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灼熱無双のフレイムハート~創世の獣と聖樹の物語~  作者: 秋津呉羽
四章 リンク対抗団体戦~蒼穹への翼、覚醒のフレイムハート~
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森の中の泉

 寮を追い出されたラルフは、とりあえずトラムに乗って学院まで来ていた。

 今日は休日……本当ならば、早朝鍛錬で疲れた体を癒すために、惰眠をむさぼろうかと考えていたのだが、それはどうやら叶わないようだ。

 何をしようかと考えながら、ぼんやりと空を見上げたラルフだったが……自然と、先ほどまでのクレアとの会話が思い浮かぶ。

 そして、その中でも印象に残ったのが、ティアとクレアの関係についてだ。


 ――ティア、大丈夫かなぁ。


 合わせて、昨日の喫茶店で意気消沈したティアのことが思い返される。

 俯き、悔しげに唇を噛み、泣き出しそうに眉を寄せるティアの姿。


「……………………様子、見に行くか」

『ティアか?』

「ん、まぁね」


 微かに躊躇った後、ラルフは進路を北へ。

 ティアの住んでいる所はシルフェリスの寮なのだが……さすがにシルフェリス寮行きのトラムに乗るほど、ラルフも神経が図太くなかった。

 何せ、これから戦うセイクリッドリッターも全員がシルフェリスなのだ。

 言い方は悪くなるが、シルフェリス寮行きのトラムに乗るということは、敵の巣窟に向かって一方通行ということに他ならない。


 ――そう考えると、ティアが置かれてる立場って厳しいよなぁ。


 まぁ、ティアが住んでいる場所は女子寮だから、まだマシなのかもしれないが。

 とりあえず、ラルフはトラムに乗るのではなく、徒歩でシルフェリス寮へと向かうことにした。

 幸いにも時間は腐るほどある……気分転換にもちょうどいいだろう。

 ラルフはトラムの線路沿いに、ゆっくりとした足取りで歩きはじめる。

 夏も近いこの時期、線路を挟むように広がる森は目にまぶしいほどの緑を茂らせ、生命を謳歌している。

 遠くから、そして近くから聞こえてくる蝉の大合唱に耳を傾けながら、木々達が提供してくれる影を伝って歩いてゆく。

 この学院に来てから毎日が忙しく、ドタバタとしていたためか……こうしてのんびりとするのは随分と久しぶりなようにラルフには思えた。


『平和だな』

「うん、そうだね。こうしてると、終世獣がこの世界で暴れてるなんて、信じられないよ」


 ファンタズ・アル・シエルでは人類に対して殺意の牙を剥き出しにする終世獣が跋扈しているという……実際に、その現場に居合わせたことがないラルフには、まだ実感を得ることができなかった。


「終世獣がいなくなれば、世界も平和になるのになぁ」

『本当に……そうだろうか』

「え?」


 恐らく、アルティア自身も意図しなかった発言だったのだろう。

 頭上のアルティアが小さく震えた後、まるで何かを誤魔化すように笑い声が聞こえてきた。


『はは、すまない。ちょっと考え事をしていてな。気にしないでくれ』

「……うん」


 言葉の中に微かに潜んだ悲哀……それを感じ取ったラルフだったが、それ故に何も言うことができなかった。

 双方ともに無言、ただ、セミの鳴き声だけが空隙を満たすように鳴り響く。

 だからだろうか……ラルフは静寂に微かに混じる歌声を聞き取ることができた。


「ティアの、声?」


 耳を凝らし、音の位置を探ると、ラルフは線路沿いの道を外れ、森の中へと足を踏み出した。

 腐葉土の道なき道を、微かに聞こえてくる歌に導かれるようにしてラルフは歩いてゆく。

 先に進むにつれて涼やかで、透明な歌声が次第にハッキリと聞こえるようになる。

 そして――。


「おぉ…………」


 ラルフが辿り着いたのは、森の中に隠れるように存在する小さな泉だった。

 湧水が貯まって泉となったのだろうそこは、少し開けた空間となっており、澄んだ水をなみなみと湛えていた。

 そして、泉の縁に目的の人物はいた。

 裸足になった足を泉に浸し、指先で水と戯れながら、歌声を響かせるティアの姿。

 その姿はまるで枠で切り取られた絵画のようで……芸術という言葉とは無縁のラルフですら、眼前の光景に見とれて意識を奪われてしまった。

 微かに頭を揺らしてリズムを取りながら、ティアは優しい歌を紡ぐ。

 以前、朦朧とする意識の中で一度だけ聞いたことがあるティアの歌声だが……改めて聞いても、その声は本当に綺麗だった。

 耳で聞く以上に、心に直接触れ、浸透してくるような旋律。

 いっそのこと、魔性と言っても過言ではない程に、その歌声は美しかった。


『心が澄んでいくようだ……なぁ、ラルフ』

「え……あ、うん……」


 本当ならば、盗み聞きのようなことをせず、ティアに声を掛けるべきなのだろう。

 だが、そうすることで、この歌を止めてしまうことが、なぜかとても惜しいと思ってしまう。

 まるで、その場に縛り付けられてしまったかのように動けないラルフだったが……とうとう声を掛けるよりも前に、ティアにその姿を気付かれてしまった。


「え!? ラルフとアルティア!? い、いつからそこにいたの!?」

「あ、えーっと……ついさっき?」

「なんで疑問形なのよ……」


 まさか、このような場所で出会うとは思っていなかったのだろう……ティアが目を丸くしている。


「あのさ、隣に行ってもいい?」


 ラルフの言葉に、ティアはこくんと頷くことで応える。

 ラルフは柔らかな下草を踏みしめ、ティアの傍まで近づくと、その場で腰を下ろした。


「…………」

「…………」


 双方無言。

 普段、教室で顔を合わせれば自然と話題が沸いて、会話に困ることはない仲なのだが……なぜか、今は互いに言葉が出なかった。

 少し照れくさそうにソッポを向くティアと、困ったように頬を掻くラルフ。

 ただ、いつまでもこうしてはいられまい……最初に口火を切ったのはラルフだった。


「ここでよく、歌ってるの?」

「ん……まぁね」


 ティアはそう答えて、足先で水を軽く蹴り上げる。


「寮ではあんまり居場所ないから。休日に自室にずっと引き籠ってるのも気が滅入るし……。ほんとに偶然ここを見つけたんだけど、誰も来ないし、邪魔されないから一人になりたい時はよく来てるの」

「え、じゃぁ俺、邪魔した?」

「ばーか」


 気まずそうなラルフの言葉に、微笑み交じりの柔らかい文句が返ってくる。

 ホッとすると同時に……ラルフは内心で唸り声を上げた。

 やはり、というべきか寮内のティアの立ち位置というものは非常に厳しいもののようだ。

 ちらりと表情を盗み見ると、ティアの横顔はどこか憂いに満ちていて……ラルフは何とも言えない気持ちになる。

 そんなラルフの視線に気が付いたのだろう、ティアは首を傾げて問いかけてくる。


「そういうラルフこそ、こんな所に何の用よ。ここらへん、シルフェリスの寮近くよ?」

「ああうん、なんかティアのことが心配になって――」


 と、そこまで言って、はたと気が付いて言葉を止める。

 条件反射で応えてしまったが、それは普通、本人に直接言うものではあるまい。

 気まずげに視線を逸らすと、ティアが人差し指で頬を突いて追撃してきた。


「うりうり、続きを言いなさいよー」

「うっさい!」


 どことなく嬉しそうなティアの指を払いのけたラルフは、咳払いを一つすると、気を取り直してティアと向かい合う。


「あのさ、アルベルト先輩と戦って保健室に運び込まれた時にも言ったけど……ティアの歌、改めて聞かせて欲しい」

「ああ、そう言えばそんな約束もしてたわね」


 ここが彼女のホームグラウンドだからだろうか……どことなく普段よりも柔らかい表情を浮かべながら、ティアは小さく頷いた。


「ん、良いよ。今日はお休みだからサービスね」

「おぉ! じゃぁ、静かにしてるよ」


 ワクワクしながら黙り込んだラルフの前で、ティアが喉の調子を確かめる様に、軽く発声をした後……ゆっくりと歌い始めた。

 高い空に静かに吸い込まれてゆくような旋律が紡がれる。

 水のせせらぎを伴奏とするように、淡く、優しく、包み込むような歌声が泉に満ちてゆく。

 先ほども聞いていたが……やはり、とても心地よい。

 硬く凝り固まった心が、優しくほどかれていくような感覚に浸っていると、そのまま眠りに陥ってしまいそうになる。

 自然と体がリズムを取るのに任せながら、ラルフは小さく笑う。

 胸に手を当てながら歌うティアの表情はとても穏やかで、心底歌が好きなのだとひしひしと伝わって来る。

 その表情を見ていてふと思った――ティアがこんな風に無防備な表情をしていたことが何度あっただろうか、と。

 いつだって強気で、気を張っていて、負けず嫌いで……まるで、何かに負けないように必死で自分を鼓舞しているかのようで。


 ――歌ってるティアこそ、飾らない本当のティアなのかもな。


 ラルフはそう思いながら、目を閉じる。

 考える事や、やらなければならない事はたくさんあって……でも、今だけは贅沢に時間を使っても許されるんじゃないかと、そんなことを思いながら。

実家に帰る&風邪をぶっこいてしまったこともあり、少しだけ更新をお休みします。風邪なんて久しぶりに引いた……。

次の投稿は一月四日~五日になると思います。

それでは、よいお年を!

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