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灼熱無双のフレイムハート~創世の獣と聖樹の物語~  作者: 秋津呉羽
四章 リンク対抗団体戦~蒼穹への翼、覚醒のフレイムハート~
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お姉ちゃんは怒っています

 リンク対抗団体戦まで、あと残り七日となった。

 各自、特訓に励むと同時に、リンク内でもアレットを中心としてリンク対抗団体戦の細かい注意点や、集団戦での基本的な立ち回りを練習してきた。

 そして本日は、バイトをお休みしてメンタルフィールドを使った実戦訓練を行うことになった。

 場所は普段ラルフが使っている鍛錬場とは別の、リンク単位で使えるような大きめの鍛錬場だ。

 残りの期間で、セイクリッドリッターというよりも、対シルフェリスの戦い方をアレットから徹底的にレクチャーしてもらうことになっているのだが……。


「……皆、大丈夫?」


 心配そうに言うアレットの視線の先には、明らかに寝不足なティアとチェリル、そして、すでに疲労困憊でぶっ倒れそうなラルフがいる。

 体調が万全なのはミリアだけという状況だ……本当に大丈夫なのかと心配しそうになるほどコンディション最悪である。

 ティアはうっすらと目の下にくまを作ったまま、小さく手を振って見せる。


「大丈夫ですよ。チェリルと新しい霊術について色々とやってて、少し睡眠時間を削ってるだけですから。大丈夫よね、チェリル」

「ボク、眠い……帰りたい……」

「チェ~リ~ル~!」


 ゆさゆさとチェリルを揺さぶるティアの隣で、ミリアが汗だくになっているラルフを見て、呆れたように目を細めている。


「それで、兄さんは何があったんですか」

「さ、さっきまで……グレン先輩と……組手を……」

「なんでそんな人に目を付けられてるんですか」

『ここ最近の習慣だ。朝はアルベルト殿と、そして放課後はバイトまでグレン・ロードと組手、という感じで過ごしているからな』


 ミリアの質問にアルティアが代わりに応えてみせる。

 ともかく、<フレイムハート>を使いこなすために、ラルフはひたすら実戦形式で鍛錬を続けているのである。

 理屈だけでどうにかできるなら楽だろうが、扱うのは心の力という、極めてあやふやな代物だ……もう、体で直接覚えるしかないというのがラルフの出した答えだった。

 そんなこんなで、アルベルトとグレンに頼み込んで、鍛錬に付き合ってもらっているのである。

 ちなみにだが、グレンは拳一つで真っ向勝負を仕掛けてくるラルフと組手をするのが面白いらしく、嬉々として訓練に付き合ってくれている。

 まぁ、一切手加減も限度もないため、毎回ボコボコにされるのだが。

 そんな一年生組を眺めたアレットは、心配そうに首を傾げる。


「……今日は練習止めとく?」

「うん、ボクは――」

「やります!!」

「やる!!」


 チェリルの言葉を吹き飛ばす勢いでティアとラルフが返答する。

 そして、二人とも飢えた狼のような瞳でチェリルの方へ、ぐるぅりと顔を向ける。


「う、うぅ、やるよ。やりますよぅ。だからそんな怖い目で見ないでよぅ!」


 無言のプレッシャーに怯えながらヤケクソ気味に叫ぶチェリル。


『ふむ、モチベーションは高いな』

「コンディションは最悪ですが」


 アルティアの感想通り、モチベーションは高いと判断したのだろう……アレットが苦笑を浮かべながら、メンタルフィールドを展開しようとした――その時だった。


「おや、そこにいるのは陽だまりの冒険者達ではないか!」


 貸し切りにしてあるはずの鍛錬場の一角に、聞き慣れない第三者の声が響き渡った。

 息を荒げていたラルフは、滴る汗をグイッと拭うと顔を上げた。

 眼前には、交差した双剣と盾の意匠が縫い込まれた、真紅の外套を纏ったシルフェリスの集団が立っていた。その数、十。


 ――セイクリッドリッターか……!


 ヒッと小さく悲鳴を上げて、チェリルがラルフの背中に隠れる。

 それもそうだろう……相手は明確な威圧感をまとい、こちらを挑発するようなニヤニヤとした笑みを浮かべているのだ。チェリルでなくとも、相手にしたいとは思うまい。


「何の用だ。ここはアレット姉ちゃんが借りた場所だぞ」

「いいではないか、お前たちのリンクは、どうせこの人数しかいないのだろう? 場所がもったいないと思わないのか?」


 先頭の一人がそう言って軽く肩をすくめると、背後の男達が失笑を漏らす。

 その言葉に苛立ちを募らせたラルフが、詰め寄るために一歩前に――出ようとして、横から伸びてきた手に遮られた。


「アレット姉ちゃん……」


 凪いだ風のように表情を変えないアレットは、ジッとセイクリッドリッターの面子を見詰める。


「……一軍じゃないね。それで何の用? 要件があるなら簡潔に」

「話の分かる犬っころじゃないか」

「んだと!?」

「……ラルフ、抑える」


 ブツッとラルフの堪忍袋の緒が切れかける。

 この少年、自分に対する罵詈雑言には耐性があるのだが、近しい人を悪く言われると、割とあっけなく沸点に達する。

 綱に繋がれた猛犬のように歯を剥き出しにして敵意を表すラルフを嘲笑い、男は腰に差していた剣をアレットに突きつけた。


「我らと勝負しろ。こちらもリンク対抗団体戦前で練習相手を探していたんだ。お前達が見つかってちょうどよかった」

「ふざけんな! 誰がお前ら何かと――」

「……うん、良いよ」

「は!?」


 あまりにもあっけなく承諾してしまったアレットに、ラルフは思わず振り返った。

 そこにいるのは相変わらず、飄々としているアレット……特に何かを気負った様子もない。


「あ、あの、クロフォード先輩……」

「……言いたいことは分かるけど、この人達に勝てないと本番は確実に勝てないよ?」


 心配そうに声を掛けてくるティアに、アレットは首を横に振って見せる。

 確かに、二軍の連中に勝てなければ、一軍の連中には勝てる道理はない。

 だが、それでも、すんなりとは納得できないラルフとティアは複雑な表情だ。


「そうかそうか。物わかりが良くて助かる。おい、メンタルフィールドを展開しろ」


 先頭の男はメンバーにそう指示すると、ラルフ達を見てニッと笑った。


「それと言っておくが、これは実戦形式の練習だ。例え大怪我を負って、リンク対抗団体戦に出れなくなったとしても、恨んでくれるなよ? これは勝負なんだからな」

「それが狙いですか」


 ミリアが嫌悪感を表情に浮かべながら吐き捨てる。

 十対五のリンク戦――数字だけを見ればこの時点で圧倒的な差がついている。おまけに、こちらは実戦経験が不足している一年生が四名。

 目の前のシルフェリス達は、数の暴力でラルフ達を蹂躙し、メンタルフィールド内で大怪我を負わせることが目的なのだろう。

 もちろん、本番であるリンク対抗団体戦で、少しでもラルフ達が不利になるようにだ。

 メンタルフィールドが展開し、セイクリッドリッターと陽だまりの冒険者、二つのリンクを包み込む……こうなってしまっては、もう戦うしかない。


「分かった……やってやるよ」


 ラルフは低く唸るような声でそう告げると、オープンフィンガーグローブを装着し、拳を打ちつけて力場を発生させる。

 手の甲にはすでにハートのモチーフが浮かび上がり、真紅に発光している。


『ラルフよ、遠慮はいらん。徹底的にやってしまえ』

「任せろ。こんな奴らに負けてたまるか。特訓の成果を見せる時だ」


 スイッチが入れば、あとは全力で相手を打倒するだけだ。

 完全に戦闘モードに入っているラルフは、構えを取って意識を前方に向ける。

 セイクリッドリッターもメンタルフィールドが展開されたことを確認し、全員が一斉に神装を発現している。

 近接戦闘型の神装と、霊術用に特化した神装もみられる……何にせよ、後衛と前衛がバランスよく構成されていることが見て取れた。

 ラルフがちらりと背後を見れば、そこには神装を発現して構えているティア、ミリア、チェリルの姿がある。

 緊張で表情が強張っているものの、それでも瞳は相手をしっかりと見据えている。

 それを確認したラルフは、アレットに声を掛ける。


「相手は十人……後衛を護らないとだから、俺とアレット姉ちゃんが速攻を掛けて、短時間で前衛を可能な限り倒す方がいいよな」

「…………」

「? アレット姉ちゃん?」


 鍛錬場に設置されたメンタルフィールド発生装置が、無機質な声でカウントダウンを開始する。

 その声を聞きながら、真横に立っているアレットの顔を覗きこんだラルフは――凍り付いた。

 そして、カウントがゼロとなり、リンク戦が開始される。

 勝負が開始されると同時に起こった変化は二つ。

 一つは、ラルフの隣にいたアレットが消えたこと。

 二つは、セイクリッドリッターの前衛の内――二人の頭が胴体と泣き別れしたこと。

 恐らく、斬られたという実感すらなかったであろう。

 ガラスを割るような音と共に二人の体が虚空へと溶けて消える中、敵陣のど真ん中に忽然と現れたアレットを前にして、誰もが言葉を失った。


「……これは勝負。大怪我をしてもしょうがない、そうだよね」


 手にした神装<白桜>が剣呑な輝きを放つ。

 そして、それ以上に、アレットの眼光が酷薄ともいえる鋭さを持ってセイクリッドリッターのメンバーを貫く。

 普段のアレットからは想像もつかないほどに煮えたぎった怒り……その熱に当てられ、セイクリッドリッターだけでなく、ラルフ達も完全に硬直していた。


「……私の可愛い後輩を、随分といじめてくれたらしいね」

「く、この畜生風情がぁぁぁッ!!」


 前衛の一人が叫びながら剣型の神装でアレットに斬りかかる。

 疾走の勢いを乗せた全力の唐竹割り……これに対し、アレットは<白桜>を差し出すように前へ。

 そして、神装同士が激突するその絶妙なタイミングで、アレットは手首のクッションを柔らかく利用して、相手の剣撃を容易く受け流した。

 その動きはまるで、掴もうと伸ばした手から、するりと逃げる綿毛のように軽やかで。

 完全に攻撃を受け流され、上体が崩れた相手を、すれ違い様に一太刀で切り払う。


「……貴方達がラルフとティアさんを痛めつけた一軍じゃないのは残念。だから、ドミニク達に伝えておいて」


 砕け散った三人目には目もくれず、アレットは<白桜>をリーダー格の男に突きつけた。


「……覚悟しておけ、と」

「ふ、ふざけるな!」

「……ふざけてるのはそっち。手を出した相手が犬ではなく、牙を持つ狼だったことを後悔しながら、疾く去ね」


 その言葉を叩き付けると同時、再びアレットの姿掻き消える――否、掻き消えたと錯覚するほどの速度で、相手に斬りかかった。

 セイクリッドリッターのメンバーが悲鳴と怒号の中で逃げ惑う姿を、ラルフ達一年生メンバーは唖然として眺めていたのであった……。


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