作戦会議~リベンジに燃えるヒヨコと少年~
「次の対戦相手はセイクリッドリッターにしたい」
その日の放課後……喫茶店『ディープフォレスト』にて、ラルフは集合したリンクメンバーに向かってそう言い放った。
「え、えぇぇぇぇぇ!?」
あまりにも唐突なその発言に、ティアを除いた全員が呆気にとられていたが……我に返ったチェリルが顔面蒼白になりながら、物凄い勢いで首を横に振る。
「い、いいいい嫌だよ!? セイクリッドリッターって、あのガラの悪いシルフェリスの集団だよね! ぼ、ボク、そんな人たちと戦いたくないよ!」
あうあうと涙目になっているチェリルの隣で、アレットが不思議そうに首を傾げながら、ラルフを見つめ返してくる。
「……ラルフ、その理由を聞かせてもらえる?」
「ぶっとばしたい」
「……おぉう」
ラルフの目が完全に据わっている。
こうなったラルフが相当めんどくさいということを知っているミリアが、ため息をつきながらラルフの頭の上にいるアルティアへ声を掛ける。
「アルティア、貴方からも兄さんに何とか言ってください」
『いや、私もラルフと同意見だ。あのような悪漢、放っておくわけにはいかん』
「この人達は……」
ミリアが頭痛を堪える様に眉間に人差し指を当てる。
熱しやすく猪突猛進なラルフを諫めたり、なだめたりする役目に回ることが多いアルティアだが……その実、根本的な所でラルフとは似た者同士なのである。
客観的に物事を見る目がある分冷静なだけで、一度、火がついてしまえばラルフと同じように方向転換をすることが難しくなる。
暑苦しく燃え上がる一人と一羽から視線を外したミリアは、隅で大人しくしていたティアの方へと歩み寄る。
「兄さんがこうなる理由って大体限られているんですが……ティアさん、何があったか知ってますか?」
「……うん、まぁ」
「思い出すのも嫌かもしれませんが、教えてもらえませんか? 私も色々と納得したいので」
普段は快活なティアの歯切れの悪い返答に、何かを察したのだろう。
ミリアはティアを気遣うように言葉を柔らかくして問う。
「あのね、今日の昼のことなんだけど――」
そう言って、ティアは今日の昼にあったセイクリッドリッター絡みの一連の出来事を説明した。
ラルフの頑なな姿勢に疑問符を浮かべていたリンクのメンバーたちだったが……ティアの説明を聞いて、全員が納得したような表情になった。
ティアの説明を聞き終えたミリアは、不快感を隠すことなく顔をしかめる。
「噂には聞いていましたが、随分と傲慢なリンクなんですね」
「……ラルフ、体の方はもう大丈夫?」
「ひと眠りして全快!」
「……相変わらず驚異の回復力」
実際、保健室でひと眠りして起きたら全快していたのだから恐ろしい。
メンタルフィールド内での攻撃は精神への攻撃と言い換えても良い。
つまり、精神的に打たれ強ければその分だけ、回復も早いのだ。
まぁ、この男の場合、打たれ強いというよりも単純と言った方が良いかもしれないが。
ラルフは拳を握りしめて、それを軽く柱に当てる。
「さっきアレット姉ちゃんに言ったみたいに、負けて悔しいからってのもあるんだけどさ……あの手の連中はこっちが無抵抗だと知ると、際限が無くなる」
そう言って、ラルフはどこか沈んだ様子のティアへ一瞬だけ視線を送ると、口を開く。
「だから、これからの学院生活を考えれば、一度、痛い目を見せてやりたいんだ」
「ティアさんのために、ですか」
「……ま、まぁ、それは置いといて」
ジトッと湿度の高い視線を送ってくるミリアから視線を逸らしたラルフは、チェリルの方へと向き直る。
「だからさ、チェリルは嫌かもしれないけど協力してほしいんだ」
「ボク、休日は盆栽の手入れをしてるような、穏やかな人と戦いたかったんだけどなぁ」
「とりあえず、戦いたくないのはよく分かったよ……」
砂糖をたっぷりと入れたココアを飲みながら言うチェリルに、ラルフはガクッと肩を落とした。
ちなみに、今日は仕事が立て込んでいるとかでレオナはいない。
このココアもティアが作った物だ。
「……ふぅむ、セイクリッドリッターと」
そんなラルフの隣では、アレットがリンク一覧のまとめられた小冊子をめくっている。
どうやら、彼女もあのエントランスには足を向けていたようだ。
ペラペラとページをめくっていたアレットは、とあるページでその手を止めた。
「……あった、セイクリッドリッター。ランクは十二位。構成員は十人。三年六名、二年四名構成。内訳、戦士科五名・霊術師科四名、治癒師科一名」
「攻守のバランスがとれていますね」
「……うん。これはドミニク先輩とクレア先輩がいる一軍だから」
何気なく発せられた言葉に、ミリアとラルフがピタリと動きを止めた。
ひしひしと嫌な予感を感じながら、ラルフとミリアはアレットの背後から小冊子を覗き込み……盛大に顔をひきつらせた。
「え、なにこれ。五軍まであるんだけど」
そう、ラルフの指摘通り小冊子にはセイクリッドリッターの文字が五つ並んでいたのである。
「……セイクリッドリッターは毎年加入者がとても多い。だから、リンクを複数に分けて、能力順に振り分けるんだって」
『あのような悪漢が率いるリンクに入りたがる者の心理が分からぬ……』
「……うーん、その心理は私にも分からないかな」
アルティアの言葉に、アレットは苦笑いを返す。
「ドミニクがいる一軍ってことは……俺が今日戦ったのは、一軍の連中ってことだよね?」
「……うん、そうだね。ラルフが戦いたいのは一軍なんでしょ?」
アレットの問いにラルフとアルティアは大きく頷く。
小冊子を難しい表情で睨んでいたミリアは、人差し指でクレア・ソルヴィムという名前をなぞる。
「私と同じ……『再生』の使い手」
「……うん、だからセイクリッドリッターの集団戦の成績はすごく良いんだよ」
アレットはそう言って、カウンターに置いてあった包装された飴玉を手に取り、机の上に並べ始める。
「……こんな感じで前衛五名に後衛四名。そして、さらにその後ろにクレア先輩。この布陣でかなり強引に攻めて行く。もちろんその分負傷も多いけれど……その時は、一時的に戦線を離脱してクレア先輩に回復してもらう。そしたらすぐに戦線復帰」
そう言いながら、アレットはミリアの方へ顔を向ける。
「……クレア先輩はそんなに強い霊術は使えない。けれど、それは『再生』の能力に特化したからだね。ミリアの『再生』も凄いけど、クレア先輩の『再生』はもっと凄い。外傷や内傷ならほぼ一瞬、おまけに体力や消耗した精神力まで回復しちゃう」
アレットの言葉にミリアは自分の掌を見て、信じられないとばかりに眉をひそめた。
「この能力は体力や精神力まで回復することができるんですか……?」
「……ひっはひうへはほとがなひからなんほもいえなほへほ」
「姉さん、とりあえず口いっぱいに飴玉頬張りながらしゃべるのは止めてください」
「……ほめんははひ」
口の中に入った十個の飴玉をガリガリと噛み砕いて飲み込んだアレットは、ミリアの問いに頷いて応える。
「……実際に受けたことがないから何ともな部分もあるけど、少なくとも、去年のセイクリッドリッターの戦いを観戦した限りでは、そうだと思うよ。明らかに動きが違ったから」
「…………」
ミリアは無言。
何か思う所があるのだろう……じっと自分の掌を見詰めて黙り込んでいる。
まるで母親のように優しい笑顔をミリアに向けた後、アレットはラルフの方へと向き直る。
「……でも、私達のリンクとセイクリッドリッターの相性は悪くないと思うよ?」
「本当!?」
「……うん、こっちにはチェリルがいるから」
ラルフとアレットの視線が自然とチェリルへと集中する。
元々甘いココアに、更に角砂糖をこれでもかとぶち込んでいたチェリルは、二人の視線を受けて完全に硬直した。
「な、なな、なんでボク!?」
「……シルフェリスを相手にする場合、脅威となるのは近接戦よりも霊術。でもチェリルなら、相手の霊術を発動前に打ち消す、もしくは、相殺することができるでしょ?」
「相手は四人だよ!?」
「……しかし、不可能じゃない。違う?」
「ぐぅ……」
恐らく、それは事実なのだろう。
ニコニコと笑みを浮かべながら追い討ちをかけたアレットに、チェリルは嫌な汗を流しながら視線を逸らした。
ヒューヒューと吹けもしない口笛を吹きながら、必死で明後日の方向を向き続けるチェリルだったが……ラルフは、そんなチェリルをキラキラと目を輝かせながら見つめる。
「すげえ! あの霊術を四人同時に……やっぱりチェリルって天才なんだな!」
ピクッとチェリルの体が震え、空気が抜けるような口笛も止んだ。
そんなチェリルの様子に気が付くことなく、ラルフは腕を組んでウンウンと頷く。
「俺、今日はその霊術にすごい苦しめられてさ。正直、霊術を撃ってくる相手が一人いるだけで、凄い攻め込みにくくなるんだ。でも、チェリルはあれを封じ込められるのか……凄いな!」
「ま、まぁ? ボクは天才だし?」
クルっとこちらに向き直り、チェリルは得意満面といった様子でぐるぐると、スプーンでココアをかき混ぜている。
「おぉ! でも、やっぱり四人同時に抑えるのって、きつかったりするのか?」
ラルフの問いに、チェリルはちっちっち、と人差し指を振って見せる。
「『発現』と『妨害』ではかかる手間が全然違う。ラルフも霊力の流れが見えているらしいけど、ボクはその流れから相手がどういう霊術を使うのか先読みできるのさ。ボクは、四種族全ての霊術を完璧に理解している……つまり、その流れをどのように歪めれば発現を阻止できるかも分かるのさ」
そう言いながら、チェリルは喫茶店の柱の一つを指差した。
「例えるなら、相手が必死に家を建てようとしている所で、柱を抜いてやる感じかな。そうすれば勝手に家は崩れる。相手の妨害を見越したうえで霊術構成を変えれば発現までもって行けるけれど……既存の霊術構成でしか霊術を発現できない凡百な連中相手なら、何十人いようともボクの敵じゃないね」
「全然わからなかったけど、とにかくチェリルは凄いんだな!」
『これほど雑な褒め方もそうそうあるまい……』
アルティアは呆れかえっているが……当のチェリルは鼻高々といった様子で、その薄っぺらい胸を存分に張っている。
「ふふん、そうだろうそうだろう。まぁ、ボクに任せておけば万事解決さ」
「おぉぉぉ! なんて頼もしい……なぁ、アレット姉ちゃんもそう思うだろ!」
ラルフの問いかけに、アレットは曖昧な笑みを浮かべている。
「……これはもう、一種の才能かな」
「え?」
「……うぅん、ラルフも凄いよって話」
キョトンとするラルフに、アレットは苦笑を向ける。
そして、話題を変える様にアレットは咳払いを一つすると、机に再び飴を五つ並べた。
「……後方はチェリルが抑えてくれる。そして、前衛の五名の内、四名を私が抑える」
「……え?」
さも当然の如くいうアレットに、ラルフは言葉を失う。
五名中四名を一人で抑える――近接戦に秀でたラルフだからこそ、それがどれだけ困難なのか理解できる。
ラルフが昼にダスティンとドミニクの二人を相手にして苦戦した通り、頭数が増えるということは、それだけ戦術の幅が広がることを意味している。
もしも、前後で挟み撃ちにされようものなら、それだけでも苦戦は必至。
それが四名――容易に取り囲まれるだろうし、連携が取れているなら絶え間なく波状攻撃が襲い掛かり、攻撃どころか防御ですら満足に出来ぬままに押しつぶされてしまうことだろう。
にもかかわらず、アレットは事もなげに抑えてみせると言ったのだ。
唖然としたまま硬直するラルフを不思議そうに見ていたアレットだったが、小冊子に乗っている『シルフェリス』という単語を、人差し指でトントンと叩いて見せる。
「……さっきも言ったけど、シルフェリスの真骨頂は霊術だし。近接戦なら、結構いけるよ」
ニコッと気負いもなく笑うアレットを見て、今更ながらに思い出す――彼女は二年『煌』筆頭、つまり、二学年最強の存在なのだと。
ただまぁ、当の本人はそんな事を露ほども感じさせないほどに、ぽやぽやとしているが。
神装<白桜>を持てば、まさに獅子奮迅の強さを発揮するのだが、それ以外の時の彼女は陽だまりで丸くなっている猫のようだと、ラルフは思う。
柔らかい笑みを浮かべたまま、アレットは小冊子に乗せていた指を滑らせると、ある男の名前の上でピタリと止めた。
「……そして、ティアとラルフの二人でドミニク先輩を抑えて欲しい」
「俺が、ドミニクを……?」
ラルフの疑問にアレットはコクンと頷く。
「……ラルフも一度戦ってるなら分かると思うけど、彼だけは別格。霊術も近接格闘もかなり高レベルだから、複数人を相手取りながら戦うのは厳しい。だから、ラルフに倒してほしい」
そう言って、アレットはラルフの頭にポンッと手を乗せると、まるで試すように首を傾げた。
「……できる?」
「うん、やってみせる! なぁ、ティア! ……ティア?」
そう言えば、先ほどからティアは一言も発していない。
一体どこにいるのかと思って辺りを見回してみれば、ティアは沈んだ表情のまま、無言で皿を洗い続けていた。
その愁いを帯びた表情に一瞬たじろいだラルフだったが、何とか気を取り直してティアに呼びかける。
「ティア、俺達でドミニクを倒そうな!」
「……え、あ、う、うん……」
「……」
その返答にも元気はない。
ティアに元気がないその原因に何となく心当たりがあるラルフは、ポリポリと後頭部を掻きながら言葉を探すが……何を言っても墓穴を掘るような気がして口をつぐんだ。
――やっぱ、ショックだったのかなぁ。
なにせ、今日の決闘でティアの霊術が全てダスティンによって打ち破られてしまったのだ。
ぽっきりと根元から自信をへし折られてしまったのだろう。
結局……バイトが終わるまで、ティアの沈んだ表情は晴れることはなかったのであった……。