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灼熱無双のフレイムハート~創世の獣と聖樹の物語~  作者: 秋津呉羽
一章 入学式~純白と漆黒の翼~
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ようこそ『燐』クラスへ

 無事にビースティス寮に辿り着き、枕が変わったから眠れなかった等々のデリケートな問題とは全く無縁の爆睡を貪ったラルフは、翌日、再びフェイムダルト神装学院を訪れた。

本日は入学式。

 

 昨日とは比べ物にならない人、人、人でごった返している。

 周囲を見回せばさまざまな種族の人々が、様々な感情を浮かべて自分の目指すべき場所へ歩を進めている。

 暗い顔の人もいれば、明るい顔の人もいる。

 この学院に託した想いというものが、それだけ千差万別ということなのだろう。


「ラルフ君、大丈夫? 付いてこれてる?」

「あ、はい。大丈夫です!」


 大通りを通りながら、ラルフを教室へと案内しているエミリーが振り返りながら声を掛けてくれる。

 昨日の迷子の件もあって、今日はエミリーがラルフを教室へと案内してくれることになったのだ。

 ちなみにミリアはラルフとは学科が違うこともあって、今日は別行動だ。

 別れ際に『良いですか兄さん。しっかり先生の後に付いていくんですよ? 蝶々を追いかけてフラッとわき道にそれたりしたらダメですよ?』『しねーよッ!?』等々、心温まる会話が繰り広げられたのだが、今は置いておこう。

 エミリーに案内されて右に左に上に下に……確実に言えることは自分一人だったら確実に遭難していたということだろう。

 おまけに人が多いので、自分が今さっきどの道を通ってきたのかすらわからない有様だ。

 今日という一日が終わった後、再び自分は寮に帰れているのだろうかと、悲壮な思いで自分が上がってきた階段を眺めていたラルフだったが……不意にゴールは目の前に現れた。


「ラルフ君、ここが今日から君が勉強をする教室よ」


 そう言って通されたのはこじんまりとした教室だった。

 新入生の総数は五種族から集められているだけあって結構な数だったはずだ。

 にもかかわらず……この小さな教室に、机が二つだけ。あとは黒板と教壇がある程度。

 キョトンとしながらもラルフは何も入っていないカバンを机の上に置くと、きょろきょろと周囲を見回しながら席に着いた。

 そして、ラルフを案内してきたエミリーも教室へと入ると、そのまま教壇の上にもってきた荷物を置いて中身を取り出し始めた。

 てっきりそのまま退出すると思っていたラルフは目を丸くしながら口を開く。


「あ、あの、先生?」

「ふふふ、何を隠そう、実は私が君の担任だったのですー!」

「ならもっと早く言ってくださいよ!?」

「サプライズの方が良いかなって思って」


 エミリーがペロッと舌を出して、少し照れくさそうに言う。

 下手をすればあざといともいえる所作だが……この女性がすると何故か妙に様になっている。


「でもあの、机、二つしかないんですが」

「うん、実はこの教室はちょっと特殊でね。説明は……そうね、『彼女』が席に着いてからにしましょうか」


 エミリーがそう言いながら、先ほど入ってきた扉へと視線を向ける。

 それを追って顔を向けたラルフは……ビシッという音が聞こえてきそうな勢いで固まった。

 ラルフの視線の先、そこには同じように完全に固まった少女――ラルフと昨日一悶着あった黒翼のティア・フローレスの姿があったのだ。

 まるで、潤滑油が切れた機械のようにぎこちない動きで、すぐ隣にある机とティアの間で視線を往復させたラルフは、最後にエミリーへと顔を向ける。


「あの、先生。そ、そのもしかして……」

「ティアさんの席はラルフ君の隣ですから、座ってくださいね」


 問答無用とばかりにエミリーがティアに伝える。

 肝心のティアはまだ扉の前で固まっていたが……意を決したようにラルフの隣の机に荷物を置くと、席に座った。


「…………」

「…………」


 双方無言。

 彼女がラルフのことをどう思っているかは分からないが、ラルフとしては完全にタイミングを失ってしまった形になる。

 そんな二人の内心を知ってか知らずか、エミリーは穏やかな笑みを浮かべるとパンッと両手を叩いた。


「はい、それでは注目。改めましておはようございます、ラルフ君、ティアさん。私達は、貴方達がこの学院に来たことを歓迎します。私の名前はエミリー・ウォルビル。この一年間、貴方達の担任をすることになりました。よろしくお願いします」

 そう言いながら、エミリーはラルフとティアの二人を見渡す。

「フェイムダルト神装学院――その魂に『神装』を宿す者に正しい教育を施し、未踏大陸ファンタズ・アル・シエルの開拓に尽力してくれる冒険者を育てる、それがこの学院の存在理由です。それは二人とも理解してくれていますよね?」

 エミリーの言葉にラルフとティアは小さく頷く。


 魂が発現する力の形――『神装』。


 ラルフは未だにそれがどういうモノなのか具体的に理解していない。

 ただ、自分の魂にその『神装』が宿っていること、そして、フェイムダルト神装学院に行けば自分の知らない大きな世界に旅立つことができる……ラルフが知っているのはこの程度だ。


「神装は持主の魂が発現する力の形。唯一無二にして、所有者のみが使うことができる特殊な武装です。形状は様々で剣であったり、斧であったり、変わり種では本であったりしますね。この神装を顕現すると身体能力が飛躍的に向上し、霊術、魔術などの霊力を用いた術の適応が非常に高くなります。つまり、神装を発現できる者は超人的な力を得ることができるわけです。まあ、発現する神装によってもそこら辺は微妙な差異があるので何とも言えない部分もあるのですが……」


 エミリーはそこで言葉を切る。


「神装に、未踏大陸ファンタズ・アル・シエル、そして、そこに巣食う終世獣……貴方達にはこれから知ってほしいことがたくさんありますが、とりあえずそれは入学式が終わってからにしましょう。今詰め込んでもパンクするだけだからね。ちなみに、入学式の後はそのまま新入生の神装発現の儀式へと移ります。自分の神装がどんなものなのか、楽しみにしていてくださいね」

「あの先生! 一つだけ質問があります!」

「はい、なんですか、ラルフ君?」


 さっそく入学式の会場へと移動しようとするエミリーを呼び止め、ラルフは大きく手を上げた。


「素朴な疑問なんですが……その、なんでこの教室って俺とティアさんの二人だけなんですか?」


 それはティアも知りたい所だったのだろう。隣でうんうんと頷いている。

 じぃっとラルフが凝視する先、エミリーはもう、それは言葉では説明しきれないほどに複雑な表情をしていた。「あぁ、それもう聞いちゃうのね……」と言外に聞こえてきそうだ。


「あーその……ラルフ君、そのね……」


 そう前置きした上で、エミリーは意を決してという言葉がピッタリくるような表情で口を開く。


「神装には、その……使用者の魂との繋がりが深ければ深いほど能力が高くなったり、霊力適性が上がったりするのね? この神装と魂との繋がりの度合いを『神和性』と呼ぶんだけど……えっと……とりあえず、入学して来たばかりの人達はこの神和性の優劣でクラスが決定するの」


 エミリーは気を取り直して、チョークを手に持つと黒板に大きく『煌』『輝』『灯』と三つの文字を書いた。


「その学年で神和性が高い上位三名を『煌』クラス。学年の上位二十名を『輝』クラス。それ以下を『灯』クラスと言うの。基本的に『煌』と『輝』は特殊教室でワンランク上の授業を受け、最も人数が多い『灯』クラスとは別枠になっているのね」

「…………えっと、俺達二人なんですが」

「うん、えー、それはね……」


 覚悟を決めたとばかりにエミリーは二人を交互に見る。


「どうして神装を得るに至ったのか不思議なぐらい神和性が低い子達が極まれにいてね……そういう子がいる場合、特例として『灯』クラスよりも下のクラスとして『燐』クラスっていうのが用意されるの」


 さすがにそこまで説明されれば、ラルフも今の状況を理解できた。

 空気が鉛になってしまったんじゃないかと思うほどの重くなる中、ラルフの隣でティアが恐る恐る口を開く。


「先生、つまりこの教室は……」

「あ、あはは、うん、『燐』クラスなの」


 つまり、ラルフ・ティファートとティア・フローレスは今学年の最底辺に位置している――言外にそう告げられ、ラルフの表情がひきつる。


「さ、最底辺……」

 

 開幕からパンチのありすぎる事実をもらったラルフは、救いを求めるように反射的にティアの方へと顔を向ける。

 ティアの方も大体ラルフと同じような心境なのだろう……若干青ざめたままにラルフの方を見ていた。

 一瞬見つめあったラルフとティアは、示し合わせたように一斉にエミリーへと振り向く。二人の瞳がどこか虚ろなのはご愛嬌というべきか。

 さすがにこれはまずいと思ったのだろう、エミリーも両手をブンブンと振って、必死にフォローに入る。


「あ、あのね! でも急激に神和性が伸びる人も沢山いるし、二年生になってからは神和性や実戦能力を含む総合力で判断されるから、貴方達が頑張ればすぐに上に昇れるわ!」

「え、そうなんですか? なーんだ、なら大丈夫じゃん」


 エミリーの一言でコロッと笑顔を浮かべたラルフとは対照的に、ティアの表情はまだ硬い――まぁ、ラルフのように楽観的になれる者の方が少ないだろう。 

 そんなティアを励まそうと、エミリーは笑みを作って口を開く。


「それにね。何年前かな……『燐』クラスになったにもかかわらず、『煌』クラスの人を片っぱしから殴り飛ばしたって無茶苦茶な人もいたんだ。だから、そんな悲観しないで」

「おぉ、そんな凄い人いたんですか……」

「『二足歩行する人災』とか『全自動器物破損マン』とか『セクシャルハラスメン』とか言われてたけどね……」

「え?」

「ううん、何でもないわ」


 明らかな作り笑いを浮かべながら、エミリーは教室の扉に手を掛ける。


「それじゃぁ、そろそろ行きましょうか。これ以上遅くなったら記念すべき入学式に遅れてしまいますよ」

「え、あ、はい……」


 がっくりと肩を落としたままティアが椅子から立ち上がる。

 よほどショックだったのか、背中の翼も力なく下を向いている。


「今ここで落ち込んでてもしょうがないし、とりあえず頑張ろうよ」

「はぁ……アンタは前向きね」


 と、そこまで言ってふとラルフはティアと顔を見合わせた。

 エミリーの口から語られた話があまりにもショッキングで、少し前まで感じていた気まずさがどこかに吹き飛んでいたのだ。

 ただ、だからと言ってすぐに会話できるわけでもなく。


「とにかくさ、その……移動するか」

「そうね……」


 一瞬だけ絡んだ視線は所在無げに虚空へと彷徨って……互いに唯一のクラスメイトとなった二人は今日この日この瞬間、ようやくスタートラインに立ったのだった。


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