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灼熱無双のフレイムハート~創世の獣と聖樹の物語~  作者: 秋津呉羽
四章 リンク対抗団体戦~蒼穹への翼、覚醒のフレイムハート~
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秘密特訓開始~ティアの場合~

 ラルフがアルベルトと訓練を開始したちょうどその頃。

 数多くある鍛錬場の一つでラルフと同じように鍛錬に励む者の姿があった。

 黄金の髪に、空を思わせる碧眼を有するシルフェリスの少女――ティア・フローレスである。

 実は彼女、ほぼ毎日、この鍛錬場を利用して霊術の鍛錬をしているのである。

 基礎実力試験の時、ラルフが『ティアの霊術の使い方が上手くなっている』といった言葉は、まさにこのような縁の下の努力があったからこそなのである。


「はぁ、はぁ、は……ぁ」


 荒々しく息を付きながら、神装<ラズライト>を構え、ティアは目をつぶる。

 脳筋のラルフほど体力があるわけではない彼女は、夜明け前に起きて、体力づくりの一環として長時間かけてこの鍛錬場までランニングしているのだ。

 フラフラになりながら何とか鍛錬場までたどり着くと、そこから、霊術の鍛錬を開始する。

 今日の鍛錬は、ティアが最も苦手とする霊力の収束だ。


「ふ……」


 呼気を整え、意識を集中する。

 まずは自身の周囲に漂う霊力の流れを感知し、そこに自身の意志を通じさせるところから霊術は始まる。

 世界に漂う霊力はそれこそ無限……とまではいかないまでも膨大だ。

 その膨大に存在する霊力を、霊術の媒体となる神装に収束させる。

 そして、収束させた霊力は詠唱と結びの言葉、そして、使用者の強いイメージによって事象に変換され、霊術となる。

 つまり、強力な霊術を使用したければ、収束の段階で可能な限り多くの霊力を、神装に収束させなければならない。

 遠くからでも確認できる篝火を焚きたければ、大量の薪が必要であることと道理は同じだ。

 だが、ティアはこの収束を最も苦手としていた。

 最初の実技の授業でラルフの背中に雷撃を誤射してしまったのを反省し、霊術を狙い通りに撃つ練習を繰り返し、その精度は上がったのだが……この収束の工程だけは未だに上達の兆しがない。


「う……く……」


 目を閉じ、眉間にしわを寄せ、霊力を<ラズライト>へ収束させるために集中するのだが……一定量の霊力が収束すると、それ以上はすぐに霧散してしまう。

 目を閉じ、集中力を高めた状態でこの体たらく。

 戦闘中は敵の攻撃を回避したり、走ったりしながらこの工程を踏まなければならないのだ……色々と絶望的だった。


「ぅ……はぁ、はぁ……もぅ、なんでよぉ……」


 かれこれこの収束の鍛錬だけで二時間近く……完全に集中を切らしたティアは、<ラズライト>から手を離して、その場でへたり込んだ。

 前回のセイクリッドリッターとの決闘で、ダスティンに霊術で押し負けたのも、この収束が甘かったからだ……だからこそ、次の戦いまでに何とか上達しなければならない。

 そうしなければ、またラルフが霊術の餌食になってしまうかもしれない。


「私、才能ないのかなぁ……」


 脳裏にちらつくのはラルフが力なく地面に崩れ落ちる瞬間の光景。

 思い出せば出すほど、焦燥が胸を焼き、何とかしなければという想いが募るのだが……その想いに自分の能力が付いて行かない。

 焦れば焦るだけ、形のない化け物のような何かがティアを追い詰めてゆく。


「ん……っ……」


 じわっと視界が滲む。

 涙が貯まり、それが頬を滑り落ちそうになる。

 だが、涙が頬へ落ちるよりも早く、ティアは自分の袖で目じりを荒々しく拭った。

 泣いたら負けだと……黒翼を背に負うてから、そう自分に言い聞かせて今の今まで頑張ってきたのだ。

 ティアの心に残っていた意地が、涙を流すことを拒んだ。


「今日はもう帰ろう……」


 フラフラの足に喝を入れて、ティアは立ち上がった。

 今日は休日だが、さすがにこの時間帯になるとトラムも動き出している……落ち込んだ気分を引きずらぬためにもティアは一端鍛錬を切り上げることにした。

 ティアは大きくため息をつきながら身支度を整えると、鍛錬場から外へ出て……そこで、見知った姿を見かけた。


「チェリルさん?」

「…………ぅ、フローレスさん……?」


 朝日に焼かれるゾンビのように、フラフラと頼りない足取りでトラム乗り場の方へ向かっていたのは、チェリル・ミオ・レインフィールドその人であった。

 元々、超インドア派の彼女は元気溌剌という言葉から遠くにいるような少女なのだが……今日の彼女は輪をかけてその印象を強めていた。

 虚ろな瞳に、くっきりとその存在感を主張しているクマ、頬も心なしかコケて見えるし、髪も肌もパサパサと……不健康が服を着て歩いているような惨状である。

 その姿に一瞬引いたティアだったが、気を取り直して近づくと、少し屈んで顔を覗きこんだ。


「あの、大丈夫?」

「ぁ、うん、えっと……大丈夫、だから」


 ティアはチェリルとまだあまり面識がない。

 そのせいだろうか……人見知りの激しいチェリルは、ティアに話しかけられたことに狼狽した様子で視線を彷徨わせる。

 何とも言えない沈黙が二人の間に堆積する。

 それが気まずさへと姿を変えるのも時間の問題だと思われたが……


 きゅ~~


 チェリルのお腹が随分と可愛らしい声で鳴いた。

 バッと自分の腹を抑えたチェリルは、見ている方が気の毒なるほど顔を赤くすると、涙目になりながら、わたわたと手を振った。


「あ、あの、ボク、その、何か食べに行くから! だから、もう行くね!」

「ちょっと待って!」


 ティアはそう叫ぶと、一目散に逃げようとしていたチェリルの手を掴んだ。

 小さく悲鳴を上げてプルプルと震えるチェリルに申し訳ないと思いながらも、ティアはこれ以上怯えさせないように笑顔を作った。


「えっと、チェリルさん。今日じゃなくていいんだけど、私に霊術のことを教えて欲しいの。今、色々と行き詰ってて……だから、もしよければ貴女の力を借りたいの。ダメ……かな?」


 うかがうようにティアはチェリルに懇願する。

 実技試験中の上級霊術にしてもそうだが、チェリルは霊術に関して造詣が深い。

 彼女から助言を貰うことができれば、完全に袋小路に迷ってしまっているティアも、そこから抜け出すことができるかもしれない。

 真剣なティアの瞳に何かを感じたのだろう……チェリルは上目遣いでティアの様子を窺っていたが、意を決したように口を開いた。


「……フローレスさん、ご飯作れたよね?」

「え? うん。一応、自炊はしてるから」

「じ、じゃぁ、今からアトリエでご飯作って。そしたら、教えてあげる」


 おっかなびっくりといった風情で提案するチェリル。

 意外な交換条件を提示されたティアは、驚きに目を見開いたが……すぐに表情を綻ばせた。


「そっか、分かった! それじゃ、腕によりを掛けて作るね」

「う、うん……」


 ティアの言葉に、チェリルはようやく小さくだが、笑みを浮かべたのであった。


――――――――――――――――――――――――――――

 

 それから少しして、場所は移ってチェリルのアトリエ。

 どうやら、チェリルは昨日徹夜で実験を繰り返していたらしく、そのせいでこうも悲惨な状況に陥っていたらしい。

 なんでも、気が付けばすでに太陽が昇っている上に、ろくに食事もとっていなかったせいか力も出ない……そんなこんなで、苦渋の決断として学食に行くところで、ティアと鉢合わせたのだとか。


「もぐもぐ……霊力の収束かぁ。それは『練習量×才能』といっても過言じゃないから、自分が才能ないと思うなら練習あるのみだと思う。とりあえず、一朝一夕で何とかなる問題じゃないね」

「ぐぬぅ……」


 アトリエの冷蔵箱に置いてあったありあわせの材料で作った、ティア特製のハニートーストを齧りながら、満足げに頬を緩ませるチェリルが、平然と言い放つ。

 その言葉を聞いて、ティアはガックリと肩を落とした――初手から崖下に蹴り落とされた気分である。

 やはり、そう上手い話はないか……そう諦めかけたティアに、チェリルは言葉を続ける。


「だから、やり方を変える方法で行ってみたらいいんじゃないかな?」

「やり方を、変える?」


 オウム返しに聞き返すティアに、チェリルは頷いてみせる。


「収束した霊力を霊術に変換する際に、必ずロスが生じる。だから、このロスを極限まで減らす方法で霊術を組み立てるのさ」

「でも、そんなこと――」

「できる。少なくともボクはそうしてる」


 チェリルはそう断言すると、左手でハニートーストを齧りながら、右手で鉛筆を握ると、傍に置いてあった紙にさらさらと文字を書き始める。


「大体、シルフェリス式霊術は見栄えとか効果の面を気にしすぎてロスが大きすぎるんだ。例えば君が使っていたライトニングスカーで言えば、ここの霊術光化思考をもっとスマートにして、逆に霊術賦化思考をメインでもって来るのさ。ほら、ここで発動の時に結びの言葉を重ねて変えることにより……どうしたのさ、ハトが豆大砲食らったような顔して?」

「ごめん、普段、ラルフってこんな気分で授業を聞いてるのかなって思って」


 彼女が一体何を言っているのか……ティアにはさっぱり理解できなかった。

 一応、分かりやすいようにと紙に書いてくれているのだろうが、その紙に書かれた文字ですら、真夏の熱せられた大地に這い出たミミズが、苦悶してうねっているようにしか見えない。

 ティアの言葉に、ふむ、とチェリルは思案する。


「分かりやすくいうと、今の霊術っていうのは収束、変換、詠唱、発動のプロセスが画一化され過ぎているってことさ。大衆に霊術を教えやすくするためだってのは分かるけど、ちょっと無駄が多い上に、没個性的過ぎる」

「そう……なんだ」


 いまいち理解が及ばないティアは曖昧に頷く。

 そんなティアに気付いた様子もなく、チェリルはグッと拳を握りしめると声高々に言葉を連ねる。


「そうさ、霊術はもっと多彩で、柔軟で、自由であるべきなんだ! 分かりやすい形のある既存の霊術に頼るのも良いけれど、本当なら独自の……そう、それこそ自分の強みとなるようなオリジナルの霊術を持つべき! それが個人の強みになるはず!」

「そんな簡単なものなのかなぁ」

「もちろん簡単じゃない。けど、簡単じゃないからこそ、強みになるんじゃないか」


 チェリルはそこまで言うと、ハニートーストの最後の一欠けらを口に放り込み、モグモグと咀嚼し、ミルクを勢いよくあおる。

 話に熱中しすぎて、人見知りなどどこか遠くに飛んでしまっているチェリルを眺めながら、ティアは自分自身に浸透させるように口を開く。


「独自の霊術……か」


 ティア・フローレスのオリジナル霊術――そんなものがあれば、それはさぞ魅力的だろう。

 だが、そう甘い現実などあるはずもなく。


「でも、収束の工程がなぁ……」

「だから、自身の収束に依らない霊術を考え付けばいいのさ」

「うぅーむ」


 ティアがいくら頭をひねっても、そんなアイディアは欠片も出てこない。

 対するチェリルは散々喋ってすっきりしたのだろう……どこか晴れ晴れとした様子で、自分の指を舐めている。


「御馳走様。美味しかったぁ」

「お粗末様」


 先ほどまであれほど難しい話をしていたのに、こうしてみると年下にしか見えないから不思議なものである。

 チェリルは皿を横に避けると、ティアの方へと顔を向ける。


「リンク対抗団体戦までまだ時間あるし……何かアイディアがあったら持ってきてよ。ボクも一緒に形にする手伝いはするからさ」

「え、良いの?」

「もちろん、だって、その、ボクと君は、えっと……」


 急に歯切れが悪くなったチェリルは、少し顔を赤くすると、ソッポを向きながら――


「と、友達、だし……」

 

 ――やばい、この子滅茶苦茶可愛い。


 寮の自室に持って帰って、思う存分撫でまわしたくなる衝動に駆られたティアだったが、それをグッと抑えて笑みを作る。


「ありがとう……チェリル」


 敬称を抜いて呼び捨てで名を呼ぶと、チェリルはパアッと顔を輝かせた。


「うん、ティア!」


 ニコニコと満面の笑みを浮かべるチェリルの様子を微笑ましく思いながら、ティアは自分だけの霊術について思いを巡らせていた。

 

 ――じっくりと一人で考えてみようかな……。


 普段、一人になりたい時に足を運ぶ秘密の場所を思い浮かべ、ティアは決意を新たにするのであった……。


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