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灼熱無双のフレイムハート~創世の獣と聖樹の物語~  作者: 秋津呉羽
三章 基礎実力試験~臆病な天才少女~
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死地

 ――真っ向から行けば叩き潰される!


 一直線に近づくのではなく、円を描くようにして徐々に距離を詰める。

 泥巨人もラルフが敵だと認識しているのだろう……その外見からは想像もつかない俊敏な動きで、巨大な拳がラルフを叩き潰さんと迫る。


「思ったより速いが……それでもまだまだッ!」


 右に軽くフェイントをかけ、次の瞬間に左にターンして拳を回避する。

 そして、懐に入ると地を蹴って跳躍。


「どんな奴でも顔面を吹っ飛ばせばッ!! 燃えろ!」


 <フレイムハート>が稼働し、グローブの甲に浮かび上がったハートの紋章が輝くと同時に、ラルフの両手に灼熱の炎が燃え上がる。

 燃え盛る炎を宿らせた拳を振り上げ、ラルフは全力で泥巨人の顔面に拳を叩き入れた――が。


「うおっ!?」


 ズボッとラルフの拳が吸い込まれた。

 泥巨人の拳が床を砕いたことから、それ相応の硬度は持っていると予想しての、直接攻撃だったのだが……全くと言っていいほど手応えがない。

 だが、それがラルフの思い違いであったと……そう気づいたのは次の瞬間だった。


「ぐ……なっ!?」


 ラルフが突き入れた腕を中心にして、泥が急速に硬化し始めたのである。

 一瞬何が起こっているのか理解できなかったラルフだったが……即座にその意図を理解した。


「まずい手が抜けないっ!?」


 顔面に突き刺さったままの腕を引き抜こうとしたのだが、完全に固められてしまって抜けない。

 左拳で殴りつけるが……体勢が不安定なうえに、勢いの乗っていない拳打ではとても砕ける硬度ではない。


『ラルフ、何とかならんのか! このままでは握りつぶされるぞ!』

「ぐ……やってる!」


 その間にも泥巨人の手が、ラルフを握りつぶさんと迫る。

 この巨体にこの馬鹿力だ……握りつぶされれば、トマトのように赤をまき散らして潰れることは必至。

 死にもの狂いでもがくラルフを嘲笑うかのように、泥巨人の手が――


「見えざる巨人の拳よ、敵を撃ちぬけ。ウィンドクラッシュ!」


 突如として放たれた霊術が、硬化しかけの泥巨人の頭部を木端微塵に吹っ飛ばした。

 その反動で、ラルフもなんとか拘束から逃れ、無事に両足から地面に着地した。


「い、今のは流石に肝が冷えたな……」


 先ほどの凛と澄んだ声……見てみれば、ティアが翼を広げて神装<ラズライト>を泥巨人に向けているのが見えた。


「わ、私だってラルフを犠牲にしてまで助かろうなんて思ってないわよ! 見くびらないで」

「……ごめん、悪かったってば」


 顔を恐怖で引きつりらせながら、ティアが気丈にも叫ぶ。

 ラルフはティアの傍へ駆け寄ると、その途中で視線を壁際へと移動させる。


「ラルフや私が怪我した時のためにミリアには待機してもらってるわよ。レインフィールドさんは霊術が使えるみたいだから、ミリアの護衛をしてもらってる。これで問題ないでしょ!?」

「ナイス采配」


 半ばヤケクソ気味なティアに、ラルフは苦笑を返した後、視線を前へ。

 木端微塵というに相応しいほど粉々に砕いたにもかかわらず……泥巨人の頭部は既に再生を完了している。

 更に、地面に落ちた破片がまるで意志を持っているかのように蠢き、本体へと吸収されてゆく。

 恐らく、いくら砕いた所で再生を繰り返すだけだろう。


「うう、気持ち悪いし不気味だよぉ」

「いや、それはいいとしても……打撃が通じないのが厄介だな」


 先ほどの攻防を見るに、相手は自身の硬度を自由に変えることができるのだろう。打撃のみならず、直接攻撃のほぼ全てが封じられたも同然だ。

 つまり――ラルフの攻撃が全くもって通じない。

 ラルフの攻撃力に依存しているこのパーティーでは、今の所、有効打と思える攻撃はティアの霊術だけなのだが……。


「ティア、あいつを跡形もなく吹っ飛ばす霊術とか使えない?」

「そんな高等霊術使えたら、『燐』クラスになんていないわよ」

「むぅ。せめて、弱点らしい弱点があれば……ん?」


 攻めあぐねているティアとラルフの前で、泥巨人は両手を開くとそれを地面へと押し当てた。

 嫌な予感を覚えながら警戒をする二人の前――地面が幾つも隆起し始める。

 それはラルフ達と同じ程度の大きさまで膨らむと、くびれ、締まり、丸くなり……最後に目と口と思われる穴が三つぽっかりと空いた。


「分裂までするのか!?」

「な、なんのよぉ、これ……」


 泥巨人と全く見た目が同じの泥人形がラルフ達の目の前に現れていた。

 その数およそ九。

 一体一体の戦闘力は泥巨人には及ばないだろうが、如何せん数が多い。

 このまま手をこまねいていれば、最悪さらに数が増える可能性もある。

 そうすれば、ただでさえ少ない勝率が限りなくゼロへと落ち込んでゆくだろう。

 その先にあるのは明確な死だ。


「ティア、仕掛けるぞ」

「でも……でもっ! この数を相手にして……っ!」


 メンタルフィールドが展開されていないという事実がティアを尻込みさせているのだろう。

 半泣きで訴えかけるティアへ視線を向け、ラルフは言い聞かせるようにゆっくりと言葉を口にする。


「出口も入り口も塞がれてる。逃げ場はないし、この空間でこれだけの数を相手に鬼ごっこをすればすぐに手詰まりになる。どうしたって……倒すしか俺達が生き残る選択肢はないんだ」


 フィンガーグローブに刻み込まれたハートの紋章が真紅に発光し、ラルフは両手に炎を纏う。

 不退転の意志を込めて眼前を睨み据えながら、ラルフは大きく息を吸う。


「ティアはあのデカブツを霊術でひたすらに狙い撃て! ティアに向かってくる奴は俺が一匹たりとも通さない! たぶん、先生達もこの異常事態に気が付いて、こっちに来てるはずだ! それまで、何が何でも生き残るぞ!」

「う、うん!」


 ティアの返事を背に聞きながら地を蹴る。

 全速力で駆けたラルフは、手近にいた一体へと狙いを定めると、拳を固めて顔面を殴りつける。

 熱波と衝撃を合わせた灼熱の拳が、一切の抵抗を許すことなく泥人形の頭部を破壊するが……それが意味のないことだとすぐに気が付いた。

 頭部のない泥人形の右手が、愚鈍な外見からは想像もつかない速度で閃く。

 スウェーバックで何とかそれを回避したラルフの前髪が数本散る。

 視線の先……泥人形の右手が湾曲し、巨大な鎌となっていたのである。


「くそ! こいつも打撃が効かないのかよっ!」


 再び振るわれる鎌の一閃を回避しつつカウンターで拳を合わせる。

 拳に返ってくる感触は硬い。

 その証拠にラルフの拳によって鎌は木端微塵に砕かれた。

 だが……それも一瞬のこと。

 先ほど破壊した頭部も、鎌も、瞬く間に再生してゆく。

 この様子ではどれだけ攻撃しようともすぐさま再生してしまうことだろう。


 ――どうすれば……ッ!


 手間取れば手間取るだけ周囲から泥人形たちが押し寄せてくる。

 焦りの中でラルフが歯を食いしばると、不意に頭の上から声が落ちてきた。


『ラルフ! 最大火力で相手を焼き尽くせ!』

「へ? でもあんなに水分だらけなのに……」

『問題なのはその水分だ! あの泥人形は土と水の二つの要素によって成り立っているはずだ! ならば、その片方を潰してやればいい!』

「お、おう! 理屈はよく分からないけど、やることは分かった! アルティア、フォロー頼む!」

『それで良い! 遠慮はいらん、思いっきりやってやれ!』


 ラルフは振るわれた鎌を回避すると、泥人形の懐に一気に踏み込む。

 そして、右手を泥人形の表面に触れさせ――


「燃えろぉぉぉぉぉぉぉぉッ!!」

『燃えろぉぉぉぉぉぉぉぉッ!!』


 アルティアとラルフの咆哮が重なり、極大の炎となって泥人形を包み込む。

 赤を通り越し、黄金と化した炎が瞬く間に泥人形の水分を奪って行く。

 懐に入ったラルフを迎撃せんと右腕を掲げた泥人形だったが……その動きが油の切れた歯車のようにぎこちなくなってゆく。

 そして――


『今だ! 砕け!』

「だりゃああああああ!!」


 ラルフは泥人形に触れさせていた右手を拳に固めると、大きく振りかぶりその胴体に叩き込んだ。

 硬い感触が拳に返ってくると同時、甲高い音が鳴り響き、泥人形が砕け散る。

 ぱらぱらと地面に落ちた破片は完全に乾燥しきっており、半ば陶器と化していた。

 用心深く破片を観察していたラルフだったが……破片が再生する様子はない。


『やはり再生の役割は水が果たしていたか……大丈夫か、ラルフ』

「はっ……ぁぐ……こ、この程度!」


 ラルフは完全に<フレイムハート>を使いこなせているという訳ではない。

 言ってしまえば無駄が多いのだ。

 その状況でこれだけの大火力を出したため、ごっそりと体力を持っていかれてしまった。

 滝のように汗を流しながら拳を構えるラルフを追い越し、圧縮された空気の塊が飛翔。

 泥巨人に着弾する。

 体の一部を吹き飛ばすものの……それもほんの一瞬で再生してしまう。

 どうやら、本体は泥人形とは比べ物にならないほどの再生力を有しているようだ。

 振り返ると、ティアが必死に詠唱を繰り返し<ラズライト>を振りかざして霊術を連射している。

 極度の緊張の中で戦っているからだろう……ティアもこの短期間で息が上がっている。

 ラルフは心の中でティアにエールを送ると、再び前を向いて――表情を強張らせた。

 泥人形たちのバリケードの向こう側にいる泥巨人が、再び泥人形を生産し始めているのだ。

 ラルフの撃破速度を上回る速度で、次々と地面から泥人形が生えてくる。


「アルティア、このままじゃ!」

『分かっている! 分かっているが……ともかく、今は眼前の敵を叩くしかあるまい!』

「く……このぉぉぉぉぉぉっ!」


 結末が透けて見える消耗戦……不毛な戦いを前にして、ラルフは歯噛みすると次の泥人形に向けて拳を握りしめた。


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