幕間 作戦会議~セイクリッドリッター~
「今回のリンク対抗団体戦の相手は、アレット・クロフォードを頂く陽だまりの冒険者にしようと考えています」
二十あるリンクハウスのうちの一つ――セイクリッドリッターのリンクハウスに、クレア・ソルヴィムの声が響き渡った。
リンクハウスの壁には、翼を象った紋様が描かれたシルフェリスの巨大な国旗が張られており、その存在を強く主張している。
更にいえば、リンクハウスの中央に鎮座する机と椅子も、シルフェリスの空に浮かぶ大陸『エア・クリア』を支える浮遊樹から切り出した一品であり、床に敷いてある絨毯も、その他の調度品も、執拗なまでに全てが『エア・クリア』で造られたものであった。
この学院は五つの種族が生活を共にする地だ。
それ故に、様々な文化が混ざりあい、独特な生活観が形成されている。
マナマリオスが造った先進的な設備が生活を潤し、ビースティスの木材と石を調和させた建築物が軒を連ね、シルフェリスの霊術を利用した道具が活躍し、ドミニオスで発展した金属を独自に加工する技術が街並みを鮮やかに輝かせ、ヒューマニスの地で採れた特殊な鉱物が珍重される。
だからこそ――このように、シルフェリスの文化一色ということは、意図的に他の文化を排斥しない限りありえない。
リンクハウスの内装は使用しているリンクが自由にして良いため、そのリンクの気質がハッキリと現れるわけだが……このリンクハウスも例外ではないようだ。
選ばれた十名の者が付くことができる、長机の最奥に座るクレアから発せられた発表に、この場に集まってシルフェリス達がざわつく。
陽だまりの冒険者――それが二年『煌』クラス筆頭のアレット・クロフォードの単独リンクだということは、割と有名だ。
だが、最近になってそのリンクには変わり種の一年生が四名加入したことも、また有名であった。
何せ、そのうち二人を最近決闘で下したばかりなのだから。
「はっ、あのような下賤な輩の吹き溜まりが次の相手とは」
セイクリッドリッターの実質的なリーダーであるドミニクの言葉に、周囲のメンバーから失笑が漏れる。
セイクリッドリッターというリンクの性質上しょうがないことではあるが、この場にいる者全員が、シルフェリスことが最も優良たる種族という、選民思想の持ち主だ。
彼らがヒューマニスや黒翼の所属するリンクを『吹き溜まり』と称するのは、至極当然のことだった。
だが、油断する彼等とは対照的に、クレアは表情を引き締めて声を上げる。
「油断していい相手ではありません。あのリンクには蒼銀の狼姫・アレット・クロフォードに、霊術の天才であるチェリル・ミオ・レインフィールドがいるのです」
――そして、あの少年も。
内心でクレアはそう付け加えた。
燃え上がる炎にも似た真紅の瞳をした少年。
権謀術数のシルフェリスの貴族界で生まれ育ったクレアは、『人』の汚さを良く知っていた。
人は人を笑って蹴落とし、その不幸で己の安寧を得るのだと、嫌でも理解している。
だが、そんなクレアの認識を払拭するほどに――愚直すぎるほどに真っ直ぐな瞳を持った少年だった。
クレアはそこに強さを見た気がした。
単純な腕力の話ではなく、それ以外の、人という存在の根幹の話だ。
確証も根拠もない……だが、クレアはあの少年こそが、アレットやチェリルよりも注意すべき相手なのではないかと感じていた。
奇しくもそれは、アルベルトやグレンが、ラルフに見出した可能性と全く同じモノだったのだが……それはクレアの知ることではない。
そんな時、一人の少年が立ち上がる。
最近、このセイクリッドリッターに加入した一年生――ダスティン・バルハウスだ。
「あのリングには黒翼がいます。クレア様の御父上――ザイナリア卿を殺そうとした男の血を引くあの女がいるのです! クレア様、ドミニク団長、この身は未熟ではありますが、今回の戦い……私も参加させていただけないでしょうかっ!」
「ダスティン……」
勢い込んだ若き神装使いの言葉に、クレアは少し困ったように眉を寄せた。
実はこのダスティンという少年……他のシルフェリスとは少々毛色が違う。
過去、バルハウス家の当主であるダスティンの父が、重病に掛かった時、クレアの神装の『再生』によって辛くも一命を取り留めたことがあったのだ。
その件でクレアに強い恩を感じているこの少年は、このリンクでも唯一、クレアに対して心の底からの忠誠を誓っている。
ティアに対して憎しみを抱いているのは、『黒翼』だからという訳ではなく、クレアの父親を殺そうとした一族の娘だから……なのである。
入学式の時、人目を気にすることなくティアを糾弾したのも、そこら辺が原因なのだろう。
クレアがなんと返答すべきか迷っていると、すぐ傍に座っていたドミニクが、小さく笑って口を開いた。
「ははは、まぁ、待てダスティン。クレア様に対するお前に忠誠は十分に分かったが、今回は身を引け」
「……く、ですがっ」
「我らセイクリッドリッターの精鋭が、黒翼にも正義の鉄槌を下してやろう。だから、お前は自分の実力を磨くことに専念しろ」
「分かりました……差し出がましいことを口にして、申し訳ありませんでした」
ダスティンは深く頭を下げて、一歩後ろに下がる。
そんなダスティンに内心で頭を下げたクレアは、集まった面々を見回し、本題に入る。
「私が言いたいことはもう一つあります……それは、正々堂々、陽だまりの冒険者と戦って欲しいということです」
このクレアの言葉に、ドミニクが大仰な仕草で胸に手を当てた。
「クレア様。ここに集いし者達は、卒業後に王女オルフィ・マクスウェル様をお護りする騎士にならんとする気高き者。この世に生を受けてから今まで、己の名誉を傷つけるような振る舞いをした者など一人もおりませぬ」
――何を白々しいことを。
クレアは無表情を取り繕いながら、苦々しい思いを飲み下した。
不意打ち・闇討ち上等。
末端のメンバーを使い、対戦相手のリンクメンバーを戦いの前から潰したり、数を頼りに脅したりしていることを、クレアは知っている。
リンク対抗団体戦の当日になって、唐突に相手のリンクのメンバーが減ることなんてザラだ。
それに二日前にティアとラルフを数に任せて襲撃した件もある……。
だが、それを指摘したところでノラリクラリとかわされるだけだということは、クレアも理解している。
ままならぬ現実を前にして、微かな苛立ちを覚えるクレアだったが、それをグッと飲み込むと、もう一度全員を見回す。
「……分かりました。貴方達が己の誇りに違わぬ者達であることを信じましょう」
だが、この時クレアは気が付いていなかった。
クレアに見えぬ死角……そこで、ドミニクが他のメンバーに目配せをしてにやりと嗤ったことを……。




