指で顎を擦った。 


「だが、どうあがいても勝てないというメンバーでもない。ラルフ、この戦い、お前がどこまで最前線に立って踏ん張れるかが勝負の分かれ目になる。後衛に食い込まれたら負けだと思え」

「はい!」


 ラルフが緊張しているということを見通したのだろう。

 グレンは小さく笑うと、拳を作って軽くラルフの額を小突いた。


「気負うな。お前は、アレット・クロフォードのいないこの試合……どう思う?」

「その、悔しいですけど……厳しい試合にはなると思います」


 ラルフの素直な意見に、グレンは頷いて応えた。

 頷いて――猛獣のように凶悪な笑みを浮かべる。


「そうだな。だが、よもや、負ける可能性を考えているわけではあるまい?」


 内心の不安を言い当てられ、言葉に詰まるラルフに、グレンは言葉を連ねる。


「お前達は四名、相手は十名。何を恐れる、『たかが二倍程度』の戦力差だ」


 この場にいた誰もが不安に思っていた単語を、グレンはバッサリと切り捨てる。

 ぽかんと、呆気にとられるメンバーを見回し、そして、最後にラルフを見下ろす。


「その程度の差、お前の拳で埋めてしまえ。焦らず、驕らず、急かず、いつものお前の十全を用いて、一人ずつ確実に沈めて行け。それともお前は、あのような底の浅い男と戦う前から、地面を無様に這いつくばる自分を想像してるのか?」

「いえ、違います!! 絶対勝ちます!」


 勢い込んで断言するラルフの言葉に、グレンは満足そうに口の端を釣り上げた。


「よく言い切った。相手の不正も、お前達の不利も、その拳で全て覆してこい」

「はい! ありがとうございました!」


 直立不動で腰を折るラルフの背をポンッと軽く叩いて、グレンは颯爽と立ち去ってゆく。

 それを、腰を折って見送ったラルフだったが、顔を上げるとグッと拳を握った。


「よっしゃぁ、やってやるぜぇぇぇぇぇ!」

「うわぁ、単純だね」

「でも、恐ろしいほど口達者ですね……人心掌握に長けているというべきか」

『ああ、ドミニクを指して底が知れるというなら、あの男は底が知れぬというべきか』


 この短期間でラルフの性格を完全に熟知したのだろう。

 良い意味で煽られたラルフは、先ほどとは打って変わってテンションが青天井だ。

 <フレイムハート>が発動していないにもかかわらず、背後に燃える炎を幻視するほどである。

 ラルフは鼻息荒く拳を握りしめると、三人の方へと顔を向ける。


「どっちにしろ、アイツらと試合するんだ。ここで不安がって小さくなってるよりも、やる気を出した方が現実的だと思ったんだよ」

「兄さんが、まともなこと言ってる……」

「どういうことだよ!?」


 そう言ってミリアの言葉に突っ込んだ時、ふと、遠くから視線を感じて顔を向ける。

 たくさんの人々が行きかう中、遠くにクレアとドミニクが何かを言い合っているのを見て取ることができた。

 あまり友好的とは言い難い空気の中、悔しそうにクレアが唇を噛みしめる横を、ドミニク達一団が通り過ぎてゆく。

 クレアは顔を上げると、ラルフと視線を合わせ、申し訳なさそうに頭を深く深く下げた。

 何があったのかは分からないが……それでも、クレアはクレアで苦心してくれたのだろう。

 だから、ラルフは二カッと笑って拳を作ると、それを突きだして見せる。

 その動作を見て目を丸くしたクレアは、けれど、綻ぶように微笑んだ。


<<次の試合、セイクリッドリッター VS 陽だまりの冒険者を行います。関係者は闘技場の第八フィールドに集合してください>>


「そろそろ出陣だね」


 ティアがそう言って、大きく深呼吸をしている。

 緊張するティア、少し涙目なチェリル、緊張を通り過ぎ深く集中しているミリア――三人の姿を見回し、ラルフが口を開く。


「チェリル、敵の霊術の妨害は任せるよ。ティア、君の援護がどうしても必要だ。ミリア、かなり無茶するから回復期待してる。前衛は任せろ――十人分の攻撃は俺が一手に引き受ける。後ろには絶対に通さない」


 オープンフィンガーグローブを装着し、拳を打ちつけるラルフ。

 グレンとの一幕で気合は――心の力は十分すぎるほどに充実している。

 今ならば、心の力を使う特訓の成果を出せるだろう。


「よし、行くぞッ!!」


 意気十分。

 陽だまりの冒険者、初陣であった。


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