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灼熱無双のフレイムハート~創世の獣と聖樹の物語~  作者: 秋津呉羽
三章 基礎実力試験~臆病な天才少女~
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実技試験開始

 試験用人工ダンジョンは天然の洞窟を利用して作られているというだけあって、自然物特有の人を阻むような独特の不気味さがあった。

 通路の両左右に一定間隔で設置してある霊灯や、天井から落ちてくる水滴がよりその雰囲気を増長している。

 通路自体はそこそこ広く、五人程度なら楽々通れる――それこそ、戦闘があっても問題がない程度には幅があった。

 よくよく調べてみれば、壁に掘削した跡がある……恐らく、試験で使用するということで拡張したのかもしれない。

 この試験は基礎的な力を試すための試験――罠の解除やマッピングなどの基本的な技能を駆使し、きちんと制限時間以内に最終目的地までたどり着くことができるのかを見る試験だ。

 仮想終世獣や他パーティーとの戦闘はあくまでもおまけに過ぎない。

 そのため、仮想終世獣の数は多くないし、注意深く進めば戦闘も回避できる。

 試験前に、試験官にはそう説明されたし、実際にそうなのだろう。

 だが――


「グルラァァァァァァァァッ!!」


 視界いっぱいに広がる口腔と、ズラリと並んだナイフのような牙。

 それが自分の頭に喰らいつく前に、ラルフは上体を軽くそらしながら、カウンターで右の拳を相手の顎に向けて叩き込み、強引に閉じさせた。

 衝撃で浮き上がった四足の小型終世獣ヘルハウンドの体に、容赦なく次々と拳を叩き込む。

 そして、とどめの一撃を見舞うためにその拳に炎を纏わせ――


『ラルフ! 後ろだ!』

「ッ!」


 素早くサイドステップを踏むと、先ほどまでラルフが立っていた場所を、銀閃が通過し、地面に突き刺さる。

 振り返れば、鋼鉄でできた鳥型の終世獣がラルフに高速で接近していた――よくよく見てみれば、その羽の一つ一つが鋭い刃となっている。

 先ほどの銀閃は恐らく、その羽を射出したのだろう。


「くそっ!」


 次々に射出される羽がラルフの体をかすめてゆく。

 まさに全身これ凶器――防刃繊維も織り込んである制服が容易く切り裂かれる。

 ラルフは直撃する羽だけ拳で弾き返しながら後退。

 そして、ふらつきながら立ち上がるところだったヘルハウンドの首根っこを掴むと、空中を旋回する鳥型の終世獣目がけて――思いっきりぶん投げた。

 神装<フレイムハート>で強化されたラルフの腕力で投げ飛ばされたヘルハウンドは、ものの見事に鳥形終世獣に激突。

 錐もみしながら落下してゆくのを視界に捉えたラルフは、その拳に炎を纏わせる。

 そして、力強く地を蹴って跳躍すると、空中で二体を同時に捕え――拳を突き放った。


「まとめて吹っ飛べ! ブレイズインパクトォォォォォォォォォ!!」


 灼熱の拳が直撃すると同時に、膨大な熱量と衝撃が周囲に吹き荒れ洞窟内の淀んだ空気を激しく撹拌する。

 ブレイズインパクトの直撃を貰った終世獣は、その威力に耐え切れず、光り輝く霊力のチリとなって虚空へと消えた。


『ラルフ、次だ!』

「分かってる!」


 前方……暗がりの中から、黒光りする金属光沢をもつ巨大なシルエットが浮かび上がる。

 恐らく、甲虫の類だろう。

 緩慢ながらも、重量を感じさせる足取りでラルフに向けて突き進んでくる。

 だが……それはあくまでも地面を這うに限った話だ。

 その背にある巨大な翼が弾かれたように展開し……信じられないことに、その巨体が宙に浮いた。

 そして、顔を引きつらせるラルフ向かって、耳障りな羽音を響かせながら、猛烈な速度で突進してくる。


「ちょ……ず……ぐぉぉぉぉぉぉ……っ!?」


 完全に意表を突かれたラルフはその突進を真っ向から喰らう羽目になった。

 直撃の衝撃で一瞬意識が吹っ飛んだが……何とか両足を踏ん張って、その巨体を受け止める。

 しかし、そうそうこれだけの巨体が持つ運動エネルギーを殺しきれるものではない。

 地面を抉りながら一気に後退し……止まらない。

 甲虫が持つ推進力がラルフの脚力を確実に圧倒しているのだ。

 このままでは壁面に叩き付けられ、押しつぶされることになるだろう。

 だが――


「くっそ、舐めんなッ!!」


 ラルフは甲虫の顔面に頭突きを喰らわせると、両手を甲虫の顎の下に回す。

 そして……渾身の力で引っこ抜いた。


「どっせえぇぇぇぇぇぇいっ!」


 直進する運動エネルギーを円軌道で逸らし、見事なバックドロップが炸裂する。

 轟音を響かせながら、甲虫型終世獣が背中から地面にめり込む。

 多足を不気味に蠢かせながら体を揺する甲虫だが……この隙を見逃すはずがない。


「せぇッ!」


 柔らかい腹に炎を纏わせた拳を叩き込み、一気に貫く。

 巨大な体が燐光となって消えるのを確認するよりも前に、ラルフは物陰に向かって咆える。


「ミリア! ティア! どっか脇の通路に向けて走れ! 後ろから新手が来てるぞ!」

「はい! ティアさん行きますよ!」

「う、うん!」


 そう……背後から更に足音が聞こえてくるのである。しかも複数。

 ラルフの声に反応し、物陰からティアとミリアが飛び出し、そして、そのまま脇の通路に走り込む。

 それを確認したラルフも脇の通路に飛び込んだ。

 大きな通りとは違い、二人がすれ違うだけで一杯一杯の狭い通路だ。

 しかし……ここならば、塞ぐ出口は少なくて済む。


「ティア! 合図をしたら衝撃力のある霊術を天井に向けて思いっきり叩き込めッ! 崩す!」

「分かった!」


 ラルフはその場で垂直に跳躍すると、壁を蹴ってさらに上昇。そして、天井に向けて全力で拳を叩き込んだ。

 拳に返ってくる硬質な感触と共に、天井に無数の亀裂が入る。


「今だッ!」

「見えざる巨人の拳よ、敵を撃ちぬけ。ウィンドクラッシュ!」


 ティアの詠唱と共に放たれた風の塊が、天井に直撃した――その瞬間、天井が一気に崩れて始めた。

 天井の崩落に巻き込まれかけながら、ラルフは何とかティア達の方へと飛び込む。

 背後、肌を叩くような大音量と共に、次々と巨岩が通路に落下。

 完全に先ほど飛び込んできた入り口を塞いでしまった。

 ラルフは警戒するように崩落した場所を見ていたが……向うから何も来ないことを確認すると、肩から力を抜いた。


「はっ、はっ、はっ……ミリア、回復をお願いしていいか……」


 疲労を残しながらラルフが言うと、ミリアが心配そうにラルフの顔を覗きこんでくる。


「疲労も怪我も蓄積してますね……大丈夫ですか、兄さん?」

「大体直撃は避けたからな。全部かすり傷だ」

「ならいいんですが……では、回復しますよ」


 そう言ってミリアが目を閉じた――その瞬間、その背に光で出来た翼が広がる。

 シルフェリスのそれより巨大な翼は、美しい燐光を煌めかせながら周囲を明るく照らした。


「相変わらず綺麗な翼だよなぁ……」

「見た目だけです。別に飛べるわけじゃないんですから」


 そう言いながらミリアが傷を包むように両手をかざすと、そこに柔らかい光が生まれる。

 光が患部に触れると、傷が見る見るうちに塞がってゆく。

 これがミリアの持つ『再生』。現役冒険者でもほとんどいないと言われる特殊な能力である。


「はい、兄さん。大体治りましたよ」

「ん、ミリアに助けられっぱなしだな。ありがとな」


 ラルフがそう言うと、ミリアは淡く微笑んだ。


「いえ、兄さんには何もかも任せっぱなしですから……というか、ティアさんもいい加減こっちきてください。いつまでそこにいるんですか」


 ミリアの呼びかけに、ティアが物凄く申し訳なさそうな表情で近寄ってくる。

 実はティア、高速で襲い掛かってくる終世獣に何も対処できずに、オロオロしている所を、ラルフに『ミリアと一緒に隠れてッ!!』と一喝されて下がっていたのである。


 ――うわぁ、やってしまった……。


 必死だったとはいえ配慮に欠けた対応だったことに違いはない。


「えっと、ティア、きついこと言ってゴメン。大丈夫だった?」

「うん……何かごめんね」

「いいってば。天井崩し手伝ってくれただろ」


 ラルフは笑って答えながら、その場に座り込んだ。

 体は鍛えているし、体力も自信はあるが……緊張で体が縛られている中での戦闘だ。

 普段よりも体力の消耗が激しい。

 ラルフは、ミリアが持っていた道具袋から水を取り出し、喉を潤すと口を開く。


「しっかし……おかしくないか、これ」

「そうですね、私もそう思ってました」


 今回の試験ではほとんど仮想終世獣と遭遇することはない……そういうことだったはずだ。

 にもかかわらず、先ほどラルフはこの場所で同時に五体の終世獣と遭遇したのである。

 おまけに前後からの挟み撃ち――撤退が出来ない状況に追い込まれた。

 更にいえば、その前にも同時に三体の終世獣と遭遇してこれをラルフ一人で撃退している。

 試験を開始して一時間……連戦に次ぐ連戦と言っても良いだろう。

 レンジャー技能を駆使してトラップを解除しつつ――という試験のコンセプトなど完全にあってないようなものである。


「終世獣とはほとんど遭遇しないっていう触れこみはどこに行ったのよぉ……」

「ほんとにな。いい加減これはきついぞ」


 制服の袖部分を破り捨てながらラルフは言う。

 ただ……こうして直接終世獣と戦っていたラルフだからこそ、気付いたことが一つだけある。


「なぁ、ミリア、ティア、俺ちょっと思うことがあるんだが……」

「なんですか?」

「……?」


 首を傾げるティアを視界の端に捕えながら……疑問を口にする。


「アイツら、コイン落としたか?」


 そう、今回の試験では仮想終世獣を倒すと小さなコインを落とすはずなのである。

 にもかかわらず、八体も倒したのに今の今まで一度たりともコインを見ていないのだ。

 明らかに何かがおかしい。

 三人の間に不穏な沈黙が漂う。

 形のない何か不気味なモノが、自分たちに向けて近づいてきているような……そんな気分になる。

 そして、そんな沈黙を破るようにラルフの頭の上から声が落ちてくる。


『これはあくまでも私の推測なのだが……』


 アルティアは少し言い淀んだが……全員を見回すとハッキリと告げる。


『恐らく、あれは仮想終世獣ではなく、本物だ』


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