再生の使い手――クレア・ソルヴィム
駆け出しながら、ラルフの両手の甲に浮かび上がったハートの紋様が輝き、炎を纏う。
目指すのは迅速なる決着。
ドミニクを速攻で無力化し、早くティアの援護に入るためだ。
視線を横にずらしてみれば、ティアとダスティンが互いに霊力を高めている……身の内を霊力で満たしながら牽制しあっていると言っても良い。
「よそ見をしている暇があると思うな、一年!!」
ドミニクがラルフと距離を取って踏み込み、<ヴァニティー>を大きく振り被る。
「ぬぉぉぉぉぉぉッ!!」
気合の咆哮と同時に、<ヴァニティー>が横一閃される。
重量のある長柄武器はどうしても攻撃の幅が大味になるし、その重量故に動作は鈍くならざるを得ない。
しかし……<ヴァニティー>は神装だ。
持主であるドミニクにとっては、羽のように軽く扱える絶対唯一の武器――だからこそ、<ヴァニティー>には長柄武器の常識が通じない。
「はや……っ!?」
まるで小剣を扱うような速度と鋭さで、研ぎ澄まされた刃が襲い掛かってくる。
振り抜かれた範囲からして左右に避けるのは不可能。
かといって、背後に引こうにもすでに勢いが付きすぎている。
ならば――
「……ッ!」
タンッとラルフは地面を蹴りつけると、前方に向けて跳躍した。
すぐ足元を<ヴァニティー>の刃が通り抜けてゆくのを確認しながら、ラルフは空中で姿勢を制御。
一気に懐に潜り込んで、顔面に燃える拳を叩き込まんとした――が。
『いかん、ラルフ! 刃が戻って来るぞ!』
「ぐ……ッ!」
対するドミニクは<ヴァニティー>を振るった動作を……次の斬撃の動作へと繋げた。
自身を独楽の軸のようにして<ヴァニティー>を一回転させ、遠心力をそのまま乗せた二撃目を繰り出してきたのである。
重量が殆どないからこそできる神速の二連撃。
遠心力による加速が乗っている分、一撃よりも更に強力な二撃目が、ラルフの眉間を狙って繰り出される。
「まず……くそッ!」
対するラルフは空中にいて体勢が安定しない。
ラルフは確実に自身の脳天を両断するために迫ってくる刃を見極め、苦肉の策として右の拳を直接叩き付けた。
凄まじく重い音が響くと同時に、ラルフの体が軽々と吹っ飛ぶ。
『大丈夫か、ラルフ!』
「く……右手が痺れて動かない……なんて馬鹿げた威力だよ……」
空中で軽やかに一回転して着地したラルフだったが……衝撃が骨の髄まで響いており、右手が痺れて動かない。
「はっ、凌いだか……噂も誇張という訳ではないようだ」
手を動かしてしびれを取りながらも、ラルフは構えを取る。
確かに先制の一撃はもらってしまったが、その程度で衰える戦意ではない……しかし、戦況はラルフの見えないところで刻々と不利へと傾きつつあった。
「見えざる巨人の拳よ、敵を撃ちぬけ。ウィンドクラッシュ!」
「見えざる巨人の拳よ、敵を撃ちぬけ。ウィンドクラッシュ!」
背後、ティアとダスティンの霊術が同時に発動し、ラルフとドミニクの間で炸裂する。
風塊と風塊がぶつかり合い、微かな均衡を経て――ダスティンのウィンドクラッシュが、ティアの霊術を撃ち破り、ラルフに襲い掛かった。
「……っ!」
すぐさま飛び退ったが、地面に着弾した際に解放された風に煽られて、ラルフの体勢が微かに崩れる。
「どうやら、霊術の勝負ではダスティンに分があったようだなぁッ!!」
その隙を見逃すドミニクではない。
一気に肉薄してくるドミニクを前にして、何とか体勢を整えたラルフは迎撃をせんと――
「汝、空を切り裂く紫電の牙。ライトニングスカー!」
「汝、空を切り裂く紫電の牙。ライトニングスカー!」
ティアとダスティンから放たれた第二射が再び激突し……ティアの霊術を破って、ラルフに襲い掛かる。
「がぁぁッ!!」
雷撃が直撃し、全身の筋肉が一斉に引きつり痙攣する。
動きが完全に殺された一瞬の間……その微かな時間で、ドミニクがラルフとの彼我の距離を一気に詰めてきた。
「ぐ……っ!」
この状況で防御は不可――ラルフは体勢を整えるのを諦めると、側面に向かって飛びこむように、全力で倒れ込んだ。
目の鼻の先を<ヴァニティー>の刃が過ぎていくのを、心臓が凍るような心境でやり過ごしたラルフだったが……すぐさま旋回した柄の部分が、ラルフの側頭部を殴りつけた。
再び吹き飛んだラルフは、地面に転がりながらも、何とか倒れることだけは避けた。
頭がかち割れたのかと錯覚するほどの痛みの中、膝立ちになりながら頭部に触れると、どろりとした感触があった。
『く、頭が切れて流血したか……視界は大丈夫か、ラルフ』
「ま……だ……いけ――」
『来るぞ!』
「全てを包む蒼き水よ、刃と化して敵を討て。アクアスラッシュ!」
「全てを包む蒼き水よ、刃と化して敵を討て。アクアスラッシュ!」
朦朧とする意識の中で再び詠唱が聞こえてくる。
ラルフは痛みを強引に意識の端に追いやるとカッと目を見開いて、眼前を見据える。
水で構成された刃が三度、激突し……例に漏れることなくティアの霊術が打ち破られた。
襲い掛かってくる霊術に対して、ラルフは燃え上がらせた拳を腰だめに構えると、真正面から突っ込んでくる水の刃に叩き付けた。
完全にアクアスラッシュの芯を捉えた拳は、水分を派手に蒸発させながらこれを打ち砕いた。
だが……本命はその背後に続いていたドミニクの方だ。
――こいつら、完全にティアが霊術を放つタイミングを見計らって……ッ!
三度激突した霊術を見ればわかるだろうが……ダスティンとティアでは霊術の出力に大きな差がある。
このことを事前に理解していたダスティンは、ティアの攻撃を利用することにしたのだろう。
ティアと同種の霊術を同タイミングで放ってぶつければ、競り勝つのはダスティンの霊術だ。
そして、競り勝った霊術は前衛のラルフに向かって牙を剥く。
もちろん、ラルフはこの霊術に対して回避するなり迎撃するなり、防衛行動を取り、体勢を崩すことになる。
そして、そこをドミニクが全力で叩き潰しに来るわけだ。
「ははは、大口を叩いた割には随分と満身創痍だな!」
大上段から振り下ろされた唐竹割りを何とかバックステップで回避したラルフは、着地と同時に地面を蹴って、前方に飛び出した。
時間を掛けた分だけ不利になるのはこちらだ。
ならば、多少強引にでも自分の間合いにドミニクを取り込み、連撃で一気に片を付けるしかない。
しかし……それは、ドミニクとダスティンも予想していたことだ。
「ぐあっ!?」
前進しようとした矢先、左肩に衝撃が走り、勢いが大幅に削がれた。
刃物が内側に入り込むような、背筋に寒気が走るこの痛み――覚えがある。
「ダスティンの見えない刃か……ッ!」
流血する左肩を右手で庇いながら前を睨み据えれば、ドミニクの背後で<エシャペル>を突くような姿勢をしたダスティンがいた。
「ふんッ!!」
「見えざる巨人の拳よ、敵を撃ちぬけ。ウィンドクラッシュ!」
よろめいたラルフに向けて<ヴァニティー>の斜め一閃が襲い掛かる。
ラルフがこれを何とか飛び退って回避した瞬間、側面から接近してきていたウィンドクラッシュの直撃を貰った。
まるで、壁がぶつかってきたような衝撃――ラルフの体が今度こそ無抵抗に宙を舞う。
「ラルフ!」
地面に打ち付けられる硬い感触を覚悟していたラルフだったが、背中に感じたのは思いのほか柔らかい感触だった。
「い……っつ……だ、大丈夫!? ラルフ……」
朦朧とする意識の中で目を見開けば、心配そうにこちらを見詰めているティアの姿。
――ああ、そうか……ティアが俺のことを受け止めてくれ……。
そこまで考えた瞬間、さっと顔から血の気が引いた。
ティアがラルフを受け止めたということは、二人とも完全に無防備な状態で「まとめられた」ことに他ならない。
「……ッ! ティア、早く逃げろ!!」
「え、え?」
ラルフが跳ね上がるようにして起き上がるが……ティアは現状が分かっていないのか、戸惑っている様子で動こうとしない。
だが……状況を説明している暇を与えてくれるほど、相手も優しくはない。
「汝は雷鳴より生まれし異形の者! 今こそ地獄の顎を開き、我が前に立ちふさがる怨敵に四十二の紫電の牙を突き立てろ! ライジングシザーズッ!」
「中級霊術っ!?」
「くっ!」
ラルフには違いがよく分からないが……普段よりも長い詠唱が終えた瞬間、ラルフ達を取り囲むように、地面から紫電によって構成された棘のような物が突きだした。
数は四十二。出現した瞬間、棘と棘の間を電撃が走り繋いでゆく。
その様子はまるで――ラルフ達を口内に閉じ込め、今にも噛み砕かんとする顎のようで。
『いかん、ラルフ! すぐにここから出ろ!』
「分かって……くそぉッ!!」
「え、ひゃぁぁぁぁ!?」
ラルフは目の前で呆けていたティアを抱き上げると、外に向かって全力で投げ飛ばした。
かなり手荒だったとは思うものの、これから起こることを思えば、最善と言っても良い選択であった。
そんなラルフの姿を見て、ダスティンがにぃっと笑った……まるで、勝利を確信したかのように。
『ラルフ、衝撃に備えろ!』
アルティアが警告を放った次の瞬間、地面に形成された顎が――まるでトラバサミのように――口内に突っ立っていたラルフに向けて一斉に牙を突き立てた。
「が、あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」
凄絶な咆哮がラルフの口から迸る。
体の前後を無数の紫電の牙に喰らいつかれ、そこから高圧の電撃を流し込まれたのだ……痛みすら感じる暇なく、一瞬で意識が吹っ飛んだ。
一体どれだけの間、電撃に晒されていたのか分からないが……霊術が解除された瞬間、ラルフは何の抵抗もできず、膝から崩れ落ちると、地面に向かってぶっ倒れた。
「ら、ラルフ! ラルフ……ラルフッ!!」
微かにへばり付いていた意識の残滓が、必死にラルフの名を呼ぶティアの声を捉える。
早くこの場から逃げろと――そう伝えたくても、全身が痺れ、指一本もろくに動かすことができない。
「ごめん、ごめんなさい、ラルフ……こんな……」
だが、ラルフの思惑とは逆に、駆け寄ってきたティアは地面に倒れ伏していたラルフの傍に座り込むと、まるで、周囲から向けられる悪意から守るように、ボロボロになった体をぎゅっと抱きしめた。
「あ、あ、やだ、こんな……わ、私が……私のせいで……あ――」
今にも泣き出しそうな声でラルフを抱きしめるティアだったが……その声は唐突に途切れた。
ティアの喉元にドミニクの<ヴァニティー>が突きつけられていたのだ。
ご丁寧にも、自重によってそのまま落ちればラルフの頭が真っ二つになる位置――敗者を嬲るように嘲笑を浮かべたドミニクは、口を開く。
「さぁ、続けよう。立て、ラルフ・ティファート。俺も、ダスティンも、傷一つついていないぞ? 物足りないではないか……なぁ? お前もそう思うだろう、黒翼?」
――くそ、コイツ……。
言い返してやりたいし、今すぐにでも立ち上がって殴り倒してやりたいが……もう体が一切言うことを聞いてくれない。
目じり一杯に涙を湛えながら、気丈にもドミニクを睨み付けていたティアだったが……震えるような吐息をつくと、俯き、絞り出すような声で言葉を紡いだ。
「降参……降参します。だから……もう、やめて……」
「ふ……ふふ……あははははははははッ!! 呆気ないものだったな、黒翼、ヒューマニス!」
ティアの降参宣言を持ってメンタルフィールドが解除される。
同時にドミニクを除く全員が神装を解除……場に残ったのはセイクリッドリッター達の下卑た笑い声と、ラルフとティアを見下すダスティンとドミニクの嘲笑だけだった。
「どうだ? 格の違いというものが分かったか、下賤な黒翼とヒューマニスよ」
「…………」
「何か言え、クズどもが」
「きゃ」
ドミニクは、ラルフを抱きしめたままピクリとも動かないティアの肩を、<ヴァニティー>の柄の部分で軽く突く。
軽くであってもそれは男の力……ティアはラルフを抱きしめたまま、後ろに倒れ込んだ。
『止めぬか! この悪漢め!』
「……何だこのヒヨコは。お前は黙っていろ」
『ぐあ!』
ラルフの頭の上で事態を静観していたアルティアが叫ぶものの……ドミニクは興味無さ気に<ヴァニティー>の柄でアルティアを跳ね飛ばした。
「だ、団長。決闘が終わったのに神装を発現したままなのは……」
「気にするな、ダスティン。少しの間だけだ」
ドミニクは、ラルフを庇うように抱きしめたまま動かないティアを見ていたが……不意にその視線をティアの金髪と黒翼へと移し、表情を苦々しく歪めた。
「大罪人の子の分際で……遠縁とはいえ王族の象徴たる黄金の髪を持つとは。分不相応も甚だしい。見ているだけでも不快極まりない」
ドミニクはそう吐き捨てると、背後のセイクリッドリッターのメンバーの方へと顔を巡らせる。
「おい、お前達。この女の髪を掴んで引っ張っておけ。このような目障りな物はさっさと切り捨てるに限る」
「えっ……」
聞き捨てならない言葉に、ティアは顔色を無くして顔を上げた。
ドミニクの発言に異を唱える者などいないのだろう……ただ一人、ダスティンだけが戸惑っているだけで、他の上級生たちはニヤニヤと笑いながらティアに向かって近づいてくる。
「い、いや……いや、止めて……来ないでッ!」
集団で近づいてくる男達に向かって悲鳴を上げながらも……それでもティアはラルフを護るためにその場から動こうとはしない。
完全に怯え、小さくなるティアを上から見下ろし、上級生の一人が一歩前に出てくる。
「んだよ、丸刈りにしようってわけじゃねーんだ。大人しくしてれば一瞬で――」
薄ら笑いを浮かべながら、ティアの髪へと手を掛けようとした……その時だった。
死んだように動かなかったラルフの右腕が、まるでバネ仕掛けの人形のように跳ねあがり、相手の手首をつかんだのである。
さすがにこれには驚いたのだろう……誰もが硬直する中、男の腕を掴んでいるラルフの手から焦げるような臭いと共に、ブスブスと煙があがり始める。
「ぐ、ひっ、あ、熱……は、離せっ! 離せこの野郎ッ!!」
声を上げながら、男が空いた左手をラルフの頭に向けて振り下ろす。
ゴズッという鈍い音ともに拳がラルフの側頭部に直撃し、ティアの腕の中からラルフの体が転げ落ちる。
「ラルフに酷いことしないでよッ!!」
「うっせえ、黙ってろ!」
ティアを突き飛ばした男は、再度、拳をラルフの顔面に突き立てるために左腕を振り上げた……が、それよりも先に、ラルフの左手が男の顔面を鷲づかみにした。
一体どれ程の力が込められているのか……ミシミシと男の頭蓋骨が嫌な音を立てながら軋み、肉が焼けるような嫌な臭いが立ち込める。
「ぐぁぁぁぁぁぁぁぁ! ひぎゃ、あ、熱い! 熱いぃぃ!! 分かった、分かったからもうやめてくれぇぇ!!」
生きたままにして顔面を焼かれる痛みには勝てなかったのだろう……男が悲鳴を上げて許しを請うと、ラルフの手の拘束が緩んだ。
顔面を覆ったままのた打ち回る男の隣で、ラルフがゆるりと立ち上がる。
すでに満身創痍。
本当ならばこうして立っているだけでも相当に無理をしているはず……だが、その総身から発せられる殺気にも似た気迫は一体何なのだろうか。
前傾姿勢のまま、両腕をだらりと下げているにもかかわらず、その拳だけは強く握りしめられている。
まるでティアを護るように立ちふさがるラルフの異様な姿に、ドミニクすらも気圧され一歩後ろに下がった。
だが……それも一瞬のこと。まるで、気圧されたこと自体が恥であったかのように顔を歪め、ドミニクは顔を赤くして激昂した。
「この劣等種の分際で! 死にぞこないがまだ俺に楯突くと言うのか!」
完全に頭に血が上っているのだろう。
ドミニクは<ヴァニティー>の柄の部分を、メンタルフィールド内にも喰らわせた側頭部目がけて全力で叩き付けんと、大きく振り上げ――
「一体何をしているのですか!」
遠くまで良く通る声がエントランスに響き渡った。
一連の騒動を見ていた野次馬達が一斉に道を開けたその先にいたのは……シルフェリスの女性だった。
緩やかに一纏めにし、腰まで伸ばした鳶色の髪は絹のように滑らかで美しく、黒瑪瑙を思わせる瞳には強い意志の輝きが見て取れる。
制服の指定リボンの色からして恐らく三年生。
女性にしては高めの身長と、背筋をぴんと伸ばして立つその姿は凛としており、相対する者に自然と畏敬の念を抱かせる……それは、生まれながらにして人の上に立つことを宿命付けられた者特有の威容とでも言えばいいのだろうか。
彼女こそ三年の『煌』クラスの一角にして、セイクリッドリッターのリーダー。
再生の神装の使い手――クレア・ソルヴィムである。
周囲のざわめきを無視してクレアがやってくると、先ほどまでラルフ達を取り囲んでいたセイクリッドリッターの面々が、クレアに向けて一斉にその場に膝を付き、首を垂れた。
その様相はまるで……姫を前にした騎士のようで。
「ドミニク、貴方は……また他種族の生徒を数に物を言わせて嬲っていたのですか」
怯えた様子で地面に座り込むティアと、それを護るように立ちふさがる満身創痍のヒューマニス……そして、その二人を取り囲むセイクリッドリッターの面々と、神装を発現したままのドミニク。
それだけ見れば、この場で一体何があったのか理解できようものだろう。
「恐れながらクレア様。私はこの身の程知らずにも挑んできたヒューマニスと黒翼を、決闘にて正々堂々打ち破っただけのこと……王女オルフィ・マクスウェル様の御名に誓って、この身にやましさの欠片もございません」
「相変わらず滑らかに回る舌ですね……ならば、貴方はなぜ決闘が終わっているにもかかわらず神装を発現し、なおかつ、その少女をリンクメンバーで取り囲んでいるのです」
クレアの言葉に対し、ドミニクは未だに顔を抑えて蹲っている、男子生徒を指して見せる。
「それは、そこのヒューマニスが、決闘が終わったにもかかわらず神装を発現し、我らが同志に牙を剥いたため……目には目を、神装には神装を。私は団長という責任ある立場として、同志を守るために、やむを得ず神装を発現したのです」
クレアはドミニクに胡乱気な視線を向けた後で、周囲を見回す。
その言葉の真偽を野次馬に視線で問うたのだが……誰もが関わり合いになりたくないのか、視線を逸らすばかりだ。
その余所余所しさにため息をついたクレアは、まっすぐにドミニクを見据え返す。
「……分かりました。今はそれを信じましょう。ですが、この場は私が預からせてもらいます。全員下がりなさい」
「御心のままに」
ドミニクは跪いたまま恭しく礼をすると、一団を率いてその場を立ち去った……去り際、クレアに見えない位置でラルフ達に向けて嘲笑を残して。
そして、一団が完全に去った瞬間、まるで糸が切れたマリオネットのように、ラルフの体が崩れ落ちた。
「ラルフ!?」
完全に背中から地面に倒れ込む寸前、ティアが何とかラルフを受け止めた。
「ティア……良かっ……無事……」
「無理して喋らなくていいから……ごめんね、ごめんね……今、急いで保健室に連れて行くから」
気絶しているアルティアを拾い上げたティアが、ラルフに肩を貸し、ふら付きながらも何とか立ち上がろうとすると……まるで、それを制止するかのように、クレアが慌てた様に声を掛けてきた。
「フローレスさん、貴女一人で男性を支えるのは厳しいでしょう。私も手伝い――」
「近寄らないで」
――あれ、ティア……?
意識が朦朧としていたラルフだったが、初めて聞く底冷えするようなティアの声が妙に耳に残った。
目線だけで何とか振り返れば、そこには凍り付いたように、その場で立ち尽くすクレアの姿。
そして隣には、頑なに前だけを見て、クレアを無視するティアの姿。
――この二人……。
二人の関係性に疑問を持ったラルフだったが……それは、全身を苛む痛みとノイズ交じりの意識の中に溶けて消えてしまったのであった……。