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灼熱無双のフレイムハート~創世の獣と聖樹の物語~  作者: 秋津呉羽
四章 リンク対抗団体戦~蒼穹への翼、覚醒のフレイムハート~
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彼女の弱さ、彼女の強さ

新春あけましておめでとうございます。

今年もどうぞよろしくお願いします!

「はい、おしまい」


 ティアがそう言って歌を締めくくると、ラルフは閉じていた目を開いた。


「あの時は意識が朦朧としてたからハッキリとは聞けなかったけどさ……本当に歌が上手いんだな」

「ありがと。歌うことは私が唯一自信のあることだから、そう言ってくれると嬉しい」


 ティアはそう言うと、静かに俯いた。


「そう、唯一……たった一つだけ、自信のあること」

「……ティア?」


 歌っていた時とは対照的に、沈み込んで行くティアの声。

 自嘲気味に笑ったティアは、一瞬だけ躊躇うように言葉を詰まらせたが……震える吐息に声を乗せた。


「ごめんね……」

「謝られることなんてないぞ」


 唐突な謝罪を、ラルフは条件反射で切って捨てる。

 ティアが気にしていることは何となく察しているからこそ、その謝罪だけは受けられない。

 しかし、それでもティアは止まらない。

 まるで……己の内にある澱を吐き出すように。


「あはは。だって、私、この学院に来てからずっと、ずっとラルフの足を引っ張ってるじゃない」


 ヘドロのように重く、粘度の高い言葉は、先ほどの歌とはあまりにも違って。


「入学式の時もそう、喫茶店でバイトできるようになった時もそう、基礎実力試験の時もそう、そして、昨日の決闘もそう……私は何もしてない。何も、できなかった」

「あのな、ティア」

「私はラルフの頑張りに便乗してるだけ。ラルフが傷ついて、血を流して、満身創痍で倒れて……私はただラルフに護られているだけ。そして、評価と結果だけはラルフと同じものを貰って。いや、そうじゃないわね」

「いや、ちょっと待て」


 ティアは頭を振って、自分自身の言葉を否定し……更に自分の傷口を広げてゆく。


「私がいなかったら、ラルフはもっと上手くやれてた。足を引っ張る私がラルフの傍にいたから、ラルフは私を護るためにいつだって傷ついて。私……なんかが……いたから……」

「戻ってこい! そして聞け、ティア!!」

「ヤダ!」


 自傷するかのようなティアの言葉を止めるために発したラルフの言葉は、けれど、更に強いティアの言葉によって押しつぶされた。

 あまりにも強いその言葉に怯んだラルフに対し、ティアはラルフの瞳を真っ向から……まるで、睨み付けるような鋭さをもって見据えてくる。


「違うって言えるの!? 昨日だって、私を庇ってアンタは倒れて! ボロボロで指一本動かせなくなったくせに、私が危なくなったらまた立ち上がって!」

「そりゃ助けるだろ!」

「アンタが目の前で倒れる所を何度も見せられるこっちの身にもなれ、分からず屋!!」

「俺だってそんな不甲斐ない姿、見せたくないに決まってるだろ、バカ!!」


 互いの心中を吐き出し、ぶつけ合い、唸り声を上げながら睨み合う。

 目じり一杯に涙を浮かべたティアは、強く自身の拳を握り、まるで懺悔するように言葉を紡ぐ。


「もうラルフが傷つく所なんて見たくないよ……」


 ひっく、ひっく、としゃくり上げながら、ティアは言う。


「クロフォード先輩は凄く強くて、チェリルは並外れて頭が良くて、ミリアは特別な力を持っていて……私は、何もできなくて、弱っちくて……」


 きっと、もうティア自身も止められないのだろう。

 今まで必死に堰き止めていた劣等感や自分に対する自信の無さが、溢れる様にして言葉となって流れてゆく。


「私……は、なんで、ひっく、こんなに、弱いんだろ……」


 ぽろっと、一粒涙が零れ落ちると、それを皮切りに次々とティアの頬を涙が流れてゆく。

 輝く涙を前に大きく動揺したものの、何とかそれを自分の内側に押し込んだラルフは、少し照れくささを感じながら、静かに口を開いた。


「俺は別にティアを一方的に護ってるつもりはないって」

「でも、私、何もできてないし……」

「結果云々は置いといても、ティアはいつだって俺を助けようとしてくれるだろ? なんだかんだ言いながら、いつだって俺の無茶に付き合ってくれるし」


 ラルフが戦う時はいつだってティアは傍にいてくれた。

 怯え竦んで動けないこともあったかもしれないし、嫌だと文句を言うこともあったかもしれないが……それでも、ラルフが戦う時にはいつも助けてくれた。


「俺はそれだけでも十分ティアに感謝してる。誰も味方がいない苦しさは、ティアもよく分かるだろ。自分のことを信じてくれて、そして、力を貸してくれる人がいることが、どれだけ心強いことか……俺だって良く知ってる」


 幼少時代、ミリアを助けるためにラルフは常に一人だった。

 誰も信じることができず、誰も頼ることができず、依るべきものがないまま一人で戦い続けることの何と厳しいことか。

 だからこそ……隣に立ってくれる人がいることは、ラルフにとって幸いでしかない。

 ポンッとラルフはティアの両肩に手を置くと、涙で潤んだ碧眼を真正面から見つめる。


「俺が無茶できるのも、ガムシャラになれるのも、ティアが隣にいてくれるからだ。それに、自分のことが弱いって思うのは俺も同じ……だから、これから一緒に頑張って強くなろう」


 そう言って、ラルフはニッと太陽のような笑みを浮かべた。


「ティアが隣にいてくれるなら、俺、もっと強くなれるから」


 偽りのない、心から思った言葉。

 でも、彼女はそれを拒絶するように、ぐしゅぐしゅと泣きながら、首を横に振る。


「ぐす、なんでアンタは、私が欲しがってる言葉を、そうやって……。お前のせいだって怒ってくれた方が――」

「そしたらティアが楽になるだけだろ。傷ついて楽になるだけだ。んなもん認められるか」


 ぶっきら棒にラルフが言うと、泣きながらティアがラルフを睨んでくる。


「ラルフ、なんて、ひぅ……大嫌い」

「さいですか」


 ラルフはそう言って、苦笑交じりにティアの言葉をかわす。

 だが……次のティアの動作はかわせなかった。


「え、ちょ、ティア……?」


 ティアの体がふらりと揺れ、ラルフのすっぽりと腕の中に収まったのだ。

 あまりにも唐突なことに完全に硬直するラルフを尻目に、ティアはラルフの服をギュッと握ると、胸元に顔を寄せる。


「どうして、私は……こんなに弱いんだろ。くや……しいよ、悔しいよ、ラルフ……」


 胸に額を押し当て、声を殺して泣くティアを前にして、顔を真っ赤にして硬直していたラルフだったが……何度か深呼吸をして、気持ちを落ち着ける。

 そして、ミリアが落ち込んだ時にしてやるように、ポンポンと、柔らかい黄金の髪を撫でてやる。まるで、幼子をあやすように。

 胸に伝わって来るティアの体の温もりを前にして、どうしても頬から熱が抜けないまま、ラルフは空を眺め、ティアが泣き止むのをいつまでも待ち続けたのだった……。



――――――――――――――――――――――――――――



 ゆっくりと沈みゆく太陽に伴って、周囲の風景が茜色に染まってゆく。

 流れる水の音と、木々を優しく揺らす風の音、そして、泣き疲れてそのままラルフの腕の中で眠ってしまったティアの寝息を聞きながら、ラルフは小さく欠伸を漏らした。


『よく寝ているな』

「ん、もしかしたら、ずっと眠れてなかったのかもなぁ」 


 責任感の強いティアのことだ、決闘でラルフが倒れたのを自分のせいだと思い悩み、今の今までずっと自分を責めていたのかもしれない。

 眠るティアの髪を撫でながら、ラルフは遠く空を見詰める。


「なぁ、アルティア」

『なんだ?』

「俺、頑張ってもっと強くなるよ。これ以上、心配かけたくない」

『……そうか。ふふ、お前達を見ていると昔を思い出すよ』


 笑みを含んだアルティアの声に、ラルフは首を傾げる。


「何かあったの?」

『私の親友に恋人同士だった二人がいたのだよ。女の方は能天気というか、お気楽な性格をしていてなぁ……今のラルフとティアのように、よく男に引っ付いては、そのまま眠りこけていたよ』

「俺とティアは恋人同士じゃないんだけど……」

『そう照れるな。分かっている』


 どこか余裕を漂わせるアルティアの声に、ラルフは気まずげに身じろぎした。

 だが、実際の所、ラルフの腕の中にいるティアの寝顔は安堵しきっており、彼女にとってラルフ・ティファートという男がどういう存在なのかを如実に表しているのだが……女性経験がほぼゼロのラルフでは、それに気が付くことができなかった。

 ティア本人も、その事を自覚しているかどうか、定かではないが。


「ん……」


 その時、ティアの艶やかな唇から、吐息のような声が漏れた。

 ようやく起きたかと、ラルフが視線を下げると、ティアがもぞもぞと動いて顔を上げる所だった。

 寝起きのためだろうか……普段は勝気な碧眼がとろんと蕩けて涙で潤み、小さく開いた唇からは背筋がゾクリとするほど艶めかしい吐息がこぼれている。

 総じて、普段の彼女からは考えられない程に妖艶であった。


「んー?」


 まだ頭が働いていないのだろう。

 まるで、親鳥を待つ雛鳥のように首を傾げ、ティアはラルフの顔をじっと見つめている。

 ラルフは不覚にも頬が熱くなるのを止められず、ティアの瞳に吸い寄せられたかのように、彼女から視線が外せない。

 すこし顔を傾ければキスできそうなほどの近距離で、互いに見つめあったまま数秒が過ぎ、意識がハッキリとしてきたのだろう……ティアの瞳が焦点を結び始める。

 ようやく今の状況を理解したのか、彼女の頬が羞恥と共に朱に染まってゆく。


「お、おはよう、ティア」

「~~~~~~ッ!!」


 ラルフの一言で完全覚醒したティアが、声ならぬ声を上げる。

 パクパクと口を動かすティアの肩に手を置き、ラルフはそっと体を離した。

 離れて行く彼女の温もりと柔らかさが、惜しいと思ってしまうのは男の性か。

 対するティアは俯いたまま無言で、プルプルと体を震わせている……よくよく見れば、髪から覗く耳が茹ったように真っ赤になっている。

 ラルフは何と声を掛けたものかと悩んだものの……曖昧な笑みを浮かべながら、頬をポリポリと掻いた。


「えっと……よく眠れた?」

「……スケベ」

「なんでそうなる」


 反論の言葉に普段の勢いはない。

 鈍いという意味では(主にミリアから)定評のあるラルフだが、さしもの彼もティアほどの美少女に密着されて、下心を抱かなかったわけではないのだから。


「わ、私……その、あの……き、今日は帰るね!」

「お、おう!」


 さすがにこの気恥ずかしい空気と、ラルフの頭の上でほくほくと保護者のような笑みを浮かべるアルティアに耐えきれなかったのか、ティアが急いで立ち上がる。

 と……その時、ティアの胸ポケットからポロリと小さなメモ帳が零れ落ちた。

 随分と使い込まれているのだろう。地面に落ちた拍子にページがめくれ中身が白日にさらされる。

 中腰のまま固まっているティアには申し訳ないと頭の片隅で思いながらも、ラルフの視線がめくられたページに吸い寄せられる。

 そこに書かれた内容はこんな感じだった。



 

 この胸に秘めた想いはとても大きくて

 言葉にするには勇気が足りない

 だから今、歌にして貴方に届けよう

 この歌が永久に愛する貴方の心に響くように

 聞こえていますか、私の想いが

 届いていますか、この――




「ぎゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁあっ!?」


 ティアがとても人様には聞かせられない悲鳴を上げて、メモ帳をぶんどった。

 たぶん、昼寝をしている猫の尻尾を踏んだらこんな声が出るだろうなーと、他人事のように思ったラルフは、地面から視線を上げてティアの顔へ。

 そこには、先ほどとは違う意味で泣きそうになっているティアがいた。


「…………………………見た?」

「ポエム?」

「うぅぅぅ―! もういやぁ、なんで今日はラルフの前でこんなに醜態ばっかり晒すのよぉ……」

「ポエムですか、ティア先生?」

「二度も繰り返すな!」


 ティアは叫んだあと、肺が空っぽになるような大きなため息を付き、メモ帳を胸に抱いた。


「歌詞よ。歌、歌うのも好きだけど、創るのも好きだから、インスピレーションが沸いたら、こうやって書いてるの」


照れた様子で視線を逸らしながらも、そのノートはとても大切そうに抱きしめられている。

 ティアの態度にしても、使い古されている割に小奇麗な表紙にしても、彼女がそのノートを大切に使っていることが見て取れた。

 本当に歌が好きなのだろう――ラルフは小さく笑みを浮かべる。


「好きなものがあるっていいことじゃないか。俺も拳術が好きだから、修行も楽しいしな」

「……私も霊術が好きになれればなぁ」


 心底羨ましいという感じでティアが呟くと、ラルフは腕を組んで首を捻る。


「俺から見れば、霊術も歌も似ているけどなぁ。ほら、さっき見たティアの書いた歌詞だけど、霊術の詠唱と似てるじゃん。いっそのこと、霊術も歌っちゃえば?」

「…………っ」


 ラルフからすれば、冗談を言ったに過ぎなかった。

 だが……それは、ティアにとって天啓にも等しい閃きを与える一言だった。


「そっか……そうだ。『歌にすればいいんだ』」

「え?」

「ありがとうラルフ! 私、ちょっとチェリルの所に行ってくる!」

「え!? え、何事!?」


 完全に混乱の極致にいるラルフとは対照的に、晴れ晴れとした表情でティアは手を振って駆けてゆく。

 その場に完全に取り残されたラルフは唖然としていたが……先ほどのティアの表情を思い出して、何だか胸が軽くなった。


「置いてかれたな……。じゃぁ、俺達も帰ろうか、アルティア」

『うむ、それについては同意だが……ラルフよ』

「ん、何?」

『ミリアの件はどうするのだ?』

「あ……」


 結局、その日寮に帰ったラルフは、ガラスをぶち破ったことで寮母さんにしこたま怒られた後、ミリアに深夜まで正座で説教を食らうことになるのだが……まぁ、自業自得である。

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