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灼熱無双のフレイムハート~創世の獣と聖樹の物語~  作者: 秋津呉羽
三章 基礎実力試験~臆病な天才少女~
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仲良し二人組

 仮想終世獣との実技授業が終わったその日の放課後。

 珍しく道中でチェリルと一緒になったラルフは、そのまま一緒に図書館まで行ったのだが――


「なにこれ」


 図書館前で立ち止まったラルフは、思わずといった感じで声をこぼした。

 普段はがらがらとまではいかなくても、わりと空いている図書館が、人で溢れかえっているのである。

 入り口から見た限りでも、ほぼ全ての机が埋まっている。

 図書館自体、かなりの大きさを誇るにもかかわらずこれである……一体、何があったというのか。


「たぶん、試験直前だから、皆勉強に来たんだと思う」

「え!? これ全部!?」


 チェリルの言葉にラルフがぎょっと目を剥く。

 その言葉に頷いたチェリルは、さり気なくラルフの背に隠れながら説明を続ける。


「自分で勉強している人もいるけれど……すでにリンクに所属してる人は、先輩から去年はどんなところが出題されているか聞いたりするんだって。あとは、まだリンク勧誘期間だから、目ぼしい相手がいないか探してる上級生がいたり……」

「図書館で勧誘するなよ……」


 これだけの人がいるせいか、普段に比べてかなりうるさい。

 まぁ、勧誘目的で来てる者がいるなら当然と言えば当然だが。

 ちなみに、話し声に混じって、マッチョな司書さんがうるさい利用者を打撃する音が聞こえてくるのだが……ラルフはあえてそこから目をそらした。

 見てしまったら次から司書さんと目が合わせられなくなりそうである。


「でもどうしようか。これじゃ、席を確保できないぞ……」


 ラルフはそう言って考え込むが……不意に、チェリルに服の裾を引っ張られた。

 視線を落としてみれば、そこには得意そうな表情をしたチェリルがいる。


「ふふん、じゃぁ、人がいなくて集中できる場所に移動しようか。ボクはそこに心当たりがあるんだ」

「教室とか?」


 ラルフの疑問に、チェリルは人差し指を振って不敵に笑う。


「違うよ。まぁボクについてくれば分かるよ」


 そう言って、自然な動作でラルフの手を握って引っ張ってゆく。

 小さく、けれど温かいチェリルの手に握られたラルフは一瞬だけ驚いたが……もしも、歳の離れた妹がいたらこんな感じなのだろうかと苦笑した。

 何せ、同い年の妹モドキは頚動脈を絞め落とそうとしたり、クリティカルに肘打ちを決めてくるのだ……ちょっとぐらい夢を見たい。

 チェリルに手を引かれて歩くことしばし……図書館のある北西エリアからそのまま南下し、リンク棟や歓楽街アルカディアがある南西エリアまで来たラルフは、ある一件の建物の前に立っていた。

 どこからどう見ても、丸太を組み合わせて造られたログハウスである。

 リンク棟の割と近くにポツンと建っていたので、てっきりどこか上位リンクのリンクハウスかとも思ったのだが……そういう訳でもないようだ。

 ラルフが興味深くログハウスを観察していると、チェリルはラルフの手を離してログハウスに駆けてゆく。

 そして、懐から真鍮の鍵を取出し、呆気なく扉を開けてしまった。


「さ、狭い所だけど入って」

「え!? 勝手に入っていいの!?」

「いいに決まってるじゃないか。なんせ、ここはボクのアトリエなんだから」


 小さな両手を目いっぱい広げて、チェリルはログハウスを示して見せる。

 よく理解できずに目を瞬かせているラルフを見て、ふふん、とチェリルは得意げに鼻を鳴らして見せる。


「何せボクは天才だからね。学院がボク専用に研究室を用意してくれたのさ」

「お……おぉ、それ本当!?」

「ふふん、本当だとも。その証拠に、この鍵で扉を開けて見せただろう。ほら、時間もないんだから入る入る」


 そう言うなり、チェリルは中に入ってしまう。

 少しだけ躊躇った後、ラルフはログハウスの中に入った。

 広めにとってある窓から光が入るためか、内部は光源がなくてもとても明るい。

 縦長の机が二つ設置してあり、その上にはラルフが見たこともないガラス器具がゴチャゴチャと置かれている。

 奥の床面にはキラキラした粉末で何らかの模様が直接書き込まれており、淡く光を放っている。

 壁面に沿って並べられた棚には、所狭しと薬品の入った瓶や、大きめの鉱石がどっしりと鎮座している……一体何に使うのだろうか、ラルフには見当もつかない。


「さぁ、ラルフ。時間もないし勉強しよう。そこの椅子を勝手に引っ張って来てよ」

「お、おお。ってか、チェリルって本当にすごいんだな……この机に乗ってる道具とか、棚の薬品とか何なの?」


 机の上に置いてあるガラス器具を割と雑な手つきで除けるチェリルを横目で見ながら、ラルフは棚にある鉱石に向かって手を伸ばす。


「色々だよ。今は継続詠唱霊術の構成とか研究してるかな。あ、そこの棚にある鉱石はトゥインクルマナっていうんだけど触らないでね。一個6,000,000コルぐらいするから」

「ひぃぃっ!?」


 小市民代表であるところのラルフは、そのぶっ飛んだ値段を聞いて、伸ばしかけていた手を引っ込めた。

 ラルフが勤めている喫茶店『ディープフォレスト』はかなり金払いが良いが……これを割った日には、ラルフはこの先ずっと無賃で働き続けなくてはならなくなることだろう。

 完全に怯えているラルフを見て可笑しくなったのだろう。くっくっく、と笑いながら、チェリルは机をポンポンと叩いて見せる。


「ほら、早く勉強を始めよう。今日からテストの範囲をやるんだから。時間無くなるぞ!」

「あ、あぁ」


 椅子を持ってきて机についたラルフだが……先ほどの一件で周囲に見える全てが高価なものに見えて何だか気が気ではない。


「さて、それじゃぁ、ラルフ。読み書きの復習はしてきたよね?」

「おう、チェリルのお陰で大分読めるようになったよ」


 今の今までチェリルとラルフは徹底的に読み書きについて勉強してきたため、まだ筆記試験については全くの手つかずなのである。

 ただ、勉強の甲斐あってか、若干怪しい所はあるものの、ラルフもスムーズに読み書きができるようになってきた。

 恐らく、試験の問題文も難なく読むことができるだろう。

 天才は途中の過程をすっ飛ばして結果を出すため、教えるのは下手――とは良く言うが、この少女、教える分にもかなり上手い。

 少なくとも、覚えの悪いラルフがこの短期間でここまで読み書きが出来るようになったのだ……その事実だけを鑑みても十分すぎる。

 本人曰く、『教え下手な人は、教える事象について細部まで理解が及んでいないから、他人に教えられないんだ』とかなんとか。

 もしも一人で勉強してたら今頃どうなってたんだろうか……そんな想像をすると、背筋が寒くなるラルフであった。

 そんなラルフの前にチェリルが教科書を差し出す。

 疑問符を浮かべるラルフに、チェリルは自信満々で教科書を指差して見せる。


「恐らく、テストに出るのはこのテキストに赤丸を付けたところだ。本来ならきちんと理解をしたうえで覚えるのが最良だけど……今回はしょうがない。君は残りの六日間でこの赤丸が付いた所を徹底的に覚えるんだ!」

「おぉ! それはすごい……んだけど、なんでそんなことが分かるの?」

「授業中に先生が重点的に教えていた部分と、文脈から推察して重要だと思える部分を抜粋してるだけさ。完璧に予測はできていないだろうけど、ここさえきちんと押さえておけば、ある程度の点数は保証されるはずだ」

「…………」

「ん? どうしたのラルフ」


 ぽかんとチェリルを見詰めていたラルフに気が付いたのだろう。チェリルが目を点にして尋ねてくる。


「あぁ、いや……チェリルって本当に何でもできるんだな」

「ふふん、そうかい? まぁ、何でもできるってわけでもないけど、勉強だけじゃなくて霊術に関しても詳しいし、ラルフが知りたいことは何だって教えてあげられると思うよ」


 鼻の下をこすりながら、満更でもない様子でチェリルは言う。本当に絶好調である。

 ラルフは少し考えた後、一つ提案をしてみることにした。


「なぁ、チェリル」

「ん~? なんだい? まだボクを褒め足りなかったかい?」

「うん、チェリルが凄いのは本当だと思うだけどさ。もしよかったら、実技試験は俺と一緒にやらないか?」

「……え」


 ラルフのその何気ない一言に、滑らかだったチェリルの言葉が止まる。

 表情をこわばらせるチェリルの様子に気が付くことなく、ラルフはグッと自分の拳を握りしめると、それをチェリルに示して見せる。


「俺、バカだし、『燐』クラスだしで良いとこないけどさ。実技の方はそこそこ自信があるんだ。たぶん、少しはチェリルの役に立てると思うぞ! きっと、チェリルは実技の方も凄いんだろ? この前言ってたじゃないか、自分は霊術に造詣が深いって!」

「え、えっと……」


 期待に満ちたラルフの言葉に、チェリルは左右に視線を彷徨わせる。

 そして、何かを言おうとして口を開き……けれど、何も言えずにそのまま口を閉じてしまう。

 普段なら速攻で「ふふん、ボクに任せなよ!」と返ってくるのだが……ラルフは、表情を硬くしたまま俯くチェリルを下から覗き込む。


「お~い、チェリル? どうかした?」

「う、ううん、何でもないよ。え、えーと、ラルフに協力してあげたいのは山々なんだけど……」


 そこで言葉を切ると、普段と同じようにポンッと自分の胸を叩いた。


「いやぁ、ボクってば実技も凄いからさ。引く手数多で……だから、ラルフと一緒に組むのは難しそうなんだ」

「あー。今回はパーティー戦だもんな。やっぱり、皆、強い奴と一緒に組もうとするんだな」

「ら、ラルフは……ラルフは実技試験どうするの? やっぱり強い人と組むの?」


 どこか焦ったように聞いてくるチェリルに、ラルフはあっけらかんと答えてみせる。


「いや、そっちはあんまり考えてなかったな」

「え……じゃ、じゃあ、筆記よりも実技の方が……」

「いや、他人の力ばかり当てにはしたくないし。実力試験っていうなら、俺個人の力で突破するぐらいの気概で臨もうと思ってるよ。まぁ……最終的には三人で組むことになりそうだけど」


 ラルフの頭の中に、ティアとミリアの顔が思い浮かぶ。恐らく、何だかんだで実技試験の方はこの三人で組むことになるだろう。

 普段からコミュニケーションも取れているし、実技の授業ではティアと組手をすることが多いため、コンビネーションは結構いいはずだ。


「へ、へぇ、そうなんだ……」

「あぁ。へへへ、実力試験ではチェリルに負けないからな!」

「うん、そう……だね」

「…………?」


 二カッと笑いかけるラルフだったが、チェリルの表情はどこか暗く。

 その表情と態度に違和感を覚えながらも、ラルフは再び座学の勉強に戻るのだった……。



――――――――――――――――――――――――――――



「ど……どど、どういうことなの……ッ!?」

「…………」


 ラルフとチェリルが微妙な空気を抱えながら勉強をしているその時……ログハウスの外で呆然と立ちすくむティアとミリアがいた。

 実はこの二人、筆記試験も近いということで図書館に先回りして席を確保し、ラルフと一緒に勉強をしようと待っていたのだ。

 ミリアの手伝いを拒むラルフだが、勉強会という体裁を取れば断りづらくなるだろうというティアの提案である。

 ティアもミリアも座学は非常に優秀だ。試験に出ると思われる部分は大抵抑えてある。

 付け焼刃であろうとも、そのポイントを丸覚えしておけば、最悪の事態は免れることができるだろうと……そう考えたのである。

 奇しくも、チェリルと同じ結論に達したわけだ。

 そんなこんなでラルフを待ち構えていた二人であったが……ここで予想外の出来事が起こった。

 図書館の入り口に立ったラルフの隣に、見知らぬ女子が立っていたのだ。

 呆気にとられる二人の前で、ラルフと少女は親しげに会話するとそのままどこかに去ってしまう。

 そんなラルフを見て、二人は荷物をまとめて慌てて二人を尾行――もとい、追跡を開始したのだ。

 仲良く手を繋ぐ二人を愕然とした心境で見ながら、たどり着いた先がこのログハウスである。


「み、ミリア! こ、これどういうこと!? 年頃の男女が二人きりでログハウスの中にしけこんじゃったんだけど!?」

「とりあえずティアさん、年頃の娘が『しけこむ』とか言わないように」


 隣で動揺しまくっているティアに対して、ミリアは比較的冷静であった――頭の中は煮えたぎるマグマの様に怒り沸騰だったが。

 長年、ラルフと一緒に生活してきたのだ……あの男が密室で女性と二人きりになったからと言って、軽々と手を出すとは思えない。

 そんな甲斐性があるなら、ミリアはこうも悶々とする毎日を送っていないだろう。


「しかし、あの女学生の顔。遠目だったから曖昧ではありましたが、見覚えがありましたね」

「うぅ~なんか楽しそうな話し声が聞こえる……」


 ティアは拳を握りしめて、唸り声を上げながらログハウスを睨み付けている。

 友人が異性と付き合うと複雑な気分になるというそれなのか、もしくは純粋な嫉妬か……それはミリアの知るところではないが、もうちょっと落ち着いてほしい所であった。

 と、その時、ミリアの中で女生徒の顔が記憶と合致した。


「そうか、あの女学生……チェリル・ミオ・レインフィールドか」

「え、それって『煌』クラスで大天才の?」

「さすがですね、良くご存じで」

「噂は色々聞くし。個人でアトリエを持ってるとか、授業を免除されてるとか……」

「えぇ、そうですね」


 ティアの言葉に頷きながらも、ミリアは何故すぐにチェリルだと気付けなかったのか……その理由に思い至った。

 教室で周囲に怯える様に常に小さくなっている彼女と、ラルフの隣で自信満々な振る舞いをしている彼女が結びつかなかったのである。

 もしかしたら……ラルフと一緒にいるチェリルの方が素なのかもしれない。


「しかし、兄さんとチェリルさんが知り合いだったとは驚きました……一体どこで接点を作ったのやら」

「ねぇ、ミリア。私達、これからどうしよう」


 どこか途方に暮れたティアがそう尋ねてくる。

 ミリア個人の希望を言えば、今すぐにログハウスに強襲を掛け、『折角待っていたのに女の子と二人でイチャイチャしているとはいい度胸だな』……とラルフを引きずり出したいのだが、さすがにそれはマズイだろう。


「しょうがありません。図書館に戻って勉強しましょう」

「そうね。しょうがないか」


 ティアは肩を落としてミリアに同意。そのまま図書館への道を引き返すことになった。


「ねぇ、ミリア」

「なんですか?」

「試験終わった後、ラルフに何があったのか、一緒に聞き出そうか」

「大賛成です」


 ちょうどこの時、ラルフは悪寒がするとチェリルに訴えていたのだが……そんな些末、この二人には関係のないことであった。


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