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灼熱無双のフレイムハート~創世の獣と聖樹の物語~  作者: 秋津呉羽
三章 基礎実力試験~臆病な天才少女~
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閑話 ティアさん、乙女心に振り回される①

ラルフやティア達の日常編です。

②はあと1時間後ぐらいには投稿できると思います。

 荘厳な鐘の音が鳴り響き、校舎にいる全ての生徒に授業の終了を告げる。

 すでに太陽は空高くにのぼり、割と容赦なく地上に向けて熱線を放っており、植物たちも心なしか暑くて首を下げているように見えた。

 だが、そんな中で元気いっぱいなのが赤毛の少年……ラルフ・ティファートであった。


「ご飯の時間だー!」


 そう、実際の時間よりも妙に体感時間が長く感じてしまう授業を乗り越え、ようやくたどり着いた最も楽しみな時間である。

 ラルフ個人としては、実技の授業も好きだが、やはり昼食の時間だけは譲れない。

 ほんのちょっと前まで、机の上で天日干しした干物のようになっていたというのに……現金なものである。

 ちなみに、基本的に座学の授業中は、アルティアはラルフの頭の上で眠っており、今も鼻チョウチンを膨らませている。

 隣の席では、元気になったラルフを、呆れた様子でティア・フローレスが眺めている。


「その元気をもうちょっと授業の方に使いなさいよ」

「え、何、きこえなーい」

「へぇ、良い度胸してるわね、このトーヘンボク……」


 聞き流す気満々のラルフの返答に、ティアが顔を引きつらせるが……いつものことだと、ため息と一緒に怒気を吐き出し、その場で立ち上がった。

「ほら、さっさと学食行くわよ。席、無くなっちゃうでしょ」

 普段、ラルフとティアは昼食時、学食を利用している。

 歓楽街アルカディアにある店舗とは異なり、学院が学生のために設置した利益度外視の食堂である。

 ボリュームがある割に値段が非常にリーズナブル、おまけに、各種族の味覚に合うようなメニューが用意されている上に、毎日三種類の日替わりのメニューまであるという充実っぷり。

 そのため、学生達にはとても人気があり、毎日、混雑している。

 だが……混雑するということは、それだけ多種多様な種族が入り乱れることを意味している。

 そうなれば当然、仲の悪い種族間同士でいがみ合いなどが発生してしまうわけだが……そこは、これまでのノウハウを活かして上手いこと回避する手段が講じられている。

 種族間のいがみ合いを回避するために、種族専用の座席が用意されており、区画が分けられているのである。

 もちろん、色んな種族の友人と食べたい生徒のために、共有席も用意されている。

 そのため、色々と注目を集めるティアとラルフも、わりと平穏に食事を楽しむことができている。

 というよりもこの少女……ラルフと一緒に登校し、二人きりで昼食を食べ、放課後も一緒にバイトと、一日の大半をラルフと一緒に過ごしていることになるのだが、あまりそこら辺を意識している様子はない。

 隣にいるのが当然すぎて、逆に意識できなくなってしまっているのだろう。


「あ、そうだ、ティア。俺、今日はミリアから手作りの弁当を持たされてるから、学食で席を一緒にするだけになるけど、良いか?」

「は? ミリアお手製のお弁当?」


 ラルフの言葉に、ティアが目を丸くする。

 それもそうだろう……ラルフは今まで一度も弁当などというものを持参したことはないのだ。

 一体どういう風の吹き回しなのかとティアが思うのも無理はない。

 不思議そうに様子を窺ってくるティアに向かって、ラルフは得意げに鼻を鳴らすと、カバンの中から弁当箱を引っ張り出した。


「うわ、でっかいわね……」


 ティアのその一言が全てを表していた。

 とにかくデカい。

 二人で食べるような大きさの弁当箱が、三段積み重なっているのである。

 上げ底などではなく、その中にはみっしりと中身が詰まっていることは、弁当が机の上に着陸した音でよく分かるだろう。


「どうだ、凄いだろう! ミリアが朝早く起きて作ってくれたんだ!」


 自慢げなラルフに対し、ティアは弁当箱を見ながら何とも言えない表情をしている。


「これ、作ろうと思ったら『朝早く』ってレベルじゃすまないわよ。それこそ、太陽が昇る前から起きて作っても間に合うかどうか……今日は何かの記念日だったりするの?」


 ティアの問いにラルフは考え込んで、首を横に振った。

 特に誰かの誕生日という訳でもないし、記念日でもないはずだ。

 まぁ……ラルフがど忘れしているという可能性もあるが。


「ふぅん、ね、ラルフ。ちょっと中身みせてよ」


 ジロジロと弁当箱を眺めていたティアだったが、興味が出てきたのだろう……身を乗り出してそう提案してきた。


「おう、良いぞ!」


 ティアの提案に、ラルフもまた快く応じる。

 実はラルフ、朝にミリアから弁当箱を渡されてから今の今まで中身を見るのをずっと楽しみにしていたのだ。

 調子はずれの鼻歌を歌いながら、ラルフは弁当の包みを開くと、木製の弁当箱の一番上の蓋を開いた。

 そこに現れたのは――


「お米ね」

「おお、白御飯だ!」


 時間が経っているにもかかわらず、つやつやとした輝きを放つ純白の米がラルフとティアの前に現れる。微かに甘い米の香りがふんわりと漂い、ラルフは思わずごくりと生唾を飲んだ。


「あぁ、このために生きてきた……」

「アンタって、割と深刻な米中毒よね……」

「米美味いだろ!」

「私、パン派だし。お米はあんまり食べないのよね」

「ダメだなぁ、ティアは」


 ティアの言葉にラルフは、やれやれと言わんばかりに首を振る。


「お米はお腹に溜まるし、栄養はあるし、何にでも合うし、最高じゃないか! ティアはパンみたいに軽いものばっかり食べてるから、そんなに体が細く……」


 全体的にほっそりとしたティアの体に何気なく視線を向けたラルフは、一際存在感を放つ二つの膨らみを前にしてピタッと言葉を止めた。

 制服を着ていてもなお、内側から大きく生地を押し上げる『それ』は同世代の女性たちに比べて明らかに大きい。

 実技試験の時に、背後からムニュッと押し当てられた夢のような感触を思い出し、ラルフの頬に自然と血が集まってくる。


「このドスケベ」


 女性は自分に向けられる視線に敏感だというが……それはどうやら本当のようだ。

 ラルフがどこを見て顔を赤くしたのか正確に見抜いたティアは、こちらも顔を赤くして両腕で胸元を隠した。

 ジトッとした、どこか責めるような視線を前にしてアタフタしたラルフだったが……ガクッと両肩を落として頭を下げた。


「その、すみませんでした……」

「……今回は不問に処す。感謝すべし」


 そう言ってティアはラルフの額をペシッと平手でたたいた。

 どことなく背筋が痒くなるような雰囲気を払拭するように、ゴホンとラルフは咳払い一つ。


「えっと、話を戻すが……ティアの好きなパンってさ、白くてふわふわしたパンだろ?」

「…………? えぇ、それがどうかしたの?」


 さも当然のように答えるティアに、ラルフは若干やさぐれたように視線を逸らす。


「俺の村で食べられてた主食は黒パンっていうライ麦パンでさ。これが酸っぱいし、もさもさしてるし、味が雑だし……何よりも超硬いし」

「硬いって言っても、冷めたパンは白パンも硬くなるわよ」

「三軒先に住んでたサティおばちゃんが夫婦喧嘩した時、乾燥した黒パンで旦那をぶん殴って昏倒させたんだぞ? 凶器だよ、凶器」


 ラルフの村では保存性に優れているライ麦のパンが主食として食べられており、一度に大量に焼いて長期保存して少しずつ食べるようにしていたのだが……。

 時間が経つと酸味が強くなるわ、水分が抜けて硬くなるわ、もさもさしてるわで、ラルフもミリアも揃って苦手だった。

 事実、長期保存されたライ麦パンはナイフすらも弾くため、白湯やスープに付けて柔らかくしてから食べるのが一般的だった。

 そのため、この学院に来て初めて口にした米は、ラルフにとって革命ともいえる食物だったのである。今では、三食ご飯を食べないと力が出ないというハマりっぷりだ。

 基本的に米はビースティスの大陸で大量に作られており、世界の米のシェアの約七割を占める。

 実際に米を主食として食べているのはビースティスと、ドミニオス、そしてヒューマニスの一部地域であり、シルフェリスとマナマリオスは主にパンを主食としている。

 ティアがパン派なのは当然と言えば当然の成り行きだった。

 ちなみにだが……ラルフの家に遊びに来ていた幼少時のアレットは、乾燥して硬くなった黒パンを、美味しそうに噛み砕いて食べていた。

 ナイフすら弾くパンを、どうやって噛み砕いてるんだと当時は戦慄したものだった。

 閑話休題。


「だから、俺にとってお米はご馳走なの」

「ふぅん、まぁ、そう言う背景があるなら納得かなぁ。ねぇ、次見せてよ、次」

「おう! 次は何かなぁ~」


 ラルフは胸を高鳴らせながら、米の詰まった弁当箱を、恭しく両手で持ち上げて、下の談の弁当箱の内容を覗き込んだ。

 そこに詰まっていたのは――


「…………米、よね」

「おぉ! ゴマ塩かかってる!」


 二段目にはぎっしりと詰め込まれた米に、たっぷりのゴマ塩が掛かっていた。

 ゴマが心地よく歯に当たる感触と、適度な塩分が食欲を増進させるまさに唯一無二のコンビネーション。


「さすがミリア、よく分かってるじゃないか」

「ラルフ、最後の一段も見たいんだけど」

「なんだよぅ。ちょっとは余韻に浸らせろよ」

「いいから。なんか嫌な予感がする……」


 一体何が不満なのか、片眉を跳ね上げて弁当箱を眺めているティアに促され、ラルフは最後の弁当箱の中身を確認した。


「おぉ、最後の一段は混ぜご飯か! いやぁ、手が込んでるなぁ」

「アンタはそれで良いの!?」

「何がだよ?」


 感慨深げに言うラルフに、間髪入れずにティアから突っ込みが入る。

 本心から疑問を浮かべるラルフに対し、ティアが両手を机に叩き付けた。


「三段、全て米よ!?」

「いいじゃん」

「いいの!? アンタの胃袋つかむのって簡単ね……」


 一体何が不満なのかよく分からないラルフは、首を傾げてティアを見る。


「ティア、お米を炊くのだってすごく難しいらしいぞ。美味しく炊こうとすれば、それこそ手間暇は十分かかるし、立派な料理じゃないか」

「アンタに正論を説かれることほど、納得できないものはないわね……」

「なんでだよ!?」


 確かに、ラルフの言うとおり米は上手く炊けるまで習熟が必要だし、手間を掛ければそれだけ美味しくなる。何にでも言えることではあるが……米を炊くという一点に関しても非常に奥が深い。

 だが……それでも納得できないのだろう。

 ラルフの机の向かい側に付いたティアは、広げられた三段の弁当を眺める。


「だって、おかずがないじゃない、これ」

「ごま塩ごはんで、白米喰えば良いじゃん」

「ご飯をおかずに、ご飯を食べる人、初めて見たんだけど……ミリアって実は料理できない?」


 ティアの指摘に、ラルフは首を横に振る。


「いや、ミリアの料理は美味いぞ。漁村育ちだから、魚も捌けるしな」

「うーん……あのミリアがこんなに粗だらけのことするかなぁ」


 ラルフとしては十分すぎるほどに満足しているのだが、ティアはまだ何かに納得が行っていないかのようで、しきりに首を傾げている。

 一体ティアが何を疑問に思っているのか理解できないラルフだったが、不意に、天啓のように一つの答えた浮かび上がった。


「ははぁん……なるほどね」


 ラルフはふふんと得意げに笑みを浮かべると、すすっと混ぜご飯の段をティアの方へ差し出す。


「ティアも米が食いたくなったんだろ。ちょっと分けてあげるから――いひぇえ!? 何で頬をつねるんだよッ!?」

「あ、ごめん。なんか無性にイラッときた」


 ティア本人も無意識の行動だったらしく、目を点にしている。

 頬を擦るラルフの目の前で、ティアは未だに何か考え込んでいる様子だったが――


「う~ん、こうなったら本人に探りを入れるしかないわね」

「え?」

「うぅん、こっちの話。ほら、弁当箱片付けて。学食行くわよ」

「お、おぉう、ちょっと待っててくれ」


 急いで弁当箱を重ねてしまうと、ラルフは急いでティアの後を追ったのであった……。


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